厄払いが必要かも?(苦笑)

この日曜日から調子が悪くて、朝から寝ているうちに熱が上がり、その日の午後には熱が38度台でずっと推移。
だけど、毎年風邪を引く自分としては風邪の自覚症状が無く、これはおかしいな、と。
鼻水なし、咳なし、クシャミなし、悪寒なし。食欲もあるようだし、ただ変に腰が痛く残尿感だけは常にある感じ。
そんな風邪特有の湿った感じが無く、むしろ身体の各部は乾いた感じ。鼻の奥なんかもツーンと乾いて。
で、これは風邪じゃないなー。インフルエンザにやられたかなー。と。

いろいろありすぎで、休みすぎた今月、もうこれ以上の電話も辛いのだけど、夜の仕事も次の日の朝の仕事もお休みの連絡を。後味悪し。

月曜の朝には熱は7度台前半まで引いたのだけど、その分腰と残尿感だけは意識的。内科の管轄なのかな?と疑い始めつつ、内科のかかりつけ医に月曜の朝、一番に行く。状況を聞かれてすぐ、管轄は内科ではないですね、という話になり。2箇所の某●●●科を紹介される。
恥ずかしがる年でもないけど、やっぱちょっと気が引けるのでね。内科の先生としては場合によると「腎うえん」が怖いです、そうなると入院が必要なことになる病気ですから、と言われれば。(ここら辺で何科が想像つく人はそれで正しいのですw)。

近場の地下鉄隣駅の区役所側のメディカルセンターの方が利便がいいということでその場で即決で決めたけれど、同時にあのクリニックはどうなんどろうなぁというのもあり。
行ってみたら、まあ古い。とにかく20年は変わっていない。精神構造は30年は古いほうが正しい、何て最近自分の中で奇人ぶっているつもりだったけれど、病院はあんまり古いとやっぱ不安です。科も科だし。ロケーションが精神的に悲惨ナリ 。
何だか寅さん映画の最初、寅さんが見る悪い夢みたいだよ。

結局、そんなに問題ないんじゃないかという結論が出て、薬を飲んで様子を見てもらいたいと。ただ、症状に関してはまぁ、●●●炎だろうと。(想像できる人は正しいはずですw)。

今日の昼ぐらいに落ち着いて今は普通です。だけどガックリ落ち込んだ。また休んでしまったし、眠りに眠っていた。この「惰眠をむさぼる趣味」に落ちることが趣味でもあり、悪弊でもあるので。結局、今日は何日の何曜日だったかさえ、一瞬忘れてしまう始末。

今、物凄く分かりやすい年金攻略本を読み直し始めて何とか日常に戻る気構えにしつつあるけれども。

上記、恥ずかしいこと山積みで書いたけれども、この間にオヤジは相当に調子を復調した。案の定、救急車に運ばれた以後、CCUに居た時期のことは記憶にほとんどないそうだ。そのほうが幸せだろう。むしろ良かったと思う。
お袋の「鬼太郎」人相は治らない。目玉のオヤジを右眼球に入れてあげたいけれども。人間、馴れると不思議に普通。ただ、時折、沈んでいるように見えたり(片側の眉が下がっているため)、落ち窪んだ目のほうから眺めるとテレビを見ていても寝ているように見える。
実際良く寝ている。やはりオヤジのこともあると同時に、母も女性。顔面麻痺の状態も一月続くと結構ショックなんだと思う。

眠りに寝ていた時期も、起きてニュース等に触れていろんなことが書きたい要素があっても結局、こういったことを書いている。やはり自分の身に近い実感が必然的に訴えたいこと、書きたいことになってしまうんだろうな。

冗談だけど、気持ちの一部じゃ結構タイトルどおりなのれす。
だって、家族の病気の後、まさか自分自身が想像もつかなかった科目に受診することになるとは。こうもいろんな病院科目とお近づきになるとは思いもしなかったからね。いやいや、同時に家族構成的に考えれば一般的とも言えるし。考えさせられます。
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by ripit-5 | 2007-11-27 14:18 | 日々

先日の文章では

説明が足りないように思う。
要は、マクロ経済スライドとは、今後少子高齢化の進展に合わせて給付水準を調整することをいう。これって、どう見積もっても給付水準は下がる、と見るのが普通の感性ではないでしょうか。

ハッキリ言って、厚労省は少子化の流れが止まるとは思っていない。でなければ、このような政策的態度は取らない。で、それは当 っているはずだ。
前も何度も書いたけど、先進国の少子化基調は変わらない。また、将来の人口爆発を考えても、先進国の持つ情報化社会脳では自然に多産基調にはなりえない。人口学者はスウェーデンのような国も一時子どもの出産が増えても、それはその時の政策誘導によるもので、長期的にはまた少子化基調に転じているという。

