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Joy Division ドキュメント

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「70年代半ばのマンチェスターは歴史に翻弄され見捨てられていた。近代世界の中心的存在で産業革命も起こした街。だが最悪の状況も引き起こした。当時は本当にさびれてすすけた汚い街だった」(元ファクトリー・レーベル社長・トニー・ウィルソン)

これは単なるバンドの物語じゃない。一つの街の物語だ。
かつて産業が栄え、力強く輝き、革命的だった
それが衰退して30年後に突然 再び革命的な街として復活した
その変化の中心には数多くのバンドがいた。特にあるひとつのバンドが。。。

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そのようなナレーションによって導かれる70年代末。歴史的なバンドとして登場したジョイ・デイヴィジョンのドキュメンタリー。アイルランドのU2に影響を与え、先ごろ残念なことに解散表明したアメリカの良心、R.E.Mにも影響を与えた先駆的なバンド。
レンタル80円で借りてみたのだが、予想を超えて素晴らしかった。

今更ながら、と思いつつも自分にとって10代の強烈な思い出。ボーカリストが自殺した英国北部マンチェスター出身のパンクロックに影響を受けたバンド。そのサウンドはファーストアルバム『アンノン・プレジャーズ』で知っていて、その神秘的な、端正でもあり、暗くもあり、どこかクールながらも情熱を内に秘めた、独特な深いエコーと効果音の中、そのボーカルは無機質な感じを持ちながらも、真実を宿した音楽だった。
パンク好きな自分が同時期、セックス・ピストルズを辞めたジョニー・ロットンが始めたバンドであるパブリック・イメージ・リミテッドや、異様に早熟でジャズやファンク・レゲエの素養を持つ10代のメンバーも含めたバンド、ザ・ポップ・グループとともに、「ポスト・パンク」の旗頭の一つとして、深い関心を寄せていた。

そのボーカリストが首を吊って自殺をした、というニュースはここ日本の新聞にも載った。当時の自分には酷く仰天するような「事件」だった。なぜなら、当時ジョイ・ディヴィジョンは日本との契約が無くて日本盤が出ていなかったし、知る人ぞ知る存在であったし、何しろ当時のロックのイメージから最も遠い死に方のイメージだったからだ。
ロックミュージシャンの死とは、今と違い当時では「無軌道の果て」。自殺めいてはいても薬物による中毒死、あるいは車を暴走させて死亡、無謀がたたった事故死等々で、「自らの意志による」死、というのはロックンローラーには最も遠いものの一つと思われた。パンクの残滓が残っていた時代にはなおさらで、それはジョイ・ディヴィジョンのサウンドに宿る重さ、突き詰められたような真摯さからイメージが「近い」がゆえに、また二重に驚きを増した。

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以後、あの有名な「ラヴ・ウィル・ティア・アス・アパート」のあまりにも美しいポップなシングルを入手して吃驚したし、そのローマ風の嘆きのクローズアップ・モノクロ写真の説得力にも驚いた。そしてセカンドアルバム『クローサー』を手に入れ、そのすべてを予見している様なジャケットに符丁が合いすぎる偶然?にも頭がクラクラしたし、アルバムの内容、特に後半に至る遺書のような美しい暗さに浸りきり、のちに12インチで発売される、これまたメランコリックな名曲、「アトモスフィア」にヤラれ、毎日時間があれば夜、部屋を暗くして繰り返しジョイ・ディヴィジョンを聞き続けた秋から冬を思い出す。自分の思春期の暗い思い出のヒトコマだが、それでもそのこだわりはそのような時期であるだけに捨てられない。

マンチェスター・サウンドは89年頃のストーン・ローゼズやハッピー・マンディーズの活躍により“マンチェスター・シーン”として脚光を浴び、ジョイ・デイヴィジョン亡き後も残りのメンバーで再開したニュー・オーダーが80年代一貫して英国のシーンを牽引する質の高い活動を続けたおかげで「マンチェスター・サウンド」としても関心を寄せられたが、このドキュメンタリーはジョイ・デイヴィジョンというバンドの個的な活動履歴と言うよりも、「マンチェスター」という英国北部の元産業革命都市が衰退の中、パンクと出会った若者たちが無意識に「街の歴史」や「街の環境」を映しだす鏡として結果として存在していたことを証明するような印象を見事に伝えてくれる。素晴らしいドキュメンタリーに仕上がっている。

ジョイ・デイヴィジョンについて、あるいはマンチェスター・シーンについては、このドキュメンタリーの前に、有名なマンチェスターのインディ・レーベルやクラブを経営してたファクトリーレコードのオーナー、トニー・ウィルソンを狂言回しとした『24アワー・パーティ・ピープル』や、ムーディな写真家、アントン・コービンが監督したジョイ・ディヴィジョンのボーカリスト、イアン・カーティスを主人公にした『コントロール』があるのだけれど、個人的には今一つピンとこないところがあった。

