昨日は元母校にて

 昨日は元母校にて、先の湯浅誠さんの講演と同趣旨の格差貧困を考える、のこちらは専門家たちによるシンポジウム。元母校といったら中退した学校みたいな言い方ですが、一応卒業はしております。ですが、とても学生として本分を全うしたとはいえないので。恥ずかしくて母校といいにくいんですね。。。
 S学院大学というところなんですがね。。。

 実は学科は違うのですが、その母校に恩師がいまして。いろいろ経緯があって今でも時折時間を割いてもらい、貴重なお話を伺う機会を作っていただいているのですが、たまたまシンポジウムの前に会う約束をしていて、しばらく湯浅さんの講演についてなども含めて話をしたのですが、恩師はまた別に、相当大きな、この国にこれから起きると思われる事柄について強い関心と確信があって。そちらの話を伺いながら、また。かなり「う~む」と考え込みつつJRに揺られて隣の市へ行ったわけです。(これは私の「う~む」癖、と自分で自分に名づけておりますw)。

 少々遅れて会場入り。シンポは基本的には結果として先の湯浅氏の講演の補強というか、そのやや専門分化した説明という感じ。だから問題意識は同じなので、格別目新しいというわけではない。というのは、この会は本日もやっており、本日は分科会会合とのことです。昨日も行ってから気づいたのだけども、会が終了した後に親睦会があるという。つまり、専門家の集まりだったということ。先の北星の会合も参加者はおそらく専門家たちだと思う。何だか、相変わらずどこか場違いな場所にいる?お呼びでない?自分w。

 しかしだ。福祉の専門学者も、いかにも学者学者している人がいるというのは・・・。当たり前のことかもしれないけど。。。また「う~む」と心の中で唸ったりして(苦笑)。普通の市民のためのシンポだと船を漕ぐ人ばかりになるような気もしないではない(笑)。

 その中で札幌勤医協医師の堀毛先生という方のお話は医師として具体的な問題として話を紹介されていたので非常に惹かれました。札幌の郊外に厚別区というのがありまして、「もみじ台」という土地があります。そこにはもみじ台団地というのがまあ昔から目印というか、”もみじ台といえばもみじ台団地”、と連想する土地柄であった時期もありました。今は新札幌商圏が一つのシンボルになっていますが。そのもみじ台団地が東北以北最大の団地だというのは堀毛医師の話で始めて知りました。
 現在、北海道は急速に各地方の医療機関から医者がいなくなっておりまして、根室に医者がいない。そのため、救急患者は根室から釧路まで運ばないといけない。根室釧路間というのは、走ったことがある人はわかりますが凄い距離です。また、北海道は積丹半島に岩内という農漁村中心の市がありますが、今札幌の隣の小樽市の市立病院も救急患者の受け入れが出来なくて、札幌まで搬送している事態になっているそうです。これは相当驚きです。札幌小樽間も高速経由でも最低40分くらいはかかります。岩内小樽間も同程度の時間がかかるはずです。イザという事になったらどうなるか、その恐ろしさは容易に想像できます。地方切捨ての恐ろしさを如実に感じさせられました。

 堀毛先生はそのような北海道の救急医療の現実、また医療過疎の現実を教えつつ、東北以北最大の団地での特に高齢者、1階ではなく上階に住んでいる高齢者の問題を伝えていました。心肺機能等やもろもろの難病を抱える患者さんにとって、部屋を出て医療機関にかかる日が死ぬような思いなのだという話。つまり、階段の上り下りをすることが死ぬような思いなのだと。ここら辺は私も虚をつかれました。団地の構造は知らないのですが、階段が患者にとってかなり急峻なのですね。もちろん、市営団地ですからエレベーターなどはありません。

 そんな具体的な話などもありまして、後は労働問題の先生は介護労働の現場からの調査報告。生活保護の研究の先生は生活保護基準額の問題について。ーこれは相当話が回りくどくて分かりにくかった。それから総括的な立場の先生から、福祉をめぐる1970年代以後から現在までの政治的な文脈も絡めての沿革的な話。70年代の革新自治体の隆盛と、70年代末の革新自治体の崩壊についての発表の中で、革新自治体の崩壊は同和問題をめぐる社会党と共産党の路線対立が先鋭化し、その分裂が原因だったという話は自分には全く初耳の話で、出来れば今後、自分なりにそれは本当なのか当たりやすい文献があればそれを読んで検証できればな、と思いました。

 そんな感じだったけれど、何よりも母校が懐かしかった。(この際、母校と言い切っちゃおう)。それと周囲の風景。先輩が住んでいたアパートがまだ残っているのを見つけて、おお、まだ残っているんだ!と驚いたり。やはりかなりご無沙汰していると言っても、通るたびに甘酸っぱいものをいつも感じる。何だかんだ云っても、たとえ勉強がお留守でも、あの時間は濃密で、青くて、甘い時間だったなと改めて思う。

 それから、北星でもそうだったけど、学生さんのボランティアが本当によくやっている。JRの駅では時間が少し過ぎているのにもかかわらず学生さんが場所が分からない人のためにか、一人立っていたし、広い構内の至る所で誘導のために立って来館者を迎えていた。本当にご苦労さまでした。えらいね。

 あと、大学っていいよなぁ。本当に勉強をやれる環境という空気と設備に満ち満ちているのだもの。だいたい中にいるとイヤなものだけど、出てしまうと、戻って学生をやりたくなってしまう。無いものねだりか!

