芸術の森・男鹿和雄展&近美・砂澤ビッキの素猫等

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 昨日は今年初めての花火大会を見た。淀んだ心が少し洗われる気がした。不思議だな。花火を見ているとそんな気分になります。

 本日は札幌芸術の森にてスタジオ・ジブリの美術担当職人・男鹿和雄さんの特別展示を見に行った。いや~、不勉強で僕はこの方を存じ上げなかったのですが、「トトロ」以降、どれだけ宮崎監督や高畑監督作品に背景美術として貢献していることか。って、そんな人です。あのリアルな森や風景を描いていたのはこの人だったのか~。この背景があってキャラクターが動いていたのか。強烈な印象。とにかく凄い写実能力。

 ジブリに迎え入れられる前の作品には現代的な都市ビル街の絵なども描いていますが(「幻魔大戦」)、それらの描写も上手いし、何より自然を描かせたらそのリアルな事!あるいは「トトロ」に出てくるような和洋折衷の家などの実に正確な描写。おまけに室内の構造配置、住居の見取り図など、設計段階の絵も展示。どれだけリアルに考えられていたことか。「トトロ」だったかな。その室内家屋の構造は、富良野は麓郷にある「北の国から」における子ども時代の純と蛍の住んだ家を思わせる。絵を見てすぐ現実の古びた生活感のある家屋をこれだ!と思い起こされるとは。

 やはりジブリの作品において。主に日本の自然「トトロ」から「もののけ姫」あたりまでの写実的な美術は本当に上手すぎて、自然の霊気が宿っているようです。「もののけ姫」の美術を見ながら昔歩いたことのある、例えば「熊野古道」の自然のスピリチュアルな感じと怖い感じをありあり思い出させてくれて嬉しかった。
 それから個人的にとてもきれいで楽しかったのは「平成狸合戦」の長閑な風景。春の風景とか、明るい森の風景とか本当に美しくて、珍しくギャラリーでポストカードを買い込んでしまいました。それから僕は「耳をすませば」って作品が恥ずかしながらとても好きでして。あのラストの場面の背景。街を望む明け方前の風景と、朝日が昇る風景美術を見ることが出来て感無量だったです(笑)。

 アニメの美術だ何て馬鹿にしたらとんでもない。立派な画家の絵です。

 帰りは近代美術館に寄って常設展示を見る。レオナール・フジタの特別展示は何点か常設作品で見ることが出来るし、金も無いので。。。
 常設展の今期間の中心はアイヌの砂澤ビッキの展示。
この人は基本的に彫刻家なんだけど、今回の展示は素描を主に。アイヌの呪術的な文様のものが特に魅入られた。一瞬思ったのはケルトの文様。それから縄文時代の文様。
 王国や国家を築いた世界宗教が誕生する前の、自然に対する畏敬と呪術的な力が信じられた時代を再現するような作品が特に興味深かった。

 男鹿さんの作品も自然の写実だけど、ここまで徹底してくると自然の中に畏怖や畏敬を感じているような、そんな濃厚な気配が漂ってくる。

 こじつけかもしれないけど、両者にそんな自然との感覚への似た側面を感じました。表現方法は違うけど。芸術の森は、自然が多いので男鹿作品の展示会場としても最適でしたね。美味しい空気を存分に吸ってきました。
 金はかかったけどw。金って現代の呪術じゃねえか?ってね。
 またひとこと多い!(苦笑)
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by ripit-5 | 2008-07-26 20:35 | アート

湯浅誠 「反貧困」

 
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 湯浅誠のこの新書は相当数平積みされている。Amazonでの売れ行きもかなり良いようだ。
 本来このようなシリアス&ヘビーな内容で、社会の総体の中で”なんとなく問題がありそうだ”と暗に思われつつも、結局平穏な空気が支配している時代なら、このような新書がAmazonの売上ベストセラーの400番台までくるとことはないだろう。

 「蟹工船」が一番売れているのはやはり正直言ってブームが輪をかけている面が無いとはいえない気がする。余りに時代状況が違いすぎるし、どこまでも「現代そのもの」に想像力として引き寄せるには相当小説読みの深い感性がないと難しいのでは、と思うのだ。リアルを本当に感じるにはやはりこちらの本ではないだろうか。

 いずれにせよ、「蟹工船」もそうかもしれないが、この湯浅氏の本は大学の教材にも十分なりえる。人文学系のみならず、経済学、法学部においても。経済学も元来人間の学であるはずならば、未来の経済学の新構築のためにも、この本から学ぶことが多々あるはずだ。

 ハッキリ云って、そのような時代にまでこの国は来てしまったという危機感が徐々に醸成されており、その結果ゆえに売れている新書ではあろうが、同時に私にはこの本の作者の独特にニュートラルな筆致、センシティヴで理にかなった知性に負うところが本自体の魅力になっているのではないかとも思う。実はまだ第Ⅱ部は読んでいないのだが、そう思われる。

 誤解を恐れずに言えば、この本はぐいぐいと読める。文章につっかえてしまう要素がない。社会保障制度、公的扶助制度、労働法制などいわば非営利団体での生活困窮者支援事業者としての基本を押さえながら、なぜ今の時代にかくも多くの、特に若い人たちを中心に「すべり台」のような社会になったのか。それを社会的要因もさることながら、当事者たちが置かれている心理的要因をも的確に押さえ、それが読者にとっては遠く、視界から消しておきたいもの。=貧困。ということにはけしてさせない説得力があるからだと思う。

