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The Smiths/Hatful of hollow~The World Won't Listen

d0134515_21514397.jpgThe Smiths/Hatful of hollow~The World Won't Listen

スミスについては多くのことがすでに語り尽くされたとも思う。モリッシー自体が有能なスポークスマンで、自分たちの音楽を神秘的なものにはしなかった。またジョニー・マーも解散後には自分と自分のバンドについて語り始め、やはり彼もクレバーでインテリジェンス溢れた存在であることが証明されている。いわば紳士的な若者の、新しい時代のモラル感情に基づく怒りや悲しみ、抑圧からの解放。それを歌うバンドがスミスであった。PUNKに対して、一部日本では「英国病の若者たち」としてとりあげられたおぞましい記憶があるけれど、彼らも英国病患者なのだろうか?モリッシーやマーがバランス感覚を持つジェントルマンだとして、組織の内側で働くことを断固拒絶したり、肉食否定の唄を歌うことが先進国の病なのだろうか。彼らのファンであったぼくはそうではない、彼らは精神の進歩のための戦いをしているのだと無意識のうちに思っていた気がする。当時のぼくはいつも否定する者たち(集団)があってこそ、ますますある種の強力な信念を持つ連中に思い入れを抱く傾向があったのは否定できない。それはぼくの中で自分の価値観が確立されていない証拠でもあった。だがスミスが本物であったことは歴史が証明した。

 ところで先日も書いたけれど、モリッシーはある意味でとても有能な”コピー・ライター”である。それはいわば「コカ・コーラ」のCMとは対極にあるシリアス・コピーだった。「世界は聞かないだろう」「食肉は殺人である」「野蛮主義は家庭から始まる」「女王は死んだ」「ビックマウス、またも的中」「けして消えない灯りがある」「みじめな僕を天は知っている」「パニック」Etc...。
 マスには拒絶されるタイトルたち。モリッシーはこのようなタイトルをつけること、そしてそのタイトルに見合う歌を綴ることで隠蔽されたものを明らかにする特権を得た。ジョニー・マーという図抜けたコンポーザーを得たことによって。
 深い愛情を込めて云えば”負のマジック”が成立したのである。スミスは、旧来の伝統的な生活、すなわち学校へ行き、働き、家庭をもち、子どもを持ち、休日にはサッカーを見たり、興じたり、庭の手入れをして。。。そのような当たり前の生活(しかし同時に、その平凡な生活が実は豊かなものであるのが証明された21世紀初頭でもあるのだが)、その当たりまえの生活の背後に隠されたタブーについて歌った。それは中流であろうと労働者階級であろうと、資本家であろうと社会主義者であろうと、口にするのをはばかることだ。ピストルズがやった?いや、スミスが新しかったのはそれを無鉄砲な振る舞いによらず、メチャクチャな価値観によらず、周到に伝統的なものの観察を経て、その矛盾を突いて、時にシビアに、ときにユーモアを交えて足元をすくって見せたことだった。このような知的な新世代の登場に結局当惑のまなざしを向けたまま、旧世代は、なし崩しに認知せざるを得なかったのではないだろうか。なにしろモリッシーの言葉は常に刃は同時に自分自身にも向いていたから。(見落としがちだが、ピストルズの歌詞もちゃんと自分自身にも攻撃の刃は向いていたーその意味で世間に免疫を与えたピストルズの功績は大きい)。加えてモリッシーのロック的ではない物腰、紳士的な態度と受け答えの技術も世間一般を憎悪させないことに成功させたのではないかと思う。おそらく個人的な感覚と世間の暗さが”ハマッタ”スミスの時代には、きっと「スミス論争ー(このクネクネ踊るオカマは何者だ!みたいな)」は家庭の中で小規模に起きていたのかも?と想像する。

 話は変わるけれど、モリッシーのようなキャラクターが英国北部工業都市の労働者階級の街で過ごしながら、その土地に深い愛情を抱いていたことは不可解な感じもする。むしろ、日本のような国に生まれていたほうが幾分かでも楽な人生だったのでは?とさえ思うのに。(だが変わり行く日本はどんどんシビアになって逆に英国にメンタル的に近くなっていくかもしれないが)。モリッシーは家で読書にふけりながら、自分を取り巻く環境を現実からロマンへと変えたのだろうか。言葉の蓄積と同じだけ、彼は「装丁」にも確立された独自の美学があった。
 これは大事な点だと思うのだけど、スミスは全てのアルバムを古典と呼ぶべきものに仕上げたと同時に、「シングルマーケット」を重要視していたバンドだった。その意味においてもポップミュージックの伝統に忠実だった。シングル曲が素晴らしいのは70年代のザ・ジャム、ザ・クラッシュ、バズコックスらの血脈をひいている。その年のエポックであり鏡、それがシングル盤というものだろう。(ピストルズのシングルも素晴らしかったけど、如何せん、短命すぎた)。それはつまり、B面も含めて、ということ。彼らはBサイドにカラオケバージョンなど絶対入れなかったし、入魂の曲をすべてつぎ込んできた。そしてそのジャケットは(ぼくのような)ある種の人間の,もしかしたら勘違いを増長するような英国的な人物達の肖像がロマンチックに切り取られていた。完全なロマンとノスタルジー!

 「Hatful of Hollow」と「The World Won't Listen」はスミスのシングルの素晴らしさを詰め込んだ、現役時代の彼らにとってはイレギュラー的なアルバムだ。だが、これはオリジナルアルバムと言っていいほど高いクオリティを持つ。彼らが総計何曲正規に発表したか知らないが、そのほとんど全てに捨て曲がない。このことを持ってしても、彼らが80年代に最重要ポップグループであることを証明している。付け加えて云えば、ボーナストラックにデモバージョンを加えるような、現在的なことは絶対に考えられないバンドでもある。

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追記:
本年、モリッシーとジョニー・マー公認によるベストアルバムが登場した。シングルを中心に1枚モノと2枚モノがある。個人的にはスミス時代の上記2枚の編集盤のほうが優れていると思うけど。(特に前者はジョン・ピール・セッションの生々しいライヴセッションが素晴らしいので)。しかし20年以上もたてば入門編として出来が悪いとはいえない。特に2枚組がお勧め。そしてこの2枚組みのほうで「ディス・チャーミング・マン」のニューヨーク・バージョンという割と安易なリミックス版が収録されていて、「ボートラ的な現在的な方法は絶対とらないバンド」という表現は難しくなった。当時のスミス本によれば、このNYバージョンはモリッシーもないことにしてもらいたいもの、と考えていたと聞いていたのだが。。。(2009.4.22)

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by ripit-5 | 2004-11-21 21:54 | レビュー-The Smith