 さて、俺は何でこんなにナガナガと貧困だ格差だ福祉だのと今更きばってしまったのだろう?長くなったので、日を改めて今度は端的にその動機を書きますね。本日はこれにて。
 
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by ripit-5 | 2008-08-31 22:04 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

湯浅誠さんの講演

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 昨日、北星学園大学で行われた「貧困と格差を考える:夏期講習会」に参加して湯浅誠さん(「反貧困」の著者で、NPO法人・自立支援生活センター・もやいの事務局長)の講演を聴いてきました。写真は当日のものではなく、ネットで検索した写真ですが、アップした写真同様にラフな格好で、実に自然体で現在の日本社会の労働・社会問題の大変な状況を語ってくださいました。
 大変に理性的な喋り口で説得力があり、それだけに聞いているこちら側も自分の問題として重く受け止めざるを得ませんでした。いま、若く優秀な社会の先端にある問題に取り組んでいる力強い人たちがおり、大変に心強い気がします。以下、講演の要約をと思いましたが、まとめる才能が無く、いたずらに長くなってしまいましたけれども、長文ながら講演の趣旨を書いてみました。なお、内容の語りは自分(私)なりの編集が相当入っています。いくつか、段落分けをして、見出しをつけてみましたが、その見出しも私が勝手につけたものです。湯浅さんが伝えたい点から大きくずれていないことを祈るばかりです。
 宜しければお付き合いください。
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 湯浅さんはラフな格好で登壇。背がかなり高く面持ちはやや色白で細面のやせた顔つきながら、体格のよさと温和な表情ゆえに神経質な感じがない。

 先生と呼ばれて紹介された湯浅さん、第一声は「私は先生ではなく、いち活動家です」という前置きから始まった。
※知らされない公的機関 
 まず資料で配られた20代男性のもやいへの相談メールをケースとして、話の切り口が始まった。それは非常に巧みな文章の書き手だと思われるものだった。湯浅氏は「ご覧の通り、とても上手いメールだと思います。彼は自分のいま抱えている問題と、そこに至るまでの経緯を簡潔に伝える能力を持っています。ですがここで私が気になったのは、立派な文章ながら、そこに公的機関に相談するというメッセージが全然伝わってこないことなんです」と。もやいに相談に来るメール、あるいは電話はほぼ進退窮まった状況にある人たち。日雇い派遣なら、明日現場に行く電車賃もない、あるいは生活費がなく、家賃も払えない。公共インフラもとめられてしまった。いよいよ路上生活なのかと思うと不安で仕方がないといった状況。
 もともと90年代の半ばに路上生活者の支援を始めたのが「もやい」の活動の始まり。それがこの2000年代を過ぎたあたりから20代や30代の若い人らの相談が急激に増えた。ただ誤解して欲しくないのは、実は相談者の世代構成は非常に幅が広く、今日20代の相談に乗ったと思えば次の日には80代の高齢者の相談に乗るということもあり、日々実感として、日本の社会の貧困層の幅と広がりの大きさを感じている。
 その中で、特に若い人の場合は公的機関に相談するということ事体を知らないケースが相当多い。生活保護の受給申請を進めるケースがどうしても増えてくるが、世間が考える生活保護受給者のイメージと違って、働いても生活できないというケースが本当に増えている。ある40代で腕の良い職人さんが相談に来た。その人はコーティングのベテラン職人だが、最近は都のマンション不況で請負単価がダンピングされ、また規制緩和のため参入者が多くなり、30万の請負仕事を10万円台まで下げて請け負わざるを得なくなった。この人の場合、家族がいたので家族を食べさせられなくなり相談に来た。このケースも生活保護につなげるまでいろいろあったが、以前では考えられないことだ。

※労働者の分断 
 今の日本の労働環境を見ると、まず正規社員がいる。その正規社員も一枚岩ではなく、会社の中核社員と周辺的な社員、例えばマクドナルド裁判で有名になった「名ばかり管理職」が周辺的な社員と呼べるだろう。彼の場合、厚労省の定める過労死危険水準よりもはるかに長時間の労働をしていた。店は彼を除いてみんなパートかアルバイト。パートが急に休んだり、ローテーションに穴が開いたりすると彼が埋めなければいけないし、その他の勤務管理や店舗管理全般、売上管理など全ての責任が彼に覆いかぶさる。そのうち手が震えてきてしまい、これはさすがにまずいと思い本部に連絡したら逆に「自己管理がなっていない」と叱責された。周辺社員にはそのような人たちがいる。その外側に非正規社員たち。これがつまり派遣社員やパートタイマーの人たち。いま労働条件や賃金水準で問題になっている大きな層。現在、1千万以上の人たちが年収200万円以下で暮らしていますが、この層の人たちです。それから、労働市場事体の外側にいるのが失業中の人たち。
 これらのもろもろの形態の中で、いままで「もやい」などの生活相談を受ける人は失業している人たちやそもそも労働市場に入っていけない層だったのだが、最近は先に話したように、本来組合やあるいは労働行政機関に相談に行くと思われた労働市場内の人たちが生活相談に来るようになった。働いても食べていけない層が確実に増えている。

