カテゴリ:日々( 144 )

Ustreamにて雑談、日曜日



日曜日に友人宅にて雑談。
2時間25分。特別なことはな~んにもありません。027.gif
文字通りお暇なマニアがいれば、どうぞ。
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by ripit-5 | 2011-09-13 22:33 | 日々

ほぼ新年度ですね。

またブログの更新が2週間くらい延びてしまいました。
テレビなども朝のドラマが変わったり(ゲゲゲの女房!)、東京から登坂アナウンサーが来たりなど、すでにそちらに関しては新年度モードです。

私自身も多少新年度モードがありまして今後少々ブログの更新も滞る面もあるかもしれません。
お許しください。

最近流行のツイッター。私も例に洩れず、その気楽さや多くの著名な方々(政治家、ジャーナリスト、弁護士、医療従事者等)がはじめているため、そのリアリティと即時性に惹かれてついフォローしたり、自分に関してはその場での思いが簡単に書けてしまうため、そちらでの書き込みが増えてしまっているのは事実です。
ただこのツイッターもハマルと、本当にハマッテしまって時間が気づいたらいたずらに過ぎていた、ということもありますので気をつけねばなりません。

野暮で糞硬い自分も意外と新しいツールが好きで、今までもSNSであるMIXI、マイ・スペースとハマッて来て、いまはツイッターにものめりがちなわけで。

少し新年度からは抑制せねばと思っています。
といいますのは、出来ればまた改めて社会保険労務士の勉強を余りデテールにこだわり過ぎずに復習したいと懲りずに思い始めているのです。理想はこの3ヶ月間くらいをメドに”おおむね”な感じで全体を再度学びなおしたいと思っています。特に「働いてもらう側」ではなく、「働く側」に極力軸足を置いて。

後は行政書士の復習で憲法と行政法の復習が出来たらなと願望しています。(公務員試験の「行政法」講義のライヴを本にした良いブツを発見しました)。出来れば民法も、総則辺りまで。。。と贅沢な夢を描いて見ますが、それはまず難しいでしょう。やはり優先順位は労働社会法制と憲法、かな?

NPOのような「新しい働き方/新しいお互い様」にも関心があります。NPOで行っている「自由学校」が予定している「21世紀のセーフティネットを展望する」という連続講座にも出たいと考えていますし、我が母校の恩師が講師をする市民大学での「深層心理学」の講座も出ようと思っています。で、それらを自分の現実にどう生かせるか考えたいです。それから、「講師がモノをどのように伝え、教える努力をしているか、工夫をしているか」という角度からも学びたいと思っています。

人よりも迷いすぎて少し道がずれているような生き方をしている自分ですが、春になって暖かくなってきたら、今よりもほんの少しアクティヴになりたいと思っています。

ブログの更新が少し滞るところがあるかもしれませんが、お許しください。
出来ればツイッターのほうの書き込みをフォローしてくれるとありがたいです。

それから本ブログのリンク先は自分でも相当イイ、と思いますのでリンク先のブログも是非ご参照ください。
Exciteブログにリンクを貼らせていただいている方々のブログ新着記事はいつもチェックしております。今後ともよろしくお願いします。
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by ripit-5 | 2010-03-29 20:34 | 日々

2009年が終わります。

 おやおや、もうあすから2010年代ですよ。アトム世代じゃない僕でもまるで「ドラえもん」の世界ですよ。未だにその年代って未来としか思えないですよ。「2001年宇宙の旅」という名作映画がありましたが、感覚的にはもうそんな世界です。でも意識的には2010年的とあんまりズレを感じなくなりつつあるような気がするなぁ。キューブリック監督の映画と云ってもそんな知らないんですけれども。精神状況としてはそこまで来てしまったような感じもありますけどね。物理的にはそういう世界ではなくても。いや、物理的にもどこか、ね。すでに未来に到達してしてしまったという気分もありますね。

 もともと自分は極めて受け身な性格ですから、弱者としての直感のみでモノを考えてここまできました。
 その上でいまあえて読み返しはしないけれど、今年の1月から一貫して直感的に感じているものがあるし、それは去年からも引き続くものでした。で、そこで考えていることは先走り感があってもそうは時代とのズレはなかったんじゃないか?という気もしています。

 精神的な動きと肉体的な動きが極めてアンバランスなんですね。まぁおそらく自分という人間は。

 政権交代が起きて、現在進行形的には評価が二転三転するんですが、ただ一ついえるのはよく考えてみれば、徐々にいろいろなものが表ざたになってきてませんかね?ということなんです。しずかに、しかし確実に。日常的に。それは政権交代直後に各閣僚が意気込みだけで語っていたことと、その後の経過に関してもそうだし、僕が評価しない事業仕分けに関してもそうだし。究極的には僕ら自身が自分の利害損得から始めざるを得ない、というところまで突き詰められてくるのが来年という気がするのです。

 そう意識されるのは勿論全体ではない。それが一般的な認識になってしまえば社会が本格的に動揺してしまいますから。ただ、政治のせいだけではなさそうだぞ、これは。という意識を持つ層がより広がるような気がするんですけど。(これもある意味では楽観的な??予測です)。

 そこら辺は小泉政権以後の自己責任論とはまた別種の感覚なんだな、これは。あれは一種の高度政治的抑圧だったけれど、民主党政権になってそんな新しい感覚が自分の中に徐々に明確化してきた感じです。それはおそらく、確かにその前からあった感覚でもあるんですけれど。