 特に「溜め」の喪失、という表現は秀逸だ。英語に訳せば、おそらく人間にとって「プールされているもの」とでもいうべきものだろうか。プールされている個人の資産。それは経済的条件であり、教育資産であり、家族の福祉機能であり、企業の福祉機能であり、地域を含む人間関係の総体とでもいうものだろう。
 それらが日本社会から急速に失われている。しかもそこを、最低限経済的には社会保障が補わなければならないところを、日本の社会保障制度はむしろどんどん後退させていっている。

 自己責任を標榜する21世紀ニッポンの政治政策。その結果がこの湯浅氏の書いている内容へと至る帰結であった。(極く個人的な感慨としては”当然の”と加えたいところだが)。
 
 もう一点、この本の読みやすさを挙げるとするなら、イデオロギー色や感情的な激しさがないことだ。どうしても今までの生活困窮者問題や、社会的弱者(いやな言葉だが)の実態を伝える場合、旧来はイデオロギーに依拠していたり、貧困の放置に感情がほとばしりすぎ、僕のような特殊な読者(?)を除いては、やはり普通の人がじっくりと向き合いたいと思うのは難しかったのではないか。つまり本としての魅力自体に弱いところがあったと思う。この新書はそこが大きな違いだ。

 湯浅氏の本の魅力はとてもニュートラルな地点から非常に鳥瞰図として判りやすい筆致になっていること。これは本当に不思議で、一度有料ニュースネットテレビでジャーナリストの神保氏、社会学の宮台真司氏と湯浅氏がじっくり語り合っているのを見たが、何というのかな。とても自然体なのだ。気負いが感じられない、独自な魅力を持っているというか。その何とも云えない個性がこのようなシリアスな本の著者としての筆にも反映されているのではないか?

 とはいえ、格差と貧困の問題がシリアスでなければやはりそうは買われまい。今、NHK特集で放映した「ワーキング・プア」の書籍版も平台の一角を確固として占めている。そういう状況を間違いなく反映している。貧困の、あるいはすべり台から落ちるかもしれないという実感の、あるいは「溜め=プール」が失われつつある実感の、その反映である気がしてならない。

 自民党で云えば、YKKトリオは完全に崩壊した。加藤紘一氏が小泉改革を正面から批判し、明確に政策の変更を述べるのは、このところの加藤氏の持論でもあったし、十分納得できるところだが、ここにきて、山崎拓氏も明確に小泉政策を批判、政策転換を訴え始めた。きしくも、小泉氏を除く、やや年が行ったYKコンビの復活というところ。

 福田首相が内閣を改造するとしたら、どのような布陣になるだろう?
 いっそ、加藤氏を厚生労働大臣にしたらどうだろうか。まずありえないけど、そのようなことがあったら明らかに政策転換を明確にしたことになる。それだけ厚生労働行政がビッグ・イシューなのだ。(私に云わせれば、だけど)。

 比較は違うが、政治と大衆の心理学としては70年代の公害問題に近いような気がする。水俣、四日市その他四大公害病と呼ばれた。最初、政府は公害は局地的・限定的な問題にしようとした。だけど発達したテレビが公害の結果を映して衝撃を一般の人たちに与えたはずだし、何よりも東京のような大都会には光化学スモッグのような、都会そのものにおいても公害が可視的だった。ただ、その可視的公害が、水俣のような明らかな被害を映像としてみることによって、自分たちの環境も実は同じ原因から来ていると自己明確化できたのではないだろうか?
 だから公害”問題”は社会的なビック・イシューになった。

 いまの「すべり台」社会も似たような地点に来ている気がしている。湯浅誠氏、雨宮処凛氏、本田由紀氏等々がそのオピニオン・リーダーに期せずしてなろうとしている。そして誰の目にも「このままでは大変なことになりそうだ」という感覚が明示化されつつある気がしている。そう、保守的政治家も含めて。
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by ripit-5 | 2008-07-24 22:30 | 湯浅誠

常識的保守層が危機感を持ち始めているのではないか?

 大分の教育委員会の問題といい、年金行政の問題といい。またしばらく前は防衛庁の守屋次官。農水省疑惑。北海道では開発庁の官製談合が発覚し、開発庁廃止論が首相の口から出る。間違いなく行政システムの毀損が著しい。
 
 行政だけじゃない。キャノンの偽装請負、労働者派遣業者の唖然とする違法、タイヤが外れる危険な車両から、そして昨年から今に至るまで食品偽装がずっと続いている状態。行政がここまで酷いのだから、利益優先たる民間業種が問題を隠蔽するのは論理的に必然な気がする。

 それにしても、いま常識的に考えると目が眩むほどの社会的な暗黙の契約、黙契というか、社会的コンプライアンスの完全に地に落ちた姿はどういうことか?この先にあるのは真っ直ぐに本物の危機である。安易なことを云うべきではないのだが、若い人が理由のわからぬ犯罪に走るのも直感的に解るところも、これでは出てきてしまう。理由なき犯罪、否、”理由を発見できない”犯罪というべきか。

