共謀罪

郵政民営化法案のわけのわからんゴタゴタで審議が延びた「共謀罪」だが、この法案の趣旨を伝え聞いて思い浮かぶのは明治末期の”大逆事件”である。思想家、幸徳秋水はいわばこの種の罪状の異常拡大解釈で死刑になっている。当時の元老、山県有朋の異常「主義者」恐怖の故である。
 この事件の首謀者、実際は計画段階で失敗しており、管野須賀子他3名の夢想的計画といってよいもので、管野と同居していた幸徳は計画を伝聞していただけで、それを実行しようとしていたかどうかの真偽も幸徳自身も解らなかったのが真実に近いと聴く。なにより当時、官憲に常に自宅周りに拘束されているような状態であり、そのような計画があってもそれを伝える術も事実上奪われていただろう。窮鼠猫を噛むをどうにも出来るわけもなかったろう。
 何よりも可哀相なのは和歌山の人道的な医師、大石誠之助である。彼は和歌山で幸徳と語らったということだけで極刑に処されている。(彼は「瓢箪から駒という言葉がありますが、このたびのことは誠にその言葉どおりで戸惑うばかり、という趣旨の言葉を語っていたらしい)。
 この辺の経緯は関川夏央+谷口ジロー「坊ちゃんの時代~明治流星雨」に詳しい。マンガなので読みやすい、またマンガなのでデフォルメかといえばそんなことはない。周辺資料も含め、ここに書かれているのはほぼ史実に忠実だ。
 何しろ、この事件から処刑までの間に綿密な取調べはほとんどなく、近代刑法史的にも汚点であり、政治史的にも恥部であろう。
 共謀罪が天皇制や政治独裁手法が背後の元に成り立つバックグランドは明らかに違うが、証明が難しい刑法上の罪になるのは間違いあるまい。実現の難しい法案であろう。
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by ripit-5 | 2005-07-31 21:19 | 社会

肺癌・抗癌剤治療(イレッサ)

父の検査の最終結果が解ったのが先週の木曜日。話を聴くと、実質、左肺の下葉の末梢にガンがやはりあった。とどまらず、どうやら肺以外では無いのだが、同じ下葉の局部だけでなく、別の部位にも癌があるらしい。そして水腫も小さいながら見られる可能性があるらしい。で、もともと高齢ゆえに難所に思われた肺下葉をリンパともども切除する手術することさえ、難儀な事態となった。また、放射線も、局部が広がってきたゆえ、療法として使用できないらしい。
 結局、癌の縮小、あるいは拡大を防ぐ抗癌剤治療と決定した。いわば、癌Ⅱ期の末期というところか。。。

 明日入院なのだが、自分も不勉強であった。肺癌に効果があり、副作用(人体への不快、他の健康な細胞を壊すなど)がほとんど無い新薬、ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)を服用することになっているのだが、この薬は間質性肺炎や、急性の肺疾患が副作用になっており、一部で社会問題になっているらしい。医師はそのことは特例といい、母の知り合いのいとこに当たる女医も間質性肺炎の危険は特例とのことでここでもまた自分はそのようなものでもあろうか、と思っていたのだが、前の日の今日になって調べてみたら、やはり服用1~2週間あたり、つまり服用後早い段階でその命にかかわる副作用があるらしい。つまり、一日一回の服用だが、入院1~3週間の間に間質性肺炎に罹患する可能性も、無いとはいえないのだ。(長期では6週間との話も)。厚生省、肺癌臨床医学会でもガイドラインを出している(ゲフィチブ使用について)。
 インフォームド/コンセントと、おそらく投薬の時に合意書を交わすのだろう。
 ここしばらくの間は緊急性を視野に入れた緊張する精神状態が続かざるを得ないというところだろうか。
http://www.okusuri110.com/kinki/keikoku/keikoku_db/keikoku4291013.html
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by ripit-5 | 2005-07-31 21:16 | 家の話

知らないことが多すぎる


恥ずかしながら、自分の経験。
肉親がガン宣告をされてから、これから難しい問題に立ち至るだろう。勿論、本人が、その肉体との戦いの上で一番に。
ぼくはまだどこかよそ事であるかのような距離感を感じながら、足下に少し揺れを感じる気がする。そしてその揺れはこれから親が入院して抗癌剤使用する8月いっぱいの中で強まりこそすれ、弱まることは無いだろう。果たしてそれになれることはできるだろうか。
ぼくは益々、自分が本当に何をしたいのか考えざるを得ない。生きていることの意味をかたちとして残したい。その思いが強まる。
いずれは誰もが通る道。生きて、存在を明かし、そして地中に帰る日が来るのだから。
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by ripit-5 | 2005-07-28 21:22 | 家の話

帰巣本能?