※日本の社会保障制度
 それでは日本の社会保障、セーフティ・ネットはどうなっているのか。本来労働者は年金、健康保険の社会保険と雇用保険・労災保険の労働保険があるが、いま派遣や短時間パートの広がりによって社会保険未加入の人がすごく増えている。私たちは3層のネットと呼んでいるが、まずは「雇用のネット」。その下に支えとして「社会保険のネット」があるのだけれども、例えば社会保険に加入していない人は医療と年金のセーフティ・ネットがない。また、雇用保険はこのところの法改正で締め付けられ、現在失業者全体10人に2人の割合しか受給していない。今まで30代で10年以上勤務していた人で100何十日分以上は失業給付されていた人が給付期間を減らされ、いまでは90日までに減らされている。
 その下に社会保険のネットからも落ちて公的扶助、すなわち生活保護制度が最後のネットとしてあるが、若い人で制度を知らないでいるケースや、また特に若い人だと「水際作戦」といって、申請を窓口ではねつけるケースが大変多い。例えばネットカフェ難民の人なら「住居がないと申請できない」など。嘘なんですよ。法律では申請できるんです。あるいは「若いのだから頑張って仕事をしなさい。派遣の仕事とかあるでしょう」などといわれて断られる。ところが私たちがついていくとあっさり申請が受理されるようなことが多い。実は福祉事務所の現場も労働環境が悪化している。人員の配置が厳しさを増しています。ですから、社会福祉を学ばず突然100人ものケースを担当させられるようなことがある。いま、病気休職している人は学校の先生と社会福祉事務所職員が一番多いのではないでしょうか。全人的な対人サービスを行っている、いわゆる聖職と呼ばれる仕事の人が追い詰められている感じですね。

※中間層の危機 
 かつての日本社会は“ちょうちん型社会”と呼ばれた。つまり、中間層が非常に厚くて上流層と下流層の人が少なかった。現在の日本はだ円形の社会になっている。中間層が細くなり、富裕層と貧困層が増えた。現在富裕層と貧困層はほぼ同数になっている。このままでいけば将来の可能性は「砂時計型」。これは日本がアメリカ型の社会になるということ。それでいいのか、という話です。

※五重の排除
 貧困の背景には、私は「五重の排除」というものがあると思っている。それは「教育課程からの排除」「企業福祉からの排除」「家族福祉からの排除」「公的福祉からの排除」そして「自分自身からの排除」です。
 まず、経済環境の悪化によって高等教育を受けることが難しい層が増えている。そしてご存知の通り、社会保障を埋めていた企業福祉が今は喪失している。家族が一番の福祉機能だが、その家族の機能が急激に落ちて来ている。そして、国はなるべく生活保護をうけさせないようにする。
 そして何より、貧困の当事者本人が自分自身を自分から排除してしまう現象がみられる。「自己責任論」を内面化してしまっているんです。若い人で生活保護を受ける人は怠けた結果だとか、あるいは特殊な条件が積み重なったのだろうという世間の思い込みがあるが、実際は当事者は徹底的に自分の力で何とかしようとして、何ともならなくなってしまっている。むしろ世間の風潮に自分を積極的に合わせて、「自分で頑張らないと」と考え、生活できないところまで頑張り、相談に訪れるときには「自分は駄目な人間だ」と考えている。相談に訪れた多くの人は「わざわざ私のために時間を割いてくれてすみません」という形で切り出す人が多い。この考え方は実はいわゆる正社員の人にも多い。自助努力という考えをもとに頑張りすぎて、病気になったりうつ病にかかったりするケースが増えている。誰も誰かに直接、頑張れとも、自助努力なんだと言われたわけではないのに、そのような考え方が強く内面化されている。

※人権に基づくのが本来
 たとえば、昨年あたりからNHKでワーキングプアの特集などが組まれていますが、本当は個別のAさん、Bさんというケース、一人一人の個別の人間として見てしまうのは危険なんです。なぜなら、頑張っているのに報われないのは可哀想と思いつつ、別のケースで自分から見て頑張っているようには見えない人については貧乏になってもおかしくないんじゃないの?という見方に陥る可能性があるからです。
 皆さんの中にもそういう風に見てしまうことがありませんか?選別的に人を見てしまう。それは人権じゃないんです。そうでしょう?人権は全ての人が生きる価値があるということです。目に見える努力の形のある人とない人の比較じゃない。そもそもすべての人が生きる権利は比較することなど出来ないものです。私たちは個別のケースだけじゃなく、何故このような状況になったのか、その社会の構造を考えなくてはならない。

※人と人との分裂
 実は労働者の間でも分裂があります。正規の人と非正規の人との対立。非正規は正規の人との賃金の違いに怒り、正規の人は非正規の人は責任がないのが妬ましく思っている。中核労働者も大変です。なぜなら労働の非正規化が進むことによって、中核の人の労働強度がものすごい。その上、いつでも下ぶれ圧力がある。代わりはいくらでもいるよ、という話です。そういう圧力の下、ものすごいストレスを感じている。

 厚生労働省でヒアリングを受けたことがあります。その後の雑談で厚生労働省の局長さんがポツリと「このままだと日本はどうなるのかなぁ」と(笑)。それはオマエがいうことじゃないだろう、と思いましたが(笑)。その人の話だと「いや、厚労省なんて財務省に首根っこを押さえられているんです」なんて云っていましたが。それは彼が本当のことをいったのかどうかは定かではありません。さだかではありませんが、一つの発言だな、と。背景には政府による「社会保障給付費の年間抑制2200億円」の方針がありますから。
 日本の社会は非常に高コスト体質になっているんじゃないでしょうか。労働者は労働者としての高コストを払い、その労働力が報われていないことを知っている。だから労働者は消費の場で「消費の王様」になりたがる。ですが、ご存知の通り、消費者は労働者なんです。消費者として生きる、なんてことは出来ないんです。

 いま、わたしたちはいろいろな専門の支援者たちと共同して反貧困キャラバンという全国キャンペーンを行っています。
貧困が日本の社会を照らしている。貧困から日本の社会が照らし出されるということではないでしょうか。 (2008.8.28)

