乾いた空には満月が映える

本日も真夏日になった。すでに8月も月末だというのに。確かにこの何年かの温暖化現象は何かの原因があるのかもしれない。(「地球温暖化」とまではいっていませんが)。
特に暖冬傾向は著しい。

行政書士試験の願書を受け取りに、まず滅多に行くことなどない道庁庁舎に行った。赤レンガの奥にある。意外なほど警備が物々しいのが何となく不穏な感じ。入りにくいよなぁ。ただでさえ、日ごろから庁舎なんて無縁なのに。実は赤レンガは今バイトで清掃に入っている新型ビルの向かいにある。いつも朝、向かいのうっそうとした庭を見るたび、こういった場所を散策する生活を忘れているなぁと思っていた。

久しぶりに、赤レンガ庁舎前の庭を散策する。カモの泳ぐ庭の前の小さなベンチに腰を降ろして少し和む。あんまり暑いので久しぶりに自販機で買った缶ジュースを飲みながら。カモたちのほとんどが意外にも陸に上がって木陰で休んでいる。まぁ、軽やかに泳いでいるように見える彼らもその水かき足はかなり盛んに動かしているようだから、今日みたいに暑い日は木陰で休む方が疲れないのだろう。人も同じようにこのような平和の中にあれ、というところだ。

組閣のニュースをやっているが、まぁ、ここら辺が今の自民党の実力者というレベルなのだろうか。僕が年を取っただけかもしれないが、意図的にハト派で加藤紘一の影が何となく残る谷垣派のスポイルがあるとはいっても、ここら辺が実力者なのかと思うと、昔から反自民の自分でも、器の小ささを感じざるを得ない。

これなら民主党だろうとそんなに人材に違いはないだろう。

全ては平均化されているという意味では、民主主義的でいいのかもしれないが。

でも、これだけ2世3世議員が与野党共に多くなれば、徳川幕藩体制と変わりばえもしない。
坂本龍馬が感動したアメリカの政治制度、そんな純粋な感動から、本当に遠いところにこの国の政治は来てしまったようだーーーなんてまた偉そうなことを!(たはは:汗)。
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by ripit-5 | 2007-08-27 16:41 | 社会

こころとっ散らかる一日

一日休みの本日、親父の用事でホームセンターに連れて行ったが、進行している白内障の症状が随分進んでいるようだ。レジから遠くない出口前に立つ自分の姿も気づかない様子。親父もここ何年か大変だ。肺ガン治療に引き続き、狭心症の手術。この6月には再度同じ狭心症で再手術したし、この1ヶ月に急に酷くなった白内障もおそらくステロイド剤の影響だろう。老いて生きるのも大変な労働だ、で、不肖の息子はそれを実感できずにいる。

昨日は久しぶりに早く床について渋谷陽一のラジオを聞いた。ザ・コーラルをかけると思ったのだが。かけんかった。代わりにコモンとエイミー・ワインハウスが気にかかる。この2作も遠からず何とか購入を。。。と思いながら。。。

だが、実際に購入したのは本日、ジョー・ストラマーの自伝映画のサントラ作品「The future is Unwritten」。これが何とも形容しがたい感動/感情の高揚がある。一言で言って、今年の5枚に入るでしょう。ザ・コーラルが今のところ自分の中で頭抜けているけど。こちらのオムニバス作品も本当に素晴らしい。

さっき感想をまとめてアップしようとしたところ、アクシデントで半分以上が消えた。また改めてかく気力がない。

今度改めます、どこかで。

勉強、してへん~。
そんなこんなで。。。こころ、とっ散らかる一日。
って無理なまとめだ。。。
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by ripit-5 | 2007-08-25 16:43 | 日々

初秋って感じ?