 では、「理由が解ったら」どうなるのか。これがタイトルに繋がる。つまり、下手をしたら理由ある反乱、一般人が思わず拍手を送りたくなるような反乱が起きたら・・・??そろそろ保守的なメディアも気づき始めてきたかもしれない。つまり「平成の大塩平八郎の乱」が起きることの恐怖である。漁民のストも静かながらもインパクトがあった、と私は見る。一つの合法的示威活動が静かな余波を世の人々の意識に染み込ませることとなったと思う。

 「文芸春秋」という月刊誌がある。多くの人は平積みのその月刊誌を見たことがあろうし、手にとって立ち読みすることもあるだろう。一言で言えば、マジョリティたる日本人の保守クオリティ・ペーパーだ。だが、この厚さ、内容の生真面目さに反比例するようにメジャーな雑誌のはずだ。
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 僕がずっと昔、それこそバブルがはじけてしばらく、まだ今ほど中流分化が著しくなく、ヨコの繋がりがバラバラになる前に。大型スーパーで書店員のバイトをやっていた。その庶民的なスーパーの小さな書店でいつでも群を抜いて一番売れていた月刊誌が文芸春秋だった。元来、社会系の分厚い月刊誌など早々売れるわけはないところなのだが。

 普通のおじさん、作業服の中年男性。けして一流企業のサラリーマン的な人ばかりが買うわけじゃない。写真週刊誌と一緒に購入したり、ピンク雑誌やエロ系マンガ雑誌と一緒に購入されたり。女性であれば、例えば「週刊女性」「女性自身」あるいは婦人ファッション誌と一緒に買われたり。驚くほど幅広い層に買われる月刊誌なんだ、と思ったものだ。その裾野の広さに正直驚いたものだ。

 文芸春秋はそのようなごく庶民的な大衆性の実感のほんの少し上を目指す目線を売りにしつつ、実際には結構内容は高度だ。
 おそらく買う人はすべてを読んだりはしないだろう。だけど、毎月何かひっかかりがあり(例えば皇室系の記事とか)、そして昔の立花隆の田中角栄金脈レポートに象徴されるように、記事に対する信用度が高いのだろう。

 文芸春秋は基本的に保守的雑誌だから政権や政治の方向性をリードする傾向が強い。その上で、政治的な危機のシグナルがあるときにはそちらの方に論壇の舵を取る。すなわち、フレキシブルなところがある。現に小泉政権の時は構造改革/規制緩和路線バンザイの展開もしているし、行政改革で騒ぎもした。

 だが、ここに来て明らかに政策の軌道修正を迫る論陣を張っている。それが、巻頭論文・湯浅誠氏(自立生活サポートセンター・もやい事務総長)の「貧困大国ニッポン」だ。元々生活困窮し路上生活に転落しそうな人たちをサポートしてきた氏がこの90年代末から現在、つまり小泉改革路線以後に中高齢者の言葉は悪いが下層層のみならず、若い人たち、つまりワーキング・プアの人やネットカフェ難民といった人たちの支援を続けて、日本の労働現場と社会保障制度の切捨ての結果を余すことなく描ききっている。

 一応、制度としては労働・社会保障制度法制は私も勉強しているので、氏の論文の説得力は本物だ。というよりも、これは現代の大変にリアルな社会調査である。いつでも自分が氏が書かれている労働者となり、生活困窮者となる。その迫真があり、額から汗が流れ落ちる。

 社会調査は産業革命以後の英国で余りに酷い労働者の労働環境と生活環境の実態を調べる運動から始まった。そして、その調査の結果を元に英国の社会保障制度は機能を始めたのである。

 今回の文芸春秋は非常に読みどころが多く、元公明党の矢野洵也氏の創価学会の内部告発も凄い記事だ。さもありなん、と思う。この記事の内容も必読ものだ。

 また、米国主導下のグローバル経済に疑問を呈するジョセフ・E・スティグリッツノーベル経済学者のインタビューも興味深い。

 今週の日曜日のフジテレビ、保守的政治バラエティ番組も今までの政策路線に対して否定的な見解が与野党問わず一致していた討論だったし、NHK日曜討論でも自民党の野田氏は明らかに財務省主導の緊縮財政路線をストレートに批判していた。

 潮目が変わろうとしている。 そう感じ、この雑誌を読みながらより増して、そう思った。

 思えば、どれもこれもテレビ番組の司会者を含め数多くの保守派が節操のないことをいっているわけだが、現実は変わらなければいけないほど危機的なのだし、その危機はさすがに重く受け止められはじめているのだろう。

 多くの不正が発覚する場合、これは政界・創価学会の元大物・矢野氏にしても、「内部告発」こそがキーだと私は思う。
 すると逆に日本の「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」や「経済大国ニッポン」は告発されない隠蔽体質の中での経済大国であったのか、という幻滅感に包まれてしまうけれど。逆に言うと、湯浅誠氏がいう「溜め」(安定した家族、企業内福祉、学校の友人関係、職場の友人、帰ることの出来る故郷)が機能していたためで、現在の社会的コンセンサスからの逸脱も”それはそれで”。”自分が帰属している場所を裏切れるわけがない”。”これって、だって当たり前でしょう?”というモノローグ、良い意味での慣習的な安定があったからかもしれぬ。

