退院してしまった

喜ぶべき状況なんだろうけど。
実際、もう退院して大丈夫?と思う。
退院後の療養についての生活指導とかも特になかったようだし、救急医療専門病院として17日をメドにという方針だし。
本人は結局10日ほどで退院したことになる。
今後、安心できる予後を考える病院を模索する必要もあるような気がする。
何となく疲れた表情の母の顔を見て特に。
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by ripit-5 | 2007-11-12 14:06 | 家の話

これからも思いやられるよん

かなり元気になった父だが。
もう帰るつもりでいる。
病院の食事が歯に固すぎて食べられないという。
それからは、病院食や管理に不満たらたら。。。

本人、あれだけ厳しい状況にあったのに、それがまるで何もなかったかのように。

人は食が欲の第一義なんだなぁ。
それはよく分かるんだけども。

帰ってからも、大変だゾ。
これからは発作を起こしやすい身体の中心部位を弱めてしまったのだから。

まだ、深刻だったという自覚がないのかもしれないが。

ヤレヤレ、これからも思いやられる。
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by ripit-5 | 2007-11-10 14:04 | 家の話

まず緊急性は脱出

やっと本日父、集中治療室から一般病棟へ移ることが出来た。
月曜日の手術は成功したと聞き、昨日辺りに移れる予定といっていたが、今日まで延びた。だが、日一日と回復が見られ、まず集中治療室から出られた時点でやっと一息ついたのだろう。正直、自分も安心感からか、やたらと甘いものが欲しくなり、菓子にむしゃぶりつく。笑うなかれ、本当に唾が出るほど、お菓子が食いたくて堪らなくなった。
母も先日辺りから食事が食べれるようになったといっていたが。何となく胸に「つかえる感じ」があったらしい。
自分にもやっぱりどこかでそんな体感があったのか。

月曜日の手術直後に見舞いに行ったときが、いわゆる集中治療室症候群のストレートな状況だった。夢と現実の混濁と、ちょっとした妄想状態。

実は、もう現実認識にきちんと戻っているが、「病院内にクーデターが起きた」という認識誤認はまだ持っていて語っている。
だが、俺は思うのだ。
集中治療室を脱出したいという思いと、クーデターという連想がおそらくつながっていることを。
布団を取れば裸のまま、管を全身に刺され、5日も仰向けで同じ天井に24時間置かれたなら。
自分だって、きっと何か認知障害を犯すような気がする。
人間って、こころの中の真実が現実認識とは別にある。それは夜の眠りの「夢」という中にリアルにある。それは主観世界の最たるものだ。

今日、ベットごと一般病棟に移った父の視線を見ていて思った。仰向けで自由の利かない身体ではときたま視線がさまよい、宙を舞う。そこには制限された目の刺激に生きる(こちら側から見た場合の)つらさを垣間見る。
人間は、横になり、立ち上がり、歩き回り、喋り、そのような絶え間ない無意識であたり前に思う運動の中で、現実の認知が出来ている。立体感があり、視線を通過する沢山の刺激があり。
例えば車を運転すれば、無意識のうちに注意深く、神経を集中させながら、視線を前後左右に動かしている。

それが制限された中で人はいわゆる妄想を持たずにいられるか?僕は今回、そうは思わなくなった。

「現実」という目線で見れば、おかしいという語りはある。
だが、夢というおかしな世界を見れば分かるとおり、人はみな一人一人どこかおかしなところ(それをおかしいというのなら)を持っている。そういうことではないかしら?