 来年は家が火事になれば「これはいけんぞよ!」と思うようなびっくり仰天的な行動力がつくのかな?それは幸せとも不幸ともいえないかもしれないけれども。。。(何を書いているんだか自分でワケわかんない。)

 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョパンニがなんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。
 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」 
 ジョパンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムバネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。
 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 

(『銀河鉄道の夜』より)
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by ripit-5 | 2009-12-31 21:26 | 日々

バック・トゥ・ベーシックと行きたいものだけど。

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 今週の『デモクラシーNOW!』はとても興味深かった。タイトルは「ベトナム戦争を終わらせた男」。ニクソン政権下の元国防総省勤務の人物が国防機密書類(ベトコンの米兵殺人を誇大に強調し、激しい北爆を開始する理由となった書類)をコピーして、メディアに配布した。その理由はタイトルどおりベトナム戦争を終わらせるため。男性の名はダニエル・エルズバーグ。ニクソン、キッシンジャーを憤らせ、「アメリカで一番危険な男」と称されて終身刑になる一歩手前までいった。「アメリカで一番危険な男」はドキュメンタリー映画になり、今年アメリカで上映されたらしい。日本でも熱心な人たちの手で上映される可能性もあるのではないだろうか?そのようになることを祈りたい。
デモクラシーNOW!:1)『アメリカでいちばん危険な男』 ダニエル・エルズバーグとペンタゴン・ペーパーズ
<追記:日本の映画情報ニュースサイトにもインタビュー記事がありました。今後の上映も期待できるかも?>
アメリカで最も危険な人物!ベトナム戦争の欺まんを内部告発した男のドキュメント! - シネマトゥデイ



 ある面においては、デモクラシーNOW!を見ることによってインディ系かつドキュメント等のアメリカ映画の最新情報を手に入れられる利点もある。マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」もそう。そしてマイケル・ムーアの新作映画『キャピタリズム』もいち早く本人の率直なインタビューとともに発見したが、日本語版の当該プログラムが先ごろ放映されたと思ったら、かなり早い段階でネットの日本語OA版もあがってきています。(前・後半合計45分。リアルプレイヤーをインストールしてどうぞ)。
マイケル・ムーアが語る新作・『キャピタリズム~マネーは踊る』
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 今まで自分の故郷デトロイトの衰退する自動車産業、銃規制問題、軍事産業、医療保険問題等々、個別の問題を体当たりアポなし取材でエンターティンメント映画化してきたマイケル・ムーア。この番組で率直に語るところでは、「もう個別の問題はいい。正面からこの経済構造を問題にしたい」との意向で作られた作品よう。
 一人の表現者としてある水準と現実とのリンクも絡み、尻尾を揺らして全体を考えてみる方法よりも、ある段階において、真正面から構造的問題に向き合いたくなってしまう「苛立ち」のようなものが生じること。分かるような気がします。
 作品を見ていない以上何ともいえないけれど、やはり取り上げる問題が構造的に大きなものに対する直球勝負だとすれば、表現として深みのあるものになり得るかどうか?一抹の不安もあるけれど、いずれレンタル化された折にはぜひ見てみたいと思っています。



 おっと、タイトル本題に付随する話で紹介する予定が意外に長くなってしまいました。最近事情があって中学時代の数学や国語とちょっと格闘するハメに陥っている。そして驚くほど基礎知識を忘れているというか、そもそも持ち合わせていなかった自分自身の現実に愕然としている。一次方程式、連立方程式。それらもやっと思い出して解ける程度で、文章を数式化する作業は未だに出来ない。つまり数学の要諦を把握していないのだと思う。もうウン十年前の話とはいえ、それらの事柄が忘れたり、分からないままほおっておいていても生きて来られたことを考えれば、勿論学問として現実に必需なものはそう多くはないのかもしれないが、しかしいろいろ考える上で数学の発想があれば余計な回り道をしなくてすんだのではないかと。それも幻想ですかね?

 また、国語も中三レベルになると読めても書けない漢字が多数ある。ワープロから始まり、タイピング活字の時代になってどれだけ自分が自分を表現する際の助けになっているか。改めて思い返して、しみじみ有難いと思うのだが、同時に、紙とペンを前にして書けない漢字が山ほどあるという事実にも愕然とする。(そもそも愕然って漢字が書けないですもの)。

 僕は中学時代からやり直したい。英語や理科、そして社会科も含めて。中学に入り直したいくらいだ。同時に、義務教育レベルをきちんと仕上げていれば、社会人の第一線として立派にやっていけるレベルなのではないかと思う。もちろんそれは全体がほぼ完全に理解出来る能力があるということを前提にしての話だけれど。それに十代の半ば過ぎで社会の一線に伍するというのはまた別の意味で大変ではあろうけれど、基礎学力レベルがきちんと身についていれば、俺の大学時代のレベルなんかも遥かに超えます。
 だから仮に「オール5」の中卒学生が中卒であるという理由で就職不利だったりするとすれば、それは実は大変にナンセンスな話なのだ。世の中のしくみの融通の利かなさが本物の実力を見落とすこともあるだろうな。まぁわかったフリをすれば、それがまた、一つの世の中ってやつのしょーもなさかもしれません。

