ペルセポリス

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映画「ペルセポリス」を観た。あらすじを記載するのは面倒ですのでこちらで確認をどうか。
ペルセポリス @ 映画生活

感想タイトルの中に「自分探し?」とか「戦争のある国のちびまる子ちゃん」というタイトルがあるけども、それはとても納得がいく。

確かに、イランという国のインテリ階級の娘にして、自分が住む都市も危険に晒され、イスラム原理主義の中に身を置かせるのを不憫に思う両親がフランス語に不自由しない娘をヨーロッパに留学させようとした気持ちが良く分かる。
だけど、幼少期を近代化独裁王政の中で過ごした娘にとって欧州の個人主義的な生活様式にも馴染めないし、少女から娘になる中で傷つき帰国した祖国にも自分が心地良く思う世界は無い。その意味では自分探しの映画とはいえる。

ただ、流行語ではなく、祖国が革命や戦争の中という欧州人(そして勿論観客の僕ら日本人)にはけして分からない、空疎な理想の言葉だけでは済まぬ状況を見て生きた体験を持つイスラム圏の娘が抱える深いジレンマであるからこそ、言葉本来の意味で「自分探し」といえるだろうな、と思う。だから、アニメ映画であることで明らかに救われています。

わからない世界の体験があったとしても、彼女の生活と悩み(恋愛や失恋、青春の楽しみ、素朴な束縛からの自由への渇望)は全く僕らと同じもの。アニメのデフォルメがその感情移入への容易さを助けてくれる。例えば、恋した男の浮気の発見後、その男との日々を思い出すときの相手の余りのブオトコな変質ぶり。こういう主観的な世界はアニメにしか出来ない。本人の辛い体験も可笑しさとなって伝わってくる。

祖国に帰ってもやはり祖国の自由を許さぬ空気にやはり馴染めず、結婚相手とも上手く行かず再び彼女は欧州=フランスへと向かう。欧州で自由と知的な空気を存分に味わってもらいたいと思っていた母は、「ここは貴方の住む国ではない」と言い切って「今度はもう戻ってこないように」と愛一杯に言い渡す。だけど、その母は別離の後、悲しみのあまり倒れてしまうのだ。

自分の心のままに生きていたいと思う戦場と思想統制の国に生きたちょっとプータレたちびまる子ちゃん風の普通の女性。彼女の記憶の想起という形で映画はモノクロ画面のアニメで続くけど、カラーはおそらくフランスでの空港での彼女の物思いの時。物思いにふける時に火をつけるタバコ、それを深々と吸う仕草が何だか懐かしい。それを明らかに周りの人間に煙たがられ、ムッとする。何かその反応が「バカヤロー!てめえらの国は昔はみんなこんな風にしてたじゃねえか」って感じに見えたりして(笑)。ゴダールの「勝手にしやがれ」でのJPベルモンドなんか部屋の中でタバコを吸っちゃそのまんまぽいぽい捨ててたもんね。

映画の冒頭で、巻いていなかったベールを巻いて空港の係員に「マダム、パスポートと搭乗券はございませんか?」と言われても何のアクションも起こさず(おそらく持っていない)、その場を離れる。そこから回想シーンが始まるわけだけど。
ラストの空港からタクシーに乗って運転手にどちらから?と訪ねられ「イランから」と答える場面で一応話は終わる。
話は最初から同じシチュエーションでつながっている?
その後の本当のラストは彼女のヒーローもとい、ヒロインであるお婆ちゃんのことば。

毅然として筋を曲げないおばあちゃん。
主人公の不機嫌顔が直っていないところを見ると、この後も自分探しの旅が長く続くことを予感させるけれど、映画全体を通じておばあさんの格言である「公明正大でいなさい」という言葉が響いている。

ペルセポリスで生まれた少女よ、公明正大に生きよ。
選ばれしものに与えられた言葉。-ちょっと違うか!
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by ripit-5 | 2008-02-07 21:58 | 映画