まだ日差しは強いのですが(特に午前中の遅い時間)、夜にはもう秋の虫が鳴いています。日差しも少し違うね。やはり秋がこんちわ!って。

勉強やばし。お盆の午後休みのラッキーの先週、もう暑さでゆだってさっぱり進まなかったツケ(単に精神が怠惰なだけともいうがw)で民法、労災法共に予定が大幅に狂っている。
もう、ほぼ民法の課題提出は諦めようか。下手をすると、今月中に労災法が終わらない可能性が高い。まだ、労災による遺族補償年金給付に入ったところだ。

この後は二次災害給付、介護給付、特別支給金、特別加入制度、罰則規定その他が残り、労働保険徴収法の半分もやらなけりゃあいけない。冷や汗だ。

このところ、朝のバイト先のブラックマジックにやられ、悩まされ、障害レースだったからなぁ。

本当、この暑さで冷たいものの取りすぎで腹は出ただろう、我慢のしすぎ(?)で頭髪の頭頂部がだんだんヤバシのところなり。

不良中年ならぬ、浮浪中年の傾向を深めつつ時は過ぎ行くなり(苦笑)。

つーことで、まー、そのー。いわゆるひとつの、秋だなw。
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by ripit-5 | 2007-08-23 16:44 | 日々

本日は本格的な愚痴


朝のバイト先も、また雲行きが怪しくなってきた。仙台本社から長期出張で臨時のリーダーを務めた人が帰社し、今は朝の忙しい時間帯は札幌の営業所長がヘルプに入ってはいるが、現状では、若くてセンス(音楽趣味)は合うが、仕事に関しては全く頼りない一回り下の社員と、チームワーク上大問題の女性日勤者。これがまたまた曲者の次元を超えて、全く困ったおばさん。何だか女性の嫌なところをすべて見せ付けられる気がするよ。。。口が達者だが、論理がすべて自分の思いつきで廻るように理屈だてる。そしてもちろん、結果に対する予測があってものを言うわけではない。言葉の端はしに伺える支配欲。働く仲間たちへ出てくる評価はネガティヴなもののみ。仕事が一通り出来るから良しとされるような次元の人ではない。

自分が全て分かっており、他の人全てをくさすその根拠のない過剰な自信と、独尊的な態度はこれまた帰宅前の着替えの時にも及ぶ。おいおい、人の悪口はパートが帰ってからにしてくれよ。。。と思うのだが、そんなものは通用しない世界。前の現場主任もそうだったのだが。あの人などは65歳にして「俺の言うことを聞け!」って怒鳴っていた人だからなぁ。う~む人外魔境だと思って憂鬱だったが、今の段階では新しい問題児(女だが)の出現でまたこじれにこじれるのは必至だろう。重石がなくなったために。
私は清掃業務がつまらないとはけして思わない。ただ、この「人の管理」の問題はどこにもついて廻る憂鬱な案件だ。俺だって、こういう問題でいつも自分から辞めるようなわけにはいかないんだよ。だからこそ、前は本格的に申告書を本社に送ろうと思ったのだ。今度は女性の日勤者ということで同じような喧嘩は売れない。ここら辺に新たな問題がある。

長期にわたる大きな問題があるというのに、こんな次元の低いことで頭を悩ます自分が嫌になるし、本当にどうしてこうなのかね?と思うよ。続けます。
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by ripit-5 | 2007-08-21 16:48 | 日々

重力と恩寵

シモーヌ・ヴェイユの本のタイトルからかっぱらい(笑)。
だけど本当にね。
そう、このところ、今週の日曜日の新聞に載っている本の書評欄を読んでたら、『SIGHT』でインタビューを受けている政治学の杉田敦の書評エッセイとか、藤原帰一が最近ロッキン・オン社から出した本の書評が載っていて。まあ、あの二人の興味の方向性は大体分かるんだけど、杉田敦は新たな形態の難民化現象(ネット難民)の問題とかをとりあげているし。藤原帰一は日本や欧州にとって世界の終わりはないが、他方で中東やアフリカでは戦争があたり前の時代になりかねない、と危惧しているらしい。で、本のタイトルを「戦争解禁」としたらしい。アメリカの無用な介入を含めて。書評では”現代を世界の終わりではなくて、「残酷な世界の継続」と理解する見方”と書いていて暗澹とさせられる。

