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ケン・ローチ『この自由な世界で』

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 前から観たいと思っていた英国の文字通り社会派映画監督、ケン・ローチの2007年の作品。バイト先の駐輪場が街の中心部にあるため、そこのツタヤ・レンタルで借りて見ることが出来ました。
 作品は流石最近充実期にあるケン・ローチ。今回も時代の社会経済状況に翻弄される主人公(今回はヒロイン)を描いて見事です。
 ストーリーは意外とシンプル。シングルマザーの主人公が勤務先の移民労働者の人材派遣会社を解雇されたあと、もういろんな会社にコマとして雇用されるのはたくさんだ、ということで自分が持ってる人材派遣業のノウハウや人脈、そして負けず嫌いな行動力で、能力がありながらも同じようにその能力が生かされないルームメイトの友人をパートナーにして自分たちも移民労働者を、日雇い労働者として人材斡旋する仕事をはじめる。

 周囲の人たち、パートナーの女性や自分の両親、特に父親、あるいは建築現場を切り盛りしてる知り合い等は彼女にその仕事は強引だ、もっと優しい仕事に戻るべきだと影に日向にアドバイスしている。それは注意深く見てると主人公の行動がどんどんエスカレートしていく過程の中で描かれている。

 しかし、彼女のなかでは自分が抱えている元々あった借金の返済や、自分の息子を引き取ってそれなりな中流な生活をしたい、という強烈な願望の前でその忠告はかき消されていく。

 だが、彼女の荒っぽい外国人労働者斡旋業(それはその日その日に仕事を求めて集まってくる人間たちの中で使えそうで、先に来た順番から労働現場に連れて行く、といういたって原始的なもの。おそらく山谷とか、そういうような飯場労働に近い感じ)は、斡旋先の銀行不渡りであっという間に行き詰ってしまう。

 行き詰った先に彼女が取る行動はもう戻れない人の道を外れていくもの。もともとは中東の政治犯で不法移民している家族の父親を働かせるために偽装パスポートを作った、一回切りの不法が今度は不法中心のものになり、最後は守ってあげたはずの家族の住むトレーラーハウスを、モラル市民グループだと匿名で名乗って追い出す側にまで廻ってしまう。
 机上の論理、アイデアと行動力だけの事業はあっという間に行き詰っていく。

 ケン・ローチ監督の主張は父娘の議論の中で、そして偶然知り合った肉体関係を持つに至る若いポーランド男性との会話の中で見出すことが出来る。

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 彼女にとってみれば、自分と息子のことで手いっぱい。矛盾がごろごろ転がっていても、世界は広すぎる。
 自分のやっていることが仕事にありつけない外人に対する単なる搾取じゃないか、自分と自分の子供だけが良ければいいのか、彼らにも家族がいるんじゃないのか?と父に諭されても、それらは全部自分への個人攻撃としか聞くことが出来ない。つまり、仲介者、もっと悪く言えば中間搾取者の彼女自身も余裕がない。仕事を持てないで切羽詰っている外国人と同じように。

 彼女を結果として悪人にしていくものは何か。賃金未払いで移民労働者から直接的な恨みを買う彼女に仕立て上げるその原因というか、構造は何なのか。ケン・ローチの描写はそれを考えさせる方向へと向かう。

 作品そのものを見やすく見せる。前作のアイルランドとイングランドの闘争を描いた『麦の穂を揺らす風』もそうだったが、最近のケン・ローチの作品は映画としてのわかりやすさ、ある種のエンターティンメント性を強めていて、メッセージを伝えるための手法に磨きがかかっているように見える。

 直近の作品、元マンチェスター・ユナイテッドのストライカー、エリック・カントナを準主役に据えた『エリックを探して』に至ってはほとんど生活に疲れた中年男性への人生応援歌にさえ、なっている。
 これは批判ではなくて、60年代から活躍していた監督ではあっても、ある時期からの作品に見えた娯楽性よりも社会性への傾斜の結果、やや大衆性を失っていた状況から、上手くバランスがとれて伝えたい表現が上手く伝えられるような良い意味でのメジャー性を手に入れたんだな、という感慨である。

 やはり映画界に良心的な監督の活躍の場はあって欲しい。80年代のサッチャーとその後の保守政治時代は検閲等もあって、ほとんど映画が撮れなかったという話を聞くから、なおさらそう思う。

 この本日記事のテーマ作品もバイクを乗り回して駆け回る美人女性が労働者仲介業をやっているという結構な設定のアンバランスさがいい意味でけれんみがあり、見る側への誘い効果がある。

 それにしても、思うはヨーロッパの労働者の力関係である。東欧で食べれない人たちがイギリスにやってきて、自国でそれなりの立場も頭脳もある人たちが下積み仕事をしなければならない現状。
 60年代、70年代、ケン・ローチは自国の労働者階級にストレートなシンパシーを持ちながらの映像作品をとっていたけれど、現在はヨーロッパグローバリズムの新しい搾取の力関係がある。勢い、視野も膨大にならざるをえないというところだろうか。
 最近のEUの困難に伴い、ギリシャ、スペイン、ポルトガルの人たちはドイツに仕事を求めるという話も聞く。 サブプライム以後で傷ついた英国自身だって同様な困難を抱えているだろう。

 ロンドンオリンピックへの盛り上がり?の影で何が起きているか。多少はその辺の想像力を働かしておくのも悪くはないのではないだろうか。





 優しげなインテリ系のケン・ローチ監督自身ですが、結構その作品には暴力的な要素があることにも注意。意外と激しいエモーションを持っている人なのかも?
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by ripit-5 | 2012-07-04 22:09 | 映画

ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド

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 ジョージ・ハリスンのドキュメント映画『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』を観てきました。監督はマーティン・スコセッシ。彼が作ったボブ・ディランのドキュメント映画にも負けない3時間半。2部構成の長尺なもの。後述しますが、個人的には全然長く感じませんでした。(じっとしているのが苦手な自分はお尻が痛くなってきて、足を組んだりほどいたり、お尻をもちあげたりしましたが)。
 ビートルズに関心を持つ人を前提に書きますが、やはりビートルズと言えばジョン・レノンとポール・マッカートニーのソングライテングが大きすぎ、その中では取り立てて目立つ存在としてビートルズ初期は描かれてはいません。しかし同時に大きいな、と思うのは彼が最初期のオリジナル・ビートルズに参加した当時は何と17歳で、そしてあのビートルズの偉大な下積み修行時代であるハンブルグ公演にも参加していることです。