その神秘探しの果てに、ついにこのドキュメンタリーに出会って初めて合点/納得がいった気がする。
このドキュメントではたっぷりオリジナルメンバーの3人、バーナード・サムナー(ギター)、ピーター・フック(ベース)、スティーブン・モリス(ドラムス)へのインタビューが聞けるし、ボーカリスト、イアン・カーティスが若い時に結婚し、妻との関係で悩み種となった知的な愛人も全編に渡ってインタビューに答えてくれている。これら関係者たちの語る内容が一つ一つ的を得ているのだ。というか、実に詩的な表現も多く、偶然か無意識化はわからないけれど、いかに彼らの作り出したサウンドやライヴでの表現がマンチェスターの当時の街の様子や、人びとの気分、心象風景を映し出す鏡の役割を果たしてくれたかを伝えてくれる。

子どもの頃を振り返ってギタリストのバーナド・サムナーはこう語る
「いつもきれいなものを求めていた。でも潜在的には---。9歳の時に木を見た。周りは工場ばかりできれいなものは皆無だ」

「初めて行った時、マンチェスターは家がびっしり並んでいた。次に行った時は瓦礫の山と化し、次に行った時はビルの建設ラッシュ。そして僕が10代になる頃にはコンクリートの要塞になってた。当時は未来的に見えた。でも“コンクリートの癌”が始まって醜悪になった
」(スティーヴン・モリス)

「サッチャーのファシスト的大量消費の時代も迫っていた。そんな中バンドはまるで地下組織の抵抗運動に見えた。まさにそうだ。あれはアートや文化での抵抗運動だった」(マンチェスター出身の映画監督)

アルバムが出た時、まるで私がいる場所の環境音楽だと思った。私にとって彼らはほとんど環境バンド。普通の音楽じゃない。住んでいる街の音(ノイズ)なの」(ファン)

「マンチェスターのSF的解釈だ。街の風景や心の風景や音の風景が音楽にある。驚くべきことだった。彼らはマンチェスターをコズミックにした」(ポール・モーリー・音楽評論家)

英国の都市は70年代の寂れから、サッチャー政権の新自由主義政策で労働集約的な産業を押しつぶした。その時に最も深刻な影響を受けたのが英国北部であり、マンチェスターもその街のひとつ。サッチャー政権が登場した79年にデビューしたイアン・カーティスと言う稀代のフロントマンを擁したジョイ・ディヴィジョンはその重く、かつ真剣なサウンドで英国北部に住む自分の街の暗い未来を予見していたかのようだったし、同時にそれに抗うような、ある意味見かけとは違ってパンク的な精神のグループであったのだろう。

詞は極めて抽象的でありつつも、また、些細な感情への注意深い観察のような、いささか神経質な感覚なものでありつつも、その他者との関係性への言及は広い意味で英国北部人の個人的な抵抗のあかしだったのかもしれない。
詩人はそのライヴにおける痙攣するようなダンスと、物憂げでうつろな目が時折カッと見開く「静と動」の激しく切り替わるパフォーマンスで、日常と非日常が交互にやって来るような特殊な経験を見せ、そのボーカリストである繊細な詩人はてんかんに悩まされ、愛人と妻の関係でも懊悩し、最後は自死を選んでしまう。



その後は残されたメンバーは強い個性を持つメンバーを入れず、より一層個性を殺しつつも、ダンスの機能性と、ジョイ・デイヴィジョン後期の美しいサウンドの両面を強調し、80年代に一層、街の風景の移り変わりを機能的に描写する匿名性が強いバンドになっていく。その方法論もまた、大成功であった。

昔、ある音楽評論家は言った。「ヒーローやスター・システムは我々が不幸であることの反映である」と。我々が欠乏や欠損の感情を抱えていなければ。ひとりひとりがヒーローであり、スターであれば。スターシステムは必要でなくなる筈であると。
この映画も、冒頭である政治家の演説が流れるが、この繊細で大胆なオーラを持つ自死を選んだボーカリストを生む、そんな社会環境がこの理想的な演説通りの社会であれば必要無かったのではないか?という仮説を提示しているようにも思えてくる。この冒頭の演説がドキュメンタリーのベースの一つをなしているように思われる。

演説:「神よ。公正な街の姿とはどのようなものでしょうか。
人がだれの犠牲にもならぬ正義の街
これ以上 貧困が増え広まることのない豊かな街
人の役に立つ行為によって 成功が築かれる友愛の街
美徳のみが名誉とされる街
序列が力に基づいて決まるのではなく 他者への愛で決まる平和の街
そんな街こそ 人びとに光と繁栄をもたらす偉大な母です」


この演説から遠い社会だったからこそ、届きそうな未来を夢見て殉教的にさえ見える現実の特殊な映し絵のようなサウンドと、パフォーマンスを披露できたのだろうか。。。?

われわれの生活は退屈で平凡だ。
 だが良いライヴではたとえ1時間でも彼らの目を通して世界を見られる」
(トニー・ウィルソン)



by ripit-5 | 2011-09-24 22:17 | 映画