「世界の終わり」などという言葉はある意味問題隠蔽の文学的な表現で、大変悪いコトバで言わせてもらえば、現実直視を避けるロマンテックな言い回しでもあるかと思える。
”やむを得ずフリーターをしばらく続けると、正社員になることは極端に難しくなる””病気などで家賃が払えず、滞納を理由に追い出され、あらためて家を借りることができずにホームレスになる人々”、これがもう一面の日本の都会に隠された現象だろう。で、時にそのような現実に落とされた人々(システムの圧力)が、自己の置かれた立場を表現する言葉が見当たらず、時によると「世界の終わり」という言葉でうなずく。そんな皮肉なことすらあるかもしれない。

もっと巨視的にみると、アル・ゴアの「不都合な真実」がある。日本の社会は今や過去にない自己本位な時代になっていると思うけど(それだけ余裕がなくなっていると思うけど)、もう少し先の視点には少子高齢化の問題と同時に環境問題というものがあるのだ。あるいは生態系の問題が。

先のゴア主催のライブは率直に言って「どうせなら出演者みんながアコーステックなステージでやるのが筋では?」と皮肉に思ったところもあるのだが、ゴアがアメリカの、しかも元大統領候補であったにもかかわらず、大量生産・大量消費のシステムを見直すべきだと考えるならば、それは珍しいし、素晴らしいことだし、同時にもはや楽観的なアメリカンライフが完全に終焉したことを示すことだと思う。

日本では新党さきがけを作ったムーミン・パパこと竹村正義氏が滋賀県知事時代に司馬遼太郎と対談し、琵琶湖の汚染を境に真剣に環境問題を考えていたことが今改めて沁みる。
晩年の司馬遼も極めて日本の未来図を環境を含め深刻に捉えていた。

武村氏は議員落選後も(人は忘れるのが早い!)環境問題には人後に落ちない真剣な思いを持っていたとか。確か田中秀征が語っていた。もはや武村氏もこの世にない。
(追記:とんでもない思い違い!竹村氏はまだご存命で活躍中でした。大変申し訳ありませんでした。深くお詫び申し上げます。 2008.5.10)

でも、イデオロギッシュでなく、でも「感じの良さそうな政治家」の目先はもう僕らの個別の欲望を超えた環境や生態系に向いていたのだな。

そう考えると、余りに低い次元に拘泥している自分が誠に情けない。
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by ripit-5 | 2007-08-21 16:46 | 社会

社会的コンプレックス

いまの電話オペレーター業務だが、官業関係の受託業務ゆえ、9月20日時点で一度業務が終了になる。その前に入札があるゆえ、その結果で10月から新業務があるかどうかというところだが、現段階では何ともいえず。むむむ。実はこれは少々想定外。どうなることやら?良き便りを期待したいが。。。

しかし、私は別に言い訳ではないが、仕事中はかなり電話の相手の方と真剣に対峙している気持ちなので、どうもその後の業務間の休みとか、業務終了後の待機時間とか、なかなか仲間とコミュニケーションがとりにくい。

もちろん他意もないし、その時間くらいは和気藹々とやりたいのだが、9割方女性ということもあり、どうも話をあわせにくい。ほんの数分の話や業務に絡んだ話を話したり、状況を聞いたりは出来るのだが、それ以上のことは興味の向きが上手く合わせられないし、率直に言うと、そこに合わす気になれないというか、合わす気力も湧かない。

例えば女性であれば、高村薫さんとか今は亡き池田晶子女史のようなタイプの人ならば話しても面白ろかろうか、と思うのだが。同時に重い話になるだろうし、浮きまくりだろう。

そう、今でも私は青いことを始終考えている。携帯もいまだに持っていないし、出来れば持ちたくないと考えている自分が否定しがたく存在する。

ときたま、都会で生き抜けるタイプなのだろうか?と深刻に考える時がある。
同時に、田舎で生きる才覚やパワーが全く欠落しているのだから、なおさら背筋寒い思いだ。

オトコの理想は黒板五郎、そう思いながら、全く正反対な生き方しか出来ずにいる。この腹の据わらなさが、また人に魅力を与えないところかと思われる。
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by ripit-5 | 2007-08-20 16:49 | 日々