 第一部はビートルズ時代が中心ということもあり、彼自身のスポットライトを浴びる場面が想像以上に少ないのです。旧友のエリック・クラプトンや、ビートルズだったポール・マッカートニーがインタビューに応えますが、やはり当時のビートルズのフィルムはジョンやポールが歌う姿であり、MC役のポール・マッカートニーの姿なのです。
 また特定人物のドキュメントであるのに「面白いよなぁ」と思うのは、例えばドイツ・ハンブルグ興行で知り合った朋友で、後にソロになってからベーシストとしてジョージのアルバムに参加するクラウス・フォアマンがある場面においては主人公であり、また短命だったオリジナルメンバーのスチュアート・サトクリフが死んだアパートメントを訪ねて悲嘆にくれているジョン・レノンだったりするわけです。それらの場面ではジョージ・ハリスンは如何にも世間のパブリック・イメージである「第三の男」らしく、彼らの気持ちを汲んで背後に寄り添うような存在として目立たないけれども、安定性をもたらす存在として描かれています。
 エリック・クラプトンのインタビューも、ビートルズのオーラに圧倒された自分自身について主に語っているわけで、その時間の主役はクラプトンです。ですが、そこには話の媒介としてジョージの存在が通低しているわけで、ジョージ・ハリスンという人は同世代を生きたミュージシャン仲間に愛され、また生涯を通じて幅広い交友関係を持っていた人ですが、彼の立ち位置は座の中心と言うよりも、いろいろな人たちの良さを認めて全体の中のバランサーのように存在し、しかしその座の中心にいるという感じがありません。
 彼の自己を打ち出すエゴのようなものは、強力なジョンやポールの前でコンポーザーの仕事が認められず、その点で確かに苦悩していたことは他者によっても語られますが、しかし彼の活路は黄色い声を浴びてアイドルとして存在しているビートルズからアーティスト集団として変貌・変化する中で、シタール演奏家、ラヴィ・シャンカールとの出会いなどを通じて、インド音楽とインドの思想に触れることにより、グッと内面性を深め始めたビートルズの中でもかなりストレートに東洋思想の影響を受けて精神の安定とか、哲学的な発見の方向で自分のアイデンティティを掴んでいくことにより確固としたものになっていきます。

 映画のタイトル「リヴィング・イン・ザ・マティリアル・ワールド」は彼の2枚目のソロアルバムのタイトルでもありますが、まさに20代前半にして彼自身が物質世界と精神世界の両にらみの中で、特に世界の若者にとって精神的支柱であると同時に、消費者側としても最も崇拝されているビートルズというビックバンドの中に存在して、またそこにいたからこそ、物質社会の狂乱から逃れる術を精神世界に求めた感じがあります。ジョン・レノンにもその傾向はあったと思いますが、ジョージはビートルズの中心ではなかった分、より一層その精神世界への入れ込み方の自由度が高かったのかもしれない。また、映画ではビートルズ話では有名な、ある歯科医のパーティで飲み物に入れられたLSDというドラッグでトリップして知覚が広がり、そこから神のビジョンを得て、その後の東洋思想まで広がったというストーリーが暗示されていますが、実際にそういうところはあったようです。

また、シタール奏者ラヴィ・シャンカールの存在はどう考えてもジョージにとって大きい。一部、二部を通して伝統音楽と西洋ポップミュージックの違いはあれど、ミュージシャンとしてシタール奏法の手誰に対する偉大なレスペクトはあったろうし、そこからルーツを持つ伝統音楽奏者の背景にあるその音楽が発生する哲学や思想、宗教へとはまっていく流れは非常に分かる気がします。
 彼自身がその後ソロアーティストとして何を伝えていくのか、どんな表現をするのかという時に精神的に、また演奏技法的にもラヴィ・シャンカールを通じて学んだものは、彼が一人のソロアーティストになっていく過程の中でも特に大きかったのでは?と想像されます。

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 二部は彼がソロになって以降の物語がほぼ中心となります。もう一度彼自身の年齢を考えれば17の時にセミプロとなり、ビートルズが世界のアイドルになった時はまだ21~23歳頃です。そしてビートルズがライヴをしなくなったとき、彼は24歳です。何と若いことでしょう。
 僕は長い間、彼の早熟ぶりや、精神的な成長の速さ、ソロになってからの他のリーダーだった二人をしのぐソロミュージシャンとしての勢い、そしてロックチャリティの先駆けとなった「バングラデッシュ難民救済コンサート」の主催者を手掛けた後のミュージシャンのトップ争いからの離脱、などを考える時に思うのは、普通の人間がもつメンタリティを守る常識人としてのジョージ・ハリスンという人はあまりにも人生の早い時期にいろいろなものを見過ぎてしまったのではないか、ということです。
 ジョン・レノンはそれこそ早くから異端児で野性的な強さがありますから、社会活動家的となり、その後はハウス・ハズバンドになることであの時代の若者たちのロールモデルとなりましたが、やはり早い段階からビートルズの喧騒を冷静に見ている自分があったと思いますが、それでもジョージとは年齢の開きもあり、ある意味で世間智があったかもしれない。それに比べ、ジョージは余りにも若くして人びとの狂乱と成功の結果をダイレクトに浴び、違和感や時には虚無感すら感じたかもしれません。それゆえの東洋思想への傾注だったのかもしれません。

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by ripit-5 | 2011-11-22 21:52 | 映画

レンタルDVD

レンタル作品でいわゆるミニシアターでかかるような作品がぐんと減っている。
もちろん自分は反韓でもなんでもないのだが、レンタルDVDの場所をぐんと占める韓流モノは個人的には疎ましい。
◎オはマンガの貸本レンタルも始めたので、DVD中心の時代には、ますます置かれるDVDに関してシビアなのだと思われる。

