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夕凪の街 桜の国

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 やっと手に入りました。こうの史代 『夕凪の街 桜の国』(双葉社)。駅前通、大通り近くのマンガに強い書店で店舗お奨め作品になっていました。

 最初手にした時、思った以上に薄いのに驚きました。そして価格は800円+外税で840円ナリ。高いナと一瞬思ったが、読んで読んで、これは値段に見合う価値があると思ったし、値段以上の価値があると強烈に思いました。

 収められた作品は3本。基本的にはヒロシマの原爆後遺症と、その社会的二次被害を取り上げているのだけど。それらは大きな意味でひとつながりになっていて、舞台となる時代は昭和30年、昭和62年、そして今年ということになっています。

 第1編の「夕凪の街」は一番重い作品かもしれません。この作品の背景は昭和30年。内容に触れるのは実際に読む楽しみを奪うことになるのでしませんが、連想するモチーフのひとつは井上ひさしの戯曲、『父と暮らせば』です。ぼくは舞台劇というものには興味がなく、この戯曲の舞台中継をTVで見たのもたまたま。ただ、すまけいさんの演技と”こまつ座”の女優さんの名演で思わず引き込まれ。最後のほうでは恥ずかしい話、涙・涙だった。主人公の女性が避難所で親友の母親と出会い、その母に「なんでウチの娘でなく、あんたが生き残ってん?」と言われたことを語るシーンが忘れられません。生き残った人がまた不条理に引き受けてしまう罪悪感はとっても痛かった。

 父と暮らせばが最後に残している救済はこの「夕凪の街」では。。。僕はこの作品の最後でまた不覚にも目頭に”汗”がたまってしまいました。「このお話は終わりません」という言葉が現代に対する抗議かと思いましたが、(もしかしたらそうなのかもしれませんが)、最後の作品にまでつながるのですよ、という意味でもあります。

 第2編の「桜の国(1)」は、柔らかいタッチの中にとてもシリアスな内容がさりげなく描かれています。作者の柔らかいタッチの絵柄とユーモアのセンスはとても温かく、嫌味もなく自然で登場人物たちに感情移入してしまうと、どっかすっと静かにこちらの心が痛んできます。一連の作品全てに連なることですが、ディテールが作品の流れにつながるように出来ていて余分なコマがありません。その日の時間の飛躍がある個所もありますが、それも不自然ではありません。

 第3編で僕はまた泣いてしまいました。ここで最初の作品「夕凪の街」にとぴったりつながって、救いがあるからです。第3話の主人公が「確かにこのふたりを選んで生まれてこようときめたのだ」というセリフに思わず嗚咽してしまいました。(恥ずかしい。。。)。その後の父子の会話ももう堪らんです。

 いつもは家にいるとマンガにせよ、雑誌にせよBGMに音楽を流しながら読んでいることが多いのですが、この作品は静かに立て続けに3回読んでしまいました。読んで、「シン」として、また読んでしまいました。

 本当に自分の文章はいつも形容詞過剰だったり、まわりくどかったりでお奨めしたいものを上手く伝えられなくて自分ながらもどかしくなるのですが、そんな自意識はとりあえず置いておきまして。

 手垢のつかないオリジナルな原爆後遺症をとりあげた美しい作品の登場です。値段以上の価値があるし、現段階でもずっと後々まで持っていて良かったと思う本になると確信します。
 被爆後遺症とその社会的二次被害、という具体的事柄もさることながら、もっと大きな、おそらくごく普通の人たちの多くが思春期以後に考える「生きているということの大きな何ものか」にも触れる力がこの作品にあるからではないか?と現段階では思っているのですが。

(拙ホームページより転載)

by ripit-5 | 2004-11-27 22:14 | 本・マンガなど