白い恋人

ネーミングのセンスは抜群に卓越していたよなぁ。もちろん、お菓子としての旨みが前提なんだけど、この名前による浸透力は本当に大きかったと思う。
振り返ってみるに、所謂ネーミングという付随部分だけでこれだけ商品を有名にさせた例もなかなかないかと。繰り返しだけど、もちろんクッキーとホワイトクリームの絶妙の組み合わせもあったよ。

社長であり、商品の開発者でもあった石水さんが辞任した。仕方がないことだけど、誤解を承知で書きますが、僕は余りお菓子の賞味期間って意識することもないんだなぁ。クッキーとかであればなおさら。もちろん、1年以上も前のものです、となれば多少は考えますが、それでも食べるかと(苦笑)。不二家のときもそうだけど、今ひとつピンとこない。石屋製菓のアイスクリームの大腸菌検出は良くない。あれは。人体に影響を及ぼしますからね。

ただ、賞味期間4箇月のものが2ヶ月過ぎたことで身体に異常が起きるのか?というとそうは思えず。むしろ、4ヶ月以上たった商品を食べて「これは品質がおかしい!」と見抜ける消費者がいれば、それこそ賞賛に値すると思う。グルメ、侮りがたしと腹の底から思うだろう。

要は、それだけ「ブランド力」の大きさを物語っているということかなぁ。

もちろん、問題を過少化するわけでは全然ないですよ。内部告発の揉み消しなど、会社としての企業倫理が腐敗していることなどそこら辺は重要な問題体質で、製造業として腐敗していく過程の渦中だったと思う。

ただ、確かに包装用紙とかかなり立派なものなので、つい大昔を知っている人間だと「そんな大変かなー。」という気持ちも正直あるんだ。ナマモノでもないんで。いやまぁ、クリームが間に挟まっている以上、ナマモノでないとはいえないか。むむむ。。。

昔のお菓子、量り売りで新聞紙を包装紙にして秤のうえでざーと流し込んでいるのを買ってと言う時代をおぼろに知っているもので、一体あの時代の菓子はどんな品質管理をしていたのだろう?(苦笑)。まぁ、腹を壊した体験もないし。ただ、祭りの縁日のものだけは食うなよ、と。実際、祭りの縁日でイカの姿焼きとかたこ焼き食って学校休んだ奴とかいました(爆)。

話は戻って、コンサドーレ、絶好調だけに来年が心配だなぁ。三浦監督ってやはり名将なんだな、って。おそらくJ1昇格は間違いない中でメインスポンサーの不祥事と、経営者変更(銀行役員)で。むむ、厳しいね。

石水元社長も、若い頃の気持ちに戻って、
また新しい商品のアイデアを考えてね。
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by ripit-5 | 2007-08-18 16:51 | 社会

酷暑なり

いや~、もう。猛烈に暑いです。
たまらんです。
頭がバカになります。言うまでもなく、バカなんですが、バカの2乗状態です。
いま、よ~~やっと少し涼しくなってきましたが、自分の部屋はまだかなり厳しい。

本日はお盆にて父方のお寺の小樽に行ったんですが、主人公の本人がバテて不在。仕事後で下着ぐっしょりの状態で駅についたら老婆(母)のみ。彼女と代理で行くことに。駅の待合のこれまた暑いこと!
今日一日でどれだけ水分取ったかわからない。

さて、正式にgooのホームページに移行しましたが、リンク集は主に自分が管理しているものを集めています。

今後、OCNのブログを使うとしたら、そう、理想的には社労士・行政書士に絡むものかなぁ。
いや。もしも、そちらで利用できるとしたら、やはりいろいろなケース紹介が出来るように、きちんとしたホームページを作るだろう。注文してでも。そういう形になるでしょう。