 内部告発が出て不正が発覚する、というのは内輪よりも社会的な論理的コンセンサスが重要だろうという意識の変化もあるだろうけど、それ以上に「溜め」の崩壊、自分を守ってくれる場所を失った人たちの一刺し、というのが大きなポイントとしてあるような気がする。

 確かにもはや内輪の常識で生きるシステムは機能しないし、機能させるべきではないというのがこれからの世代の新常識になるだろうけれども、同時に失われた「溜め」をどうするのか、ということが再度考えねばならないことなのだろう。。。

 帰属できるべき場所を持たない個人が丸裸のまま社会に放り出される。能力あるものも常に向上と成果に向けて強迫観念にかられる。仕事の成果はそして目に見えにくく、かつサービス産業時代には業績が忘れられるのも早い。。。
 そして多くの人たちが立ち遅れた社会保障の前で滑り台から落ちる恐怖を背中にいつも感じる。

 そのような危機感を保守的牙城をまさに保守するメディアも含め考えざるを得ないところに来ている。そんな気がしている。もちろん、その背景としてねじれ国会もあるし、政権交代の可能性もあるだろう。

 たまにテレビで小泉おもちゃみたいなものが映されるが、もはや人々の実感はしらけているのではないか。小泉政権の亡霊は消え、おそらく政策の方向転換がどこかで起きるのではあるまいか。 
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by ripit-5 | 2008-07-21 22:21 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

ポール・ウェラー「22ドリームス」-初聴き・感想の為の覚書

 
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 ポール・ウェラーの新作、「22ドリームス」。購入して早速聴きまくり。といっても2回と少し。
 なるほど、これは統一感が非常に高い。まとまった感想を仕上げるために、思いつくまま言葉を箇条書きしてみます。まだ聞き込んでいないので、当然最初の感想と変わってくる面が出てくるだろうと。ですので、まだまだ初期段階でのプリミティヴな印象です。

 ・今まで取り上げてこなかったブリテッシュ・アシッド・フォークについに挑戦。しかもオープニング曲だった。彼の武骨なボーカルはちょっと合わないかも。ただ、サウンドと音の鳴り、楽曲は良い。誰かに唄ってもらったほうがもっと良い仕上がりになった気もするが。。。

 ・ウェラーの今まで(全キャリア)の中で、一番温かくて、優しいアルバム。これが率直な第一印象。ザ・ジャムのテンパリの人がついにここまで来ました。

 ・最初に書いたように編集の妙。スムーズ。
 ・それゆえに時間もスムーズに流れていく。音楽に身を委ねて。
 ・ただ、それゆえに(同じ接続詞、失礼!)サウンドのスムーズな流れに対して、年齢を重ねて強くなったノドであると同時に、より個性が固まった武骨なボーカルが最初かみ合わない感じも時折。「スタジオ150」の時のように彼のボーカルタイプに合わない曲もあるかな?と最初思ったが。最終局面に向かうに従い、その感覚が薄れていく。特に⑯~⑳辺りの流れのイメージのせいか? ここら辺はまだ全体の聴き込みが必要。今のところ保留で。。。
 ・とにかく、この統一感は堂に入っていてかなりなもの。プロデューサーで何曲か共作しているサイモン・ダインの力量に負うところも多いか?

 ・楽曲、③は詩曲とも美しく慈愛ある。。。⑤、これも同様。⑪、これほど子どもに正直な思いを乗せた楽曲を聴いてファンとして感慨。。。⑯のピアノはポール自身とな?ミック・タルボットじゃないんだ?う~む。感心極まり。⑮、ファドかと思った。ナンチャッテw。ある意味、何でもアリという指摘は当たってマス(笑)。⑲の詩も子どもにあてたものだろうか?だが訳詩の読み手としては彼自身に対する僕らの気持ちを歌われているような気がしてこれにも深い感慨を感じました。⑳、これは技アリ。彼の歌はこういうタイプの曲や③のような曲になるとドンとはまる。

 ・日本盤解説者のコレクター趣味丸出しはご愛嬌?でもそろそろ別の人のライナーでもっと作品に即した解説を求めたい。そういえば、増井修氏はどこへ?

 ・とりあえず今のところ以上で。まとまりがなくて失礼。しかしこのアルバムはファンとして聴き返し甲斐のある作品だと思える。彼のチャレンジ、変わらないところ。その両面を感じながら。

 ・PS. 昨夜、寝る前にちゃちなラジカセCDで聴いたら却って音のキラキラ感と洗練に驚いた。スティーリー・ダン、あるいはドナルド・フェイゲン、どちらでもよいが。ふと思い浮かべた。ただ、ボーカルが野暮で無骨なだけで(失礼!)。う~む。プロデュース、アレンジの勝利、という感じがする。ポールにとっての「サージェント」&「アビー・ロード」というか。思いっきな風呂敷(笑)。

 しかし、一つのアルバムにイングリッシュサイケ・フォークからフリー・ジャズ、南欧=南米的な音まで、というのは普通ありえない多様性ですよね。だけど、なぜか統一感がある不思議な魅力。
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by ripit-5 | 2008-07-19 21:11 | 音楽(洋楽中心)

