大統領暗殺、とか。その他。

正直言って、混乱していた週の半ば過ぎから週の終わりだった。
行政書士の過去問題をやっているが、実際上十数年前とは格段に違う。やはり二つの資格を同時に再勉してやるというのは現実的ではなかったと認めざるを得ない。試験のレベルの格段な高さも。中には「記憶にない」のレベルではなく、「こんなことは初めて聞いた」という法令の問題もある。一般常識の設題、特に現代の政策システム上の問題は、脈絡が余りになくて、首を捻るけど、それをもって屁理屈を言うことも出来ない。そもそも、法令問題が分からないのだから。行政書士に関しては現状では完敗を認めざるを得ないだろう。

実は、個人的に家庭内のことがあって心理的に不安定で勉強も手がつかなかった。17日の日に父の白内障手術に付き添う母の顔面の表情がおかしく、その後、入院先の眼科の先生から脳外科か耳鼻科に行って欲しいとの話。正直、その表情からいわゆる脳をやられて「あたった」のかと。
その後、顔面神経麻痺との診断がおりたと。脳の方は全く異常なし、ということで安心したのだが、昨日病院で入院が必要であるとの話。顔面神経麻痺は現状、原因不明とか。

僕は気持ちが落ち着かなくなると、逆にシリアスなものを求める不思議な傾向がある。ぜんぜん見る予定を組んでいなかった「大統領暗殺」を見に行く。ブッシュ大統領が暗殺されたというシチュエイションで映画は余りにも本当らしいドキュメンタリーで構成されていく。余りの緻密さゆえ、人によってはよりまして悪意、あるいは悪趣味を感じて不愉快になるかもしれない。おそらく客の半分以上はそう感じたのではないか。僕も心中複雑な思いで劇場を後にしたのは否めない。それは前も書いたとおり、フセインが処刑なら、ブッシュも死刑に値するという心中の僕の本音と、どこまでも「それ」を架空のドキュメントとしてシリアスに構成するというものを見ることで、自分自身のココロを投影されてしまうからかもしれないし、ブッシュ=チェイニーラインは良いとしても(どちらにしてもこの作品の監督は彼らのブラックリストに載るのだろう)、例えばシリアのアサド大統領の心中はどうか、あるいはイスラム圏の人々の心中は?というのもある。
アメリカンエスタブリッシュ対スポイルされたイスラム圏の人々以外の真犯人、それは信じたものに裏切られた犯人(おっと、これ以上はネタバレなのでやめなければ)という構成はなかなか重い。重いという意味では、今のアメリカの病理が浮き出しになるという重たさでもある。

それと、イスラムヴァーサスアメリカ中心社会というメディアイメージの固定化を見越した上での製作の意図というのが、僕らが無意識のうちにメディア至上主義に陥っていることを暗黙のうちに覚醒させる。

作品はイギリスの作品だが。これも中間選挙以後のブッシュレイムダックがなければありえない公開だ。しかもこれがシネコンで上映されているのだから。客は少なかったけど。それに、もちろん前宣伝も少ない。まあ、状況としてはこの程度がいいのだろう。

一番見てて心中穏やかでない気がしたのは例えばアメリカで言えばPBSやCNN、英国で言えばBBCやグラナダテレビという辺りのドキュメンタリー製作者ではないだろうか?
そして鋭い製作者はこの手法の次にいかねばならない、と思ったのでは?

実はこのドキュメンタリーの手法は上記米英の公共性が強いドキュメンタリー番組作りのスタンダードとなった手法に実に忠実に作られているのだ。
僕が見る限り、このドキュメンタリー手法はけして古いものではない。90年代以降になってから一般化した手法だと思う。そして今ではロック界でもミュージシャンのドキュメンタリーで同じ手法が使われている。

ドキュメンタリーも時間の制約がある以上、世の中の真実を伝えるにも編集の作業があるということを伝えるという二次的な側面もこの映画は明らかに主張している。
その意味では「メディア・リテラシー」を考える映画にもなっていて、この映画のポジティヴな意味は一番にはそこにある、といっていいと思う。
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by ripit-5 | 2007-10-20 15:29 | 映画