ビッグイシュージャパン・BN100

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 しばらく間が空いてしまいましたが、今回のビックイシュー・バックナンバー紹介は記念すべき第100号です。巻頭を飾るは香山リカさんと、ビックイシュー・ジャパン代表の佐野章二さんの対談。「とまどいを与えてくれる雑誌」と表現する香山さんの話はそれなり頷ける点も多いです。
 一点、インタビューの内容の趣旨とはずれてしまいますが、香山さんが当時(2008年・夏)の時点で秋葉原連続殺傷事件を引き合いに出し、今の若者気質を論ずるところ。
 「今の若い人は、平凡に暮らすのはいけなくて、何者かにならないといけないプレッシャーが強い気がするんですよね」「若い人達を見ていると、就職でも本当に好きなことや自分が一生できることをしなければという気持ちがとても強くて」「当たり前に生活をすることがそんなに悪いことなのかしら?って」と語られます。
 現下の社会情勢からこの時期の香山さんの印象を論ずるのは酷ですが、いま逆にすごく、とにかく働く場が欲しいんだというふうな、「夢も追えない」辛い状況が若者たちに生まれてきてるんじゃないかという気がするんですけどね。
 また仮に、「当たり前に生活することは悪いことじゃない」のは正しいと思うわけですが、とはいえ、逆に世の中のほうに目を向けるとその「当たり前」や「平々凡々」をお互いに尊重し、承認し合う社会になっているのだろうか?ということも同時並行で論じないといけないのではないでしょうか。そうでないと片手落ちの気がします。自己反省を含めてそう思うわけです。
 香山さんも、ならば皇室とか、著名人の心理とか、大きな世界を心理学的に分析するのは少々控えたほうが良いのでは?と思うのは意地悪な見方が過ぎるでしょうか。

 さて、第100号の特集は「戦争は克服できる」という大テーマです。
 見出しのリードに驚き。
 「人間の歴史を振り返ると、紀元前3600年から現在まで約5600年の間で、全く戦争のなかった平和期はわずか300年」戦死者は35億人にのぼり、そのうちの96%最近500年の戦争の犠牲者
 人は「進歩」とともに、戦争という殺人を極限まで押し進めている!と愕然とし憂鬱になります。
 もちろん2度の世界大戦を踏まえて「パリ不戦条約」や「サンフランシスコ条約」(1945年)などで武力行使を禁止しているわけですが、忌まわしくもアメリカの国連無視のイラク戦争を筆頭に、先進国自らが国際ルールを破り、空から民間人を未だに大量殺傷しているわけです。
 そんな国際法無視のアメリカの戦争に日本の小泉政権はすぐ追随したわけで、その子供でもわかるルール無視をほとんどかき消すのが目的の如き政府のプロパガンダをしていた国際政治学者が現下の防衛大臣になったわけで、いまの日本がどのような立ち位置にあるかを考えれば暗澹たる気持ちになるのは必定というもの。
 少し冷静にこの500年の戦争の規模の拡大と犠牲者の数の膨大さにせめてわれわれ日本人は気がついて本気で考えたほうが良いのではないでしょうか。

 すこし興奮してしまいましたが、まず取り上げられている平和活動家のアン・ライトさんの行動には勇気と希望を得られます。非道なイラク戦争を始めたのはもちろん民衆たちそのものではなく、政治家やそれに追随する人たちです。ところが国家を守る側つまり29年間陸軍に従事し、その後16年間外交官を務めたアン・ライトさんのような人もいたということ。彼女は外交官の職を辞する決断をしたのはアメリカがイラク戦争を始めた時がきっかけ。そのときから反戦活動家となるわけですが、実はその前からブッシュ政権とは大きな溝を感じていたという。アフガン攻撃中、アフガニスタンのアメリカ大使館設立に尽力していたライトさんは治安が混乱しているアフガニスタンに増員に期待をし、2003年のブッシュの年次教書演説を聞き愕然とします。
 「大統領はアフガニスタンについてひと言触れただけ。その後、イラン、イラク、北朝鮮を『悪の枢軸国』と言い放ち」アフガニスタン以外の別の国を脅している大統領の姿はとうてい受け入れられるものではなかった、と。
 「40年近く国に仕えてきたけれど、初めて『もうこの国を代表する立場にはいられない』と思いました。今回のイラク攻撃に向かう過程は、根本を揺るがすほど危険で間違ったものだと感じていました」