この世界の片隅に(中) こうの史代

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 戦時中の広島県呉市を舞台にしたこうの史代の最新刊、「この世界の片隅に」。待望の中巻が出たので早速購入。前から常々思っていたけど、こうのさんの本の表紙は素敵だ。何と美しい!今回は特にそう云いたい。どこかはかなげな感じが夢二さえ思わせる。
 そしてそれは内容と接点がないわけではない。(同時にカバーをはずすとまたビックリ!これも内容と接点がある)。

 舞台は昭和19年7月から昭和20年4月ということもあり、こちら側も読む前に身構えがあった。あの「夕凪の街」を読んだときの不条理な世界を突きつけられる覚悟を持ちながら、というか。

 ところがこの中巻においてさえ、それほど戦争の物理的な恐怖が描かれているわけではない。たしかに、初めての呉市空襲の場面が描かれている。それが作品の表層上に流れる淡々とした日常との落差の大きさゆえにドキリとさせられるが、オチはいつものこうの流だ。

 むしろ今巻のこの表紙に見合うのは、主人公すずと見合い結婚した夫・周作との関係の微妙なすれ違いと切なさなのだ。それを象徴する存在が、すずがひょんなことで知り合い、友人というか惹かれる対象となる公娼婦人、リンの登場である。しかもすずから見ても魅力的なリンは夫周作が最初に愛した女性のようなのだ。そのリンの何かを諦めた末の潔さのようなものが深い印象を残す。

 そして逆に、夫・周作にとって気がかりな存在として登場するのは、すずの幼なじみで密かに思いを寄せていた海軍水兵・水原哲である。その水原の天衣無縫な振る舞いも日常から浮きあがらされた末の行為であるがゆえに、これまた切ない。

 この三角関係が中巻の大きな鍵になっている。すずとどこかトレース出来る「長い道」の主人公・道さんの中にも大らかさ、茫洋とした感じ、それゆえの温かな優しさがあり、同時にその優しさの影には何かを秘やかに思い留めた過去のようなものがほのめかされていたけれども、本作の場合、主人公・すずはかなりストレートに夫・周作に対して挑んでいる。周作も一度読んだ段階ではわかりにくかったけれど、明らかにすずの前に好きな女性がいたことをほのめかしている。

 微妙でわかりにくいほのめかし。こうの氏の美学かもしれない人間関係におけるこの種の禁欲が、今巻で少し”ほどけた感”がある。それがやけに新鮮な感じを受けた。

 後はぜひ実際に読んでみて感じてください。少々ストレートになった分重たさもあるけど、その等量に応じて痴話喧嘩も読んでて楽しい。カタルシスを感じる(って、どこか変かな?私)。

 それにしても戦時下を舞台にしても今のところこうの氏は徹底して当時の日常生活にこだわる。夫周作が軍法会議の記録係の仕事をしていても、舅が航空隊の工場で働いていても、義姉の小姑根性も、親戚や近隣さえも。誰も当時の戦時下イデオロギーを声高に語る人がいない。この徹底的な戦時下公報部分を避けた日常の生き方工夫のデティールこだわりが下巻に入って果たしてどのような展開になるのか。。。

 たしかに、この作品に対する並々ならぬ作者の決意というものは感じる。このギリギリなところで軍港・呉の昭和20年の夏に向けて「片隅での平和」を生きる人たちが自分の中で手放すまいとする日常性と善意を、どこまで維持できるのか?そのようなところまで作者が踏み込まないとは云えない。。。
 ・・・何となくそんな感じもするのだ。

 ところで、こうの氏の本の自己プロフィールにはどの作品にも必ずこの言葉が添えられている。

「私はいつも真の栄誉を隠し持つ人間を書きたいと思っている」(アンドレ・ジッド)と。

 この作品を読んで思った。そうだ。この座右の銘にしたがっていつもこうの史代さんは人物を描いてきたのだと。改めて思い、過去の作品の主人公や登場人物たちも一貫してそういう人たちであったと感慨するのである。

 それは現代という自己主張の荒波のような時代に、あえて意志して抑制する力--であるからこそ、逆に培われる想像力という宝。そういうものをいつも静かに提示してきたように思う。

 そういう意味ではこうのさん事体が望むと望まないと、あの「戦時下」の人々の生活を描く、というシチュエーションは彼女にとって格好な才気の発現の場だーと考えたら乱暴すぎるであろうか。

 しかしまだわからない。下巻を、結末までを読んでみないと。中巻の昭和20年の4月段階に至っても、これはラストに至る過程、ラストに至る伏線かもしれない。そんな気もまだしないでは無いから。
 
・発行元双葉社のサイトにて中巻・第一話が立ち読みできます。
 
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by ripit-5 | 2008-07-15 13:10 | こうの史代

キヨシロー

癌が転移したという話だ。
だが、このような状況になることも想定していたという。
とはいえ、本音は「残念」という気持ちがないことはないだろう。
ただ、キヨシローは強いとうかおそらく社会性が高い人だろうから。。。
自転車で自然治癒を目指したキヨシロー。

「ブルースはまだ続くということだ」って意味合いのことを言ったんだっけ?
キヨシローが語る言葉だと説得力があるね。
もちろん、どんな無名の普通の人でも闘病をするひとの闘いは説得力があるわけだけども。
ただ、黒人音楽やリズム&ブルース、オーティス・レディングにほれ込むようなひとが「ブルースが・・・」という意味での言葉の力。

