マンガレビュー:こうの史代 「長い道」
『夕凪の街 桜の国』の作者・こうの史代さんの最新刊、「長い道」もまた、まごうことなき名作である。
もはやこの人の力量は疑うべくも無い。現今漫画界の天才、あるいは異才である。位置付け的には異能なのだが、とてもそうは見えないオーセンテックかつ飄逸とした絵柄のアンバランスがまたひとつ混乱させる。
なぜなら、作品はギャグであると同時にほとんど「文学」だからだ。
マンガキャラ的には高野文子の「るきさん」と高橋留美子の「めぞん一刻」をイメージさせる。
私のように、男性側から見ると、主人公・道さんのありようは非常にお得な(失礼!)存在なのだが、実は女性にしかおそらく描けない本当の道さん像が描かれる時(それは彼女がひとりで物思う時)、スッと怖さが染み込んでくる。
道さんは孫悟空の首にはめられた輪をつけたお釈迦さまのようだし、大地のような覚悟と構えがある。
浮浪する夫・荘介は手のひらの上で踊るかわいい子どもだ。
これは良く考えてみれば、世の中の成り立ちの縮図だ。おとな気取りの男たちが社会とやらと格闘しているように見えて、実は家ではお母さんを求めているように、荘介は妻を裏切りつづけても、けして自分は見捨てられないことを知っている。彼と彼女達は言葉にならない暗黙の中でお互いを気遣っている。(負担は圧倒的に道さんに高いけど)。
その意味では、平安朝以降の普遍的な女流文学者の視点にこうの史代さんは近いのではないか?子どもが大人と呼ばれる男たちを見る目、あるいはおんなが男たちを見る目。
勝っているのはどちらかかは歴然だ。それでも、道さんにとって支える相手がいることが必要なのだ。そして、それは本当に自分のこころを直撃するような男性ではないだろう。
少し抜けていて、少しは分かっている男。それが道さんには心地よい形のはずだ。
道さんが本当に好きな男性と添い遂げられないのは、無意識なのか、道さん自身がそのような選択をしているためだ。ここもどこかで見た風景だ。「めぞん一刻」の管理人さんに似ている。
あとは、この作家が風や匂いや、風景から立ち上る気分や感情を読者に読み取ってもらう術にたけていることも特筆できる。橋の真ん中や、空の上の風景。遠くを見つめるキャラクターたちの目。深く内省していく視点と、極めて考え抜かれた開放感溢れるギャグの静と動の動きが秀逸である。
by ripit-5 | 2005-09-01 23:01 | レビューこうの史代『長い道』