 いや、ホント、中学からやり直したいよ(苦笑)。文章問題なども馬鹿にしていたな。やはり試験問題に出るような文章は随筆、エッセイ、小説その他であれ価値ある文章に違いないものだと実感した。それを設問化する際の問題はあるかもしれないが、中学くらいであればそれほどの首を捻る変化球は無い。いい文章はそれだけで自立して良いものだ。そう素直に思ってしまった私はつくづく年を取ったことを実感する(苦笑)。

 最後にこの年末に読みたい本。本もじっくり読みたいと思いながら、今はなかなか向き合う時間が無い。手元にある本でまずはきちんと読み切りたい本が二冊ある。
 一つは中途半端のままになっているジョージ・オーエルの『1984年』。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫 オ 1-1)

ジョージ・オーウェル / 早川書房


 この夏に購入して半分くらいまで読んで止まっている。ただ、現在サスペンス的に読んでも面白い。同時に長く間隔が空いてしまっているので前半部分を忘却している可能性があり、そこをどう補いながら先に読み進める形が出来るか。

 次に北大の福祉政策学の星、宮本太郎センセイの『生活保障』

生活保障 排除しない社会へ (岩波新書)

宮本 太郎 / 岩波書店


 この本は昨年の『反貧困』に引き続く現在の格差・貧困・社会保障・社会的紐帯の問題を大変分かりやすくまとめられた良書。各種シンポに積極参加の中でいろいろなジャンルの人たちとの対話も栄養になっているのではないかな?と勝手に想像。とはいえ、こちらもまだ途中。3分の1も読んでいない。だが面白い。特に「生活保障の制度と社会の現実とのずれ、制度が想定したライフサイクルと人々が生きている人生との相違」(P.51)のような現実認識から考える社会の見通しは良い。それが実は日本固有というよりも、欧州においてもかつては同じ構造だったということも。目から鱗でした。気づいた時点で欧州の政策移行は手早かったんですかね?
 ところで宮本先生も内閣府参与になりましたな。この内閣も識者のオールスターの様相を呈してるのですが、どうかどうか、皆様の意見をきちんと生かしてくださいましな。お願いしますよ。この22日も北大のシンポに宮本先生は参加される予定。自分は見に行けるかどうか未定。見に行きたいと思うのだが。。。
 
 それから忘れてました。もう一冊は今の民主党の「政治主導」の成立を考える上で菅直人さんの『大臣』。前の日記にも書きましたです。
 現在3分の2程度まで読んでそこから先に進めず。

大臣 (岩波新書)

菅 直人 / 岩波書店

スコア:



 そしていまぜひ読みたいと思っている新書として、『スピンドクター』。

スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術 (講談社プラスアルファ新書)

窪田 順生 / 講談社


 『ニュースの深層』に著者が出演した際に非常に興味深く拝見。情報をスピンする、悪く云えば情報操作するのは公的機関でも大企業でも組織が大きくなればなるほどミスや問題が発生した場合、あるいは方向性を世論に与えたいとき、情報のスピンをする動機や欲望が起きるのだろう。それをスマート?に行うアドバイサーとしての専門家がいるらしいのです。確かに先のベトナム戦争に関しては情報のスピンがあるということは「ベトナム戦争を終わらせた男」ですぐ分かるところ。
 「オバマにとってのベトナム」、それがアフガンと呼ばれる現在のアメリカが向き合う場所として、ベトナム戦争から学ぶ点が多いのだと思う。それはベトナム時代に国防総省に居たダニエル・エルズバーグ氏が主体者としてオバマに注意を喚起しています。第二のベトナムにするべきではないと。
 日本人としてはアフガニスタンとタリバンを考える際には、ペシャワール会の中村哲医師の話や本を読むのが一番適切だと思うし、僕はベトナム戦争に関しては全く歴史的知識が無知なので、今後遠からずベトナム戦争に関する適切な本を読んでみたい。どなたか「これは」という本があれば教えてくださいませ。<(_ _)>
 一番上に書いたドキュメント映画ももし日本で上映される機会があればぜひ見たいと思っています。 

 後は月末に季刊誌『SIGHT』が発売される。それから最近ずっと機会がなくて11月以降の『ビッグ・イシュー・ジャパン』も購入できていない。今はおそらく地下コンコースで売っていると思うので、時間を見繕ってまとめて購入したいと思っています。

 でも同時に年末年始はまた、ケーブルのジャーナル番組やBSで面白い番組が続く予定なんだよねぇ。こういうのが挟まるとまた先送りされる本もあるかな。これが僕の今の楽しみだってんだから、どこかズレてるね。呆れてくだされ。

 ということで。とりとめなく長くて失礼しました。文章修行が必要かもしれませぬ。
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by ripit-5 | 2009-12-18 20:28 | 日々

ブログ開設してまる2年。

 丁度こちらのエキサイト・ブログを開設して丸2年が経ちました。かなり日々長文の文章を書いてきたので、あ、まだ2年程度だったか?と自分ながら意外な感があります。それと、元々OCNで当時開設していたフォーマットが決まった簡易ホームページ事業がなくなるという事で、過去にそちらに書き込んでいた日記をコピペしつつこちらのブログに移す、という目的も兼ねていたのでした。