でも、今その父の奇妙な実感も、今後ずっと残るとしたらこんな余裕をこいたこともかけないだろうな。
その可能性も今のところは否定できないのだから。
まあ、とにかく現段階では成り行き次第。
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by ripit-5 | 2007-11-08 14:01 | 家の話

不憫だ

昼頃階下の母から呼ぶ声あり。
救急車を呼んでくれ、と。
父、胸を押さえて唸り声をあげる。
きたか、心臓の発作が。
呼べと言いつつ、狭心症手術を受けた病院の緊急番号を調べるから待て、と母は言う。混乱している。早く呼ばなくてはいけないのに!格好なんかも気にしていられまい。

結局、母が同行して病院へ。
自分は気もみして待つ。
いつまでたっても連絡なし。
その間に、にわかで狭心症と心筋梗塞について調べる。
心筋梗塞への不安が高まる。

4時頃、やっと連絡あり。
施術が終わりこれから医師の説明があるから同行してくれるか?と。もちろん!

病院についても医師はなかなか登場せず。
母、前より父がこの病院の術医に不信があったけど、私もそう思ったと縷々語る。若い医師で、説明能力が低いようだ。
過去に行ったステント治療の1回目の後、二回目の狭心症手術はそのステントを行った先(上)の冠状動脈にまた詰まりがあり、二度目は一回目に行ったステントを散らして、次の詰まりにステントをつけたと。
最初のステントはどこへ?という疑問があって。ステントは金属壁なので、それが気になるのだ。
ワタシもにわかに調べると、金属ステントはそこにまた新たな血栓ができ、再度つまることがあるようだ。

医師が登場して説明したが、確かに素人には分かり難いし、前ガンの説明をしたときのような画像資料などを見ての説明もない。集中治療室における集中治療症候群に対する対応への同意書を書いてもらうことが本旨のような説明に思えた。
なるほど、これではガン治療を受けた医師と違って直感的に不安感・不信感を感じるのは私も同じだ。

帰りにICUにいる父に面会。
気苦労をかけたことを気にしているのか聞き取り難い口調で「ゆっくりさせてもらうよ」というような趣旨のことを言っていた。後何か言っていた様だが、聞き取れなかった。

この1週間くらいの間は要注意とのこと。帰ってから症状名を見ると、「急性心筋梗塞」と書いてあるではないか。
一体、本当はどういう心臓の状況なのだろう?

白内障手術が無事終わって秋の紅葉がきちんと見えることを喜び、母も退院してやっと落ち着いた後だけに、なんとも不憫。
逆に言うと、白内障手術のために、血液サラサラの薬を一時やめたことと、いろいろな安心が逆に症状を再発悪化させたのかも知れぬ。
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by ripit-5 | 2007-11-02 13:50 | 家の話

これからもいろいろありそう

昨日は白内障手術で入院していた父の退院で付き添いを。目の方はすっかり晴眼化したようで良かったが。。。
そのまま真っ直ぐ顔面麻痺で入院している母の病院に見舞い。こちらも順調で今月30日には退院するが、やはり顔の半面の麻痺ははっきりしている。右目は閉じ、口は歪んでいる。症状としては末梢性顔面神経麻痺で、いわゆる典型的な「ベル麻痺」といえそうだ。(参考:http://www.ne.jp/asahi/hokudai/oto/sub5.htm )。
今回は母も予想のつかない急な症状だし、6人部屋ということで最初は気落ちしていたようだが、女性のみの6人部屋というせいもあってか、家にいるときとはまた別の印象を何となく感じた。一言で言えば、おばあさん臭いというか、女性の世界に住み馴染んだ別の姿というか。。。やはり家にいても家族とはいえ、男所帯を相手にすること。例えそれが慣れがあったとしても、自分の中にある「ある側面」を強調していたということかな。それとはまた別の側面を「おやおや」という感じで感受した。生まれつきの心臓の問題を指摘されたらしく、ちょっとひっかかりつつ病室を後に。