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ケン・ローチの「麦の穂をゆらす風」は何時の間にかなくなった。
手に入った◎タヤでさえ、迷路に入ったように探して探して、アカデミー絡みでパルムドール受賞作品コーナーに一品だけ。おまけにDVDが旧作180円には参ったな。痛い。
この、店頭から撤去するタイミングはどこにあり、理由はどこにあるだろう?もちろん回転率が悪いのは用意に想像が付く。だから、僕はある時間の区切り目に立ち会った、というわけだ。
ケン・ローチといえば、「マイ・ネーム・イズ・ジョー」もレンタルDVDがあったのに今はない。
タイトルは忘れたけど、東欧から移民した母子家庭の母親が職探しに苦労した末、人材派遣会社を起こし、そこでまた自分と同じような移民たちから搾取してしまう、とい悲劇の映画もあった。それもいつか観ようと思ったのに、すでに店頭にない。
北部炭鉱町の15歳の少年の苦闘を描いた名作「ケス」の同じ世代のワーキングクラスの15歳がゼロ年代により都会で孤立した厳しいサバイバルゲームに参加し、家族崩壊を食い止めようとするより深刻な悲劇、「スイート・シックスティーン」さえ置いていない。

僕のように、メジャーとは逆にマイナーなミニシアター系ファンには今のレンタルショップは厳しい。映画で何かを考えさせてくれるようなチョイスが圧倒的に減っている。それが実に短期間に起きていることなのだ。
こうなると、僕らの味方は図書館だけ。
無料でほぼ廃刊までネットで予約注文できるとは。まさにアンダーグランドな勝利なり(トホホ。。。)

話しはズレますが、一貫して社会派のケン・ローチ。ドキュメンタリータッチの映画、ドキュ・ドラマを作っていましたが、サッチャリズムの80年代はドキュメンタリー作家の方に移行していました。強力な炭鉱ストに関し、ストを推進する労働者側にたって撮影していた時代には、検閲などの目にあって不遇の時代だったようです。それで一時日本では知る人ぞ知る存在になったのですね。90年代以降、溜められた多方面のテーマが開花。「レイニング・ストーンズ」や「大地と自由」というような作品から精力的な創作活動が始まります。

ちょうど僕がケン・ローチ回顧展で彼の60年代、70年代の諸作品を纏めて見れたのは90年代の半ば頃。まさに時期というものがあり、自分にひっかかるシリアスな文化作品に触れるには、機会というものがあり、それを逸するととても残念なことになる。それはいま、しみじみ感ずることです。
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by ripit-5 | 2011-10-09 21:13 | 映画

Joy Division ドキュメント

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「70年代半ばのマンチェスターは歴史に翻弄され見捨てられていた。近代世界の中心的存在で産業革命も起こした街。だが最悪の状況も引き起こした。当時は本当にさびれてすすけた汚い街だった」(元ファクトリー・レーベル社長・トニー・ウィルソン)

これは単なるバンドの物語じゃない。一つの街の物語だ。
かつて産業が栄え、力強く輝き、革命的だった
それが衰退して30年後に突然 再び革命的な街として復活した
その変化の中心には数多くのバンドがいた。特にあるひとつのバンドが。。。

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そのようなナレーションによって導かれる70年代末。歴史的なバンドとして登場したジョイ・デイヴィジョンのドキュメンタリー。アイルランドのU2に影響を与え、先ごろ残念なことに解散表明したアメリカの良心、R.E.Mにも影響を与えた先駆的なバンド。
レンタル80円で借りてみたのだが、予想を超えて素晴らしかった。

今更ながら、と思いつつも自分にとって10代の強烈な思い出。ボーカリストが自殺した英国北部マンチェスター出身のパンクロックに影響を受けたバンド。そのサウンドはファーストアルバム『アンノン・プレジャーズ』で知っていて、その神秘的な、端正でもあり、暗くもあり、どこかクールながらも情熱を内に秘めた、独特な深いエコーと効果音の中、そのボーカルは無機質な感じを持ちながらも、真実を宿した音楽だった。
パンク好きな自分が同時期、セックス・ピストルズを辞めたジョニー・ロットンが始めたバンドであるパブリック・イメージ・リミテッドや、異様に早熟でジャズやファンク・レゲエの素養を持つ10代のメンバーも含めたバンド、ザ・ポップ・グループとともに、「ポスト・パンク」の旗頭の一つとして、深い関心を寄せていた。

そのボーカリストが首を吊って自殺をした、というニュースはここ日本の新聞にも載った。当時の自分には酷く仰天するような「事件」だった。なぜなら、当時ジョイ・ディヴィジョンは日本との契約が無くて日本盤が出ていなかったし、知る人ぞ知る存在であったし、何しろ当時のロックのイメージから最も遠い死に方のイメージだったからだ。
ロックミュージシャンの死とは、今と違い当時では「無軌道の果て」。自殺めいてはいても薬物による中毒死、あるいは車を暴走させて死亡、無謀がたたった事故死等々で、「自らの意志による」死、というのはロックンローラーには最も遠いものの一つと思われた。パンクの残滓が残っていた時代にはなおさらで、それはジョイ・ディヴィジョンのサウンドに宿る重さ、突き詰められたような真摯さからイメージが「近い」がゆえに、また二重に驚きを増した。

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以後、あの有名な「ラヴ・ウィル・ティア・アス・アパート」のあまりにも美しいポップなシングルを入手して吃驚したし、そのローマ風の嘆きのクローズアップ・モノクロ写真の説得力にも驚いた。そしてセカンドアルバム『クローサー』を手に入れ、そのすべてを予見している様なジャケットに符丁が合いすぎる偶然?にも頭がクラクラしたし、アルバムの内容、特に後半に至る遺書のような美しい暗さに浸りきり、のちに12インチで発売される、これまたメランコリックな名曲、「アトモスフィア」にヤラれ、毎日時間があれば夜、部屋を暗くして繰り返しジョイ・ディヴィジョンを聞き続けた秋から冬を思い出す。自分の思春期の暗い思い出のヒトコマだが、それでもそのこだわりはそのような時期であるだけに捨てられない。