洋楽関係の管理ブログが多い自分ですが、もしもブログを新たに作るとしたら、全く別の、人文関係モノになるかと思います。

何て、惚けた頭で夢を描いても、この暑さで肝心の勉強が手につかぬ。これでは少年時代からの悪い癖、計画表だけ立ててお終いになるパターンを繰り返してしまう。汗。
19:57
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by ripit-5 | 2007-08-15 16:52 | 日々

gooのホームページから正式に移行しました。

いや~。何とも簡素なトッページですな(笑)。
とりあえず、HP自体はトップと同じようになるべくシェイプされたものになるかと。
まぁ、日記の内容は水ぶくれでしょうが(苦笑)。
今後も思いつくままに書いていきます。
良ければご愛顧の程。

それにしても、本日の札幌は異様に暑い!
頭がバカになります。ただでさえバカなのに。34度くらいでしょうか?ここ何年か無い気温です。夏の暑さは本道人にはなかなか馴れないものなのですよ。

本日より午後の仕事は木曜までお盆休み。よって、午後から資格試験の復習勉強を、というつもりではいるのですが、こうサウナ並みに暑いと正直言って苦行ですね。扇風機の風さえ生暖かい感じがする。

プールでも行きたい、水浴びしたい気分ですが、15日まで280円の所持金しかない。まるでどこかの高校生ですが、それが実態なのでアリマス。

プアマン~、リッチマン~なんて大昔のインディズバンドの曲がやられた頭にふと再生したりして。

いずれにしても、まあな。犠牲にしているものも多々あるぞ、と自覚はね。しているつもりではいるんだけどね。
季節を感じて遊びたいんだけどね。
考えるとやはり二十代の頃が一番無駄遣いしたかな。とはいえ、主に音楽ソフトの購入ですけど。とはいえ、いえとは。バブル時代ですから、ファッションに色気がなかったかといえば嘘にもなる。

まぁ、今は過去の蓄積もあるから、音楽も懐かしいと聞き返すことも出来るし、本も過去読んだものも新しい気持ちで読める。その意味で、フラストレーションを買い物で埋めるという気持ちは減ったな。まぁ、年齢を考えればあたり前のこと。

結局、また無意味に長いですか?
コンピュータが無料でイロイロ発信できるというのも大きいですね。ホント、大きい。無料なのは。助かります。

いずれにせよ、遊べるのは若いうち。
存分遊んで、経験にしてくだされ!
(注:この後、こちらexciteブログへまた新に移行中です)。
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by ripit-5 | 2007-08-13 16:54 | 日々

2題

今は無きマンチェスターはファクトリー・レーベルの総帥だった、トニー・ウィルソンが亡くなった。
ジョイ・ディヴィジョンのマイ・スペースからのお知らせで知った。
http://news.sky.com/skynews/article/030100-127950600.html

最近、某雑誌で立ち読みしたドゥルッティ・コラムのヴィニ・ライリーのインタビューで、「親友のアンソニー・ウィルソンを楽しませる音楽を作りたかった。彼は癌で、本当に体調が悪くてね」という話をしていて、トニー・ウィルソンの本名は確かアンソニーではなかったか?もしや彼?と不安な感じを持っていたので、この事実にはやはり悲しみを痛切に感じる。


トニー・ウィルソンといえば、多くを知らなくとも、映画『24アワー・パーティ・ピープル』の主人公である、ということで、あああの彼か、と気づく人も多いのではないかと。
いわば気障な音楽好きなミドルクラスのお調子者のように映画では描かれていたが、オリジナル・パンクに接したマンチェスター勢でポストパンクを率いたファクトリー・レーベルの功績はあの70年代末から80年代前半、語りつくせない。ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダー、ドゥルッティ・コラム、ア・サーティ・レィシオ、そしてハッピー・マンディズ。ピーター・サヴィルの素晴らしいアート・ワーク、マーティン・ハネットという斬新なプロデューサー。それら個性的な連中を率いたトニー・ウィルソン。ロンドンのジェフ・トラヴィス率いる「ラフ・トレード・レーベル」と並んで英国の2大インディ・レーベルの総帥だったのだ。