だから、少子化対策大臣などというものを置いても、もっと国民にストレートに反映する厚生行政の流れは少子・高齢化は前提のはずだ。

そして僕はそれでいいと思っている。何故なら過去にも何度も書いたとおり、「資源無き日本は国民が勤勉に働き、輸出で儲けて生きていくしかない」というのがしつこく勤勉の美徳を説く論拠になっていたではないか。それを考えると理想の1億の民以下になる時代がやってくるのだ。(その前にちょっとした地獄を見るのかもしれないけど。。。)
過去の人類の歴史の中で、戦争をせず、飢餓に瀕せず、あるいは大疫病の流行にやられず、平和裏に人口減少した国は無い。日本はその偉大な人類のモデルケースになるかもしれないし、なるしかないのだ。

さて、行政と政治家の言葉は違う。
政治家の言葉と行政の流れが違う中に、新聞やマスメディアの言葉が憶測や煽り、デフォルメが入り込むからますます渾沌とする。

昨日書いた後期高齢者医療制度も、老人保健制度がなくなるという事なのだ。すなわち、70歳からの1割負担が2割負担になる。つらつら書いたとおり、国民年金制度は給付額の変更をいつでも睨んでいる。
これらの一般人にストレートにはねかえる話は小泉政権で起きていたこと。あの「郵政選挙」等のフィーバーに重なる。小泉首相は「自分の政権では消費税を上げない」と何度も繰り返した。すなわちそれは、自分の政権が終わったあとはどうしようと構わないと言うことだろう。
何故、その程度の素朴な疑問をマスコミは伝えてこなかったのか。何故その言葉の狡猾さをマスコミは狡猾である、と伝えてこなかったのか。

そう、小泉政権が怖かったからだ。なぜ怖かったのか。大衆に嫌われるのが嫌だったからだ。テレビであれば視聴率が落ちるのが、新聞であれば部数が落ちるのが。怖かったからだ。
すると。
僕ら一般人たちも自分たちで自分の首を絞めていたことになる。
嫌な言い方をするな、と思われるかもしれないけれど、少なくともあの時期、かなりの範囲で思考停止が起きていたというしかない。

実はまだ、あるいはまたも、思考停止が始まるかもしれないのだ。
民主党の小沢代表だ。小沢氏は自分たちの案を呑めば、自民と連立を組むと言う考えに間違えはなかったと朝日新聞で縷々語ったと言う。テレビで見た記者会見でも確かにそう言っていた。そして、連立の話に乗らなかったのは民主党議員が反対したからだと。「どうです、これこそ民主的ではありませんか」と。これは居直りの発言だ。
今後、年金の消費税による引き当て(この点について、選挙前に小沢さんはテレビに出たときの説明は、年金制度に詳しくないことを露呈していた)、農家の戸別保障、児童手当の引き上げ云々で社民主義的政策を掲げても、小沢氏の本意ではないのではないか?という疑念が付きまとう。
民主党の政策であり、小沢氏自身の興味はそこに本気では存在しない、と。彼の本位はあくまでも国民よりも国益、国際関係、消費税引き上げではないかと。何だ、[私は変わりました」といいながら、実は何一つ変わっていないのではないかと。

この方法論は誰かに似る。そう、小泉元首相だ。あの人は郵政問題一本に絞って、これに命を掛ける、と啖呵を切って見せ、反対のものは反対勢力だとして念書を書かないものは党内から追い出した。その上で、お得意の「党内に味方は少ない。あなたたち国民だけが味方です」と芝居を見せた。B層、などと広告業界にいた人間に舐めたマーケティングさえして。

小沢一郎も同じだ。彼は孤立無援を演出する。ただ、彼は与党で無いので、党員を敵にはまわせない。だから、意に反するが、自民党を倒すため(というポーズが必要なため)民主党の意見を代表する代表に治まって見せます。私しかいませんから、と。

似ているのだ。実に二人の方法は。

おそらく、民主党が勝つ、あるいは拮抗することで次にとる手立ては社民や共産党との連立、ないし政策協力ではない。そしておそらく、公明党を仲間にすることでもないと思う。
一番の狙いは自民党に手を突っ込んでの保守大連立だと思う。
その時は民主党の分裂の時。

それが政界の再編成、ってやつじゃないのか?
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by ripit-5 | 2007-11-23 14:17 | 社会