こちらはブルースを聴いて何かを感じることが出来ても、歌うことは出来ない。
やっぱりそこは画たるものがあると思った。
ただ歌える、ということとは違う意味で。
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by ripit-5 | 2008-07-14 23:02 | 音楽(洋楽中心)

時間(とき)

前言を翻すようですが、このサミットが始まる前後はサミット関連の番組、見ていましたねぇ。
何でしょう、やはり愛郷心みたいのってあるんでしょうか。洞爺は遠いんだけどね。

初日のアフリカ会議やブッシュ会談の前、サミットの準備員みたいな人を捕まえてウインザー・ホテルの前で耳打ち。落ち着かない福田首相。いいなぁ。こう、どっしり構えない姿が相変わらず総務部長みたいで。大変いい。福田さんって、実務家肌なのではないでしょうか?

僕はもうこの21世紀に入って長らく続いた日本の「強いリーダー幻想」はいい加減にしたらどうか、と思っています。日本のリーダーって基本、村長みたいなものだと思うんですよね。
村長、っていうとイメージよくないですが、それは多選、あるいはそれに伴う癒着が悪いイメージを作っているわけで。
本来、最も良質な村長は相反する意見を傾聴/静聴し、落とし所を探り当てて衆人に納得を得るタイプだと思うわけです。それはリーダーシップというよりバランス感覚の優れ、に尽きると思う。

その意味で期待した2日目以降ですが、残念ながら今回のサミットは「肩すかし」というところに落ち着きますか。。。
そもそも2日目のG8のみで「全世界で」2050年まで50%の削減、という目標を世界に公表するのは戦略的にどうなんだろう?全体会議の場までは秘するべきだったのでは。
だもんだから、当然、新興五カ国は「G8が率先してまず80~95%の削減せよ」と同日に発表したし、「先進国から中期目標を出すべき」とまで言われてしまった。

3日目で中国、インドとどこまで歩み寄れるかに手腕がかかったけれど、やはり無理だった。
その意味では議長国としてはリーダーシップ、微妙かなぁ。

雰囲気も何となく首脳陣全体、覇気がない気がしたし、ヨーロッパの国々が固まり、ドイツのメルケル首相の存在感が強い気がした。
それに、アメリカには全然期待してない様子。(そもそもブッシュ政権は石油利権政権なんだから)。
もう来年のおそらくオバマで話しようよ、と踏んでいるんじゃないのかな?
そうすると、一般国民としては、こう若くて身の置き所に困っているように見えたカナダの首相夫妻に好印象を持ってしまいますね。まぁ、サルコジの印象が逆に悪すぎるしねぇ。

福田政権が浮揚するかな?何せ議題が地球規模だし、加えて北朝鮮の拉致問題、ロシアとは北方四島問題と、内政的外交も加わっているんだから、本来非常にご苦労さま、お疲れ様というところなんだけど、主議題がこうもあいまいだとね。。。いくら「あいまい」が日本人の得意技とはいえ、さすがに。。。
本当に微妙だ。お疲れ様、ご苦労さまでした、には違いないのだけども。

後は世界のプレスが北海道の空気感と、一般の人が持つ感じを上手く母国に伝えてくれるといいな、と。北海道を主問題とは別に、好きになってくれる人がいてくれればいいなと祈ります。

しかしね。本当は、未来につながる前に目前に迫った荒れ狂うマネー世界を規制するのが短期に急ぐべきことだった。そしてそれは長期の環境問題にもつながる。それを深刻に話し合うのが本来だった。議長がそちらに気迫を見せたらインパクトは大きかったろうに。

それも含めてオバマ。オバマが大統領になるときにどうか?という幻想を抱くのだが。

さてその期待のオバマ氏。ここにきてどうも、大統領の椅子が本格的に見えてくるに従い、現実転換路線が見えてきた様子。いまのところは判断を保留したいが、こちらのレポートはちょっとオバマ理想に冷や水。ただし、情報が集まるまでもう少し様子を眺める必要があると思うけれど。

「オバマよ、おまえもか・オバマのAIPAC発言」

「パレスチナ・オバマとイスラエル」

環境倫理には未来の世代への責任というのがあると聞く。
僕は今のところ現実に対してペシミステックな自分の思想的遺伝子をつなげて行きたくないのでエゴかもしれないが子どもをもつ気はないのだが、現在、そして未来の子どもが夢を持てないのは遠い責任があるような気もする。子どもを持たない無責任も含めて。

何ともならないのをそのままでいいのか?ということを、考えても実行力がないのなら、あるいは力がないのなら考えることにも意味がないという、そういう論理に組みする気はない。ないのです。

てなことを考えて肩に力を入れてみても。
ご覧の通り、はやサミット絡みの環境問題は打ち消えて。教育委員会と山本モナだってさ。Ohoo。。。
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by ripit-5 | 2008-07-11 22:20 | 社会

笑えないんだけど

サミット前ということで、ご存知の通り厳戒態勢です。
昨日街を歩いているところでは、厳戒ということはないけど、普通に警官がいるな。どこにも。
これが日常の風景にだんだん見えてくるのが恐いところ。

この前ビックリしたのは市内の中心部を流れる豊平川にあれはなんていうのだろう?護送車みたいな車列が河の上をずらりと並んでいたり。川岸に並んでいたり。よさこい祭りなみの。
で、全国の各県警から来ているのが良くわかる。基幹道路たる国道五号線を何台も走っていたからね。各県の車だと県名が書いてあるからなるほどそうなんだと納得する。九州とかね。
北海道で5千人、全国から1万人集まっているって行ったっけ?これが機会と、地方でこそ泥が増えなければよいのですがね。。。

全国から集まるだけで環境負荷になるんじゃねえのか?と皮肉に思ったりして(笑)。
まあ、ともかくあれです。このところこちらの報道は環境問題、地球温暖化問題、Co2排出何%やらその種の情報の雨あられでいい加減にしてほしい程です。(問題発言?)