 もともとエキサイト・ブログには憧れがありました。長文の文章を読むのには一番文字やレイアウトがしっかしとしていて読みやすい、と思っていたからです。この2年の間に何度かテンプレートも変えましたが、「文章が読み易い」という点において、エキサイトブログを超えるものはなかなかないと思います。
 その分、いろいろなアプリケーションを付けられない不便さは現在進行形においてはありますが、純粋に文章を読む、読んでいただくという点においては、他のブログのレイアウトも良くなってきていると思いますが、個人的にはエキサイトブログがいまだ一番好みです。特に編集がその場でやり易い点において抜きん出ています。

 過去の日記のコピペもそれなりに大変で、結局半年近くかかったと思うのですが、やはりほんの少しでも読まれて欲しいという欲もその頃から段々生まれ、今までしたことがなかった「記事トラックバック」なども割と積極的に行って、より多くの機会に目に触れられるように務めています。とはいえ、正直内容が偏ってますから当然マイナー中のマイナーブログです。現在アクセス総数はおおむね2万9千くらいかな。単純計算すると一日40アクセスくらいというところですが、実態は30件前後が毎日平均の数値だと思います。それでもそれくらいの人が見に来てくれるだけでもありがたい話です。

 そもそも2年前の本日本夜の記事からしていま自分で読んでも辛気臭いものですから(苦笑)。その辛気臭さにおいては、一貫していて嘘はありませんねw。今日のいまも辛気臭いことを考えておりますので(笑)。もうこうなってくると、ほとんどビョーキですね。

 ビョーキといえば、久しぶりに風邪を引いて昨日はずっとこんこんと眠りぱなしでした。風邪の主症状がなく身体にきて食事をもどしたり。お腹にきてから熱が出たという、自分としては珍しいタイプの風邪。高齢で、肺ガン履歴ある親父のいる両親との生活ですから、何はともあれ、インフルエンザには気をつけなければなりません。

 政権交代の年でしたが、秋晴れの時期は過ぎ、いつか冬らしく人を内省的にさせます。いまの政権は真逆な方向性において小泉政権に似ているかもしれません。日々新しい話題を提供するのですが、その結果は出ておらず、ただ雲行きの危うさのみを思わせる。現内閣にいる人たちが今までの政権と違って極めて真っ当で真面目に見えるところがなおややこしい。宮内庁をも恫喝する裏にありて真実の権力者の面影を露わにし始めた小沢一郎氏を始め、亀井静香氏を加えて、結局政治のプロはあのふたりでしょう。NHKドキュメント「永田町・権力の興亡」の主役及び、常になんらかの形で「そこに居た」人です。そして厄介なことに?大局が見えているのは、残念ながらそのふたりであろう、というこの何ともいえない複雑な雰囲気(苦笑)。

 民主主義権力であろうと、どっか乱暴な人が居て状況を強引に動かすという存在もアリなのかものしれませんが、現民主党政権ではこの二人のみが突出しており(というか亀井さんは連立政党の党首ですが)、他に大局を語ることができる大物かつ、ちゃんと紳士的な人がいないというのはどんなものやら。。。いないので、ついウラの権力者が権力者の行動及び言動をダダ漏れ状態してしまうのでしょう。結局、そこで真の実力者がバレてしまう。「民主的なる事業仕分け」うんぬんとか言っていてもね。。。

 おや、また話がずれてしまったようです。
 何にせよ、このようなブログでも継続的に見に来てくれる方には本当に感謝です。

 また直感で書いてあとで恥をかくことを宣言をしておきましょうか。
 鳩山首相は在任中に(どれだけの在任期間かはわからないけれども)かなり大胆な外交を行うのではないでしょうか。対照的に内政的には全然無為に時を過ごしてしまう首相になるやもしれませぬ。(憂鬱。。。)
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by ripit-5 | 2009-12-14 18:18 | 日々

ひねもすのたりのたりかな?

 今日は代休にてお休み。実は来週から今月いっぱいの間、12時間拘束労働の日が続くので、休みの日しかネットにアクセスできないかもしれない。いつの間にか、私も結構ネット依存症になっているのだけれども。。。とはいえ、ネットから学んだことも多いというのも事実です。以下にも書きますけれど。

 実は、今日は個人的に腹立たしいことがありました。
 午前中、久しぶりに札幌市の東となりに位置する江別市大麻というところに「野幌森林公園」という自然林公園がありまして。毎年何回か僕はここに森林浴に来るのですが、今年は機会がなく、きょうの休みは快晴、しかも夏が戻ったような天気ということで久しぶりにドライヴを兼ねてそこへ出かけました。JR大麻駅の裏地を抜けると、ミニアンダーパスがあります。そこに入る本通りの手前に一時停止の標識があり、左右確認してから本通りのそのミニアンダーパスを通り抜けた。すると後ろで何か拡声器で呼びかけるような声が聞こえる。アンダーパスを抜け、北海道立図書館の前あたりに出ると後ろにパトカーが見える。まさか?俺?でも何の覚えも無いぞ。スピード出しすぎたか?と思った瞬間には向こうもフロントライトを点滅させている。まずいと思って車を止める。すると若い警官が降りてこちらによってくる。俺は自分が何をしたのかわからず、訝しく思いながら窓を開けると、彼が言うには「一時停止違反です」だと。思わず、「ええ!まさか!私はきちんと止まりましたよ」。「いえ、徐行しかしていないです」「そんなこと、絶対無いですよ。止まって左右確認したんですから。本通りに出るんですし」「いや、あれは一時停止したとはいえないですよ、お気持ちは分かりますが」「といったって、それはあなた達の主観じゃないですか?私はきちんと止まりましたよ。過去からもう、何度も通っている道なんですから。(学生時代にこのそばにある大学に通っていて、何度かこちらに住む友人を車で訪ねる習慣があった)。いまだかつて注意されたことは無いですよ。(自信が徐々に身に宿ってくる)」。「といっても、私たちから見たら徐行でしかないですから。気をつけないと(一歩も退かない様子)」「それはあんまりにも恣意的だなぁ」「シイテキってなんですか?(素朴な顔で聞かれる)」「いや、ですから。そもそも証拠がないじゃないですか。この種のことって証拠がないと客観性を担保出来ないじゃないですか。(旗色が悪いのは分かっているが譲れない)」「証拠は私たちが仕事として確認できますので。」「ですから、客観的な証拠とはいえないでしょう、それは。そもそも、まさか教習所で習ったとおりで運転するってわけにはいかないじゃないですか」「いえ、教習所で習ったとおり運転するのが原則です。」「(こんな教科書のような発言が帰ってきたのには驚く)そんなこと、出来るわけないじゃないですか。そもそも車には流れがあるんですよ。その流れに逆らって教習所で習った通りに走れって言うんですか?却ってほかの車の流れを阻害して、迷惑をかけるじゃないですか」
 と、まあいうべきことを言っても、警察相手に連中がそう決めたことには勝てるわけもなし。。。