それからはむしろ親父のほうが気になる雰囲気。声に張りもあるし、病室では陽気に振舞い、顔艶もいいが、車の中で盛んに生あくび。退院後テンションがあがるのはいつもだが、その反動の怖さも知っているので。帰りに寄った外食先で気になることは起きた。前から良く起きる、という話だが、肩から手首までしびれる症状が。本人に言わせると、こむら返りが肩から肘、手首にくるような感じらしい。このところよくあることだから、といいつつ、箸を持つ手もままならぬまま、盛んに指のツリをほぐし、食後のコーヒーを飲む指から手もままならぬ様子。10分近く続いたろうか。その状態を固唾を飲むようにしてみている自分。どうもおかしいと思えてならない。高齢期の症状や、薬の影響だけだろうか。本人はガンや狭心症の手術以来の薬の影響だと。医者も副作用はあるんだ、と本人はいっているのだが。。。

夜、どうも気になり、母に架電してもらうよう病院に頼んで折りかえし電話をもらう。このような症状があったか確認を求める。ないことはない、とのことだ。ただ、父はこのところの病気や入院の繰り返しで大きな病気を調べることに神経質になっているのは言外に分かるし、母も認識している。

今日も少し動いていても、ふうふうと息の荒れが目立つ。気遣い症ゆえに病院では我慢していたこと、帰ってもいろいろ痒いところに手が届く母がいないことで、気持ちの地金が出て、それが外に現れているのかもしれないが。いずれにせよ、脳の様子も含め、今後も同様に父の心臓のことは気がかりだ。

冷たい言い方で申し訳ないが、その時期は余り遠くない気が直感的にする。

今では、自分として、両親を見守っていくことが仕事になると思っているので。
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by ripit-5 | 2007-10-28 15:38 | 家の話

課題

親父の癌、転移再発の可能性あり。
正直、ショック少なくなし。
親父は今年になってから狭心症の手術もあり、年齢からしても十分考えられること。ではあるが、可哀想である。
いや、本当のことをいえば動揺している自分自身が情けないのだ。
何と言うメンタル面の弱さだろう。
そう、メンタルの弱さは私がずっと引き続いて持ち続ける一番のアキレス腱だ。
年老いた両親をサポートする最低の大人気というか、経済的にはダメでも精神的に頼られるぐらいではないとダメなのに。

いま、というかここ一年ぐらいから必然的に、本当に自分の心根に大きな転換が迫られているはずだ。それをどこかで知りながら、逃げてきた。しかし時はいずれ訪れる。
ただ分かるのは切なさの意味ぐらいだ。それを超えなければ何にもならない。
いや、越えられない間は、まだ本当の課題となっていないのだろう。
予感のままなのだ。情けない。
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by ripit-5 | 2007-02-22 13:07 | 家の話

ガンというものを初めて感じた家族として。

実は今年の年末年始はヘビーだった。
29日に親父が退院したのだったが、その様子はガン治療を始めて家族としてぼくが見る限り一番調子が悪そうだったからだ。

原因はガンではなく、肺炎治療のために使ったステロイド剤の副作用で、便秘と食欲不振のため、体重がかなり落ちた。その結果、入れ歯が合わなくなってしまい、それがますます食事を食べられなくさせた。2日おきくらいに見舞いに行っていた母によると、栄養点滴していたらしい。
その老いた姿と、大晦日も正月も、好きな神棚にも何ら関心を示さない姿に、本当に辛い時は全く自分のことにしか関心を示せなくなるものだということに肉親としてショックはあった。

今、やっと調子が戻り、入れ歯の治療が済んで白米も食べられるようになり、別人のように元気になッた。その父と一緒に録画していたNHKの「ガン医療を問う」シリーズを見る。
何かといわれるNHKだが、このガンに関してはNHKは真摯に問題提起し、情報を提起している。特に今回は”緩和ケア”の取り組みが大変興味深かった。