 最近の立て続けな東アジア報道の洪水の影響はあると思うけれど、父の今まで考えられない反・北朝鮮、反中国的な言動(それが韓国にまで及ぶ)は驚くと同時に耳をふさぎたくなるような感情的レベルのものにまでなっていた。
 高齢の上のある種の情緒の失禁状態かと思っていたがよく考え気がついてはっとした。それは肺の病の疑いが顕在化したときと符丁するのである。
 父の中ではおそらく反隣国=愛国の感情、ある種の偏狭ながらの郷土愛、今いる場所への強力な愛着なのだろうと思い至ったからである。確かにそれは稚拙な感情の発露だ。だけれども、この今いる場所への愛情が素朴に現れているのかもしれないと推測する。切なくもいとおしい。理性的には間違いでも、その感情は自分が営々と築いてきた場への転移された愛情の表現ととるべきなのだろう。
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by ripit-5 | 2005-07-28 21:20 | 社会

今週はフジ・ロックフェス

参加される皆さん、楽しんできてくださいね。
今年はUKのネオ・ポスト・パンクつーのか、ネオ・ニュー・ウェイヴつーのか、そんな新人がまとめて参加するのと、同時に中堅~ベテランに属するケルト~アイルランド系の音楽に属してるといえそうな、エディ・リーダー、ポーグスも参加するし。まぁ、ニュー・オーダーが大トリなわけだが。いまじゃ「ラブ・ティア・アス・アパート」も唄ってるんでしょう?ちょっといまのニュー・オーダーは自分の意識と違うんで。てか、今年のUK新人ブームに乗ったのか、ギャング・オブ・フォーも来るっていうんでないの?あの鋭利なギターサウンドとシャープなサウンドは健在なのか?興味深いね。
でも、個人的にはイチオシはエディ・リーダーの天使の歌声。
台風が早急に通過してしまえばいいね。
祈ってます。


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by ripit-5 | 2005-07-26 21:23 | 音楽(洋楽中心)

不安定な世界で

英国のロック/ポップ音楽を愛するものとして、ここのところの連続ロンドン同時テロやエジプトのカイロでのテロは酷く憂鬱にさせられる事件である。多くのミュージシャン達もこころ痛めていることだろう。

軽率な憶測かもしれないが、やはり2001年の911におけるその後の米国の行動と、それに深く追随してきた英国が、今ターゲットになっていると見るのが哀しいが、妥当な気がする。
911は悲惨なテロだが、その後の国際機関を無視するようなアフガニスタン、イラクへの軍事行動、侵攻は超法規的行為だし異文化への暴力的行為だったといわざるを得ない。アルグレイブ刑務所でのイラク兵に対する侮蔑な行為、そしてキューバに送られたアルカイダと称されたままどのような俘虜的状態か無視された状況。その人権状態をほとんど無視したままのマスコミ。もしも今回もイスラム系の人たちの犯行だとしたら、そのような行為を起こした異民族への復讐と見るのもあながちうがちではないだろう。

しかし、だとしてもテロリストは間違えている。いかに我々近代社会の果実を占有しているともいえる国家に住んでいたにしても、一般人、とくに英国人の大部はイラクへの戦争も、またアフガニスタンの侵攻も反対が多かったのだ。彼らが本来狙うべきは国家の中枢的人物、ごく少数のはずだ。(それでも私はテロルには反対だが)。しかし、現代において見捨てられている人々の国家や地域が存在するのも事実。私たちは効率的にして便利な社会にありつつ、リストラや社会連帯の危機に不安を感じるという非常に矛盾した社会に生きている。911以後の先進国の強権的国家への変貌はわれわれに潜在的暴力が徐々に顕在化する不安を実感しながら生きている。経済の国際競争はより激しくなり、国家間運動会は過熱し、醒めた人や温厚な人は切り捨てられたりついていけない状態。