 畜生!という思いと馬鹿馬鹿しい思いで思わず苦笑したままパトカーに乗り込む。もう一人の先輩みたいな警官が開口一番「一時停止が見えなかったですか?」という言葉にまたムカッとする。「見えたに決まっていますよ。それをあなた達が徐行でしかないっていうんだから」「ええ、あれは徐行です」「だからそれは主観でしかないでしょう?客観的な判断材料はどこにあるんです?写真とかで捕らえられますか?」と、自分でもびっくりするくらいに喰らいついている。敗戦決定、もはや逃げられず、これ以上感情的になったらどうなるか判らないけども、今の経済状況やら、自分自身への納得やらを考えると悔しくてならず。罰金7000円取られることなり、手続きを済ませるしかなかった。7000円かー。畜生、痛いなァ。デカイ金額だなあ。しかもこんな気持ちのいい日にこの理不尽かよ。
 ただ、云いたいことを十分言った以上は相手も耳が痛いことだったろうから。「不機嫌なことを言ってしまって申し訳ありません」とそこはしっかり謝った。「こちらで昨日死亡事故があったばかりですから」「そうですか」「以後気をつけてください」「わかりました」。結局、最後はそんなやりとりで別れた。

 公園のすぐそばまで来てのまさかのアクシデント!で久しぶりの快晴の森林公園。その中でも最も原生植物が生い茂っているお気に入りの道を歩いても、どうもさっきの件が頭から離れない。もう7~8年位前だろうか。紅葉を見ようと夕張の道道でイキナリネズミ捕りに捕まったときも同じように「昨日この通りで交通事故で死者が出ましたから」と言われたことを急に思い出した。ネズミ捕りって卑怯だよなぁと思っていたが、そのときはその言葉に「ああ、そうだよな、スピード出しすぎは良くないよな」と自分を納得させた。いま思えば、あの時とさっきの説得(?)は同じものじゃないか。ならば食い下がって、「では、昨日のここでの死亡の確認をおたくの署でさせてください。その記事は新聞に載ってなかったような気がするので」と言ってやれば良かった、そして本当に確認してくればよかった、などと思ったりして。(※実はウチの近くの大きな通りで昔、全く同じ場所でしょっちゅうネズミ捕りをやっていた。機械を置いて裏通りに隠れている警官を見ながらチャリンコ通勤していた自分はそのやり口のワンパターンさと姑息さを毛嫌いしていたのでした。いまその場所のすぐそばに大型ショッピングモールが出来て以来、ネズミ捕りをやっている様子はさっぱり無い。)

 自分は日ごろ自転車と徒歩が多く、車の運転は月に6~7回くらい。長いこと自転車中心だったが、最近はダイエットを考え、時間がある時には1万歩歩くようにしている。すると徒歩者にとって自転車が横を抜ける怖さも分かるし、自転車に乗るときの歩道・車道における気の遣い方の必要性、小道から自転車を想定しない車が頭を出す時の怖さ(これで私は3回飛ばされた)、逆に車で走るときの自転車の斜め横断など。それぞれの場面/状況のヒヤリ・ハットは重々知っているつもり。(一度真冬にひき逃げされたこともある)。

 なぜこんなことをクドクド書くかというと、実は森林公園の散策の帰り、大麻から抜ける道路でまたも巡回パトカーで同じ連中を見たからだ。つまり、彼らは今日は「お仕事の日」なのだろう。「点数稼ぎ日」が今日に当たっていたのだ。思い起こせば、前回も今日も平日だった。そう思うとまた無性に悔しさがぶりかえし、いまタイピングしている次第。ケツの穴が小さいといわれようが、悔しいものは悔しい。せっかく森林公園で「いつまでも根に持つクセはよそう。一人歩きしているからそこに頭が戻ってしまう。風景を見れば、あれはもう何年前になる?札幌を襲った台風で無残に倒壊されたり、倒壊する危険のある木を伐採した後の寂しいほどのあちこち空き地のような風景はほとんど消えて、相当景色は回復してるじゃないか。」と自分を慰めていたのだが。

