2005年も過ぎます

ずいぶん好き放題を書いているこの日記ですが。今年も書き収めです。
ブログもここんところちょっと病気じゃないか?ってぐらいに書いてます。
でも、この日記もかなり自由に書いたことで後でまた読むと頭の中とか感情とかとかの整理がつくんじゃないか。

それでも本来、本音の本音は外向きに書けるわけは無い。すると日記のまたそのまた日記となり、際限は無い。
昔から日記自体、どこかで人の目を意識するものと厳しい人はそうも云ったりするものではあるし。

ホームページやブログとなると尚更そうなるだろう。
大きな流れではこのようなものの使用法も微妙に変化するのではないか。

では、良いお年を!
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by ripit-5 | 2005-12-31 13:56 | 日々

首相解剖

朝のワイドショウでは一番シャープな司会を見せてる渡辺さんを中心に今年1年を振り返る朝から昼までのワイド版。そのほとんどが首相のキャラクター解剖に費やしていて、番組としてなかなか勇気があると思った。

もう熱も冷めてきつつあるということかな。
小泉劇場の。

話し、いいところまでいったんだけどね。
まあ、プライベートはなー。あまり突っ込まれたら自分だって嫌なものだし。
ただ、あの人のキャラクターと大都市住民の意識、その大都市を束ねる元小説家の首長、それから余裕がなくなった市民生活(時間、自分を見つめる時間ともども)その他、ネガティヴな条件があの人を劇場スターにしつづけている要因はあるよ。
もとNTT広報官だった人の政治宣伝相的な役割が何ら後ろ暗くなく語られる事態自体、異様な感じですけどね。

鳥越さんは病気をして、本気で物をいうようになった。大事なことだよ、鳥越さんを出しつづけるということは。

「小泉純一郎と日本の病理」藤原肇(光文社)は今朝の番組の重要参考書。

TVは現在だけのメディアとは佐野さん良く言った、と。過去と未来がない状態って、すごく人間的でない状態なんだよね。若い頃の自分からわかるから、それはすごく!


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by ripit-5 | 2005-12-29 13:58 | マスメディア

今日はこれから

CT検査じゃ。いやだなあ。
今日のうちに結果わからんものか。
年明けまでまたされるのはすっきりしない年越しだ。

検定は大丈夫だったらしい。
試験からたった3日で結果がわかるというのも不思議だが。
一次審査で通ったという話らしい。
まずは良かった。
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by ripit-5 | 2005-12-27 13:59 | 日々

ローマの休日

オードリ・ヘプバーンは気高い(笑)。
んで、この映画のグレゴリー・ペックはラストが嫌いだ。今回観ても、やはり好きになれんかった。
大体、ああいう別れ方をして、それでも取材陣の中にいることが無神経に思えて仕方ない。
特にあのカメラマン野郎の無神経さはなんだ!(怒)
そういう友人と付き合ってるような奴なんだから、王女さま、もう少し男を見る眼を養ったほうがいいですぜw。

ローマの休日は本当に僕には神々しいような映画なんだけど、今回見て脚本とか監督とかではなく、やはりカメラとオードリーに尽きるのでは?と思った。

ラストでの再会はいいだろうとしても、あのアメリカ人カメラマンの馬鹿っぷりは興ざめだ。あれがユーモアとか思ってるんだろう?
(それでも僕には今の土管図鑑のハリウッド映画よりもずっと良きアメリカ映画ですけど)。
ローマの人も描かれてないよ。結局観光地として使われているだけだったんだな。。。
にしも、ラストの決然とした表情を見せてもらえるだけでも、馬鹿な男たちの再登場の意味はあるかな。

グレゴリー・ペックは「アラバマ物語」で見直したけれども。
あと、「尼僧物語」って映画の主人公もオードリーなんだなー。若老け役にびっくり。
尼僧ってのも、大変だよなぁ。こういった神におつかえする世界は本当に分からんです。

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by ripit-5 | 2005-12-25 14:00 | 映画

気の流れが悪いみたいだけれど

ワードの検定、完全に失敗した。
まだ習っていない切り取り線、付け焼刃で教えてもらっただけでは上手くいかなかった。
表作成も。
流れは悪いけれど、
今日戴きもののディヴィー・グレアムのベスト盤作品を聴き、俄然、気分回復。
これは凄い!!!
とんでもない。素晴らしいギタリスト。
アタマがクラクラする。もちろん高揚して。
久しぶりに超快感!

