ONCE - ダブリンの街角で

観ている最中も観終わった後も、ほんわかと暖かな余韻が残る本当に良い映画でした。

父の家業である掃除機修理の仕事を手伝いつつ、バスキング(路上演奏ー今ではどの都会にもいますね)。で小金稼ぎをやっている元ミュージシャン(?)の男と、その演奏に魅力を感じて主人公に強い興味を持ったチェコからの移民の女性。実は彼女はピアノの才能がある。この二人の音楽を通した友好から愛情へ?といった筋。大きなストーリーは特に無い。それだけに音楽の持つ力、人と人を結ぶ力、音楽に向かう真摯な姿勢がストレートに伝わってきました。

映像もドキュメンタリー・タッチでカメラも結構ぶれたり、きちんと固定されていないアングルだったりもして、そこがリアリティを醸し出していて良いです。
主人公の歌唱が熱くていいですね。そして素朴な人間関係。ほんの少し挿入される夜の人々の集まりで自然に中年女性の口から歌われ出すアイルランド民謡。演奏が続くうち、いつのまにか主人公もトラデッショナル曲のギター伴奏をしています。やはりアイルランドって音楽のくになんだな、と思ってしまいます。

主人公の住まいが質素ながらも割とこざっぱりとしているのに比べ、主人公が好きになっていくチェコ女性の住まいがやはり「移民の暮らす場所」というべき団地のようなもので、テレビを観に隣の部屋の男性たちが勝手に入ってくる辺りなど、結構生活が対照的。母も英語は喋ることがほとんど出来ない。そう、考えてみれば、主人公に声をかけた女性も付き合いを始めるまでは街角で花を売ったりして生活をしていたのだ。う~む。そう書くとマッチ売りの少女かの如き世界に思えるが、彼女には卑屈な様子は無い。主人公が掃除機修理で生活していると聴くと、昼間の街中に掃除機をむき出しにして修理を頼み、その場で直してもらおうとしたりする。工具がある彼の家までそのまま行く時も、途中のファストフード店で食事をする時も、ピアノを弾かせてくれる楽器屋に行く時も掃除機のホースを持ったまま掃除機を引いていくのだ。それが全然意に介してない様子がまたいい。後で主人公の曲のレコーディングの費用交渉の際、彼女は凄いネゴシエーション能力を発揮したりもする。

結末は観た自分としては少々意外な展開だったけれど、よく考えれば音楽で身を立てるという夢を果たすため、生きる力を取り戻した男と、彼や彼女を取り巻く現実とを、つまり夢と現実とをバランスよく見せるこのドキュメンタリー風味のファンタジーにはまっとうなラストかもしれない。
映画の主人公(ザ・フレイムスのメンバー)とチェコの女性を演じた二人のインタビューが実に良いので解説としてはこれが一番かと。

ポップミュージックが細切れでCMレベルで流れているという悲しい現実もあるけれど、同時にこのような音楽そのものの良さ(と、それを作り歌う人の誠実さ)が映画になってほんわか人の気持ちを暖かくする、という意味では、今ではポップミュージックが果たす役割はとても大きくなっているのだな、と思います。主人公の家も、あんなにリハでガンガン皆で演奏しても全然お父さん、非難がましいこと言わないんだよね。むしろ協力的。
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しかし何というか、北海道に住む人間として何故かアイルランドのこの雰囲気は親和性を感じる。勿論それは英米ロック/ポップのファンとしては彼らの心の故郷として重要な位置を占めるのがアイルランドだという予備知識のせいもあり、ヴァン・モリソンが言うが如く、ロックンロールのふるさとは「ブラックミュージックとヒルビリー」であるだろうからして。というのもあるけれど。
そういう個人的な嗜好の問題もあるけれど、何となく人や街の雰囲気があえていえば、イングランドよりもアイルランドの方が馴染めそうな。。。
人間も素朴な感じがする。もちろん、アイルランドの人はより直裁で情熱的だと思うけれど。北海道人は基本、寡黙ですから。その代わり素朴で余り計算高くない。そこら辺似てない?とか勝手に思い込んだりして。

あとは移民がイングランドではなく、アイルランドに流入していることも時代の変化があるんだな、と思いました。僕がアイルランドというと思い浮かべるのはIRAのテロとか、まあ英国との長い確執と闘争史のようなもの。それが今ではヨーロッパでも経済的な優等生になり、欧州人にとっても住みたい国のトップランクにあるというのはどういう秘訣があったのでしょうか。
このところ2代続けて国のトップが女性であるということも含めて、興味深いことです。