それにしても、英国の翳りある音楽の都・マンチェスター。あの時代を率いた人たち、気がつけば若死が多い。ここで数え上げたりはしないけれど、知っている人はすぐに多くの名前が浮かぶだろう。何ゆえに?という感に堪えない。

もう一人、すでにこの世の人ではない人物、ジョー・ストラマーの映画が近々公開される。その映画のマイ・スペースから流れるオムニバスミュージックが実に素晴らしい。
http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewprofilefriendid=167200414

ジョー・ストラマーの生真面目で冒険的な人生は考えるだけで胸が熱くなる。また、彼自身が行動的な人物というだけではなく、極めて自己反省的な人物であることも魅力だ。時々、そのバランスが普通の人よりもストレート過ぎたり、相互に矛盾があったりするけれど、基本的にはその生真面目振りが彼の年齢と共にする成長振りがうかがえて嬉しい。その過剰な自己反省も含めてアテチュードとしてのパンク・ロッカーだったんだな、と思う。以下、長いけれども、彼のインタビューから抜粋したい。(雑誌『DIG・No.19』から)

●あなたは、故意に自分のステイタスと特権を捨ててしまったという珍しいロック・スターですよね。

JS:一言で言えば、俺は、十分な学もなく、スポークスマンであるための十分な知識も情報も持っていない自分自身を責めるね。何も分かっちゃいない奴が、始終声高に語るってことは、それで、しばしば愚かなことを語るっていうのは危険なことだよ。「ヘイ、ヘイ!俺にマイクを渡せよ、皆聞けよ!」って喚きながら世界を廻ることが許されるほどの教養も知識も俺は持っていない。俺たちを取り囲む世界について歌う前に、首尾一貫した知識の鞄を持つべきだね。俺はその鞄を一杯にしたいし、俺の時間を、自分を高めることに使いたいし、俺自身に欠けている部分を埋め合わせることに使いたいね。これは大いなる幸せだよ。

彼はこのインタビューの後半でザ・クラッシュについて「システムを変えたいと思ったらそれに変わる策を用意すべきなんだよ。(略)クラッシュを爆破させたものはこういう混乱と、イデオロギー的な行き詰まりだろうね。俺たちは全てを言い放ったし、俺たちの社会にそぐわない最悪なものには唾を吐いた。だけど、俺たちは遠くには行けなかったし、提示すべき解決策を持つことは出来なかった」とも語っている。

僕はこの正直な述懐に切々とする。それでも、ジョー。僕はこの年になって、やっと『サンディニスタ!』の歌詞の意味が把握できるようになったんだよ。貴方たちは例えジョーが言うとおりであったとしても、後思春期にいた僕たちの100歩先ぐらいを見て歩いていたし、今あなたたちの言葉の意味のより深い意味が分かる。
映画サントラの、おそらくジョーの最後のバンド、メスカレロスであろうラストの楽曲の美しさ、BBCのインターナショナル・サーヴィスで音楽DJをやり、より幅広く国際色豊かな曲をかけていたというジョー。彼の音楽に対する飽くなき探究心は、社会的関心にもより広く、よりバランスよく広がっていくはずだったはず。「ロンドン・コーリング」で”核の冬”の恐怖を一節に入れていたジョー。今、東西冷戦の核恐怖ではなく、核の拡散と、そして環境汚染を前に、彼は生きていたら何を感じ、そしてどんな曲を着想するだろうか。

そんなことを思うのである。

PS。
クラッシュの始まり始まりの時期から彼らの音楽的嗜好のセンスの良さについては論を待たない。それはピストルズの推進力たるジョン・ライドン、グレン・マトロックしかりであったのだ。過去との断絶を強調したオリジナルパンクスたちは、実は独特の嗅覚の音楽ファンたちだったのだ。

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by ripit-5 | 2007-08-11 16:56 | 音楽(洋楽中心)