現状の国民年金は危ないゾ

とはっきり言い切っていいのではないかと思う。
詳しくは国民年金法の第4条の3と、第16条の2に目を通していただければ。
今まで5年ごとの財政再計算と自動物価スライドで年金給付額の調整をしてきたが、平成16年(3年前)改正(悪?)で非常に奇怪な財政均衡策となった。その名を「マクロ経済スライド」という。
これは何と、100年間!のマクロ経済指標を立てて、財政均衡が保てない時は給付額に反映させるというものだ。
おお、ここには社会主義の政策が生きているではないかw。誰が国家経済100年のマクロ計算を行えるのであろう?
厚生労働省には天才的な頭脳の持ち主がいるのだと見た。

とにかく、今までの物価にスライドさせて、給付額を変更するのとは違う。

同時にこの調整のために調整率(現在0.9%)を掛け合わせ、物価上昇率が上がればこの調整率を使う。例えば2%物価上昇しても、今まではその分を給付額に反映させたが、0.9%それに掛けるのだから、物価に対応しきれない。
逆に物価下落の際は、この調整率は使わずに、ストレートに目減り分を減額するのだ。

安倍前首相が選挙期間中にカラ元気で叫んでいた100年安心年金、とはつまり、この国年法4条の3の条文を叫んでいたわけだ。一般人には分からないけど。(実は私も知りませんでしたw)。

かつまた、実は今までのデフレ分の1.7%を年金給付額から本来は引かねばならないことになっているのだ。だが、政治的なアレコレがあって、これは作動していない。だが、いつかはこれが作動する。そのいつかは、もちろんのこと、遠い将来の話ではない。

本日、我が家に後期高齢者の運用が来年の4月から始まる知らせが役所から届いた。だが、この制度は確か公明党の押しで凍結しているはず。しかし、行政の慣性の法則なのか、すでに始まる前提で案内が届いている。案内と言うか?こんなの。だれがこんな条文のようなものを読めると言うのか?まして後期高齢者に。

行政は自分たちの政策的な思惑があり、そして政治家は有権者にいい顔をしたい思惑がある。

消費税の社会保障制度導入(ホントか?)でも何でもいいが、今の政府の、そして官僚を信じられるなら増税もやむを得ないと認めよう。だがこの国の、行政の何を信じよと言うのか。率直に、だ。

沢山の法令が、いつの間にやら作動し動いている。ブルブル。

今は徳川幕府に似ていないか。年貢は引き上げられる。そして誰かの懐はうるおい、人々の財布は少しずつ銭は減っている。
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by ripit-5 | 2007-11-22 14:15 | 社会

どうやらこのまま根雪に

なりそうな感じだ。
週間予報を見ても。明後日は大雪のようだし。(一日伸びたが)。
明日は真冬日だ。
先の日曜日に何とか自転車にトライしてみようかと思ったが、パンク。もう乗るな、という啓示(?)ということにして、諦めてとうとう定期券を購入。地下鉄一つで通勤できるワガママ承知で言うけど、疲れる。まだ馴れない。
やはり、待つ時間とか、「乗せられている」感じとかが苦手。チャリンコだと自分で移動している感じがあるからね。
慣れるまでもう少し時間がかかるな。
しかし、社会人としての適正が完全、欠落しているね。

健保法は提出課題の方でキビシサが出た。こんなに細部にこだわる問題が出るとは。
教材付属の問題集が難しいものという印象があったので、それが楽だった分、甘く見ていた。失敗。

さて、何とかやっと年金二法、まずは国民年金法だ。年金法は難しい。特に経過措置の条文などは読みこなすのは非常に苦痛なものになると思われ。厚生年金法がそれ極まるんだけどね。
今何かと問題の国民年金。朝令暮改の法令だけにやっかいなのだ。
今後、消費税論議とも絡むから、「今まで」と「これから」の両面睨みになるだけにますますややこしい。
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by ripit-5 | 2007-11-20 14:13 | 日々

遅れてしまったが

まぁ、この話題をしつこく取り上げるのもそろそろにすべきだと思うけど、家族にいろいろあってから10日以上まともに勉強できなかったけれど、「健康保険法」が複雑な内容で無くてよかった。

科目として、本当にアクロバッテングな法令の読み方がない。
何とか火曜日には提出したいが、本来は先月末までに終わらせるべきもの。まぁ、行政書士試験を入れる予定だったので、実際は11日以後すぐに、と思っていたが。ほぼ次の月の20頃まで食い込んでしまったことになる。

これから本来の予定たる国民年金法にとりかかれるのは20日以降か。

やはり物事は計画通りに行かない。
今後も何かとあるかもしれないし。
でも、計画の大枠が崩れないことだけは願う。
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by ripit-5 | 2007-11-18 14:11 | 日々