おそらく観光したい場所としてアイルランドは急浮上しているのでしょうし、そして多くの人にとってかの地の音楽がやはり魅力だと思います。その点、北海道は音楽の地ではない。(伝統としてない、という意味で)。何だろうね?やはり食を魅力として売るべきなのだろうか。自然以外には。後は水だね。これだけは自慢できる。
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by ripit-5 | 2008-01-29 21:35 | 映画

こうの史代 -この世界の片隅に(上)

う~む。参った。いつもこの人の作品に触れるたびに「参った。参りました」と舌を巻くのだが、この新作も淡々とした作風の中に凄さが垣間見える。
こうの史代さんのような女性の作家が、漫画家としての枠に限らずに、作家としていてくれることに謝謝、感謝。
まず相手にしてくれるわけがないですが、こんな作品を書く女性ならば、惚れてしまいます(笑)

実は一回目に読んだ時にはこりゃ路線としてますますマニアックというか、難しくなったなぁと思ったんです。わたし馬鹿よね。本当、鈍感です。
最初の話はつげ義春か?と思うような展開ですし、(そういえばこうの作品のオープングは相当唐突感があるのですが(例外は夕凪くらい)、それを物語の主人公は所与のものとして受け止めているのが恐い)さんさん録にもあった家事・炊事のデティールに懲り、そして舞台は戦前。考証も緻密で書き物や書かれたものは当時のものそのもの。
本編以前の伏線となる三作はペンタッチも変えているのがあったり、実験的な感じがして。
だけど、彼女の凄さはそれを実験的なままにせず、すべてが後に繋がる遠い伏線としてどんな一編一編もあること。

作品の舞台は広島県・呉市。本編では昭和18年の12月から主人公のすずさんが結婚する2月以後19年の各月という形で進んでいて。軍港・呉はこの後大空襲があったそうですし、勿論「夕凪の街~」の世界である20年8月は原爆投下。
今のところ、主人公のすずさんの実家は広島の干潟で働いている。

上巻・現在のところ、こうの氏作品の集大成のようであります。「さんさん録」「長い道」「夕凪・桜」「こっこさん」での実験(?)の集約された名人芸のようで、とっても淡々とした世界にふと人間が持つ深淵を垣間見せるような一瞬の怖さを予感させながら、またそれを上手くはぐらかすという手法が実に生きています。
う~ん。上手い説明が今のところ出来ません。ただ、こうの世界は女性だからこそかけるものであるのは間違いないし、またこれを書ける女性がいるということがもう本当に希少な価値。
何か、凄く教わります。これほど透明感があって、静かな日常に見える世界をユーモラスに描いているように見せていながら、ね。

だから、最初は一読しただけでは分からないことだらけだったんです。こうのさんの作品は一編一編がとても隙間があるようにみえて大変濃密で、物凄く良い意味で計算がなされてるので。

だから一回読んでMIXIのレビューを読んで、ああ!なるほどなるほど!とレビューアーの方々から教わりました。質の高い読者さんを持っていて、さすがこうのさん。幸せ者!

しかし、夫の周作はもちろん若いし、海軍の軍法会議(!)のロクジさん(なんだ?記録係かな?)ということで、下巻ではどうなるか。やはりこの作品の19年7月のようなラヴリーな(今どきこんな言い方はせん!)展開とは行かないだろうし、愛し始めた夫は戦地に赴くのか。あるいは軍法会議に係わる仕事ということであれば、何か重たいものを仕事として背負って秘めているかもしれない。そんな部分も今後の展開で見えてくるのか、言葉は悪いけども楽しみな・・・要素。いずれにしても、この「凪」のような小さな幸せがそのまま続くわけはないよ・・・ね。

作者さんのファンページでこうのさん自身、まだ着地点が見えてないということですから、もしかしたら中巻も考えられるもう少し長い連載になるのだろうか。なにしろ、いま連載の雑誌が店頭に並んでないので、次の単行本化を待つしかない。

声高な(すみません、文章ではオレみたいなヤツ)現代とちがって、静かに真実をさらりを出す女性。また女性ならではの逆の強さを教えてくれるこうのさん。相変わらずおおげさですが、平伏いたします。
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by ripit-5 | 2008-01-28 22:49 | こうの史代

本日もお堅い日記で恐縮

映画ペルセポリスの割引1発目の上映で見るつもりでいたら、本日は午前上演なし。夜のレイトショウのみ割引とな。
致し方なく、また降り積もった雪の雪かきに汗流す。それにしても、突然この降雪は何なんだ?過去もこの手のグチは日記に延々と書いてきたので、後はこの発散で解消するとして、黙々とやるしかないか。(苦笑)。

