ブラジルはやっぱすげえ

ブラジルのサッカー界、このタレント性は何なんだ!と驚きの連続。ここのところ、昨年のユーロや、最近のチャンプオンズ・リーグの流れでは機能性・戦略性がより重視された頭脳サッカー、チームに個人を上手く当てはめる「チーム優先型」になっていると思っていた。あくまでもごく単純に言えば。そして、その方向性はおおむね間違いがなく進んでいるとも思っていた。
 その中でブラジルはあくまでもこれは、相対的な比較だけれど、個人の閃きがチームをより機能させるノリがあるように思う。DFの弱さは相変わらずだけど、中盤から前にあれだけのタレントが揃うと、そう簡単に崩せる国はないんではないだろうか。あのチームが本気になったら。
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by ripit-5 | 2005-06-30 09:32 | スポーツ観戦

ラッキーと失敗

タワレコで英「MOJO」誌がU2セレクトのCD付きでかなり破格な値段で置いてあった。どれだけ破格かといえば、付録のオムニバスCDの方が倍価はするだろうと思う値段。U2に興味はないが、思い切って買う。
もう一つは目当てのライ・クーダーの新譜。

帰ってU2セレクトのCDを聴く。これが大正解!15曲も入って選曲もツボだ。新し目ではArcade Fire、Modest Mouse、Interpol、Futureheadsなど。古いところではエコバニの「ザ・カッター」、キュアの「ア・フォレスト」、スジバンの「クリステーヌ」などU2が影響を受けた音響バンドが入っている。ゴー・ビトゥインズ、ヴァージン・プルーンズ、スーサイド、ラモーンズなども。雑誌自体も、いろんな意味でグラフィック的にも二重マル。

もうひとつのライ・クーダーは帰ってから日本盤でないことに気づく。大失敗!内容の方はこれは完璧ですよ!一聴しただけだと、昔風に言えばレイド・バックという表現が浮かぶものかもしれない。だが、添付の歌詞カードというかブックレットにはただならぬ「歴史性」が濃厚に伝わってくる。これは背景を知って聴くべき音楽だろう。和み系の音だけど、解説を読むことを求める作品なのだろうと思う。音楽も良く聴くとかなり練られていて、ライ・クーダー自身、相当力を入れて作った作品だと思える。

ブエナ・ビエスタ~で一躍有名になったライだけど、勿論映画音楽やソロでも有名。で、僕はその音楽的過去は知らない。天才スライドギタリストだということも。
ただ、この作品も多くはLAに住むメキシカンのサウンドを再現している。いわば、音楽先にありきの映像サントラとでもいうべきものかも。「逆ブエナ」とでもいうか。
(もしかして、映像化もあるか?)

ライ・クーダーソロ名義とはいえ、この人はシンガー・ソングライター的自己意識は希薄かもしれない。むしろプロデューサー的、あるいは自分も演奏に参加する民族学者的アプローチをする人なのかもしれない。これ、あくまでも感覚的な感想。

作品は上記述べたように、非常な力作。すでに「今年の10枚」的作品かもしれない。おそらく、エスタブリッシュ系の文化雑誌が騒ぎそう。いや、マジにはまります、この作品は。
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by ripit-5 | 2005-06-29 09:33 | 音楽(洋楽中心)

市民に開かれた文化ソフトの無料市

つまりはそういうことなのだ。
市の中央図書館に本日行ったらば、なんとなんとまだ書店に出回ったばかりのピーター・ギュラルニックの「スウィート・ソウル・ミュージック」が置いてあるではないか!鼻血が出そうになるのを押さえつつ(ウソ)速攻で借りる。まだ序章を見ているだけだが、著者の音楽に限らず通念を疑い、自己洞察から始める姿勢は誠意を感じる。昔はこういうのをまわりくどく感じたものだが、今は非常にこういう本論に入る前の「なぜ書くのか」という自己姿勢に対する自己言及が興味がある。このような部分があるのとないのとではかなり違うと思う。

AVのコーナーで民俗音楽CDも借りる。外国モノ2枚+日本モノ2枚。
アフガニスタンはヒンズークシに住むパシャイ族の声楽に仰天する。何と熱いのだろう!家人が「これ声明?」と聴いたけど。ちゃんと声明のCDも借りてきた。
 例えはかなり強引だけど、グレゴリオ賛歌とゴスペルの違いみたいなものかな?かなりつらい例えだ。また考えよう。図書館バンザイ!
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by ripit-5 | 2005-06-22 09:35 | 音楽(洋楽中心)