特定非営利活動法人 自立生活サポートセンター もやい

Amazonによる「反貧困」の書評・レビュー。
 これが大変素晴らしいです。文才がない自分が悲しいですが、まだこの本は未読だという方はぜひこの書評だけでも読んで見ませんか。本の内容の本質を言い当てています。どのレビューも読み応えあり。
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by ripit-5 | 2008-08-29 22:27 | 湯浅誠

ペシャワール会の伊藤さんを悔やんで。

 ペシャワール会の伊藤さんの拉致殺害は心底ショックでした。

 「情勢認識が甘かった」と云わなければならなかった中村哲医師の無念も察するに余りある。

 情勢を厳しくしたのはアメリカ軍の空爆と誤爆で、外国地上部隊の駐留や攻撃であり、自分たちの医療活動・旱魃で苦しむアフガニスタンの田舎で根を張るペシャワール会にとってはもっとも迷惑な存在は外国部隊だったはずです。

 しかし、このような信じがたい、ペシャワール会のメンバーが殺害され、他のNPO、NGOの活動にも決定的な影響を及ぼす以上、そのようにしかいいようがないでしょう。

 本当に無念なのは、中村医師であり、ペシャワール会に違いないはずです。

 本当に、僕ら日本人には到底出来ない活動をされてこられたまだ若い伊藤さん。悔しいでしょう。怖かったでしょう。無念骨髄でしょう。。。心よりお悔やみ申し上げます。

 アフガン攻撃に疑問を持った頃に札幌に来られて講演された中村先生。(攻撃前か攻撃後か今は記憶が定かでないのですが、おそらく攻撃が始まった後だったと思います)。

 そこでスライドとして映し出された現実のアフガニスタンの姿はまるで表現が悪いですが、アフリカの最貧国に近いような様子でした。緑の無い、水の無い、厳しい山岩肌の世界。

 そこにはメディアが過剰に虚構として巨大化された「タリバン」という存在の等身大の姿をも同時に伝えてくださいました。我々はおそらくタリバンを異様に観念的に肥大化して捕えていたのだと。そのとき実感しました。

 水が無い、食料を育てられない、医療行為が出来ない。まずは水だ。井戸だ。そのような世界の住人に所謂タリバンという人々の多くがいます。彼らは農民であり、時にはカネのために軍人にもなりますが、多くは復讐の文化に育った普通の農民だということでした。

 復讐が正当とはいえませんが、極く庶民的な感情を理解すれば、野蛮には違いなけれども、誤爆などで被害を受けた人たちの怒りが何らかの表示・表現を及ぼすことは全く説明のつかないことだ、とはいえないと思います。だからこそ、その文化が貫徹する世界だからこそ、中村医師は痛烈な危惧をしていたし、アフガン攻撃を非難していた。(同時に諦念もしていた。。。)。

 それと同時に、倫理主義、禁欲主義のタリバン的な思想は内乱状態と治安悪化を抑えた意味での国内的な一定評価をせざるを得ないと中村氏は考えた。僕もそれに全く同意します。歴史的な状況がそうなのですから。

 中村医師は、田舎の、人道援助をする上で、プラグマテックな意味でタリバン事体の功も罪も見ていました。そして、僕らが近代的な価値観で見る「タリバン」という専業的な思想集団があるわけではなく、コーランに忠実ながらも、処世を生きる普通の人々である、あるいは農民であるタリバンというものを教えてくれたのです。

 タリバンにもいろいろある。山賊のような連中もいれば、今回の事件のように、会に感謝している村人が数百人も犯人たちを説得するために追いかける、駆けつけるということがある。(いえ、正確には村人はタリバンと無関係でしょうが)。

 僕は僕の目でしか、主観でしか語っていないかもしれない。

 同時に、メディアの報道の仕方もある偏りがある気がして仕方が無い。

 伊藤さんの死は誠に無念だけれども、おそらくアフガニスタンのペシャワール会とかかわりのあった人たちは彼と会との愛情の関係で深く繋がれていたに違いない。

 おそらく、今回の報道は興味本位にはならないと思うし、そうであってはならない、と切に思う。

 ペシャワール会と、彼らと交流を結んだアフガニスタンの人々との間にのみにある、愛情の関係なのだから。
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by ripit-5 | 2008-08-28 20:54 | 社会

正直、野球どころじゃないよ(*^^)v

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 アルゼンチンとナイジェリアのサッカー決勝。
 アルゼンチンのメンバー、これは何だ!!

 ガゴ、マスケラーノ、ディマリアにアグエロ。おまけにリケルメ!(涙)、そしてメッシ!!

 こりゃ、ワールドカップのメンバーといっていいじゃん。
 みんな欧州クラブチームのレギュラーメンバーばかりだ。
 いや~~。とんでもないね。

 ナイジェリアもその身体能力の高さを活かして、ハイボール、ロングボールでゴールを狙っていたが、リケルメのあのキープ力と超越的なパスセンス。(何故、彼ほどの選手が欧州で生かされないのだ!)。
 そしてメッシ。いや~、笑った、笑った。口あんぐり。
 メッシは欲を言えばもう少しだけ他の選手を使えるようになったら、間違いなく世界一のモノになると思うよ。

 後は、故障だな。故障の多さの不安さえなければ、歴史に残るだろう。(もう残りつつあるか)。
 現在のところ、アルゼンチンは次のワールドカップの準備は万端だね。

 
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by ripit-5 | 2008-08-24 09:37 | スポーツ観戦