労働保険・社会保険の一般常識も近日課題提出に向けて、教材問題集に手をつけているが、最初勉強を始める前に漠然と知っているつもりでいた労働・社会法の一般法令が思ったより格段とその重みが増していることに今頃になって気がついて、冷や汗を書いている。試験問題そのものは幅が広いが、その1問1問の質は非常に高い。何故なら、どれもコンテンポラリーな法令だから。
労働法においては古い法令である雇用対策法・職業安定法が派遣法と相まって新しい意味と価値を持っている。そして今最もホット・イシューたる労働者派遣法。65歳定年に向けての高年齢雇用安定法、ノーマライゼーション実現と深くかかわる障害者雇用促進法、これも相変わらずホット・イシューの雇用機会均等法、より現実性に係わる育児介護休業法、正規雇用者減少でより重要な法令となったパートタイム労働者法、どれもこれも、労働関連法規は重要なものとして立ち現れていることに今更気がつき、今まで長い間思い返しもしないできた自分が情けない。僕が資格試験を受けた頃は障害者雇用や雇用機会均等法が現実問題との深い感触があり、職安法や雇用対策法はかなり古いものという印象があったし、最低賃金法もリアリティが薄かった。ところが、いまでは最賃法は新に注目を浴びている。だから、むしろ過去に頻度が高かった労働三法や労務管理・賃金管理の話題が全問題から相対的に後ろに退いた感じあり。

社会法だってビック・イシューだ。国民健康保険法は突っ込んで学んでおかなければならない。過去に何度か日記にしたとおり。老人保健法は後期高齢者医療制度や前期高齢者医療制度に股引きされ、法令自体が無くなる。この法に関連してこれら高齢者医療法令はどうなるのか。それから、介護保険法。年金制度ではいわゆる確定拠出年金がある。厚生年金基金は解散を続けている現象の中。この年金自己運用の流れをどう見るか、加速するのか、それとももう一度、改めて厚生年金保険料の積み立てに関する再見直しがあるのか。

そう、その意味では労働経済(労働人口、労働態様、賃金状況、失業率等々)や、医療制度や年金制度の概要を知る過程で厚生労働白書のあらましを読みながら、(おおげさな表現をすれば)震え、冷や汗が流れる。10年1日という言葉とは全く逆。こんな風なところにまできていたのか!と繰り返し、今更に認識させられた。(あ、そういえば「10年一昔」という言葉があった。忘れてた)。
当時の認識とは大変に遠いところに来ている。ぼんやりとした想像と、机上の想像の間でも、相当に一般庶民にとっては良くない変化だ。
新自由主義って。。。本当に酷いね。。。(思わず自分のホンネが)

バブルがはじけた直後に恩師とあって話した際、別れ際確信を持った態度で「今後日本は悪くなりこそすれ、経済的に良くなることは絶対に無い」と真剣な表情で言われた。その驚きにはまさか?とは言わせない力があったけれど、まさにその通りになった。

恩師からいろいろな預言めいた(?)ことを聞いたりして、結果から考え直して自分の中で学んだことは多いと思うけど、これまた大げさに言うと、日本の経済に対する処方は気づかぬうちにとんでもない方向に設計されていたのですねぇ・・・。こんな風な社会政策になるとは思いもよらなかったし、たとえ分かったところで、何も出来ない哀しさよ、なんだけれども。

てなことを書きながら外を見たら、また雪が本格的だ。どわ~。参るぜ。
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by ripit-5 | 2008-01-26 13:22 | 日々

また映画に興味が出てきた

続きを少々述べれば、例えばエジプトのファラオ、中国の大墳墓、日本の古墳等々、時の大権力者の墳墓などは異様にでかい。そのでかさにその権力者の欲望と恐怖が如実に感じる。それと今の市場主義の欲望は結局似ている気がする。本質的に人間の持つ欲望か。私は資本主義は基本的に人間性悪説があるような気がして仕方がない。人間は欲望の動物であるという肯定主義。初期の資本主義を理論化した人はそういう風にしたくはなかったかもしれないが。アダム・スミスだってさすがにこの状態はびっくりじゃないですか?そんなことない?