マンチェスター・サウンドは89年頃のストーン・ローゼズやハッピー・マンディーズの活躍により“マンチェスター・シーン”として脚光を浴び、ジョイ・デイヴィジョン亡き後も残りのメンバーで再開したニュー・オーダーが80年代一貫して英国のシーンを牽引する質の高い活動を続けたおかげで「マンチェスター・サウンド」としても関心を寄せられたが、このドキュメンタリーはジョイ・デイヴィジョンというバンドの個的な活動履歴と言うよりも、「マンチェスター」という英国北部の元産業革命都市が衰退の中、パンクと出会った若者たちが無意識に「街の歴史」や「街の環境」を映しだす鏡として結果として存在していたことを証明するような印象を見事に伝えてくれる。素晴らしいドキュメンタリーに仕上がっている。

ジョイ・デイヴィジョンについて、あるいはマンチェスター・シーンについては、このドキュメンタリーの前に、有名なマンチェスターのインディ・レーベルやクラブを経営してたファクトリーレコードのオーナー、トニー・ウィルソンを狂言回しとした『24アワー・パーティ・ピープル』や、ムーディな写真家、アントン・コービンが監督したジョイ・ディヴィジョンのボーカリスト、イアン・カーティスを主人公にした『コントロール』があるのだけれど、個人的には今一つピンとこないところがあった。

その神秘探しの果てに、ついにこのドキュメンタリーに出会って初めて合点/納得がいった気がする。
このドキュメントではたっぷりオリジナルメンバーの3人、バーナード・サムナー(ギター)、ピーター・フック(ベース)、スティーブン・モリス(ドラムス)へのインタビューが聞けるし、ボーカリスト、イアン・カーティスが若い時に結婚し、妻との関係で悩み種となった知的な愛人も全編に渡ってインタビューに答えてくれている。これら関係者たちの語る内容が一つ一つ的を得ているのだ。というか、実に詩的な表現も多く、偶然か無意識化はわからないけれど、いかに彼らの作り出したサウンドやライヴでの表現がマンチェスターの当時の街の様子や、人びとの気分、心象風景を映し出す鏡の役割を果たしてくれたかを伝えてくれる。

子どもの頃を振り返ってギタリストのバーナド・サムナーはこう語る
「いつもきれいなものを求めていた。でも潜在的には---。9歳の時に木を見た。周りは工場ばかりできれいなものは皆無だ」

「初めて行った時、マンチェスターは家がびっしり並んでいた。次に行った時は瓦礫の山と化し、次に行った時はビルの建設ラッシュ。そして僕が10代になる頃にはコンクリートの要塞になってた。当時は未来的に見えた。でも“コンクリートの癌”が始まって醜悪になった
」(スティーヴン・モリス)

「サッチャーのファシスト的大量消費の時代も迫っていた。そんな中バンドはまるで地下組織の抵抗運動に見えた。まさにそうだ。あれはアートや文化での抵抗運動だった」(マンチェスター出身の映画監督)

アルバムが出た時、まるで私がいる場所の環境音楽だと思った。私にとって彼らはほとんど環境バンド。普通の音楽じゃない。住んでいる街の音(ノイズ)なの」(ファン)

「マンチェスターのSF的解釈だ。街の風景や心の風景や音の風景が音楽にある。驚くべきことだった。彼らはマンチェスターをコズミックにした」(ポール・モーリー・音楽評論家)

英国の都市は70年代の寂れから、サッチャー政権の新自由主義政策で労働集約的な産業を押しつぶした。その時に最も深刻な影響を受けたのが英国北部であり、マンチェスターもその街のひとつ。サッチャー政権が登場した79年にデビューしたイアン・カーティスと言う稀代のフロントマンを擁したジョイ・ディヴィジョンはその重く、かつ真剣なサウンドで英国北部に住む自分の街の暗い未来を予見していたかのようだったし、同時にそれに抗うような、ある意味見かけとは違ってパンク的な精神のグループであったのだろう。

詞は極めて抽象的でありつつも、また、些細な感情への注意深い観察のような、いささか神経質な感覚なものでありつつも、その他者との関係性への言及は広い意味で英国北部人の個人的な抵抗のあかしだったのかもしれない。
詩人はそのライヴにおける痙攣するようなダンスと、物憂げでうつろな目が時折カッと見開く「静と動」の激しく切り替わるパフォーマンスで、日常と非日常が交互にやって来るような特殊な経験を見せ、そのボーカリストである繊細な詩人はてんかんに悩まされ、愛人と妻の関係でも懊悩し、最後は自死を選んでしまう。



その後は残されたメンバーは強い個性を持つメンバーを入れず、より一層個性を殺しつつも、ダンスの機能性と、ジョイ・デイヴィジョン後期の美しいサウンドの両面を強調し、80年代に一層、街の風景の移り変わりを機能的に描写する匿名性が強いバンドになっていく。その方法論もまた、大成功であった。

昔、ある音楽評論家は言った。「ヒーローやスター・システムは我々が不幸であることの反映である」と。我々が欠乏や欠損の感情を抱えていなければ。ひとりひとりがヒーローであり、スターであれば。スターシステムは必要でなくなる筈であると。
この映画も、冒頭である政治家の演説が流れるが、この繊細で大胆なオーラを持つ自死を選んだボーカリストを生む、そんな社会環境がこの理想的な演説通りの社会であれば必要無かったのではないか?という仮説を提示しているようにも思えてくる。この冒頭の演説がドキュメンタリーのベースの一つをなしているように思われる。

演説:「神よ。公正な街の姿とはどのようなものでしょうか。
人がだれの犠牲にもならぬ正義の街
これ以上 貧困が増え広まることのない豊かな街
人の役に立つ行為によって 成功が築かれる友愛の街
美徳のみが名誉とされる街
序列が力に基づいて決まるのではなく 他者への愛で決まる平和の街
そんな街こそ 人びとに光と繁栄をもたらす偉大な母です」


この演説から遠い社会だったからこそ、届きそうな未来を夢見て殉教的にさえ見える現実の特殊な映し絵のようなサウンドと、パフォーマンスを披露できたのだろうか。。。?