来週、札幌の私大にて格差・貧困シンポ

 タイトルどおりなのですが、来週札幌にて。
 まずはキリスト教系のH私大で貧困と格差を考える講演およびシンポジウムが行われるんです。
 一番の楽しみはNPO法人・もやいの湯浅誠さん(新書「反貧困」の著者)が講演にこられること。また、日本ではまだ現実的な方法論になっていないけど、京都市大の小沢修司教授が「ベーシック・インカム」について講演されるとのこと。
 うむむ。必ず受講するつもりです。湯浅さんの話は絶対に聴きたい。

 元々この大学は社会福祉系に強く、北海道でも先駆的に社会福祉士を養成する学科も設立したはず。そして、臨床心理士の大学院も最初だったのではなかったか?そういう大学の理念からしてある種必然なこの初秋の動き。

 同時に、(恥ずかしながら)我が母校のS学院大でも同じく貧困・格差をテーマにしてシンポジウムを行う。主に労働・社会福祉政策の観点から。

 母校はもともと昔は商科と英文学の大学で、その後人文学部の人間科学科、法学部を作って総合大学化したんですけれど、当時は自他共にイメージは四流大学。特に自分の場合、その中でまともに勉強をしなかった上、留年もしたので、救いようの無い学生でした。ゆえに母校を誇ったりは出来る立場ではないのですが、あれから幾年、イメージはずいぶん変わった。臨床心理学の大学院はあるし、法科大学院も確かあると思う。あとは情報学部。

 それと、特色は市民開放の夜間大学。
 学長は人文学部出身の女性教授。専門は社会学だったな。F先生。古風な「生徒は学ぶ意志があれば良い。我々は研究の成果を伝える」という当時の風潮の中にあって、高校教師のように生活指導全般に渡って気にかけるようなそんな良い意味でお世話焼きな感じの、好感が持てる先生だった。前の学長や理事長の方針だったのかもしれないけれど、ずいぶんアクティヴに一般社会にも開かれた大学の方針を推進していると思うし、また力量ある先生も連れてきていると思う。

 僕は、今の母校は理想的な大学のひとつに思えますね。意図は当時は全然無かったと思うけど、少子化の時代、大学も生徒の生活指導に力を入れないと駄目な時代にあって、あの教授が学長になったのは時宜にかなったと思う。
 僕らの頃は四流大学だったけど、当時から一貫していたのはリベラリズム。一言でいえばそういうことになるのかな。結構、「いま」の母校は誇れるような気分。

 おっと、最初の内容と違って、どこか自慢めいた話題にずれている(笑)。しかも自分は全然関与が無いのに。なんとも淋しい奴だ(苦笑)。

 あ~。逃げないでちゃんと大学で勉強しておけば良かったな~。
 卒業後、多くの人が思うことだとは思いますが。
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by ripit-5 | 2008-08-22 17:35 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

正直云って。。。(高校生のような思い)

 オリンピック報道にはいささかヘキエキしております。
 一色報道というのは、その割かれた紙面なり、割かれた映像なりから排除された報道や伝達があるわけで、何故こうも、どこもかしこもオリンピックなのか私にはよく分かりません。
 私もスポーツを観るのは嫌いではありませんが、かといって積極的に見る人間でもないと思います。
 マスメディアは五輪というナショナル競技会で国を背負うなら、どんなスポーツでも人は見るものだ、という思い込みでもあるのでしょうか?
 この期間に、少数派かもしれませんが、スポーツを見るのが苦痛だ、という人は残り少ないチョイスを選ばざるを得ないのでしょうか。
 インターネットの時代はその意味では天の恵みです。ネットで映像アーカイヴや音楽などを見たり聴いたりすればよいからです。ブロードバンドが必要性を迫られています。もはやBBがなければ、オルタナティヴな生活を享受できません。(おっと、忘れていました。ビデオやDVDもある。それらのソフトに触れる手段があった。もちろん、アウトドアもあるし、読書でもいいですしね。パチンコでもいいし)。

 とはいえ、私も報道を一切無視しているわけではないし、主体的には見ませんが、人が見ているときは見ますし、日本選手も肩入れしないわけではありません。

 私は新聞はテレビ欄とお悔やみ欄、経済欄のかなりと株式市況、時にはスポーツ欄。それらをはぶいた以外はほとんどを読む、というどこか歪んだ人格ですが(苦笑)、いま、オリンピック選手ストーリーが毎日掲載されています。
 そのオリンピックのメダリストストーリーには少々ヘキエキ。ヘキエキしながらも、その傾向性に一定の似たものがあるな、とも感じます。水泳の北島選手に代表される、モチベーションの低下からの回復、というのが全体のおおまかな似た話です。

 嫌なら読まなければいいのですが、メダリストの努力の成果のインサイドストーリーはそれはそれでなかなか感動的でよろしい。よろしいが、メダリストで無い人はどういうストーリーがあるのでしょうか。せいぜい事前にメダルを予想された人のストーリーがあるだけです。それがストーリーを読むたびに心にもたげてくる思いです。

 またもう一つイヤなものがあります。試合が終わった直後のインタビューです。まるで相撲の金星力士へのインタビューみたいなやりとりです。これが金星なら良いですが、敗北した直後の選手、涙に暮れる選手や途方にくれた選手にインタビューするのはどういう神経なのでしょうか。
 プロなら仕方がないでしょう。プロ選手は試合で報酬をもらっているわけで、まぁ勝とうと負けようと、勝因・敗因を精神性からにせよ、合理的な観点からにせよ、主体者として語ってもらうべく説明を求めるのは致し方ないのでしょう。