オシム監督は。。。

大丈夫だろうか?
せっかく日本サッカーも形が見えてきたところなのに。ツキがない。

オヤジはまたいつものパターンで咳、熱で寝込んでいる。そう、自宅療養に入るとある種のパターンがあるのだ。万が一、所帯を持ったとしても、この姿は男として絶対に見せてはいけないな、と思う。何せ「ごはん」「味噌汁」と自分が席をたたずに指示を出すだけのみならず、薬を飲むための「水」「お茶」さえ、母を呼ぶ。恥ずかしながら老いた病人は子ども返りした人種である。その程度の自分のことは、席を立てちゅうねん。億劫でも立って多少動くことは出来るのだから。だいたい、母が寝ているときには自分で冷蔵庫を開けてジュースを飲んだり、菓子を食べたりしているのだから(苦笑)。

甘えが極まるんだよねぇ。これは現代に通用しませんわ。看護婦兼母親代わりをさせられている母は、その時代に生きたからこそ出来るものである。エディプスコンプレックスといわれても構わない。
反面教師にしなければいけないな。

本日、久しぶりに恩師にあったが、その種のことを愚痴ると、病人の役割、看護の役割なのだろうと。張り合いと緊張感が生活に張りを持たせるのだろうと。なるほど、ある面ではそういえるかもしれぬ。これで父が出来た人間で、病気の自己管理、生活管理が出来る人ならば、逆に母が張り合い失って、子どもが(という年ではないが(苦笑))見て何なんだろう?という風になるのだろうな。
そう考えると、無意識に自分の役割を演じている二人ということになる。人間って、不思議だよなー。

そうそう、久しぶりに大通りに出たが、やっと日本版・ビッグ・イシューを売り子のおじさんから購入できた。一月ほど前も大通りの中心部で見かけたとき、ああ、買わなきゃ、と思いつつ急ぎの用事があったので忘れてた。200円です。安いよ。寒い中立ちっぱなしも大変だろうが、なかなか購入する人もいない。
バックナンバーを見ると創刊号の表紙はREMなんだよな。なるほど。後、ロック系では早い順からトラヴィス、PSB、オアシス、コールドプレイ、UA、マッカートニー、アークテック・モンキーズといったところ。後は主に映画スター。

英国のほうから情報をもらっているのだろうか。

それから、昨日の深夜、守屋次官の証人喚問もまとめて見た。なるほど、こういうのは映像を見ると心理が見える。昔、証人喚問を静止映像でやっていたのを覚えている人はいるかな?昔はロッキード事件の時に宣誓書面の署名が手が震えて大変になった人がいたもんね。だから一度おそれて静止画像にしたんでしょ?そう考えるとあの時代の悪人のほうがもっと正直だったかも。自分を超えるものに対する怖れ、というのがあったんだろうね。今や「記憶にございません」が変な学習効果になった。
ただ、政治家の名前を出し渋る守屋に対し、「宣誓に反しませんか?」と問われた時、流石に人間の素の部分が出たね。
核心に近づく質問に曇る表情、このラインは自分に言い分があるというと饒舌になる側面。それだけの政策記憶力があるなら、一転、記憶がないことが続々とある独特の健忘症感覚が不思議だ。(もちろん、記憶にあるわけでw)。

涙の場面もあるが、二度三度となるとどこか情に訴えようとする演技も垣間見える。一番驚いたのが「退職金をもらう資格はございません。8千万円の退職金は返納させていただく覚悟です」。
覚悟!8千万モノ退職金の返納が!もちろん、一般人にはとんでもない金額だが。だが、接待ゴルフに何百回も行き、妻もおもらいしてもらい、娘も留学疑惑があり、これだけ美味しい思いをしていて、なおかつ退職金も返納する「覚悟」が必要とは。
覚悟をしなければいけない、というその未練にちょっと背筋寒い感じがした。

一体、どういう経済感覚をもっているのだろう?
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by ripit-5 | 2007-11-17 14:09 | 日々

今日辺りは

父の具合も大分良いようである。
久しぶりの小春日和であった今日は、窓から見える庭の紅葉を眺め、しみじみと綺麗に思っているように語らっていた。
一緒に住むとついお互いに刺激のある議論に持ち込みたがる癖があるんだけども(苦笑)、そういうのを手控えていかないと、と思うと、両親の会話も静かでシミジミとした感じで、とてもいい感じだ。
これが幸せというものだろうか。