 自然公園の中途の木材ベンチで図書館で借りたレイ・ブラッドベリの「華氏451度」。NY金魚様のブログで紹介された本で、興味を持っていたのです。本当に久しぶりに集中して小説を読む。前半のハイライト、管理社会から自由な少女との最後の会話、そして主人公の上司による焚書に至る歴史の話を読みながら、これはまさに4年前、郵政選挙のプロパガンダと同じだ、有権者で「B層」と位置づける人びとをターゲットにして、そこにアピールする広告屋の手口と同じじゃないか、と。諸々なことを考えさせられる。そんな知的な刺激を受けた後だっただけに。

 帰りにもう一度、あの連中とすれ違うとは運命的な不幸だ(モロ、オオゲサですがね(苦笑))。
 しかし、警官さんという仕事はそりゃ大変だと思うんだけども。同時にいつ仕事があるんでしょうか?という気もするんだよね。よく考えると。仕事が無いことが本来はいい状態なんだからね。自分なんかは貧乏性だから、仕事がない手待時間ってやつが本当に苦手なんです。すぐに「仕事がないんだったら、だらだらしてないで解放してくれねぇかな」と思ってしまう。
 で、解放されたら、沢山の仕事仲間たちがケイタイと向き合っているのが何だかとても不気味に見えるんだよね。

 華氏451度に出てくる少女のように、あるいは署長がいうように、少数派には居場所がなかなかないんだよね。(もちろん、そういう風に自分を特別視してみる根性が、人間としての器の無さ加減だという自覚がないわけではないのですが)。

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

レイ ブラッドベリ / 早川書房



 こちらも連続借り出しだから、何とか日曜日までに読んで返さなければ。というか、これは購入するつもり。最近、基礎能力も無いのに政治社会的なことばかり考えすぎて新聞の切抜きやら何やらで時間をとりすぎた。読みたい本を読むようなことがしばらくありませんでした。

 とはいえ、肝心なことを書き忘れていたのに今気づいたので急いでつけたすと、私は昔はもっと警官とかには従順だったと思う。それが自分の中で何か変わった。それはやはり足利事件という現実に触れて、「やはり現実とは、そういう世界なのか」と確信したりとか、いろんな社会系のブログの人たちの卓見とかに触れたのが大きかったと思います。
 もっと少しは自分の考えに自信をもっていいんじゃないか、あるいは言うべきことは言わないと自分が損になるんじゃないか。その代わり、言ってしまったことによる結果が出た後は、相手は気持ち良くないはずだから、その非礼はきちんとお詫びする。
 こんなことは中年として当たり前の心構えかもしれないけれど、今更ながらやっと、自分に内発的に宿り始めたものかもしれないと思うことでした。

ところで、政治社会的なことでいえば、昨日。
民主党は鳩山論文が問題になっていたけど、何のことはない。これは立派な論文ですよ。NYタイムズに特定の部分だけが抜粋引用されたようですが、典型的な文脈無視の記事なのでしょうね。
 というか、この鳩山論文は本当にしっかりした立派なもので、次期首相の哲学が本当にこのようなものに根ざしているのであれば、私たちは次期首相の哲学を誇っていいのではないでしょうか。(とはいえ、やはり僕などは、優しすぎてこの人はぶれるんじゃないか?と正直、心配する部分もあるわけですが。ともかくまずは見守りましょう)。
2009年8月10日 「私の政治哲学」 鳩山由紀夫ホームページ
※「きっこのブログ」様から情報を得ました。御礼申し上げます。
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by ripit-5 | 2009-09-02 17:27 | 日々

7月11日

 今日は涼しい。午前中、髪を切りに行く。新しく出来た1,000円カットの店にて。カットはどう見積もっても上手だとはいえないけれど、サービス精神は旺盛で心地良い。何より会員カードを作るために記入した簡単な個人情報を書いて渡したあと、名前を覚え、つねに名前でこちらに呼びかけるその接客態度は今まで出会ったことがなく、大いに感心。

 帰りにレンタルのゲオによるが、変だ。どこを見ても新作と韓流しか見当たらない。『イントゥ・ザ・ワイルド』はどこにある?この棚ぞろえはどういうことだ?そもそも最近大手の小売店は棚を頻繁に変えるので目的が決まっている人間は惑わされるのだが。。。

 僕は別に韓流でも反韓流でもない。純愛モノは日本の80年代の昼メロ並みにダサクて感傷的だなという印象と、「チャングムの誓い」は下手な昨今の大河ドラマよりもよっぽど名作だなと思うくらい。あとはそれこそ韓国の文化政策というか、文化セールスが国として上手だったんだな、と思うくらいだ。しかし、売り場にこれだけ韓流モノが座の中心を占めていると(ホント、この半月くらいの間だ)、ほとんど文化洗脳か?と怖くなる(怖がり癖がまた(苦笑))。いや、実際にはレンタル商品の多様性がこの不況で非常に受動的な安全路線だということが本当はひっかかりのある直感的な怖さなのだ。
 レンタルDVD商品の旧作の占める位置の小ささ。不況とともに忍び寄る文化生産物の選択幅の縮小。オオゲサだけどそんなことも感じるな。