ニヒリズムとペシミズムに覆われた社会経済は何とか変えていこうよ。みんなそう思っているはずだよ。一番数多い普通の人々は。

話転換。また映画を劇場で見たくなってきた(おっと、欲望w)。というのは映画の予告編でさあ、やっぱり映画って面白いかも、というか、最近また興味深い映画が出てきたかも、と思ったもんで。一つは「once-ダブリンの街角で」。これはもうすでに評判が聞こえている。アイルランドが舞台の音楽を媒介とした人と人とをつなげるポジティヴな映画(と思いますが)。もう一つは長編アニメ映画「ペルセポリス」。こちらはフランス作品のようですが、もとはイラン生まれの作者による作品のようで、イランの知識階級の娘で確か王室反対運動の家庭として生まれ、その後意外なイスラム原理主義革命に展開(所謂ホメイニ革命ですな)、困惑する家族、そして欧米に留学、欧米ではまた偏見に出会って。。。でも私は負けないぞ、と単純に図式化するとそんな映画らしい?
とにかく、アニメの絵柄とモノクロの取り方、アニメのユーモアの雰囲気が興味をそそられた。

問題は来月の中旬まで約4500円の可処分所得でどう二本見るか、だ。土曜の朝の1本目に出かけて割引で何とか見るしかないか。
他にも興味があるのはあるけど。
しょうがない、腹八分目で当面は行こう。
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by ripit-5 | 2008-01-22 20:58 | 映画

いろんな観念が絡み合う

社労士試験の範囲における労働法の一般常識や社会保険法の一般常識の法令等を読んでいてフツフツと思いが込み上げる。この間、どれほど労働法制において企業にとって都合の良い法令の改定がされてきたか。年金行政と医療行政でどれだけ大衆に不都合な改定がされてきたか。

労働法制の中でも最も悪法は労働者派遣法であろう。許認可さえ受ければ、グッドウィルのような人材派遣会社が生まれるきっかけも生んだ。その背景には企業の正規社員を雇用するコストを排除しようとする動きと連動する。もはや会社は正規社員を雇う余裕はなくなった、といって見ても良い?それではすまないのでは。このところ、特に森政権以後ずっと、登録型派遣社員の裾野は止めどなく広がり、ほとんどその登録労働者は日雇い派遣という形の、昔でいえば日雇い労働者。日雇い労働はそう定義されれば雇用保険も健康保険の加入も出来るが、実に最近雇用保険の加入を日雇い登録派遣の組合が勝ち取ったばかり。法の隙間でどれだけ酷い人間扱いしてきたかと想像するだけで、気持ちが震える気がする。

また、宙に浮いた年金問題もさることながら、年金の今後の支給についてだ。専門家さえも指摘する。今後公的年金は崩壊はしない。崩壊はしないが、おそらく今の方法のまま続けると、いま思われている年金制度とは全く別のものになっている可能性がある。すなわち、物価スライドなき、支給額と保険料納付額だけが確定している、いわばインフレに対応しない、社会環境にフレキシブルではない年金制度。むしろ、その年金の(近)未来こそが重大な問題だ。

医療問題はなお深刻。昨日もクローズアップ現代で取り上げたらしいが、僕も昨年見た国保の保険証を取り上げての資格者証の窓口全額負担。年金のマクロ経済スライドと国保の資格者証の特別療養費。前にも書いたことがどれだけ普通の人を苦しめるか。

翻って、株が世界中で下がり続ける。私には「株」なるものの本質的な意味が未だに判らない。分からないから、何故アメリカ一国のサブプライムローン問題が世界中の同時株安や株暴落につながるのか。
株こそ、オカネ以上に「気持ち」の問題のものはないだろう。「高くなるだろう」「安くなるかもしれない」という思惑や、先取りの、人の気持ちが込められた単なる実態なき紙切れ。
そこには人の意識を革新する新しい言葉も生まれず、素晴らしい音楽も流れず、人を丸ごと魅了する美しい絵があるわけでもない。そこには、「人々」の「思惑」というただ実体なき空気だけがある。そのシンボルに過ぎない。数字のシンボル。バーチャルが価値というだけで、実質的な社会的価値を生んでいるわけではない。

本当に才覚があれば、値が暴落する時にはけして売らず、値が高騰する時にも売らないのが最も聡明な株の取得のあり方だろう。相場が安定している時に売るのが一番賢明なはず。客観的にはそれが正しいはずだ。
だが、機関投資家がいる。24時間張り付いて一瞬の内に売り買いする沢山の人間がいるそうな。なるほどね。ふ~む。まぁ、どうぞお好きにやっていてくださいな。興奮するんでしょうしね。職業選択の自由~。らららん。