う~む、吉田拓郎の歌かいな(笑)。
でもね、安心感こそが幸せだと思うようになったんだ。真面目な話。

それにしても、防衛庁の守屋次官はムチャクチャやなー。やはり今年の9月6日の日記に書いた佐藤優の論のように、国家という人工物の官僚というのは民からむしりとるのが仕事(?)なのだろうか?今回は明らかに「おぬしも悪よの」の悪代官と三河屋の番頭とか、そんな水戸黄門パターンで分かりやすくて驚く。

日本ミライズの社長ではなく、あくまで山田洋行の元専務として紹介される宮崎氏の扱いが、今後の防衛官僚との癒着に検察が目をあくまでもつけている意図を感じる。
やはり大疑獄に発展するか?

まぁ、こんな話は、今は親の前ではできません。w
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by ripit-5 | 2007-11-13 14:08 | 日々

退院してしまった

喜ぶべき状況なんだろうけど。
実際、もう退院して大丈夫?と思う。
退院後の療養についての生活指導とかも特になかったようだし、救急医療専門病院として17日をメドにという方針だし。
本人は結局10日ほどで退院したことになる。
今後、安心できる予後を考える病院を模索する必要もあるような気がする。
何となく疲れた表情の母の顔を見て特に。
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by ripit-5 | 2007-11-12 14:06 | 家の話

これからも思いやられるよん

かなり元気になった父だが。
もう帰るつもりでいる。
病院の食事が歯に固すぎて食べられないという。
それからは、病院食や管理に不満たらたら。。。

本人、あれだけ厳しい状況にあったのに、それがまるで何もなかったかのように。

人は食が欲の第一義なんだなぁ。
それはよく分かるんだけども。

帰ってからも、大変だゾ。
これからは発作を起こしやすい身体の中心部位を弱めてしまったのだから。

まだ、深刻だったという自覚がないのかもしれないが。

ヤレヤレ、これからも思いやられる。
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by ripit-5 | 2007-11-10 14:04 | 家の話

まず緊急性は脱出

やっと本日父、集中治療室から一般病棟へ移ることが出来た。
月曜日の手術は成功したと聞き、昨日辺りに移れる予定といっていたが、今日まで延びた。だが、日一日と回復が見られ、まず集中治療室から出られた時点でやっと一息ついたのだろう。正直、自分も安心感からか、やたらと甘いものが欲しくなり、菓子にむしゃぶりつく。笑うなかれ、本当に唾が出るほど、お菓子が食いたくて堪らなくなった。
母も先日辺りから食事が食べれるようになったといっていたが。何となく胸に「つかえる感じ」があったらしい。
自分にもやっぱりどこかでそんな体感があったのか。

月曜日の手術直後に見舞いに行ったときが、いわゆる集中治療室症候群のストレートな状況だった。夢と現実の混濁と、ちょっとした妄想状態。

実は、もう現実認識にきちんと戻っているが、「病院内にクーデターが起きた」という認識誤認はまだ持っていて語っている。
だが、俺は思うのだ。
集中治療室を脱出したいという思いと、クーデターという連想がおそらくつながっていることを。
布団を取れば裸のまま、管を全身に刺され、5日も仰向けで同じ天井に24時間置かれたなら。
自分だって、きっと何か認知障害を犯すような気がする。
人間って、こころの中の真実が現実認識とは別にある。それは夜の眠りの「夢」という中にリアルにある。それは主観世界の最たるものだ。

今日、ベットごと一般病棟に移った父の視線を見ていて思った。仰向けで自由の利かない身体ではときたま視線がさまよい、宙を舞う。そこには制限された目の刺激に生きる(こちら側から見た場合の)つらさを垣間見る。
人間は、横になり、立ち上がり、歩き回り、喋り、そのような絶え間ない無意識であたり前に思う運動の中で、現実の認知が出来ている。立体感があり、視線を通過する沢山の刺激があり。
例えば車を運転すれば、無意識のうちに注意深く、神経を集中させながら、視線を前後左右に動かしている。

それが制限された中で人はいわゆる妄想を持たずにいられるか?僕は今回、そうは思わなくなった。

「現実」という目線で見れば、おかしいという語りはある。
だが、夢というおかしな世界を見れば分かるとおり、人はみな一人一人どこかおかしなところ(それをおかしいというのなら)を持っている。そういうことではないかしら?

でも、今その父の奇妙な実感も、今後ずっと残るとしたらこんな余裕をこいたこともかけないだろうな。
その可能性も今のところは否定できないのだから。
まあ、とにかく現段階では成り行き次第。
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by ripit-5 | 2007-11-08 14:01 | 家の話