彼らテロリストがそのような現代社会の不安を行動へと転化する呼び水にならんとしているとはとても思えない。むしろ彼らは市民社会をより不安防衛的で国家の同調圧力に深く埋めさせる方向を呼んでいる。
すると考えられるのはふたつ。一つは徹底した人間間不安を呼び起こすこと。これはいずれはまた、延焼するような「戦争」への連鎖への呼び水である。もう一つはイラクやアフガニスタン、パレスチナで行われるイスラム教徒への侮辱に対する復讐。しかしこの方向はより文化的な方法を用いても耳を傾ける人は傾けるはず。なぜ、一般市民を巻き込むのか。人々はそのような声に耳を貸せる人もいるはずだ。例えすぐに状況は変えられなくとも。

僕はまるでビン・ラディンのような連中と、ブッシュ政権の連中がパラレルに見える。彼らはともに異様な自信を持ち、暴力的な力をためらいなく行使する。そして、その復讐は声明無きテロリズムでどこで一般市民が巻き込まれるかわからない。そう、いつの時代も、といっていいのかもしれないが、危険な時代に一番最初に犠牲になるのは普通の、どちらかといえば立場の弱い市民が多数だ。(普通の人はたいがい立場が脆弱なものだ)。危うい時代が始まっているのだろうか?ぼくにはかなりそのような匂いを感じるのだが
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by ripit-5 | 2005-07-23 21:24 | 社会

蒸し暑い

今月は特にこき使われて(単に要領が悪いというのが正解だけれども)、へとへ~とになってるちゅうに、朝も早よからたいへんに蒸し暑く、寝苦しくて早朝から目が覚めてしまう。
たまらん。それにしても男の癖に体力のないことよ!我なさけなし!
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by ripit-5 | 2005-07-18 21:25 | 日々

今月は...

う~む、今月はヘタしたら休みとれんかもしれん。暑くなって来るだろうし、体調を整えていかねば。
余り暑くならず、荷物が多くならないことを祈る(笑)。後、家にいる間はなるべくグダグタしていよう(爆)。軟弱モノだからなー
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by ripit-5 | 2005-07-14 21:26 | 日々

望むものは大きな度量

小さなことをことさら気にし、へたをしたらそれを世の中の問題にまで広げるような、そんな良くない意味で大げさにとりあげる傾向がある。
大きな問題こそ小さな、というか人生の、自分が生きる流れのひとつとこころに位置付けられればどんなにいいか。
今はその全く逆だからね。
やっぱジェラシーとか、そういうのがあるわけだけど、気走りせずにこころの器に上手く収めるというかな。
結局は度量を持ちたいというか。度量のなさが自分を矮小化しているんじゃ自分が勿体無い。当たり前だけど、度量を大きく持ちたいな。
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by ripit-5 | 2005-07-12 21:27 | 日々

大文字のことばについて

「競争」という言葉でもってひとはある種の観念を喚起する。
そこに想起される感情はさまざまに濃淡はあるであろうけれども、おそらくそこに動物との競争はイメージされていない。

「共生」という言葉でもある種の観念を人は喚起する。そこから想起される感情もまた、人によってさまざまであろうけれども。そこにもまた、おおむね動物との共生はイメージされていない...。こちらは多少は動物との共生のイメージはあるか。

いずれにしても、人間とは観念の生き物であろう。解りやすく云えば、頭で解釈して行動する生き物なのであろう。

だから、何でそんな風に考えられる?とおかしく思われるだろうけれども、”観念勝ち”のおかげで、「競争社会」というとき、そこに動物との競争のイメージは全くないのである。熊とかライオンとかヒョウとか、狼とかの競争という。あるのは人を擬態化してそのように表現する場合のみだ。万物の霊長というわけか?大変なことだ。

ともかくも。

「競争社会」ということばで皆でうなづき、社会活動を行う時、その結果が出来上がる「日常」が障害なく運営されている時、それは自然の運行の如く感じられもしよう。

しかし実は多様な要素が多様に働いて、日常は運営されている。医療活動から、清掃活動まで。学生の多様な学びの日々まで。もたれつつ、もたれられつつ、の中で。

僕はマス・メディアから繰り返されるけしてスローガン的には見せないように振舞うことばを「大文字のことば」として、注意をしていたい。彼らの大文字のことばは確かに日常の日々に変化を徐々に与える。しかし、その言葉に付着するものは言葉に付着する多様な人間の生活や心理を掴み取ったものとは言いがたい。
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by ripit-5 | 2005-07-11 21:29 | 格差・貧困 & 中流崩壊?