こんな中でも当事者のお国は大統領選だとお祭り騒ぎ。明るいね。いや、会場の空気が。人の空気ではなく、派手派手しい色柄がです。

かたや元大統領候補が環境問題の問題提起で世界大で一挙に環境への関心が高まる。

すべてが絡み合っているはずなのに、現象的にはすべてがバラバラにしかみえない。分裂した現象の感覚。

一言で言えば、これらすべて、市場主義が生んだ混乱、人間の欲望が呼ぶ渾沌といっていいのかもしれないけれど。自分も含め、その渦に巻き込まれていると時たま、分裂した現象に見えてしまうのさ。
まるであっちでも、こっちでも花火や爆竹がどんどこ鳴り響いているようなものだ。
大変だことよ。
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by ripit-5 | 2008-01-22 20:39 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

本日も辛気臭い文章

でありまして。(苦笑)お許しください。
灯油がリッター、とうとう100円くらいになっています。ここ何年かの間に倍以上になりました。ほんの数年前までは40円台だった。びっくり。
今回の灯油値上がり、なんとも不可解なのはあの中東戦争による産油国のオイルストライキとは違って、先物取引による投機的な値上がりということですね。つまり、先物取引市場の思惑買いのせいで上がりに上がって一般人が迷惑しているという。この思惑買いというの、わかりませんねぇ。
つまりは、「値が上がる」→上がり目を買えばなお上がるという循環ですよね。で、これはバブルですよね。

僕はオカネってホント、不思議であるなぁと思うと同時に、その魔力の意味を実感します。
つまり、オカネがあれば、あれが欲しい、これがしたい、あれも出来る、これも出来ると。これ、想像とか妄想ですね。それが「オカネ」を巡る力ですね。いろいろなことが出来るという想像力を膨らませるちから。オカネがあれば、いろんな価値と交換できますから。この場合、価値はオカネそのものではないんですね。これが大事なところだと思います。価値は、その「手に入れるもの」「やりたいこと」であって、オカネそのものではないんです。宝くじを買って「当ったら何に使う?」っていう会話に象徴的ですね。オカネの魔力です。

先物取引は歴史が古く、誰かから聞いた話だと、江戸時代の米相場が先物取引の始まりだと。正しいかどうかはわかりません。もしかしたら大航海時代の欧州かもしれないですしね。確か、保険の始まりは大航海という冒険に対する保険、と聞いた記憶もあります。いずれにせよ、保険や補償、先物取引はモノや大事な人の命に保険をかけて人が生きる主食を確保する、大事な家族の生活保障をする、と。目的は実に理にかなったものだったに違いありません。
ところが、いつのまにかその保険や補償に介在した「オカネ」そのものが別の目的と価値を持つ。オカネがオカネを生み出す金融市場を作り出す。この過程が不思議ですね。ここにはオカネに対する物神化現象がおきていると言えると思います。オカネそのものが崇められるわけですね。目的の最初は忘れられて。

昔は人は神や仏を信じました。僕ら人間は本質的に有限である以上頼りないわけで神仏を信仰しました。、(今も信仰を持っている人はいますけど)。僕ら有限で頼りなき者を越える超越的な存在を信じ、それを崇め、その存在が説く「人の道」を守ることが信仰のあかしということで、それが道徳となり、倫理となって人間の欲望による混乱の歯止めをしました。
今はオカネがその代理をしているのでしょう。すなわち、オカネで物を購入することで生活が安定する。生活の安定は人の余裕を呼ぶ。(衣食住の確保と医療や文化的な享受)。その余裕が人間間の混乱を回避できているのだと思います。

しかし、今の例えば灯油高騰。これは変ですね。普通の人たちの責任の無いところで生活が困る羽目になる。また、アメリカのローン家屋もそうですね。ローンの利子は異常で、いくら自由経済の契約といっても普通ではありません。
そう、今あるのはオカネを巡る普通ではない、そんな感覚ですね。
オカネが人を幸・不幸にするというのはもう江戸の井原西鶴の時代からそうですが、やはりオカネは人と人との間に溝を作ることがあるんですね。

オカネを貯めて貯めて投機する投機家の人の生きる目的は何なのでしょうか?何が喜びなのでしょうか?オカネを貯めてもまたそれを投機するとしたら?言葉どおりマネー・ゲームに酔っているということなのでしょうか?そうだとしたらわからないなぁ。昔、投機家、ジョージ・ソロスは旧東欧圏出身で、マネーゲームで儲けたカネで、母国圏で学校を作ったり、社会活動に使ったりしたと聞きます。それならばまだ分かります。しかし、あのオイルマネーに群がる人たちはその種の情念があるのでしょうか。それがわからないのです。オカネを集めて人気者になりたいかというとそういうわけではなさそうですね。たいがい、投機で大もうけする人は正体不明ですからね。

