古い雑誌の事とか、ウェイラーズのこととか。

  いや~、先週は珍しく(笑)チト忙しかったです。忙しいのはキライ。そう、私は生活ルーザー(苦笑)。そんなことはいいんだけども。昨日、久しぶりに仕事帰りに学生時代から通ったことのある中心部から離れた古本屋さんに入った。昼で仕事が終わった後に。たまたま近場だったので。
 この中心から離れた古本店はいま、半分は中古レコード屋兼用になっていたのだけれど、雑然とした古書店的様相は変わらない。むしろ、そのような形態になったおかげで、より雑然となってしまったみたい(笑)。

 そしていまの書店の棚では考えられない雑多な本の並びかた、あるいは書店で今は見かけようもない、見る人によってはジャンクにしかみえない本が並んでいるのが楽しい。この粗雑な並び。これ、宝物探しみたいで面白いのです。子どもの頃あった子供だましの雑貨屋に入っているような感覚を思い出す。まぁ、雑貨屋といっても、今ではもはやイメージが湧きにくいかもしれないですが。こういう感じの昭和のフンイキが本当に好きだな。しかも昭和においても、昭和60年代にはすでに日陰者なんだよね(笑)。古書店って。そろそろブックオフみたいな形態の店が出てきた頃だし。
 まぁ割と安全な日陰感覚。とにかくこの様子の店内は、いまの若い女性はおそらく「汚い」とすぐ思うに違いない。

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 で、これはまだ私がロック雑誌といってもグラビア系の雑誌しか読解力がなかった頃の1977年の6月号、その当時の「ニュー・ミュージック・マガジン」(「ミュージック・マガジン」誌の前身。以下、『NMM』と書きます。)を購入しました。お得な200円。表紙はボブ・マーリーとピーター・トッシュの二人が並んだ顔のイラスト。何となく未来の方を向いております。で、特集は『都市の音楽VS田舎の音楽』。ポップ・ミュージックは、農業社会が近代化され、共同体が崩壊した後に都市化した流れの中で成立した、という仮説から出発して、主にアメリカンミュージック、ブリッテッシュミュージックのルーツと、1977年当時の現代性との関係、みたいな感じで論じていて。今読むと社会構造的に論じられていて結構批評のクオリティが高いのです。

 この頃ぼくはもちろん、こんな専門的な洋楽音楽雑誌は読んでいないけど、これから2年後くらいでしょうか。当時「ミュージックライフ」とか「音楽専科」なるロックグラビア系雑誌がありましたが、それに飽き足らない頃にワケも分からずに読み始めたのは好きなミュージシャンをわりと観念的に掘り下げてた『ロッキン・オン』という雑誌。そちらの党派?(笑)だった私は『NMM』誌はキライだったけど、いまは歳を重ねたせいか、いや~、値段以上に雑誌の内容に気概と調査の深みがありますわ。いま読むと文化批評としても成立していて面白い。まぁ、その後の時代状況を考えるとこの書きっぷりも良かれ悪しかれダヨナ、って感じもしますが、実に真面目で熱い。そしてこれも一部では有名な話かもしれないけど、読者欄も非常に熱いです。(中村とうようシンパさんも多くてね)。そう、僕はこの雑誌は中村とうようさんという人が代表していて、そのシンパみたいなもので構成されている傾向が嫌いなのでした。その当時のワタシはパンク・ロック一派のシンパだったもので。(笑)。意図は違うかもしれないけれど「ロッキン・オン」誌の「投稿者で雑誌を構成する」「投稿者こそがその音楽を本当に愛しているし批評眼があるはずだから、それで雑誌は売れるはず」という路線に共感していて、とうようさんサイドの今風に云えば「上から目線」というか、「教養主義」というか。それがキライで。というか、音楽的には無知なままだから(苦笑)。本当は敷居が高かったんですな。
 「ロッキン・オン」誌も80年代には結構方向転換しましたしね。ミュージシャン・インタビューが一番売りになってきましたから。

 しかし話を戻すと、読者さんの立派な文章に載っている意識から漂うものはロック/ポップに対する愚直で、まっすぐで、かつ反体制的な意識。まさに70年代的そのもの。今の若い人が読んだら、何だか奇妙に思うかも?そう思われるのも寂しいけどね。。。
 僕は今でも、というか逆にどんどんいまこそ(笑)、こういうのが好きになっていく。やばいよね。こうやって生活破綻者になるかもねw。でも、怖がりだから、ずるく立ち回るのか??