スタジオに集まったガン患者さんの発言の重さに昔よりも気持ちが行く自分がいる。そして、医者という人たちの真摯さにも感じ入る。
緩和ケアといえば、佐藤秀峰の「ブラックジャックによろしく」のガン医療篇の結末部分を思い出す。主人公が先輩医師たちの苦悩を受けて、提起したアイデアが緩和ケアだった。当時そのストーリーに大変感動したが、いま改めてまだまだ緩和ケアが新しい医療であるということも含めて、そして瞬く間に今はヨリ着目を浴びる分野として、単に終末医療に終わらせず、緩和ケアとガン治療の併用にまで番組は提起する。体の痛みとこころの痛みにも着目して。治療の中に緩和ケアを組み込もうではないかと。

「ブラックジャックに~」は漫画に過ぎないが、その漫画が社会に与えた問題提起はけして少ないとは思わない。緩和ケアを提起する話の展開に大変な説得力があったのは、何よりもガン患者さんの人間として生きることの意味と美しさを提出できていたからだ。
これが出来るのは物語の得意分野だし、それをマンガで描き得たのは尚更すばらしいことだった。

父が帰ってきた当初は正直自分も沈んだ。今年の6~7日くらいまでそうだった。おかげで随分元気になってくれたので、僕の心も安らぐ。TVでは痛みを解放させてあげられず、親や妻を失った人たちの罪悪的な気持ちも語られていた。「自分がもっと(緩和ケアのような)情報や、医療機関を家族に提供できていれば」と。もちろん家族の責任ではないのだが、自分の責任のように感ずるのが家族なのだ。
ぼくはこの家族ほど親のことを思っているか?そう思うだけで泣けてくる。

佐藤秀峰氏の漫画をいまちらりと見返してみても、本当に本質的な、番組に繋がる会話が繰り広げられる。
緩和ケア、今後まだ父のやまいにもまだ必要な時があるだろう。
今回のあれこれで本当にいろいろなことを考えさせられた。
ガンを治すのは誰か?ガンと闘うのは誰か?主人公は患者だし、寄り添うのは医師や家族。

当たり前のことを当たり前に出来るように。
こういう番組こそ、人間の「本質」に向き合うものはないと思った。
今年は親父を連れてドライブさせてやるのが夢だ。とりあえず、それだ。
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by ripit-5 | 2006-01-11 22:30 | 家の話

恒例の

23日に4度目の入院をした父親見舞い。
主治医が出張のため、代役担当の先生の方から説明を受ける。
前回も軽い肺炎があったが、今回は別の肺炎、おそらく間質性肺炎の疑い。
思うに、真性細菌の間質性肺炎ではないかと僕は思う。今のところは原因がまだ特定できないとのことだが。
他に考えられるのはウィルス、あるいは抗がん剤ということだろうが、僕は強い薬の影響で、元来人間が持っている雑菌が活性化したのではないかと思う。
げに、人の体とはナイーヴなものだ。
一概に、親父の活動しすぎのせいではなかったかも。親父自身の責任を考えすぎたようで申しわけなかった気がする。

まぁ、いろいろたいへんではある。
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by ripit-5 | 2005-11-26 21:29 | 家の話

大変な段階

親父が3度目の入院を終わらせて退院したのが土曜日。順調に行けば、もう1回の入院で治療が終了するわけで、経過はいいはずだが、今はやはり精神的に大変な段階のようだ。本人がそれを自覚できていないところがアレなとこだし、自覚するのもまた辛いだろう。つまりガンを認めるということが。

その意味で、キューブラ・ロスの提唱した難病患者の病気の受け入れの「段階論」は当たっていることをしみじみと思った。実はその流れの階段状の発想が、半信半疑なところがあったのだが、今回の父親の姿を見ていて、正しいことを納得した。