われわれの生活は退屈で平凡だ。
 だが良いライヴではたとえ1時間でも彼らの目を通して世界を見られる」
(トニー・ウィルソン)



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by ripit-5 | 2011-09-24 22:17 | 映画

映画「扉をたたく人」

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 妻を亡くしたある大学教授。仕事にやる気を失い何年も講義内容は同じ。そんな彼の鬱屈した日常の中で借りていたアパートに不法に住み込んでいたシリア人の男性とセネガル人の恋人。彼らの出会いの中で、男性が持っているアフリカの民族打楽器を通して友情が生まれ、頑なだった教授のこころに揺れが生じ、変化が生まれる。。。
 静かで内面的で、かつ暗に米国の国家政策批判をしている作品。てっきり欧州作品だと思っていました。如何にも欧州風な淡々とした作りなので。ところがこの作品、アメリカで作られたもの。目を開かされました。アメリカの映画もこういうものが増えるなら観ますよ。
 米国映画の作風に変化が生じ、それが自国でも受け入れられているのだとしたら。
 07年の作品のようで、日本公開は09年のようです。オバマ政権誕生前の作品なのですね。
 NYの街に普通に氾濫する中国語の看板も現代的。時代の変化をしみじみ実感します。



 映画で友人となるシリア人の若者は「フェラ・クティ聴いたことあるかい?アフリカのビートを作った人だ。このバンドのトニーアレンのドラムは最高」といった趣旨のことを言います。フェラ・クティの映像は濃すぎますので、トニー・アレンのこのポップでゴキゲンなPVをご紹介。


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by ripit-5 | 2010-10-03 19:16 | 映画

アメリカ-戦争する国の人びと-を見る。

 大変お久しぶりです。また一月以上ブログ更新が滞ってしまいました。その期間、ツイッターはほぼ毎日何かツイートしたり、リツイートしたりしていましたが、思えばブログを書くときにいつのまにか内容を真剣に考えすぎるようになってきて、一種躊躇する心の働きが生まれてしまったのかもしれません。それはつまり、ツイッターの手軽さに呑まれていた面もあるかもしれず。元々ブログも気軽に書いていたはずですので、その原点に戻ろうかと思います。

 さて、今日は単館映画館、いわゆるミニシアターでドキュメント映画「アメリカ-戦争する国の人びと-」の一部を見てきました。一部、という訳は、このドキュメントは前編8時間に渡り、1日に3回に分けて上映するわけです。私はその中で午後の2時35分から約3時間に渡る”エピソード4~6「先住民」「見えない人びと」「ベトナムの記憶」”がアンテナに引っかかったので見てきたわけです。

 映像は映画向けというよりも、完全なドキュメント。簡単なハンディビデオで取材したような、もっぱら「語られる内容」に価値が置かれる作品です。(ただ全編を見たわけではないので断定はしにくい)。
 バックグランドミュージックも一切なく、ノンフイックションを通り越し、生々しくさえもある。特に帰還兵を中心に祖国に帰っても社会適合できず援助団体や、自助グループ的に生きているホームレスの人たちの生活ぶりや語りは、感情を外側から注入することや、リアルの中に飾りを施すようなことは一切排しているがゆえに、却ってその当事者たちの生活ぶりや背負った傷を思わせる話の内容にこちらは受身でいることは出来ず、耳を澄ませていかねばなりません。

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 それが頂点に達するのは第二部のラストエピソードであるエピソード6「ベトナムの記憶」と題するベトナム帰還兵の体験談と現在の自分の生活感情を語る部分です。3人のベトナム帰還兵が自分の戦争体験と現在も背負うPTSDについて語りますが、特に最初に登場する黒人男性の印象が非常に強く、固唾を呑んで話を聞いてしまいます。彼は言語表現能力にとても秀でた人で、戦場体験とPTSDの関係についての自己分析能力も大変高く、ひとりの普通の人間として戦場というものがどれだけ非日常で異常なものであるか、そしてそんな普通の人間にとって戦場のど真ん中の体験がどれほど心に深い傷を負わせるものなのか、嫌というほど思い知らされる。その思いがふつふつと湧き上がります。このエピソードには私自身、洗練されないリアルで簡素な映像と相まって、緊張感の高まりを感じていました。館内も感情が喚起されるというか、居心地が悪くなってくるような感じというか、一人の語りが終わると誰ともなく、具体的な対象もない、苛立ちに近い言葉が洩れていました。おそらく私も同じ気持ちだったはずです。

 普通の若者をPTSDに追い込み、その後中年期がだいぶ過ぎてもその戦場体験に悩まされる不条理はやはり大きく云えばそれを強いた国家への怒り、ということになりますが、アメリカ人でもない自分がやり場のない苛立ちを感じるのは何故でしょう?それは先のアフガニスタンやイラクへの侵攻に日本も武力には寄らないといえ、間接的に加担しているという居心地の悪さゆえもあるのだと。自分自身に関して云えば、そんな思いゆえだと思います。

 多くの場面で「ヤク」という言葉が飛び交います。特に戦場体験者の多くは自分の恐怖心から逃れるためにドラッグに頼っていたのは間違いないようで、日本人から見たら第二次大戦後、朝鮮戦争から始まり、ずっとアジア、バルカン、アフリカ、イスラム圏と戦争を日常的に続けているアメリカという国はどれだけ多くの薬物中毒者を出しているのだろうか?と考えると頭がクラクラしそうです。

 戦争は本当に恐ろしい。そしてそれは戦場での恐怖もさることながら、戦地における心理体験が日常生活をも奪うほどおかしなものに引きずり込んでしまうことがまた恐ろしい。
 率直に言ってここで見るアメリカの影の部分は何度も何度も同じ間違いの再生産をするという上で(先住民虐殺から始まる)、僕らには理解不能な「病い」のようなものさえ感じてしまいますが、その国が持つ先進的なダイナミズムも同時にあるわけですから、我々日本人は、冷静に考えると、不思議な愛憎感覚をアメリカに対して持っている、といえるかもしれません。

 ある意味では愚かなブッシュ大統領という人物が21世紀に登場したおかげで、そのアメリカの影の部分が10年経ってやっと普通に見せることが出来るようになってきた面もあるといえるかもしれません。現在最も良好な国際関係を持っている日米の関係性から見たら、日本にとって米国を反面教師として真面目に受け止める内容。それがこの映画だ、と言っていいかもしれません。

 アメリカにも自己批判的な番組として「デモクラシーNOW!」のような番組もありますから侮れません。この映画も日本人が作った、という点で大きな意味があるといえるのではないでしょうか。
 ただ、大急ぎで付け加えるなら、世界情勢の力学の変化によって日本人が単純に今度は反米や嫌米の感情を持つようになることは気をつけねばなりません。やはり私たちは基本的に内弁慶な民族性を持っているでしょうから。