 不肖、僕自身もこの攻撃の過程は、まさに自身の中に、根本を揺るがすほどこの世界の危険を感じ取るものでした。僕自身のなかにどこかであった楽観主義を根底から翻す、法秩序の無視であり蛮行であり、世界一の大国の、しかも「民主主義」のリーダーを自認する国のありようを問い直させる自分の心の落ち着きどころを揺るがす戦争、否、攻撃だった。それがイラク戦争だったと。その思いは今も全然変わりません。

 「戦争」という非道で、しかし人間世界に埋め込まれた合理性のレジームの外に出ていこうとする本性に対抗するために「国際法」、つまり法という理性があります。
 理性を代表するのは「言葉」でしょう。事実を評価し、表現する言葉。そして人びとを感情の呪縛から「冷静な判断」に運び込むためにあるのが「ことば」。

 しかし、闘争(戦争)の当事者たちは「意味を巡る闘い」をしています。(国際法学者:安倍浩巳さん。p14~15)自分たちの正当性や、正義を主張する、その意味を巡る闘いに視覚・聴覚を含めた情報を提示しつつ、歪曲したことばが、今度は提供されます。
 
 本来、卑近に言えば「喧嘩両成敗」という言葉があるとおり、どちらかが絶対に正しく、どちらかが絶対に間違っているということはないでしょう。喧嘩はお互いに過失や瑕疵、誤解があるはず。しかし、戦争は平和裡の法の枠外にあるから、正義や正当性も自分たちの正当性を主張する力が強いほうがこれまた有利です。ゆえに現代では視覚効果も含むメディアプロパガンダが有効な方法となるわけです。

 その点では、イスラム圏は現代の先進国たちが意識的にやっている「意味を巡る闘い」に勝つために利用する「マス・メディア」の活用力において劣勢に立たされているように思われてなりません。

 しかし、そのような「法」とか、「意味を巡る戦いにおいて勝つためのツール」について思いめぐらすのも大事だと思うけれど、ダイレクトに僕の胸を打つのは人の行動の直接性です。やはりこれに叶うものはないと思います。
 例えばイラク戦争が始まる直前、アメリカの学生とイラクの学生がテレビ討論する番組がありました。どうも論理においてもアメリカの学生のほうが弱い(正当性がないだけに今考えれば当然ですが)うえに、マスメディアに影響を受けた言葉をたくさん重ねている印象がありました。その中で僕が鮮烈な記憶にあるのは討論の最後のほうでイラクの女子学生が語った言葉です。彼女は言いました。
 「ここであなたたちと討論する良い機会はこれが最後になるかもしれません。戦争が始まれば、私たちの上に爆弾が降り注ぎ、本日を最後にもう私はあなたたちと話す機会は永遠になくなるかもしれないからです」
 
そう真実の言葉を吐いた女学生がいまどうなっているか、在命しているのかと今でも気がかりです。

 アン・ライトさんの紹介インタビューの記事にはラストに広島原爆の被害者である高木静子さんと向き合って「私の国があなたにしたことを心からおわびしたいと思います。どうか許してください」とわび、涙をぬぐいながら高木さんを抱きしめた、とあります。

 大人の論理以上に、究極的には人の真情をさらけ出す強さが争いを止める最大の力かなあと思います。でもそれを究極の場面で自分にできるのか。
 イラクの学生の本音の言葉。アン・ライトさんの行動。何よりも強いのはそれで、それが出来ない自分にはまだ争いを嘆く力しかない、ということです。

 何だかビックイシューバックナンバーの感想からどんどん離れている気がしますが、まあ許してください。
 それだけの喚起力がある第100号という記念のバックナンバーでした。

 ちなみにビックイシュージャパンの創刊号は昨年惜しくも解散したアメリカの良心とインテリジェンスを象徴するロックバンド、R.E.Mが紹介されている筈。節目の100号も、R.E.Mの動向記事です。丁度オリジナルアルバムの最後となる作品の紹介インタビューでした。彼らも現代社会のムードや、マスメディアの脅威に警鐘を鳴らす、しっかりとした主張を持つバンドでもありました。



チャンネルを変えないで 省略していきなり結末にいくからね
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by ripit-5 | 2012-06-07 21:56 | ビック・イシュー