 しかし、オリンピックは一部競技を除いて基本はアマチュアです。つまり、その競技で生活をしているわけではないのです。何故、「今の気持ち」を求めるのでしょう?金メダルの選手が嬉しくないわけがないし、メダルに届かないで負けた選手が悔しくないわけないじゃないですか。よくある、日曜日の行楽地で子どもに「楽しい?」「何が楽しかった?」という愚問の極みと同質に聴こえます。そんな抽象的な質問、その場で感情以外の言葉で話せますか?オリンピック選手たるもの、臨機応変に鋭い知性を働かせよ、とでも?僕の心の声は「できるわけないじゃん」です。

 ここにはインタビューアーの知的怠慢がありますけど、国民が声を聞きたいと思うのでしょうか。。。?僕にはむしろメディアが聞くから、国民も聞きたくなった、という。そういう逆転の現象があるような気がします。

 オリンピックが始まるまで、オリンピックマニア以外はどのスポーツのどの選手がどれだけ強いか知らない。始まる直前からメディアがこの競技にはこの選手が期待だ、と騒ぎ出す。すると僕らはその選手が期待にこたえるかどうかと。自分の胸のうちが騒ぎ出すのに気づく。
 競技が終われば、その胸騒ぎの対象者にその試合後の気持ちを聞きたいと思い出す。いや、じつは別にそうは思わなかったのかもしれない。だが、カメラが試合後の彼や彼女をアップにし、マイクを突き出すとき、突如、彼や彼女の声に耳を傾けたくなる。

 「それが何か問題でも?」

 そう問われればそうかもしれません。

 でも、私は心の中でこう逆に問いかけたい気持ちも溢れます。
 「その場で答えないことに、何か問題でも?」
 と。
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by ripit-5 | 2008-08-20 21:14 | 社会

夕凪桜 再読

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 自分の中で何となく前から予感がしていたのだが、やはり昨日再読してしまった。「夕凪の街 桜の国」。こうのさんが今同じく広島県、舞台は呉市だが、そちらで戦時を描いていて、そちらで上中下巻という形でより長い作品を描いているし、なかなか立ち読みが難しい雑誌に掲載されていることもあって、下巻をまとめて読むことを楽しみに、そして首を長くして待っている状態なのだが。

 この一躍名前を知らしめることとなった「夕凪桜」は短編3作で成り立つ※注)”叙事詩”とでもいうべき作品だ。多くの、読者に想像力を許容する空間を与えつつ、強力な感性喚起の手法で奇跡的な名作に仕上がった。
 この一幅の詩のような仕上がりによって、漫画の古典の一品になったと言ってよいと思う。

 この作品から過剰に戦争と政治を読み込もうとするのは全く検討外れだとまでは言わないが、やはりそちらにばかりポイントをあわせるとすれば、明らかに作品の意図とズレがあると思わざるをえない。

 この作品から読み取るべきは運命的な悲劇と人生の不条理を一人一人の人間がどう受け止め、そこからどう再生するか、ということ。ただそれは、原爆被災と原爆後遺症といった側面から見て、再生などというものが素朴なドラマのようにいち個人の中で容易には完結はしないこと。それは世代を繋いで一人の人生をも超えて初めて再生されるということ。生の肯定が世代を超えて初めて受け入れられることさえあるのだということ。そのような場所がこの日本にあるのだということ。

 現実的にいえばそれは広島・長崎に限らない話にはなるだろう。沖縄でもあるだろうし、東京大空襲でもあり、神戸でもあり。。。しかし、拡散するような話はやめよう。やめざるを、得ない。頭をたれて。申し訳ないが。

 第一話である「夕凪の街」は何度読んでも無念な思いと読むこちら側さえ加害者の一人ではないのか?と思う迫真性がある。言葉が詰まるのだ。
 舞台は昭和30年の広島。「ぜんたいこの街の人は不自然」な中で、何とか精神の平衡を保つ主人公、皆実。その皆実が本当に好きな男性から愛の告白と共に肌の触れ合いという幸福に至る瞬間に抑圧してきた‘あの日からの衝撃的な期間’のすべてがフラッシュバックする。おだやかな話の推移から、急激に加速する、とんでもない惨劇の渦中の真っ只中に突き落とされた記憶の回帰。その圧倒的なスピード感。皆実は不条理に直撃されてなお、自分が残酷なことさえしたことを心中深く後悔していたのだ。(例えば死者がぎっしり浮かぶ川に何度も何度もガレキを投げたりしたことなどーしかしそれは生きるものの「死者」へのおそれからの条件反射だろう。皆実はこのとき13歳だ)。

 そして、しかし強い皆実はすべての記憶を振り返り、それでも生きていていいはずだ!という思いを内に込めて原爆ドームの前に立ち、決意を秘めてその姿を眺め、愛する人に意を決して「教えてください・・・うちはこの世におってもええんじゃと教えてください」と問いかける。
 男性はすべてを了解していて、安心のあまり全身の力が抜けてしまった皆実に「生きとってくれてありがとうな」と語りかける。
 読者としてはここで緊張のすべてが一度はほどけるのだが。。。

 モノローグの”そして それから 力は抜けっぱなしだった”以降からまた急展開していく悲劇へのゴールに言葉を失う。あの有名なフレーズ、「うれしい?」以降の痛烈な、というか適当な言葉が見つからないほどのモノローグは読むこちら側さえ告発されているような、そんな強烈なほんもののことばだ。