 振り返って、今の「ミュージック・マガジン」は何か、乾燥されているというか、漂白されてすぎているというか。逆に熱が退きすぎていて、クールダウンしすぎに思える。もはや編集長自体がロックなんて特に好きでもないんじゃないの?って感じがどうしてもするねぇ。これ、そうとう暴論ですけれどね。まあ、雑誌として割とワールドミュージックを評価して大きく取り上げているのは、元々とうようサンの音楽的出自ともリンクする部分なので、「とうようズ・チルドレン」としてその部分に関してのみは継続性があるか。 
 対する「ロッキン・オン」もね。もはや批評誌ではない。ちょっとタワレコで無料で配っていた冊子に近いものになりつつありますね。
 確かにロックと批評、「洋楽と社会の切り結び」なんて、このI-PODでのシャッフル時代にナンセンス(死語)かもしれないけれど、まあ時代は変わるし。仕方がないか。

 でもやばいな。俺、またあの店に通って古い雑誌、少しずつ買い込みそう。するとどんどん偏屈に、親父くさく、閉じた音楽ファンになりそうだ。まあそれでもいいかな、と思う自分もずいぶん変わったもんだなという気がする。

 いろいろ云いたい放題のことを今日は書いたけれど、歳とともに変わってきちゃったと見放してくださいな。
 もちろん、今だって新人でハート直撃してくれる逸材が出てくるのを待望してるんです。渋谷陽一風に云えば「スター・システム」は我々の不幸の反映かもしれないし、別にそうともいえないのかもしれないけれど。(渋谷氏のこの発言も若い頃のものだったね)。



 この「ゲット・アップ、スタンド・アップ」はピーター・トッシュとバニー・ウェイラー在籍時のオリジナルメンバーによるウェイラーズのライヴバージョン。ラフでルードなノリはパンキッシュと云ってもいいほどです。ピーター・トッシュのバック・ボーカルとマーリーの絡み部分もエキサイティング。マーリーの声も実に張りがあって若々しい。そう、怒れるウェイラーズ、上を目指すウェイラーズの勢いがダイレクトに伝わってきます。(際立ってパーカッシヴな音も凄い)。特にこの3人の中ではピーター・トッシュが一番反体制的・不良的な気骨がありそう。3人の中で一番そのような個性だったんだろうな。

 もう一つ、オリジナル・ウェイラーズの映像から「コンクリート・ジャングル」。実にディープな演奏です。英国でのテレビライヴ。彼らの人気に最初に火がついたのも英国ですね。やはりアイランドレコードのクリス・ブラックウェルの60年代からのジャマイカン・ミュージック紹介の歴史が強い。クリス・ブラックウェル自身ジャマイカ出身ですしね。そして英国はジャマイカ移民が早くから住んでいたから白人のルード・ボーイが良く聞く音楽として異物感がなかったのが大きいでしょう。(若きウェイラーズのプロデューサーを手がけていたリー・ペリーなどもジャマイカ独立してすぐに英国公演に行っているしね。それから、少年時代のジミー・クリフなどもそう。)

 

 そして。やはりこの曲かな。「ノー・ウーマン、ノー・クライ」。d0134515_10243741.jpg
 スタジオでのオリジナル盤ではテンポの速いレゲエらしい作りだったけれど、実際に有名なのは75年の英国ライシアム劇場公演でのライヴアルバムで一躍有名になった超スロー・バージョンのほうですね。僕も彼らのことを、このスローバージョンの曲で初めて知りました。ボブ・マーリィを頭に冠したウェイラーズの大・代表曲といえばこれでしょうね。もはや、ゴスペルとか賛美歌の世界に近い。スピリチュアルそのもの。会場の狭い雰囲気が伝わる様子も手伝って観客との一体感がとんでもない感動を呼び起こします。オーティス・レディングのヨーロッパ・ライヴ盤での「トライ・ア・リトル・テンダネス」と共に、僕のライヴ盤2大精神浄化ミュージック。

 ライシアム公演の「ライヴ!」とは違いますが、前からおなじみの感動的な映像がずっとYOUTUBEで上がっていますが、ここではそれとは別の79年の余り見かけない珍しい映像をご紹介させていただきます。

 

 やはり凄いです。その一言あるのみ。
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by ripit-5 | 2009-08-23 08:37 | 音楽(洋楽中心)