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by ripit-5 | 2010-07-25 19:58 | 映画

ヤング@ハート

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 DVDを借りて観た『ヤング@ハート』。これは最高でした!大笑いし、ジ~ンとして。日頃の憂さも一瞬にして晴れますね。

 アメリカの高齢者によるコーラス・グループのドキュメントなんですけど、そのグループの音楽監督の選曲が彼らの年齢を考えれば普通こんな提案ありえないだろう、というもの。
 このグループの平均年齢から云えば若者、といってもいいような中年の音楽監督なのですが、彼がグループに歌わせる曲はト-キング・ヘッズ、ソニック・ユース、ザ・クラッシュ、コールドプレイなどなど。

 で、練習一つとっても「高齢者だから」とか「彼らの生きがいのため」とかの小理屈抜き。選曲は明らかに音楽監督の好みだし、歌わせる老人に対しても基本的には普通のスタンスです。遠慮とか配慮も格別なし。とてもドライなんですよね。

 メンバーもそのドライさを受け入れるし、自分の中のパワフルな部分をありのままに受け入れてる。彼らの本来の嗜好がクラシックやオペラ、というは十分想像できる。でもロックや現代のポップソングが受け入れられないかといえばそんなことはなくて、存分に自分の中にあるエキサイテングなものを楽しんでいる。そう、このエンジョイする感覚は相当こちらの文化とは違うなと。「スゲエ~!」と大笑いしながら、ふと思いますね。

 もちろん映画の中で要になるメンバーが亡くなったり、やはり悲しい現実は起きるのだけど、何かそれさえ彼らの持ち歌であるディランの「フォーエバー・ヤング」じゃないけれど、そうやって歌って皆を楽しませて最期まで、という明るさは凄いナァと思いました。

 こうなれば、あれだ。オリジン・ロンドンパンクやニューウェイヴに入れ込んでいた自分としては、そういう「若さに拠るラディカルな反抗」をいろんな角度から歌っていた連中も、たとえ90歳になってもまた改めて歌ってもらわないとね(笑)。それを80過ぎの僕が聴くわけだ、と。(笑)。日本の老人ホームもそう考えると30年後あたりが楽しみですね。暗いほうにばかり考えてもつまらない。日本の「ヤング@ハート」が出てもらいたいものです。

 もちろん皆が皆、じゃないだろうけど、向こうの人は老いも若きもありゃしない。老人が現代のロックを歌い、若いロッカーが1940年代辺りのヒルビリーやカントリーソングを歌ったりするわけだから。音楽の接点に共通項が多いのが羨ましい。
 それに向こうのポップソングは叙事的な歌詞がかなりあるのに、日本のポップにはそのような要素がほとんどないように思うのだけれど。この点は全く不思議ですね。

Young @ Heart- Road to nowhere
 道はどこへ続き、そしてどこへ行き着くかしら?分からないから面白い?

Young @Heart -forever young
 刑務所慰問のツアーバスにて重要メンバーの訃報をきいた直後の野外ライヴから。

Fix You- Young@Heart
 ひたすら感動的!
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by ripit-5 | 2010-01-15 20:25 | 映画

シュールで洗練されたディストピア/プリズナーNO.6

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 村上春樹の新作が売れまくっているそうですね。「1Q84」でしたっけ?
 私は一度も良い読者ではないので。。。オウム事件をルポルタージュ的に書いた作品しかキチント読んだことがないです。失業中に高村薫の「マークスの山」と村上春樹の80年代初期の作品を借りたんだけど、取合わせが良くなかった。「マークスの山」のあとに村上春樹の作品を見たら、あまりに軽すぎて駄目だった。日本人作家なのに翻訳調の文体がまた、生活感を感じなくて駄目だったんだなぁ。おそらく、自分の体質がちょっと合わないのだと思う。まぁ、ほとんど今の日本の小説で読みたい人も実際のところ、いないわけで。(時間があれば町田康のものは長編も含めて読みたいという気持ちはありますが)。

 初っ端から話が本題からずれてる。ヒネクレモノの自分は、それならば本家(?)、オーウェルの「1984」を読みたいと思った。古本屋を探してみたが、「動物農場」ともども見当たらない。結局、近くのショッピングモールに入っている書店で新訳の「1984」を購入。903円。ちえ。古本屋にあればもう少し安くすんだろうに。。。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫 オ 1-1)

ジョージ・オーウェル / 早川書房


 というのは、このオーウェルの作品も最初は余り期待していなかったせいもある。昔映画で「1984」が公開されたとき、面白くなくて途中で船をこいでしまった。僕の頭の悪さが明らかにあるけれど、それ以上にやはり映画の出来が良くなかったのだと思う。証拠に(?)この映画作品が後々積極的に紹介されたような話はまず聞かない。

 で、今日その原作のほうを読み始めたんだけど、これは結構面白い。少なくとも出足はかなり思った以上。心理描写もしっかしした小説で、映画がかなりその辺のきめ細かさを省いていたんじゃないかと今では思う。一回しか見ていないので確信してはいえないのだけど。

 「1984」がスターリニズム批判のみで語られるのは違うんじゃないかと今までも「3分の1」くらいは思っていたのだけど、やはりそれはそうだと思う。現代ではもっとメタファーは広げて解釈して読むと面白いと思う。全体主義批判というよりも、管理社会の問題。個人と集団の関係性の話。社会と人間の問題。ディストピアって理想社会の反対、アンチ・ユートピアを描く世界らしいけれども。確かに「1984」の管理手法の問題は現在では少々古すぎかもしれない。管理体制が一元化されているという部分では、現代先進資本主義社会のつかみどころの無さ、大衆社会性の問題は掴みきれていない。欲望が肯定されている社会における管理の問題が捕らえにくい。
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 その意味ではこちらも英国産、カルトテレビドラマ「プリズナーNO.6」のほうが60年代後半に製作されたものだけあって、もっと高度消費社会の人間関係における管理体制、いや、管理する/される関係性自体が見えにくい、あるいは管理されているとさえ思わない社会をすでに見事に描いているといえよう。もっといえば自分から自縄自縛の罠にはまっていく「ぬえ」のような社会を存分にイメージさせてくれる。そんな途方もないサスペンスドラマです。