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by ripit-5 | 2005-12-23 21:50 | 音楽(洋楽中心)

洒落にならんな(苦笑)

昨日は冗談で書いたつもりだったけど、案外冗談でなくなってきたかも。
胸部レントゲン写真をとったら、やっぱり何かありそうとのこと。
来週、CT写真を撮る事に。
昔、自分で気づかないでいた気管支炎症の再発が一番安心な着地点。悪くて結核の疑いもアリ。そりゃ、最悪悪性腫瘍だってありえるだろうけど、流石にタバコ10年来止めている自分にはあり得ない気がする。
医者もそんな認識は全くないようだ。それよりも結核。
結核!まだ生きているんだだねぇ。
何か、化石のような病の気がしていたのだが。
結核といっても、昔と違っていまは無理さえしなければそんな絶対安静療法やら、隔離療法などはないらしいけど。

肺の異物感というか、こそばゆさ。やっぱり肺だったのか。
やいや、参るね。金のことも浮かんでさ。貧乏性だけどそっちの方が最初憂鬱だったよ。
どっちにしても日雇い労務者で今日にも捨てられる運命の綱渡りなんだからさ。
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by ripit-5 | 2005-12-22 21:52 | 日々

カラ咳やまず。

風邪とは関係なく、から咳が止まらなくなってもう一月近くなる。
余りにも仕方ないので、明日早退させてもらって総合病院で見てもらおうと思っている。
結核だったりして(笑)。
親父の肺ガンといい、洒落にならんなー。
確かに呼吸器官系は父親似で、弱いのかもしれない。内臓は丈夫なのだが。

どうも、弱点は親父似の部分が多い気がする。

ところでディランの自伝は一挙に飛んで、87年へ。スランプを自覚し、この頃真剣に引退を考えていたとは驚いた。それをどう克服しつつあるか。ここら辺もスリリングで読ませる。

この人の分析能力と、文才には唸らされる。なんでこんなに冷静でいられるのだろう。やはり地が強い人だとしか思えない。男の中の男だねぇ。いやあ読ませます。降参しました。

ディランファンは必読でしょう。
まだ途中だけど、言い切りたい。
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by ripit-5 | 2005-12-21 21:53 | 日々

ボブ・ディラン自伝

何か気になり始めたボブ・ディラン。
とうとう「ボブ・ディラン自伝」も購入。
ノーベル文学賞に値する人なのかどうなのかは判断つけられないけど、豊かな文才を持っているのは確か。
この人は間違いなく小説家にもなれただろう。
自伝なのに、まるで自分のことを小説の世界の住人のように、引いてみている観察眼。
多くの発見があるといえよう。
改めていきたい。

いま読んでいるのはデビュー時から、ウッドストックの一時的隠遁生活の辺りに飛躍するところ。その前まで啓発される言の葉、沢山あり。
この飛躍移行は、ちょっと混乱するけど。
その前の部分はぜひ「ノー・ディレクション・ホーム」ドキュメントで補ってね。

3部作になる予定なので、いずれディラン自身の手で65~66年辺りの記述が詳細になされるのでしょう。

いや~、それにしても凄い文才だ。

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by ripit-5 | 2005-12-19 21:54 | 本・マンガなど

ものぐさ

年末も近いということで、今年の10枚なぞと考えてみる。上から7枚くらいまでは浮かぶのだけど、残りの3枚辺りで苦労する。今年の小遣い帳なんぞを広げて、今年買ったCDなんぞ調べてみると、以外や、今年に買ったこの作品があったか、などと発見があり。そこらへんを聞き返してみる。そんな夜。

それにしてもものぐさ怠惰な人間だなと自分を省みてつくづくと思う。
自分の限られた興味範囲以外のことにはほとんど無頓着。いまだ家人にも注意されること数知れず。しかし身に沁みない。幼稚な人格だ。アブナイ(苦笑)。

司馬遼太郎だって、座談の名手らしいがしょっちゅう物忘れしてて、嫁さんがそばにいないと危なかったらしいぞ。トレードマークのメガネさえ平気で忘れてたいうんやから。
天下国家を論じて身近な身辺に無頓着でいられる。これぞ男子の本懐、悠揚せまらぬ精神ではありませぬか。そんな風に我もなりたかった。

て、誰と比較してんねん(笑)。
正月の夢はそれだな。
女房の膝枕にて眠る。鬼が笑うね。
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by ripit-5 | 2005-12-15 21:56 | 日々

騒ぎすぎとしか思えない

咳が酷いので予防のため病院に行く。
朝イチだと、待っている間どうしてもワイドショウが目に入る。
いま、子どもの安全がしきりに騒がれているのは多くの人もご存知と思う。
だが、、、、。イヤ、子どもを持たぬ身のものがいうのは理解していないのかもしれないが。

それでも思う。「これでは強迫観念ではないのか?」と。
子どもが毎日ひとり殺されているとかいうならいざ知らず。確かに続くが、それはTVとかが騒ぎすぎることでその種の資質の人に何かに逆に火をつけているところもないのか。

遠くから覗くようにして見ると、大変失礼なのだが、滑稽なほどに思える。後、事件が次から次へととっかえひっかえで、前の奇異な事件は捨てられるような状況も気味悪い。
何かがあるなら一つの事件を徹底的に分析して本気で社会に還元すべきだし、でないなら、「偶然」ということにも思い致すべきだとも思う。(申しわけないが)。
すべてに因果を持ち込もうとするから、最後は「行政」「学校」の「管理体制のあり方」みたいなところに行かざるを得ない。
 すると、管理する側は、子ども達を過剰に保護することに血道を上げざるを得なくなる。
 それは子どものためというより、親を含む社会への防衛措置に思える。

報道は選択集中報道みたいなことばかりなことをいい加減にしたらどうかと思う。
それを楽しむ僕らも。
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by ripit-5 | 2005-12-13 21:13 | マスメディア