昨日なんか階下から古舘伊知郎の悲痛というか、感情一杯の喋りで危機の連発の声を聞かされて。正直たまらん。もしかして陶酔してる、古舘さん?嘘だろう?いや、もしかして本当かな?混乱させられます。

僕はこの集中報道の時にはあえて考えないようにしています。
終わってから考えます。といっても考える予備知識がないんだよなぁ。理科オンチだから。。。
すると、今時期の啓蒙番組はやはり意味があって見るべきなのか。
だけど何だかとにかく嫌。路線が一方向なんだもの。

それよりも環境問題という大きな問題に繋がる人間が安心して暮らせる生活と、その見合った消費生活のあり方を先にクリアするべきじゃないの?
いま環境だー、と騒いだところで今年のサミットひとつで解決するわけもない。
急ぐべきは労働を使いすてする同胞への経済社会的なありようが倫理的にどうなのか!とか。
高齢者を捨てるような制度設計をむしろ逆立ちさせる必要があるんじゃないのか!とか。
もっと環境に即せば、原油市場に舞い込む巨大な投機マネー、食料穀物市場に舞い込む先物取引投機マネーを取り締まる方策を練るべきじゃないのか!とか。
こうして世界の人間が普通に、過度に贅沢にならず安心して生活できるところを確保した上で。
そのような生活で一息つけたところで環境について真剣に論ずればいい。
今の環境問題で世界は1~2年で崩壊しないだろう。

しかし投機や新自由主義経済の流れで暴動、飢え死、自殺、家庭内崩壊が進行すること。この結果としてこの1~2年の世界が圧倒的にヤバくなることのほうがよほど深刻で、真剣に憂う。そんな実感が自分には強烈にある。

これだけ環境問題報道が過熱するなら、来年はぜひとも世界グローバル経済問題、世界に広がる格差社会問題を来年のサミットの課題にしてもらいたい。
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by ripit-5 | 2008-07-06 10:50 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