表現の技法

想像力が創造力に転化しなけりゃ
ヘタをすると単なる変人にみられる
堪ったものじゃない。
想像力は表現力に転化されなきゃなんない
現実のコミュニケーションで
あまりに想像力が豊か過ぎると
いぶかしがられるだけの場合がある。
TPOが手に入る場所でなければ
よって、表現は、形を得なければならない。
もしも頑固な胸と腹を持っちまったなら。
でもって想像力を表現に変える力。
すなわち創造力。
そこに介在するのは技術。テクニック。
これがあればのぉ。
と、羨む前に精進努力せよとの天からの声が
聴こえてくる我が超自我ではあるが。
倦んで、くすんで、時の流れを悔やむ日もあるよ。
まあ、今日のところはひとつ許してくれや。
その昔は許されん泣き言だとしてもよ。
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by ripit-5 | 2005-06-14 09:36 | 日々

異議は申し立たない

失業した男が 廃車になる車に乗って
森に向かう 流れる音は港町からの
ストレンジポップス
昼の光は車の中を強く照らし 働くともがら感じ入りながら
そして 異議の申し立てはどこからも立たない

緑の中 光と影に揺られて
歩きつづけながら 男は考える 時代の推移を
自由に 
もはや人々の声たちを無視できるのだから
巨木の杉を見上げ シダの上に乗る虫を眺めながら
そして この森の外 異議申し立ての声は聞こえない

新聞は隠微に密かに転向した
新聞はルーティンワークと化し ディスクに議論は存在しない
そして男は 深夜サッカーを見た
競争社会の夜 男は勝負の厳しさを見た
シャビ ルケ そうさ この場所にふさわしくない 俺にふさわしくない だが楽しい
そして 深夜に異議申し立てはない
異議が申し立つことはない

緑の中を涼しく進む 
グリーンピースの活動も W.Cニコルスの生きざまも
彼らの固有性からくるものさと 苦く思ってみても
男は 何かが間違っていると思っている
そして この社会も その方向転換に乗ったのだと 悪いバイブレーション
そして俺もだと
なるようにしかならない 俺たち庶民の知恵が
この自然を悪くするのかと
歌を信じたことのある男が 不気味に罪を考えてみた
だからこそ
その男のような者があらわれるからこそ
異議は申し立てられない
異議が申し立つことはない

世界中 理由はわかるものと分からないもので成り立つ
そんな風に嘘ぶくから
その男は異議を申し立てない
男に 異議申し立ての勇気はない

ああ、世界中の男たち
世界中の男たち
自分と 自分の家族しかどうしようもない
世界中の女たち
自分の家族しかどうしようもない
どうしろといっても どうしようもない
壮大なフィクションを信じることが出来ない男
軸足を踏み外しそうな綱渡り
だから
現代社会は
異議申し立ては出来ない
異議申し立てする勇気はない
ただ目に見えない紐だけが 長く長く隠されている
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by ripit-5 | 2005-06-13 09:38 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

明日は歯医者じゃ

いやじゃのお。
何といっても患者側としては「何が起きるかわからない」まな板の上の鯉状態がタマランノデス。医者は客観的でしょう?ここに心理的優劣が生ずる。当たり前といやぁ当たり前の話。

ところで昨日たまたま歯科のお医者さんと病院以外でお話する機会があり。(まったく初対面で全然病院とは関係ない場所ですよ)。

歯の磨き方がどうも上手くいかんとです、と云ったらば、「歯は意識しないで磨くんです。鏡の前で構えてちゃダメ。テレビを見ながら歯ブラシゴシゴシ。で、CMになったらゆすぐ」とのこと。
「しかし、歯磨き粉がこぼれるでしょう?」と反問したらば、「いや、歯磨き粉を使わないの。要は構えないのが大事」とか。

説得力があるような。でも、まだ実践してません(笑)。
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by ripit-5 | 2005-06-02 09:39 | 日々

なんだっけかな?

え~と、何か思うところがあった気がするのだが。忘れて...。
 そうそう。確かいま小学生の7割くらいがインターネットと接しているとかいう記事があって。
 そりゃ、時代の必然なんだろうと思うと同時に。

 ふと思ったです。
 自分がネット始めた当初、人と話しててなるほどあるね、と思ったのが。
 ネットって、時間もそうだけど、それ以上に空間がバーチャルだよね、って。
 僕も思いました。リンクすると自分が住んでいる北海道からいきなり九州にでも飛んでいけるあの感覚。もちろんそれであってのネットなのですが、あの一瞬の違和感というか不安感?
 今ではどうでもいいことといえばそうなのですが、小学生にとってその感覚ってどんなものなのかな?って。ややこしく云えば空間認知の感覚に影響とかないかな。

 う~む。こんな余計なことを考えてしまうのが明らかにおやじ臭くなったあかしかも。
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by ripit-5 | 2005-06-01 09:40 | 社会