同時に、それこそ相反するが如く、人間って無償で人に何か行為をしたいという動機もあるんですよね。例えば、ネットのWikipedia。今ではどんな単語による情報にも書込みがありまして、極めて詳細です。これって、みんなオカネ目的でやっているわけではない。それこそ、何の得があってこんなにも一生懸命に貴重な情報をくれるのでしょうか?まさにそこが面白いところで。人はそういう自分が持っているものを人に分け与えたい、人と分かち合いたいという根源的な欲望もあると。そう思わざるを得ません。

ネット時代になり、まさにオカネが倍々ゲームで増やしたいという欲望と、相反するように人と分かち合いたいという欲望と、両面が同時にあるんだなぁ、と。それはもちろん「自分」の中にも。
そう、つくづく実感する次第です。

今日も長くて申し訳ないです。かつ、大げさな調子になってしまいました。
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by ripit-5 | 2008-01-16 23:09 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

草莽の人々 (成人の日後に思う)

正直、100円単位で使えるお金がいつまでいくらあるか毎日考えている自分はワーキング・プアなわけで、同時にいい年こいて両親と同居させてもらっている「パラサイト」なわけで、時たま、どころではないですな(苦笑)、かなり偉そうなことを日々書いている自分の立場を考えれば「おまえそんなこと言える身分か?」というのは否定できません。失われた10年に職をもてなかった人たちと違って、私の場合、人生を舐めていたのだから。(現段階では多くの言い訳はしません)。

それはともかく、最近話題に上りつつある「ワーキング・プア」はいわば、いろいろなラベリング(社会的レッテル貼り)の域から今後、スティグマ(マイノリティに対する差別的表現)に転化するのか、あるいはこの問題を契機として、政治をも含む大きな社会的転換の社会政策変更への動きになるか。いま私は非常なつばぜり合いが水面下で起こり始めている気がしてならない。

休日の100円ショップの盛況振りなどを見つつ、そう思う。土曜の昼間の100円ショップ、凄いんだよな。領収書を切る方も実に多い。トイレットペーパーやその他ちょっとしたインテリアや備品など、コストを削減したいお店などはかなり100円ショップを重宝しているのではないかと。

今、若い人で就業していない割合が10%くらいいるわけですが、もう一つ経済的なことと含んで、非常に可哀相だなと思うのは、文化的なものを享受できなくなりつつあるのではないか?ということなんです。現代風に言えば、文化的ソフトにアクセスできる機会が少ないと言うか。例えば、本や、アート、映画等々ですね。レンタルで平積み(DVDは平積みしないが)系のものには触れえても、もっとインスピレーションになる契機が減っているのではないかと?とそう憶測するのです。その点では、自分(ら)は過去にかなりソフトを享受してきた部分があるから、新しくソフトを購入しなくても、過去の購入したものを改めて味わい直せる一種の特権がある。威張っているわけではなくて、申し訳ないと思うのですーどこかで。それを何で還元しねえんだよ?というのもあって、そこら辺で自己満足で行っているブログですが(音楽ブログを含め)、少々は還元したいという生意気な意識も多少あるわけです。(余計なお世話かもしれませんが)。

真面目な本だって、購入するとすれば金がかかる。
あえて、クソ硬いことをいえば、新書ブームで沢山の新書が出回っています。傾向としては2種類ある。現在進行形の現象を追ってそれを分析している新書。これはまぁ、普遍性という意味では古典にはなりません。
そしてもう一つは所謂古典。例えばこれに当るのが岩波新書や中公新書ですね。特に中公はかなり文化水準が高い。こういったものにアクセスできなくなりつつあるかもしれない。
(理系はさっぱり阿呆なので、文系新書に対応する理系出版の古典はわかりません)。

今、お金がなく時間がある若い人。そして世の中の何かがおかしいと思っている人にあえてアジるとすれば、図書館を積極的に活用して欲しい。最初はどこから何を手を付けたらいいかわからないと思いますが、興味の赴くところから手にとって見るといいのでは。家で家族とツノをつき合わしそうになったら図書館に行って世界を別の角度から見てみよう。もしかしたら、家族や何やらが煩い存在というよりも、別の意味でつまらないものに見えてくる段階に至るかもしれないけれど、大丈夫です。間違いなく、貴兄より両親の方が偉大であることに気がつく時がきます。つまり人は知識の多寡ではないということですね。

でも、条件があれば、知識を別に求める方途があってもいいと私は思う。例えば、M・ウェーバーの「職業としての政治」や「職業としての学問」などは、短い講演録なので100円玉3枚くらいで確か買える筈なんだよね。半額書店ならもっと確実。古典ですからかならずある。もちろん、学問や政治を職業にする必要性を感じる必要は全く無い。ただ、人間社会に対する非常に深い洞察を読めるから。また、当時のドイツの大学生を相手に短い講演でいかに広く深い話を当時の一流の学者はしていたのかという別の驚きも感じられるはずです。