 帰ってから愛川欽也のパックイン・ジャーナル。何だかごく最近の愛川欽也。ひどく苛立っているようにも見える。実に良いまとめの司会してるんだけど、話を向けた人に対して発言の半分くらい聞いてからもう分かったから、それで、それでと自分の主張が張り出してくるように見える。彼の頭の中はとにかく早く選挙、早く政権交代、という感情に占められているかのよう。僕も思いは同じだけど、少々気走りすぎではないかな?それからあの田岡さんを誰か止められないのか(爆)。もっといい議論に入れるはずだし、その顔ぶれなのだが。田岡俊次氏のテンション高い饒舌に座がいつも奪われてしまっている。正直この人が出演の回は勘弁して欲しい感じだ。

 「市場よりも社会が大事」。
 どこかの政党が選挙のスローガンの言葉にしてくれないかな。
 鳩山民主党の「友愛」は悪いことばではひとつもないのに、なぜか胸に響かないのはなにゆえだろう?
 思うに、鳩山さんがどういう人たちを見ていて「友愛」を感じているのか。それがいま一つ見えてこないからじゃないだろうか。

 それは文芸春秋の最新刊を読んでしまったせいか?鳩山家の系譜的なストーリーや邦夫氏のインタビューを読んで久しぶりに爆笑してしまった。余りにも自分の住んでいる世界と違う世界が実際にあるのだと思ったら、その現実に爆笑してしまったのだ。麻生家の家系図もそうだが、まさに「お坊ちゃまくん」の世界で大笑いする。特に邦夫氏のインタビューでの最初の麻生氏との出会いの場面は漫画好き首相らしく実にマンガチックな登場の仕方で、ゲラゲラ笑えた。不謹慎かもしれないが、この部分だけでも立ち読みしてみたら面白いと思う。こんなことを書くオレはやっぱ不謹慎かな(笑)。

 話がそれました。すみません。

 少なくとも、例えば湯浅誠さんのような人は、分かりやすいことばで社会の問題を切り取る才能の持ち主であり、かつ実践活動家であるけど、むろんこんな安易なことばは使わない。
 鳩山さんの「友愛」はまるで白樺派、武者小路実篤の「仲良きことは美しき哉」くらいの色紙かカレンダーの標語のようだ。何一つ間違いがなくって、毒にも薬にもならないスローガン。今のところは。。。
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by ripit-5 | 2009-07-11 22:19 | 日々

5月の末日に

 丁度日曜日が5月の末日だというのもキリが良い。ブログもテンプレを変えてみました。
 ちょっとこちらのブログの書き込みも短期ですが、日が空いてしまって。
 その間に書きたいと思う内容はいろいろありました。
 映画、本、マスメディア、現実のトピックスに思うこと、そしてそう、音楽。
 ですが、どれも思いが強く浮かんでは消え、上手く言葉としてまとめることが出来ずに日がたってしまった感じです。
 それだけ印象に残る文物や考えさせることがあり、いい加減に書けない感じがあった。どれも自分自身の内面の問題とも絡んでくる事柄でもあり、またそのような関連性があるようにも思えることで、うかつな表現が自分でもしにくいということもあります。そんな表現では自分自身が納得いかないというか。自分の中でまとまらない、醸成されにくい感じ。
 う~ん、ここまでこれを読んだ人はもどかしい印象をもたれるかもしれませんが、個人的にはそのような表現との出会いがあったということでしょうか。

 例えばショーン・ペンが監督した映画『イントゥ・ザ・ワイルド』。そしてその原作、実在の主人公の若き冒険者を追ったドキュメント、ジョン・クロカワーの『荒野へ』といった本。
 それから、こちらは漫画だけどこうの史代の『この世界の片隅に』の3部作。これらは自分にとってすぐ思いつく例として出せます。どちらも、というか全部で映画、書籍、漫画ということになりますが、一言で云えばそれぞれに強い印象と感動があって、それがつたない自分なりでも、上手く表現することばにまとまるには、まだ時間がかかりそうな感じなのです。

 自分の身辺事情?まぁそちらはそれほど面白い話もないので(苦笑)。アレックス・スーパートランプ風にいわせれば「頑固でケツの重たい老人」化しているのかもしれません。いや、マジで。

 話は飛んで、神保哲生と宮台真司が長時間語り合うネットテレビ『ビデオニュース・ドット・コム』の別名「5金」と呼ばれる無料放送の今月分の無料放送がアップされていますので、今日はそちらをリンクで紹介させていただきます。一時期、これは金出してみてたときもあったんですけどね。その後相変わらず経済的にあまり余裕がないのと、「朝日ニュースター」を見るようになったためにこちらは契約更新しなくなった。冷たい消費者のワタシです。ですが、無料であれば見るという。調子がいいのが消費者だというワタシですw。ニュースに関するトークも、映画紹介もなかなか興味深かった。宮台氏については僕はちょっと感覚が違うところもあるのだけど、それはそれとして見る価値はある。(無料ゆえ?いやいやw)

 マル激トーク・オン・ディマンド (5金スペシャル・無料放送)

 
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by ripit-5 | 2009-05-31 20:53 | 日々

耳目が鋭く手が鈍いきみへ

 きみは良く目が見えて 可哀想だね 冴え冴えと
 そしてきみは耳が良く聞こえる つらいだろうね
 こころの目が 自分に都合がよいものなら良かったのに
 こころの目が ぼくたちみんなの問題だと思ってしまう優しさが 君を苦しめる
 人の問題が自分の問題でもあると思ってしまうから
 
 人にいつまで期待をかけているんだい?
 きっとみんな自分のことで手一杯なんだときみはいうけれど
 退屈にあかせて狩りをしたがっている人間だっているというのに
 すべての人が貧乏なわけじゃない
 どんな時代がきたって あおりを受ける人ばかりじゃない
 きみはそんな事実に対して苦しんでいるのか?