 「運命に翻弄される」。
 陳腐な表現だが、僕はこの作品でほとんど初めてといっていいくらい。
 この陳腐とさえ思える表現が頭に浮かんできては離れられなくなる。

 だからこそ、「桜の国」2編の、ここにも後遺障害の問題と遺族の家系にかかわる問題という形がテーマとして横たわっているとはいえ、紆余曲編をへながらも、最後の最後で皆実の姪で「桜の国」の主人公の七波に向かって、皆実の弟である父が「七波は死んだ姉ちゃんに似ているよ お前が幸せにならなければ姉ちゃんが泣くよ」と語りかけることで運命に翻弄されながら死んだ皆実の無念がやっと和解につながる。その前に七波自身のちからで”この両親たち(皆実の弟と、原爆被災者の母)から生まれた”ということに深い肯定を見出していたたからである。

 長くなってしまったがこれは自分のためのモノローグ。

  「夕凪桜」は歴史的なビッグ・イシューを取り上げながらも、内容は極めて現代的な問題意識に基づいていると僕は思っている。すなわち、生の肯定とは?生きていくことへの承認の意味とは?これである。
 われわれ日本人は今現在、「生きるために食べなければならぬ」から、「何のために生きるのか」へ意識が変容している。その時代に最も深くて美しい詩を奏でた漫画だと思っている。(こうのさんの柔らかで温かな絵のタッチでなければ「夕凪の街」はどれほど重たい結果になったことだろう?そしてそれはどれだけ多くの人に読んでもらう際のマイナスになったことだろう)。

 といいながら、やはり第一編の「夕凪の街」で皆実が問いかけたモノローグの重さもずっと引きずっていかなければならないと思っている。
 その両方がある。本当に深くて美しい作品である。

※正確には叙事詩という表現は正しくないだろう。ただ、抒情詩というイメージも使いにくい。
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by ripit-5 | 2008-08-16 11:12 | こうの史代

8月15日

 今日の午後から日曜日まで盆休みだ。お盆のお参りで小樽に行ったが、えらく湿度が高いし、断続的に激しくなったりする一日中雨模様だし、身体が酷くて、とにかくだるくなった。

 基本的にカッコつき宗教とは縁遠いわれわれ日本人にとっては、お盆と、それから本日の終戦記念日が連なってあるというのはいろいろな意味で意義深いと思う。
 1年で一番スピリチュアルというか、霊性浄化的な気分が高まる日ではないだろうか?というのが個人的な見解であり、個人的な思いでもある。

 今日は両親を車で乗せて行ったけれども、例年はJR。よく本を持ち込んでそれを読みながら過ごす車中が多かった気がする。歎異抄を読んだことがあれば、経済ジャーナリスト、清沢洌の戦中日記である「暗黒日記1942-1945」を読んでその自由思想による当時の政治に対する率直な生理的な嫌悪や論理的な批判と、方向予測に基づく悲観的な観測の正確さに驚いたこともあった。その日記の中の記述にもあったと思うが、資本主義を否定しない自由思想家さえ危険視された時代。清沢自身、自分の本音を日記に綴りつつ、その自分の日記が官憲に発見されるおそれも感じながらの記述だったらしい。さもありなん、というほど率直に政治のクルイ、国家のクルイを記述している。
 またあるときには「わだつみの声」を読んだこともあったっけ。

 このお盆に終戦を迎えたこと。敗戦したことにより、実に多くの軍人のみならず一般市民の死がこの日を霊的な厳粛さを呼び戻す日とする。そんな気がする。戦争に負けてよかったのだ。もしも軍国時代が続いていたらどうなっていたか。今でも暴力で他国に介入したり、争ったり、現在のアメリカのように戦地の死者がいたことだろう。。。

 私は一神教を理解できないし、基本的に私の精神構造は日本的なアニミズムと多少の仏教的な思想、つまりは神仏混交的なもので成り立っていると思っているが、やはり教会などがあり、俗な日々を送る人間としての業のようなものを聖なるものに一度内省化しようとする西洋的な習慣がうらやましいと思うことがある。精神分析という技法も、そのヒントは教会における告解であろう。そのように自分と向き合う習慣。
 一神教の神の猛々しさに、懸念と恐怖を時には感ずると同時にだが、俗塵にまみれる私たちの日常を考えれば大変に意味のある習慣だと思う。

 僕ら日本人は余りに日常に清浄感覚を呼び戻すときが無さ過ぎる。これは自分自身を省みての実感。
 その意味でお盆のある一定の時間は精神的な意味があると思う。
 これからの時代は難しくなってくるだろうが、(すでに私自身がそうなのだが)、お盆とは同時に、世代のタテとヨコの関係を再確認する日でもあったりする。(まだ過去形にはできないだろう)。

 灯篭流しというのは本当に美しい行事だと思う。私はしたことがないけれども。
 ふと、「夕凪の街 桜の国」の最終編で主人公七波が手のひらに乗せたちぎった手紙の花びらを橋の縁から風に舞わせると同時に亡き母の若き日が甦る。。。そんな場面を思い出す。

 このような行事や行為は、祈りと記憶の想起というべきものだろうか。

 美学的な形式に宗教的なものを見いだす。
 傾向として、われわれはそういう国民性があるのではないだろうか。(かなり大くくりな決め付けであるかもしれないが)。
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by ripit-5 | 2008-08-15 21:05 | 日々

オリンピック開幕式

 昨夜の深夜1時半近くまでやっていたのに、悲しい性(さが)か、7時前に目が覚める(苦笑)。
 それにしても、盛大で隙の無い見事なオープニング・セレモニーだったなぁ。何だか一分でも破綻を見せまいぞ、というぐらい流麗だった。いや、僕自身オリンピックのセレモニーとかほとんど見ない人種なので評価が正しいかどうか解らないのですが、あのセレモニーの監督は凄いね。ハイテクな光の美。そして豊富な人的資源ですね。やはり人をあれだけ大量に動員できるのが中国の強みなのかな。