本当は、江戸時代みたいに、町の師匠みたいな人がいて、「塾」みたいなものがあり、そこでこの世について古典を通じて学ぶ(まぁ、現代の古典は江戸の儒教にはならないでしょうがw)場があれば理想なんでしょうがね。
岡田以蔵なんか、武市半平太たちの道場との接点が無ければ、単なるヤクザ者でしょうからね。人切り以蔵には違いないが、多少なりとも使命感が違いますがな。

何か、本日二本目の書き物はかなり過激な文章(笑)。
ただ、一度は書いてみたかったことなの。
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by ripit-5 | 2008-01-15 22:27 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

本日も勉強中

いやいや、昨日は祝日で、本日は午後の仕事が定休ということで、何だか今どき休んでばかりいますが(苦笑)。のだめベンキョウダーレ。

年金に関しては前も書いたが、真島さんという人の年金をやっつける本に随分と救われて、本当に助かりました。通信テキストだけではやはり実感が掴めない。そういう意味では事実現象の意味に即した語り物で、理解を救ってくれた。それでも厚年法は課題70点台でしたが。

今、横断学習と言うか、復習のために社労士・講義実況方式の本を読んでおります。こちら、講義のまさに実況版(とはいえ、大分訂正はされていると思う。おそらく講義形式を文章として編集しているかもしれない)の労働法篇を読んでおりまして。

社労士・労働法令科目にはですね、労働基準法から分岐した労働安全衛生法というのがありまして。ご存知の方もいるかもしれません。例えば衛生管理者の資格試験の勉強をしている人やその資格を持っている人は労働安全衛生法(略して安衛法ー以下同じ)は必須でしょうから。

この科目、私のように建設・製造等の仕事と全く無縁の者、理系・技術系が全く苦手な者にとっては年金二法と共に最大の難関科目でした。
ところが、この本の著者と言いますか、講義されている人は元々製造業の仕事の会社に勤務していたようですので、この安衛法の説明が懇切で、易しい。これは本当にありがたかったです。まるでおぼろげにイメージするしかなかったジョイントベンチャーの建造物とか、クレーンとか、ゴンドラとか、あと有害物質とかその他労働者の安全管理とか。こちらも実態に即した意味あいで解説してくれており、おかげでリアリティが増して分かりやすくなりました。ありがたいです。

言葉が悪いがただの暗記、そんな状態からナルホドという感覚を得ました。とはいえ、まだ机上論ですから安易な喜び方は良くないですが、でもこの本は当りでした。購入してよかった。やはり実際講義を受講できない以上、参考書は必要なのは過去やったとはいえ、実感です。とてもテキストだけでは。

それから今、社会保険の一般常識として国民健康保険法を始めておりますが、こちらはやはり社会保障制度の切り下げに伴う問題意識に絡んでどうしても冷静になりきれず、リキ入る。国保保険料を納付できないと、「被保険者資格証明書」というのが発行される。これが発行されると、世帯主以下、世帯員すべて、療養給付(つまり、窓口3割負担というヤツ)が受けられない。ナニ!とリキが入るが、代わりに「特例療養費」というのが支給される、とある。そしてこの「特例療養費」というのは国保の独自給付だと書いてある。

しかし、その代替給付が一般の3割給付より有利のわけがないよなーと思って、テキストに載っていないので、ネットで調べてみたら、こういう説明があった。

「(特例療養費)とは医療機関の窓口で医療費を全額御負担いただいたとき、後日、その内容を審査して決定した額から一部負担金の割合に応じて給付する制度です。」(神奈川県平塚市の広報より)。

う~む。まず医療費は窓口で全額負担しなければならない、と。かつその療養給付(つまり(診察・治療です)の「内容を審査して決定した額から」一定割合を本人に返すということらしい。
これは返金について裁量権が行政にあるということじゃわ。厳しいなぁ。

僕が一番厳しい、あるいは変だなぁと思うのは、例えば国保は昨年の所得から保険料を割り出す。例えば前年、大企業に勤めていて、希望退職が募られて希望退職せざるを得ないとなった。すると昨年退職一時金を含め、かなりの所得があった。(とします)。

すると、国民年金制度はリストラ、会社の解散、その他やむを得ない事情があれば辞めた(辞めざるを得なかった)時から全額免除する特例の制度があるはずなんだ。
だけど、国保は逆に可能性として、次の年無職で収入激減した人に対して、大変高額な国保料金がかぶさってくる可能性も否定できないと思うのです。すると、とたんに保険料が払えなくなり、最悪、「被保険者資格証明書」をもらわなくてはならない立場に陥ってしまうこともあるのではないかと。これはまるで悪運、いや、人災ではないかと。そこら辺の行政の裁量なんだよなー。思うところは。柔軟性というか。

杓子定規みたいなところがあるのではないかと。
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by ripit-5 | 2008-01-15 20:57 | 日々

コーラルの重要メンバー脱退!