 人は見えているけど見ないふり 苛立ちを隠しているから
 人は聞こえているけど聞かぬふり 禍いにはかかわらないものさ
 君は黙って不合理を耐え忍ぶ そして不合理だと感じている自分を責めるんだ
 もっと省エネをして みんなを笑わせなよ
 欠席裁判を気に病むなんてよせよ

 人に期待しすぎているのだろうかと君は問う
 意を決するように 僕らに問うた
 僕たちが本当のことを答えるというのだろうか
 そうだ、君が思っているとおりだ
 僕らが しんしんと深いところで自分を哀れんでいるとしたところで
 誰がこのみんなの前で真実を言うと思うんだ

 だけど僕は君の真剣さを受け止めてしまったよ
 君が震えながら問うからさ
 遠い昔の記憶を思い出したよ
 君が思うとおりに僕らにだって自己嫌悪はあるのさ
 まぁでも 軽くいなして 「敵」ってやつらを口を極めてののしるのが寸法さ

 いいじゃないか
 俺たちに影響力なんか全くないのさ
 罪だと思うなよ
 ひとりひとりの考えが世の中を作るなんて
 君が深刻に そう思っているのなら
 それこそ君が
 人に期待をかけすぎている証拠ということになるのだろうな
 たぶん そうなのだろうさ 
 
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by ripit-5 | 2009-04-06 20:34 | 日々

新しいノートパソコン購入

 今まで使っていた中古のノート・パソコンがこのところメモリー容量不足で起動が悪く、だましだまし使っていたのですが、いよいよ限界に近くなったので給料が入ったことを機会にヨドバシで最も安い機種を狙って新しいノートパソコンを購入しました。
 eMachinesというところのパソコンで、台湾製のオフィス用格安機種(会社名を忘れた)を扱っている日本代理店のものらしく、僕はまったく詳しくないのですが、その製造元の台湾メーカーはオフィス向け中心に世界第3位のシェアなんだそうな。
 何故かマウスは別購入で約5万1千円。エクセル、ワードは搭載されていません。まぁ、基本はブログやマイスペ、画像を見ることが中心になるので。エクセル、ワードは今までの機種を使う形に。

 で、前置きが長くなりましたが、新しい機種を見てつくづく思ったのはいかにディスプレイが鮮明であるか!ということ。おおげさにいえば今までの機種が古い家のくすんだ窓ガラスのようだとすれば、今の機種はまるで磨きたて、ピカピカな透明ガラスのようです。ですから、映像を見ればその違いが良くわかる。

 オフィス用のはずなのですが、如何に今のコンピューターが画像を見せる方向で能力が高いかということ。それをまざまざと感じさせられる。それが今のところの第一印象です。その印象を飛躍させると、これは活字がやばいな。下手すると映像に負けるな、と。それはあくまでも瞬時の「インパクト」という意味において、でですが。

 僕のように基本的に活字文化に育った古い世代ですと活字が優位という意識がどこかにあるものですが、自分が最近ユー・チューブを頻繁に貼り付けたりするように、映像の力のインパクトを無意識に評価しているわけですし、映像アーカイヴが無尽蔵にあるその利便を享受している、というのは否定できません。

 ブログも発展し、個別なブログよりも大型プラットホームから自分のためにフォーマットされたメディア、それはマイスペのように、音楽・映像・ブログ・友人というものの一括スペースにプラス、ニュースに対する自分の感想をトラックバックをつけずに書く、という方法が受け入れられるのも分かる気がします。実際に新しい機種を前にして。まぁ、印象が飛躍し過ぎかもしれませんけど。。。
 あとは「携帯メディア」。これは僕はさっぱり分からないのですけど、それもあるのでしょうね。全体のネット環境の送り手においても。ネット生活に与える影響では。。

 そんなことを考えながら新聞の切抜きを読んでいたら「魚眼図」というコラムの書き出しで。「文字は不思議なもので、目の前にないはずのものを、あたかも見えるかのように描き出す力がある。言葉には、そういう秘められた力があるとしか思えない」という文章に出会って、やっぱりそうだな、と。旧聞に属する、どちらかといえば活字中心時代派の僕は思い新たにしたのでした。

 ぶっちゃけた話、両方をうまく使いこなせればいいということになるんですけどね。やはりネットがなければ自分の考えを微々たる部分にとはいえ、発信できなければ、つまりパブリックなメディアに載らなければ、一人しこしこ日記書いたり、怪しい詩もどきを書いたりしてフラストレーションを溜まるままだったに違いない。それをフラストレーションと受け止めるのはおかしい、という意見もあるかもしれないけれど、正直いま思えばそんな時代もつらい。同時に、その溜めてためて、という部分も逆説的に良かったと思うこともあります。物の考え方に直対応、反射的反応をしないですむ、ということでは。だからあまり今のところは「状況」に対して間違った判断をして、恥をかき続けることは幸いにしてあまり無くすんできたのではないかな。。。

 と、またうまく話がまとまりがつかないままの今日の報告です。機種は一応下の写真のものです。(ヨドバシカメラの写真から転載)。
d0134515_2241246.jpg

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by ripit-5 | 2009-01-17 22:42 | 日々