雑談(5)トーク・オン・デマンドについて・2

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A 「実はこのところ考えていたのはマスメディアのことで。、マスメディアがいまの時代本当にいろいろ考えるべきことが沢山あるのに意図的かどうかその需要にこたえてくれない苛立ちがあったんだ。本当言うと。それでね。たまたま元TBSのニュース23とかの製作現場にいたジャーナリスト、神保哲生さんと社会学者の宮台真司さんがネットでネットテレビを配信していて。そのネットテレビの開設当時の対談を集めた本「神保・宮台のマル激トーク・オン・デマンド“漂流するメディア政治”」というのを読んで。すごく刺激を受けてさ。で、ずっと有料ネット配信って面倒だし避けていたんだけど。本が面白かったし、実際にその対論が放送としてどうなのかどうしても確認したくてさ。今回とうとうこのネット配信テレビを見るようになったんだよね。ここから触発を受けるところが多かったんだ」
B 「実は俺も見てる。内容は相当充実しているよな。何せトークだけでたいがい2時間以上あるもんな。密度も濃いよ」
A 「俺、初めてネットマネーっていうのかな?違うのかな。とにかく今まで体験したことのないネット用の通貨を利用したよ。といっても、必要な領収用の用紙を印刷して、コンビニにその分の金額を払うとすぐにネットで振り込まれたお金がネット通貨として使用できる形でね。この神保&宮台のネットテレビ、「ニュース・オン・デマンド」は月515円で。内容と過去の放送内容を視聴できる部分がかなりあることを考えると高くはないと思ってね。とりあえず2000円だけネット用の通貨を買ったんだ」
B 「お試しでまず無料放送を見てみればいいんじゃないかな。五金といって、5週目の金曜日放送は無料で視聴できるはず。入金しなくても見れると思うけど」
A 「前置きが長くなった気がするけど、今週分見た?」
B 「見たよ」
A 「慄然とする感じがした。作家の雨宮処凛さんがゲストなんだけど、今の一般労働派遣、すなわち日雇い派遣の惨状は凄いものがある。そして、日雇い派遣の問題がクローズアップされたのも、雨宮さんの運動がほとんど歯牙にもかけられなかったのに、この事件で日雇い派遣見直しの機運が急に盛り上がった皮肉も良くわかる」
B 「おそらく明示されない両罰意識なんだよ。国の意思は。片方で普通は死刑判決から平均7年はある、執行までの期間が急に3年に満たない宮崎勤には適用してこのような重大犯罪というか、社会的恐怖をそそる事件には厳罰を持って対応する意思だということを示して、もう片方でグッドウィルのような派遣会社には業務停止に持っていく。そこで社会的バランスをとっているんだろう」
A 「暗黙の合意か。だけど派遣元の罪は深いよ。あれはおそらく労働者派遣法に無知なんじゃなくてよく法を知っていながらあれだけのことをして来たのだろう。でなければ、現に法で規制されている港湾労働にわざわざ派遣したりしない。他にも法を知っていてやっているとしか思えない中間搾取は凄い。でも派遣先も酷いよ。本当は派遣労働者担当責任者をおかなければいけないのに、不備があったり。派遣会社との労働者に対する取り扱いのルールなんかもかなりルーズなんじゃないか?いま労災隠しが日雇い派遣の労災事故で争われているらしいけど、グッドウィルは労働保険料を払っていたのか。日雇い派遣労働者分について仮に未納付ならば、この点も罪深い。そして、GWが労災保険料を払わずに労働者を派遣して、派遣元もそこを知らない、あるいは知っていたらもっと罪が深いけど、正社員がやらない危険業種につかせていたとしたら、派遣元も共犯としか思えない。実は本当にそこら辺を含めてこの回の放送を見て欲しい。切にそう思う。今の時代って、まるで成人層のために若者と後期高齢者をスポイルしているみたいじゃない?ちょっとした想像を働かすだけでも憤りが起こるよ。一応、この放送だけでも無料に出来ないかお願いのメールをしてみたんだ。これ、NHKがやってもいい、それだけの公共性があると思う。凄くリアルな問題だし、明らかに労働疎外の問題だもの。もちろん、若者の夢や希望を失わせしめてる問題だし。それに、その働く側がなかなか当事者として社会構造の問題だといえないと云う、そのプライドの問題について雨宮さんが凄く納得のいく説明をしている。そこら辺も聞いていてなるほどと思うし、けなげさが切なくなる。本当にこの回だけでも特別に無料視聴できるようにして欲しいんだ。公益性のためにも」
B 「なかなかネットで有料で放送を見るというのは手間も含めて確かにね。そういう意味では切実な感想は良くわかるよ」
A 「宮台さんの語り口は好き嫌いはあると思う。否定はしない。だけど、時によって彼のような切り口での鋭さって必要だし、それが今回の議論では上手くいっていると思う」
B 「社会学の術語や、いわゆる宮台語、ってのがひんぱんにでるじゃない?(笑)。あれがね」
A 「確かに最初の生理的なものはあると思う。それに僕らの傾向だけど社会的問題を社会学的に分析すると、すぐ行動の論理や倫理がない、って感情が出てくるじゃない?そこは語り手に当事者意識を余り押し付けたらいけないと思う。そして宮台氏はあくまで社会学者で、学者的な禁欲が最終局面で出てくるのは仕方がないとも思う。ただ、それでもかなりこの問題には熱い関心を持っていると俺は感じたな」
B 「共感がない対話は不毛なのは政治バラエティでうんざりするほど見せられているものね。そうだね、興味がある人はぜひこのトーク・オン・デマンドを見る環境を作るといいかも」
A 「実は今回の話したい話の筋はこの雨宮氏ゲストの番組の中に自分として納まっているんだ。だからぜひお勧めだけはしたいですね。でも、無料にして欲しい回。本当に。
あ、それから「日本人はなぜ死刑が好きなのか」(第374回)は無料で見ることが出来るはずですから。どうか今後の話題の予習としてぜひ。改めてアドレス、マル激トーク・オン・ディマンド - ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局」
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by ripit-5 | 2008-07-02 22:18 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

雑談(4) トーク・オン・デマンドについて

A 「ユーロは鮮やかなトーレスのゴールで決まりまして」
B 「で、話を戻して」
A 「そうなんだ。実は元は裁判員制度のこととか、他にも思うところがあったんだけど、やっぱり秋葉原の事件があったでしょう。あの事件はやはり現代の歴史上の一つのシンボリックに加えていいと思う。僕も年をとって事件の衝撃で自分の中が動揺させられるという感性が弱くなったとは思うけど。それでも個人的には世界史的なものも含めて95年のオウム事件、98年だっけ?サカキバラ事件。そして2001年の911テロ以後の世界的新秩序が出来てしまったことに加えていい象徴的な衝撃的事件だと思っている」
B 「なるほど。日本と世界の事件も両方で?」
A 「こじつけかもしれない。それに妄想だと思われるかもしれないけれど、世界的な潮流との連関は無いといえないと思ってる。アメリカに関してはやっと少し今後は軌道修正されるかな?と希望を込めて思っているのだけど、現状は慣性の法則のように新自由主義に乗っかった経済界が規制緩和路線のおかげでどれだけ若い人たちが疎外されているか。その一つの象徴であったと思う」
B 「お前はあの事件は彼の個人的な生育歴に見てたんじゃなかったの?」
A 「いや、その一点だけで見ているつもりはないよ。そこはどうか誤解しないで欲しい。むしろ、彼の両親や周辺の大人たちを含めての環境であり生育歴だと思うわけで。その大人たちがその社会から受けた影響を自分の中で上手く咀嚼できていないで、メッセージをそのまま反復していた結果だとしたら?それは同時に世の中の問題でもあったと思うじゃない?」
B 「なるほどね」
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by ripit-5 | 2008-07-02 22:17 | 社会