 話の粗筋は元英国の秘密諜報員が何らかの理由でその職務を辞すると同時に催眠ガスで見知らぬ「村」に拉致されるところから始まる。



 その「村」は元諜報員と思われる人間たちで構成されているのだけど、村は一貫して平和で、人びとはカラフルなパラソルを日傘にして歩いていたり、太鼓を叩いて歩いていたり、まるで毎日がプチお祭り状態。とはいえ、躁状態ともいえない穏やかな、毎日が休日のような日々。

 その村を実際に管理しているのはNO.2と呼ばれる「顔の見える」トップ。

 NO.6と番号で呼ばれる主人公は自分の知恵や才能や体力、格闘能力のありったけを使ってその村の脱出を図るのだが、それはかなわない。しかしNO.2との心理戦中心のお互いのかけひき・つなひきを軸にしたドラマは徐々に変化をきたしていく。
 最初は「村」からの脱出を試みたり、人びとに「村」の中で眠りこけている状態から覚醒を呼びかけたりするのだが(NO.2からの提案でNO.2になるための選挙に打って出たりする。それは勿論最初から思惑があるのだが、「村の民主化のために出て欲しい」と頼んだりするしたたかぶり)、次第に余人よりも能力が際立っているNO.6の関心は顔の見えないNO.1の存在確認のほうへ向かっていく。NO.6が持っている「情報」が欲しいNO.2との間での攻防戦は、次第にNO.6のNO.2に対する揺さぶりが中心になっていき(NO.2は毎回「新しい」人材が派遣されてくる)、後半の回ではNO.2をただ混乱させることが目的のような話さえある。

 そもそも、NO.6はドラマのオープニングでいつも「番号で呼ぶな!私は自由な人間だ!」と叫ぶのだが、彼の実名は一度も明かされない。だから、主役のパトリック・マクグーハンの印象は強烈なのに、実際彼の出自も実名もわからない。最初から最後まで徹頭徹尾、NO.6のままだ。まるで脱出とプロテストの対象たる「村」も、憤りに任せて辞表を提出したロンドンも、共に同じ地続きの土地であるかのように。。。

 このドラマはいつもNO.1は誰か?が沢山の秘密に満ちたこのミステリー・サスペンスドラマにあっても最大の秘密であった。ラストの回でとうとうNO.2に勝ち続けたNO.6がNO.1に遭うときが来る。ビートルズの「愛こそがすべて」が唐突に流れるような最もシュールな回の一つだ。NO.1がかぶっているフードを剥ぎ取ったとき、彼の顔はゴリラ(サルだったか?)。その仮面も剥ぎ取ると、なんと現れるのはNO.6の顔。NO.6はそのNO.1をロケットに押し込んで宇宙へ飛ばしてしまう。
 

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by ripit-5 | 2009-07-20 22:45 | 映画

妖怪化せざるを得ない家族の時代?

 私のほうで勝手にリンクをさせていただいている「NY金魚」さんのブログというものがあります。
 更新はめったにありませんが、それだけに一つのスレッドの中に多彩に、広く深く盛り込まれた内容がこのお方のブログの持つところの(大げさに云えば)社会的な意義が計り知れないほどの内容です。まさに一つ一つが文学的ともいえるエッセイ。その意味では、ほぼパブリックな重みさえ持つブログであり、おそらく読者も広範に渡っているに違いありません。

 最新の内容は黒沢清監督の新作映画作品の批評。NY上映の感想です。私は黒沢清監督の作品といってもちょっと興味が持てませんし、このたび紹介された映画を直に見たいという積極的な思いもないのですが、NY金魚さんの書かれている文章の内容の深さに強く感銘を受けましたので、こちらに改めてリンクさせていただきます。

家族という妖怪の崩壊と再生 — 映画「トウキョウソナタ」

 内容に関しての批評感想を読みつつ、常に頭の中で連想が浮かんだのは山田太一さんの名作ドラマ『岸辺のアルバム』でした。あの作品も家族がそれぞれ自分の秘密を持ち、個々の秘密が暴かれ家族が破綻しかかるそのときに暴風雨で家が流される。そして家族はもう一度再生する。確かそのような内容だったと記憶しています。
 日本にとっての近代家族の問題は、70年代後半の『岸辺のアルバム』で既に用意されていたのだなぁ、といまも改めて思うし、その後のバブル成長等々で目くらましされながらも、深く静かにその事態は進行していたのだなぁと勝手に想像してしまいます。

NY金魚さんが書かれているとおり、

>社会がひとつの平凡な家族のメンバーを、さまざまな理由づけをして妖怪に仕立て上げてしまうこと。妖怪の一員として、他のメンバーに自分の秘密を隠しつづけることが愛情ではないかという錯覚、あるいは衝突や断絶を恐れて向かい合わなくなること。それらの結果として、家族関係の確実な崩壊があるとすれば、この映画こそが恐ろしい人間関係の崩壊を描いたホラー映画ではないか、とも思ってしまう。<

 再び『岸辺のアルバム』に戻るわけではないけれど、私たち日本人にとって、いま家族の輪郭というものは明確ではなくなった気がします。それはけして愛情がないということではない。ですがあえて乱暴に言うならば、形態を維持する枠組み、表現のありようが難しくなっているのではないか。そしてその家族像は、一家族を越えて、社会の中で秘されつつも似たような問題として抱えつつあるのではないか。しかし、とはいえ、家族は個人にとっての「自我」の支えであり、また起源であり、個性の発生の地でもある。現代的家族は薄く、簡単に固体から液状化する際の葛藤さえ飛び越えて、すぐさま気体化するように見えても、どこかで自分の帰る場所として(物理的か精神的かはその個々のメンバーのありようにもよるだろうが)凝固する、帰巣する本能を持ち続けるのではないか。その本能に帰還する表現の方法は?記事読む限り、いたわしい経路をたどりながら再生しなければならないのが現代の家族であり、現代の社会であるということ。そのようなことが、腹くれなく云えばありそうなのだ。少なくとも、真摯な表現者たちにおいてそのことを考えている人は増えているのだろうと思います。