難病を告知された患者は最初はそれを否認、次に怒りが湧くという。何故自分なのか、自分にはそのようになる責任はない、と。病気は偶然的なものでもあるのに、因果を考え、因果に苛立ち、怒りをもつ。それを周囲にぶつける。
 父の(そしてその影響を受けた自分のような)タイプは、周囲にストレートに感情をぶつけられないから、おのずと甘えられる人に向けられる。家で言えば唯一甘えられる母だ。
 いま、この段階に父がいることははっきりと分かり、その説の正しさに驚くほどだ。
 病院への不満、社会への不満、強いリーダーシップ待望、近隣諸国への偏見嫌悪。すべてその底に一番語られない自分の病気と、病気と闘わねばならない作業の全てへの苛立ちが感じられる。
 今回の退院も、入院2日ほどから物置の急な整理でへとへとになるまで働かなければ1週間は縮まった。また、外出した日にヘトヘトになるまで(そう、見るからに)庭で働かなければ、肺炎を起こさず、もう3日ほど退院が早まったはずだ。おかげで、4度目の入院までの期間が狭まったし、上手く行けば、4度目の入院はなかったかもしれなかった。
 そして退院2日目の今日だ。夜7時過ぎまで街に出て、へとへとになって寝込んでいる。これら全てに、現実的な行動の背後に病気に対する苛立ちや、自分苛めがあるように思う。
 母がやはり可哀相である。
 しかし、どうしようもないとも思う。親父の世代は心理学など無かった。精神論があったのみの時代の人だ。
 ときたま、ぼくは人と言うのは、自分の身体でムチャなことを試してみて、それで自分で気づかないと分からないというか、「そうやって、分かりたい!」と無意識に思っているのではないか?と思うことがある。
 いずれにせよ、乳がんと会社倒産がはさまって一時的にヒステリーが顕在化した叔母のときほどではないにしても、実の父もそのような階段にあるのだなぁと理解せざるを得ぬ。
 こうした「苛立ちと怒り」の段階を経て、きっと病気を受容し、病気と共に生きようと思うようになるのだろう。とはいえ、口で言うほどそれは簡単ではないだろう。特に、親父の場合は抗がん剤の副作用がほとんどなく、日常的に、病気馴れしていない人で、そのくせ小心な人は。
 ここらへんは、おそらく自分もきっと同じような道を辿るだろうことは目に見えている。自分はつくづく親父と似ている点が多いから。
 いずれは世話をかける人間にこんなことを日記にかかれるように”自分が”なるのだろう(苦笑)。何とか意識しつづけよう。
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by ripit-5 | 2005-11-14 21:53 | 家の話

久しぶりお見舞い日記

ということで、父親見舞い。
昨日、3度目の抗がん剤点滴。
経過は良好のよう。本人も元気だ。
病巣も縮まり、上手く行けば、今回の入院で完全復院となる可能性が高い。
入院前にムチャしたせいで、一週間軽い肺炎(というか、風邪引きだろうが)で投与が遅れた。
ところで柳原和子さんというガンと徹底的に闘うというか、医療機関をも含めて自分自身と医師とを巻き込んだ自己省察的な闘いをしているジャーナリストがいるらしい。父親の話だとTVでみたらしい。自分も前、その人は見た記憶がある。真摯な感じの、良い意味の強さを感じる人だった。今度、著書を読んでみよう。

それにしても、セカンドオピニオン制度を維持するのにしても、今の厚生労働省の医療改革試案は今後高齢化する我々には余りにも冷たい制度だ。これに経済界よりの「財政諮問会議」がもっと財政軽減よりに急げとせかす。
道はどんどん狭くなる。
これで個々人はますます自己保身に走るし、カネの医療になる可能性も感じる。
日本の医療制度は現状でもまだマシなほうなのに。。。
そもそも財政悪化を招いたのはバブルとはじけたバブルのつけを財政出動で出しまくりしたせいじゃないのか?バブル時代にやるべきことがあった。それが福祉と医療の整備、すなわち高齢者社会への備えだったのじゃないか。
「ふるさと創生」一億円だの、地域振興券だのの、天下の愚策ではなくて。
自民党と公明党、とくに自民党政治のつけじゃないのか?
これ以上はやめますw。
こんなことを書けるのもHPがタダだから。それは感謝。
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by ripit-5 | 2005-10-26 09:22 | 家の話