カテゴリ:レビュー『合衆国再生』( 1 )

オバマ上院議員の著作-「合衆国再生」

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 オバマ氏の最新の著作を非常に興味深く読んだ。
 そして率直に言って、大変感銘を受けた。
 今のアメリカの政治は対外的にも非常に武断政治というか、野性的というか、何か根本からバランスが崩れている気がする。アメリカ国内のことをまったく知らない無責任な立場からみても、その国内政治さえ首を捻るような感じがあり、正直違和感がある。
 これはおそらく多くの普通の日本人の感覚であり、そしてその原因を作っているのは現政権であるという認識も隠しようが無く思うところだろう。
 
 これはブッシュ政権の前からの話なのだが、アメリカ合衆国には大きく二つの夢と憧れがあった。一つは物質的な豊かさに常に満ちていること。そして常に最新の生産財を生み出していること。それをバネに社会が常に活気に満ちているという印象。そしてもう一つは豊かな個人主義と民主主義の調和的な同居を持っている国。
 おそらくひとむかしの、今や死語となった日本の「進歩的文化人」たちが惚れたのは後者のほうだと思う。包容力の高い民主主義的な姿勢。
 しかしそのような姿勢は物質主義と極端な個人主義の弊害が伝わってくるにつれ、その美質は本当なのか?という疑問を持つに至る。
 その中でアメリカ発といっていいのであろう、インターネットというのは確かに(渾沌も含みながらも)表現の自由と情報の享受を格段に手に入れやすくなった。その意味でアメリカが先頭を切ったネット文化の進展はその個人尊重と民主主義的思想の産物だろう。

 いま民主党の大統領候補に名乗りをあげているオバマ氏には間違いなく、「物質的・快楽的・力強い」アメリカの側面よりも、「民主主義的・理性的」アメリカの側面を体現している。この著作を読みながら強く思う。

 オバマ氏の演説等をテレビなどで見ると、力強いカリスマ(例えばキング牧師のような)のイメージがあるけれど、逆にこの本を読んでつくづく感じられるのは、氏の思慮の深さ、常に理性的であろうとする精神的な鍛錬、たゆまぬ自己分析を通じた寛容性や包括的な態度というものだった。オバマ氏が何度か引用するリンカーンのように、社会の分裂に対して自分の理念の勝利を求めると同時に、自分の価値と対立する多くの人々を前に一人のリーダーとしてどう考え、どう共通性を見出して振舞っていくべきかと熟慮するような姿勢なのだ。
だから本来この人はむしろ一人の時間の中でものを考えるのを好むタイプかもしれない。

 本を読みながら、僕はこの人はまるで政治を分析する人文学者か、あるいはもっとハッキリ言って哲学者的な印象を強く持った。ただ、オバマ氏は政治家であり、現実を動かす行動者である。それゆえにこそ、このような本を書く才能があることに「まだアメリカには夢も希望もある」と思うのだ。その「夢」や「希望」は自己の表現もゆるされる以上、他者の表現もゆるされるべき、という民主主義の本質を体現するアメリカ、という夢だ。

 その面では今の現実を見る限り、オバマ氏はやはりどこかで理想主義的な面は否定できないかもしれない。(それでも十分現実に対する検討が出来るバランス感覚の持ち主だと僕は思うけれど)。その点では「国益」にストレートに繋がるデリケートな問題である「不法入国者」や新しい台頭勢力としてのラテン民族の人々について。そしてよりストレートなアメリカの対外外交については、その政策的な自己決断にためらいや保留の要素が感じられるのは否めない気がする。しかし、そのためらいの態度、ハッキリと決めがたいことについて簡単な答えを持たないところが、外国人である自分にはむしろ安心させられる。逆に、現実に対して簡単な答えを出されることによって、外交問題は国内政治とは比較にならないほどの巨大な誤解を招くだろう。そちらのほうこそ世界にとって悲劇である。

 いずれにしても、アメリカ自身がどう思っているのであれ、アメリカの行動は世界に影響を及ぼす。そんな世界の超大国の大統領にならんとするオバマ氏。理性的で誠実な人物であるのは間違いないと評価できるだけに、その暁には「苦悩の大統領」にならざるを得ないだろうが、その時が来たならば、希望を持って見守りたいと思う。

 そんな外人の無責任な現在のところの感想なのでした。
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by ripit-5 | 2008-02-20 22:15 | レビュー『合衆国再生』