ザ・コーラルのリード・ギタリスト、ビル・ライダーが脱退したようだ。
これはショック!
今作のオーセンテックな楽曲群で、彼のギターがどれだけ卓越しているかハッキリ分かっただけに。。。
素晴らしいバンドにはやはり素晴らしいギタリストがいる。
ザ・スミスにとってのジョニー・マー、ストーン・ローゼズにとってのジョン・スクワイア、僕は個人的には聞かないタイプだけど、スウェードのバーナード・バトラー。僕はむしろソロになってからのバーナード・バトラーのギターを聴いて上手い!と。
あ、それから今名前忘れたけれど、再結成したらしいザ・ヴァーヴのリード・ギタリストもそうだ。
いわば、そのバンドの素晴らしいサウンドの要になっている。
弾きまくると言うより、サウンドをキッチリ締めたり、あるいは酔わせてくれたり。
今ではウィルコのリードギタリストなんかもその範疇だ。
その系譜に入るだけに、この脱退劇は彼らのファンである自分にはキツイニュース。う~む、頑張ってくれよ、コーラル!

ちなみにウィルコの新作からイメージビデオをマイスペ経由で貼りました。綺麗な写真にすがすがしい音楽ですので一度見てみてね。
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by ripit-5 | 2008-01-12 23:06 | 音楽(洋楽中心)

ちりとてちん(2)

もう一つ持っているブログは基本的に自分の好きな音楽について好きなことを書いたり、映像を貼ったりしているのですが、勉強に専念するため半年ほど休止して11月頃から再開しました。それで、ありがたくもいつも見に来てくださる方と、別の部分で底上げされていた部分とが分かってなるほどと思っていたのですが、ここのところエレカシのあのCM曲のPVを貼ったらアクセス数が上がりました。向こうで書くのは野暮なので、こちらで書きますけど、やっぱり凄くストレートでど~ん!としたものを一般的には求められている、と思ったんだ。「とにかくストレートに、ド~ンと」エレカシ・宮本の常套句で、そういうのをやりたいと、初めてブレイクしてマスコミ露出した際に良く口癖のように言っていた。

それが今回、曲調と詞に一つ完成できたと言うのがあるんじゃないかな。また、PVのあの常識離れした動き(笑)、あれも凄く新鮮だったと思う。本人も、俺はもう、こういう40代で行く!って吹っ切れている感じだし。そんなこんなが相乗的に、なんとも説明のつかない突き抜け感、爽快感があって、見てて気持ちいいんじゃないのかな。もちろん、あれだけいい声をしていてキズもありますよ。曲のラスト部分で声が平気で裏返ってますし。でも、それでもいい、というノリね。

ちりとてちん、は僕は主人公の旦那、草々役の彼が凄くいいな。この人はこれから伸びると思う。チェックしていたほうがいいですよ。自然体の演技ながら、凄く男らしさがある。その空気がまあ俺のような中年には懐かしい感じがあるので、若い人にとってはどうか、それはちょっとわからないけど。
逆に主人公の女の子は演技の意識が強くて駄目だな。だから、素人バラエティに出る新人役、というのが見るほうとしては納得行くけれど。
それより、主人公の母親役・和久井映見だ。「翼が折れてる~」。ジャカジャン~「ちょっとぐらいの汚れ物ならば~♪」。。。失礼しました。

和久井映見が母親役とはねぇ、そんなに月日が?と思ったけど、この庶民的な母役が上手い、上手い。もう感動してますよ。やはりまだ若いと思うんだけど、何と言うのか、母親臭い視点とか、実に的確だ。基本的に天然三枚目の母親役なのだが、不自然さが全く感じない。松雪泰子なんか全くかなわないね。(何という突然の比較であろうか(笑))。
ああ、それから能登半島地方の方言とかいいですねぇ。

朝ドラは基本的には興味ないんだけど、そもそも日頃は見れないし。でも、どっちかといえば関西製作が好き。北海道の人間にとっては、西日本にはこんなに名優さんがいるんだ!っていう発見がある場でもあるし。
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by ripit-5 | 2008-01-12 21:20 | ちりとてちん