 家族と社会が一つの国なりに帰属するものであれば、その国の個性の影響も受けるであろうが、ひらたくいえば、いまの僕ら日本家族がどのように一度「離れ」て、そしてどのように再結集できるのか。黒沢作品は見たことがないし当面このたび紹介された映画を見ることもないだろうが、きっとそのようなことも監督によって考えぬかれた作品になっているのではないだろうか、という気がします。

 なににもせよ、まずはNY金魚さんの記事を読んでいただければ幸いです。
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by ripit-5 | 2009-05-12 19:24 | 映画

Lost Control

あの79年頃から目立ち始めたポスト・パンクの代表的なバンド、ジョイ・ディヴィジョン。そのバンドの象徴であり、カリスマイメージを背負ったイアン・カーティス。23歳にして自死を選んだ彼を主人公にした映画。それが映画「コントロール」。観てきました。

当時、彼の自殺のニュースは新聞の片隅にも載った。日本では輸入版でしか手に入らず、その後もニュー・オーダーで軌道に乗るまでは日本盤も出ていなかったジョイ・デイヴィジョン。その当時のサウンドからもミステリアスにして、シド・ヴィシャスとはまた別の、よりショッキングな死の報道だった。恥ずかしながらかなりガキだった自分はそのまるで海外放送のような神話に酔って、そのミステリアスな彼らのサウンドにどっぷりハマッた時期もありながら、ジョイ・ディヴィジョンとイアン・カーティスの実像についてはほとんど分からないことだらけのままであった。

今回の映画で実質それで新しい何かが解けたわけではない。よって、あくまでもこの映画の視点で話を進める。
とはいえ、この映画はストーリーとして事実部分(多少脚色もある)以外の人物心理描写はかなり省略されている。彼が自死を選択するに至る過程の最初に、自分のコントロールを超えて物事が進み始めていることを思い悩む詩人らしい繊細な懊悩をつぶやくコンパクトなモノローグがあるくらいだ。

それよりも一番雄弁なのは、今回初めてわかった彼の歌の詩世界と、あの独特なパフォーマンス。(演奏が高揚してくると長い手を奇妙に振り回し、上半身のみで痙攣するようなダンスをする)そのようなトランス状態に陥るステージ。それが一つの引き金を呼んだかもしれないてんかんの発作についてだ。

あの独特なドラマテックなサウンドに乗る彼の詩は、明らかにパンク時代の「システムに対する抵抗」ではなく、自分の内側を凝視したもの。あるいは人と人との間の一瞬の感情が発する際の鋭敏な感性の発露が昇華された言葉だ。

僕には、この映画に添えば、その詩がもたらす独自性のありかも、もしかしたら彼のてんかんがもたらす孤立感、すなわち心や脳のコントロールを超えて身体が発作をもたらすという他者と共有できない痛烈な断絶のためではないか?と想像する。

それを、その悩みを自分でコントロールする機会を持てぬまま、状況がどんどん大きくなっていく。素朴で純粋で繊細な彼にとってはそれらを上手く立ち回ることは到底困難なことだったのかもしれないと。その思いつめた結果が、彼を究極的な孤独な選択をもたらしたのだろうか、と。

イアン・カーティス役のサム・ライリーはそのステージパフォーマーとしてトランス状態に入っていく彼と、日常に上手く適応できない繊細な若者の姿の二面性を実に上手く演じていて、名演だ。

特に若者として傑出した詩を書き、それを歌うステージの彼の演技をジョイ・ディヴィジョンの映像を見たことがある者はみな「良く似ている」と誉めるだろう。

だが、実際、彼の自死によってメンバーはもちろん、当時のファクトリー・レーベルの所属アーティストにも大きな動揺と暗い影を落としてしまったのも事実なのだ。
やはり、自死は残されたものに深い禍根を残す。たとえ、イアンに底知れない実存的な不安が深く渦巻いていたとしても。残されたものはどこかで自分に何か非が無かったのか、彼らに何かしてあげられることはなかったものか、と思わせるものだ。

イアン・カーティスがバンド活動を始める前に職業安定所でハンディのある人に職業紹介をしている仕事をしていたのは知らなかった。役者の名演でもあるのだが、職業紹介の仕事をしているときの彼は暖かく、落ち着いた物腰で、出世はしなくても誠実な官吏になれたろうと思わせる。

死者の悪口を言うものはいないが、特にイアン・カーティスについては「いいやつだった」という意見が多い。あるいは例えばドゥルッテイ・コラムのヴィニ・ライリー、スクリッティ・ポリッティのグリーン・ガートサイトなど、繊細なミュージシャンとの友好が深かったことを考えると、本当に惜しい。

願わくば、結論を急がず、例えば職安でハンディのある人の職業紹介の仕事などを続けつつ、詩人としてペンを持つような人として安定した生き方も可能だったのではないか。
私には分からない病だが、てんかんとも上手に付き合っていければ、イアンは今も生きていて、感性は成熟し、何かを廻りに与え続けることが出来たのではないだろうかと思う。

しかし、時代や状況が、彼の性急な結論を導き出したのだろうか?
ユニークな音楽と詩、そしてリアルなパフォーマンスが彼のある一面のみを増幅させてしまったのだろうか?

それらのことを考えさせるがゆえに、当時のニュースに感じた、シド・ヴィシャスの死とはまた違う、リアルなショックはロックファンタジー世界とは全く別の悲劇を感じたという意味で当時の印象を反復させる。イアンは普通の人間として今も生きていけることが出来たはずだと。

けしてドラマテックではない別の意味でのロック殉教者であろうか。それだけにやはり暗い気持ちを解くことはできないのである。

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PS.
 映画でもステージパフォーマンスで演じられるシングル曲「トランスミッション」の素晴らしい映像はユー・チューブでも容易に発見できるし、今後上映予定のジョイ・デイヴィジョンドキュメンタリーでも使われそうだ。トニー・ウィルソンの「OGHT」での「シャドウ・プレイ」の映像も有名で、映画でもそのままに演じられたが、今回発見したこの海賊映像?は貴重だ。
 映画におけるサム・ライリーの演技も見事だが、やはり当時の本物のジョイ・ディヴィジョンの迫力はすさまじい。

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by ripit-5 | 2008-04-26 22:03 | 映画