 監督は張芸謀(チャン・イーモウ)という人で、僕は無知で知らなかったんですが、たまに覗きに行くサイトでは「紅いコーリャン」とか「初恋のきた道」「あの子を探して」という映画を撮っている人らしい。映像美学は図抜けているんだろうな。映画に関しては最近、個人的には大作よりも身辺感覚的なヒューマンものが好き。「初恋のきた道」とかは気になっていたので、いつかレンタルで観てみよう。

 参加国が200国を超えるということで、途中でこりゃあかん、と思って風呂に入ったらまだ入場行進中だった(笑)。丁度終盤でやっと中国が入場し、さて後は聖火の点火だけは見ようと思ったら、そこから先がまた長かった。
 それにしても最後の点火ランナーはびっくしたよ。まさか空のトラックを一周するとは。

 中国の威信をかけた思いが十分に伝わってきました。その意味ではお見事!です。
 ただ、同時に最近の僕に宿っている新しい価値観、もう、こう「飛躍をするんだ、進歩するんだ、大きいこと、圧倒することはいいことだ」というのはもういいんじゃないか。身の丈にあったことをするのが知のある人間にとっての本当の自然じゃないかな。という考え方が強く宿っており。その点ではほんの少し温度差を感じるかな。

 でも大国へ移行しようとする気持ちはよく分かる。その意味ではこの大会辺りが最後の「20世紀的なるもの」という気がしないでもない。

 まぁ、そんなヨタ話はいいよね。かくして光と花火の盛大を極めるショウが終わった。後は大会が無事に進行すればいいね。(だけどセレモニーの歴史絵巻。見事に中国共産主義なるものは排除されていた。中国はこのオリンピックを持って変わったことを世界に宣言したね。政治に関してはこれからが試されることになりますね)。

 今日はサマソニだ。僕は明日のスカパーの無料放送で堪能しよう。残念だけど。リチャード・アシュクロフトのロックボーカリストとしての力量をナマで聞きたかったです。後、クークスとかパニック・アット・ザ・ディスコのような若手も見たかったですよ。もちろん、ウェラー師匠と、ピストルズもね。(ここら辺はダブるので地元の人は単独を見るでしょうが。ヴァーヴはフェスだけだもね。彼らだけでも価値があるし、若手もずいぶん興味深い顔ぶれだと思う)。
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by ripit-5 | 2008-08-09 14:21 | スポーツ観戦

インフレだね

 家人について近所の大型スーパーの早朝安売りに運搬要員として駆り出される。時おり駆り出されているんだけど、今日の混雑ぶりには大げさではなくありえない!大晦日の午前中かと思うほど。

 今はスーパーの特売において、商品値は昔の一般的な値段だ。
 これからおそらく日常風景にこのような混雑をスーパーで見る日が増えるだろうと思う。

 赤塚不二夫さんがお亡くなりになった。いろいろなことも去来するが、幸せな人生だったろうなというのが一般論ではないだろうか。好きなことを元気な間存分にやってきて。

 ところでスーパーの混雑といえばオイルショックの当時。血走って人々がトイレットペーパーを買いあさった頃。節電、節電でテレビ塔のライトが12時で消され、NHKが12時で放映をやめた頃。

 少年マンガ誌の作品はその前の時代はのどかでほのぼのとしたギャグを描いていた人たちも全体的に作品が暗く重くなっていった。学生運動の最終局面と収拾のつかない内ゲバの時代だったし、公害が外部不経済として明らかになった頃だし、一種の日本的土俗性が学生運動の流れの派生として見直しが図られる頃だった。

 赤塚さんのギャグまんがも底尽き感があり、行くとこまで行ってやれというヤケのヤンパチみたいな傾向になった。例えば「天才バカボン」の連載の最終局面は1ページに一こま。例えば見開き右1ページにバカボンパパが画面いっぱいに入りきらない状態で「なあ、バカボン」。左ページ一杯右ページ同様に「なんだい、パパ」。などという、ページ無駄遣いマンガや、同様の「今回は左手で書きます」と宣言して滅茶苦茶な落書き風の作品にしたり。コマだけ作って延々空白のマンガとか。

 実験というか、まあハッキリ云って”手抜き”をモロに雑誌に掲載したりした。打ち切りが決まっていたのかもしれないけれど、よく許されたものだ。そういえば、盛んに「トリイ」っていったかな?担当編集者の名前を作品で連呼させたりも。これは当時は誰もやってなくて。
 思えば、江口寿史あたりが本格的に始めた”内輪のセンスネタ”の原型みたいな事もやったといえるのかもしれない。

 しかし、そこら辺が創作のピークからの下降期でもあった。ギャグマンガは中年になると本当に可笑しいものは書けなくなる、ギャグマンガは青年のマンガ家のものだ、という定説は赤塚さんの場合は当たっていた。

 だから、酒を飲みつつタモリのような可笑しい連中を発見するほうに移行したのかもしれないね。

 これでトキワ荘の人々も櫛が欠けるように大分この世界からさようならをしてしまった。トキワ荘の伝説って、一種「めぞん一刻」のような、アパート青春物語、擬似家族物語の神話を担ってきた気がするだけに。正直淋しい感じがありますね。

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by ripit-5 | 2008-08-03 11:09 | 本・マンガなど