衛星の海外小ドキュメントを見て。

 僕は自分のテレビではNHKの衛星放送は見ることが出来ないのだけど、たまに夕食時の6時過ぎにNHKBSでかかっている番組での海外小ドキュメントを家人が特に何も見ていないときに見せてもらうことがある。それらの海外小ドキュメントは自然体でこちらの気持ちの中に入ってくる佳曲ならぬ、「佳番組」がけっこうある。ヨーロッパでの市民のちょっとした活動や取り組みとか、ニューヨーカーたちの活動とかだ。

 今日はたまたま英国マンチェスターで受刑者の家族のためのボランティアをやっている活動団体の紹介があって、それがとても印象に残った。そのボランティア団体の主催者は夫が長期受刑者となり、子供まで社会的差別を受けるなど、自分のショックや社会的な差別に苦しみ、そこからそのような体験を通して活動を始めた。電話相談の責任者を担当するまだ青年の顔が残る男性は幼少時に父親が受刑した経験を持つ男性だ。
 突然、子供や夫など、家族が受刑者となって戸惑い悩む家族たちの支援をケースの中での共通項を集めて対応のための具体的なマニュアルなども作っている。また、刑務所の外に面会に来た受刑者家族たちが集まる支えあいの場所も作っている。いわば自助グループワークである。このようなヨーロッパの市民の活動のミニドキュメントなどをたまに見ていると、前述したように、ちょっとした深い印象を受けることが多いし、別に先入見を持つわけではないけど、やはり一歩先んじているな、と思うことが多い。日本はいま、被害者のための活動が公的な部分も含めてやっと軌道に乗っているけれど、受刑者の家族のサポート、というところまで意識はいかないのでは?
 だが、事件というものは被害者だけでなく、加害者とその家族にも深い傷を残す。結局、関係者全体が傷つくのだと。広く、大きく考えればそうもいえるのではないだろうか。

 その後の「ニューヨーカー」。今回は低所得者子弟が多く通う中学校でオバマ大統領誕生を祝うセレブレーション企画に取り組む中学生たちのドキュメント。これもすごくよかった。
 やはり黒人や有色人種の人たちが多い低所得者層の中学生たちに与えたオバマ大統領の存在の意味、与えた夢の大きさはいかほどか、と想像できた。オバマが子供たちに与えた夢は彼の存在が政治家として見て、まだ汚れが感じられないゆえだろう。それは彼の使う言葉、選択される言葉、文脈での使われ方など、言葉の持つイマジネーションの深さと広がりがあるためでもあろう。今後、現実の政治の中で言葉が行為の中で試される試練が続くわけだけれども、表現者としてだけではなく、世界の現実に影響を与える行動者でなければならないバラク・オバマ大統領の与えられた課題の重さを考えると、一人の名もない人間としては、ある部分では「可哀想だな」と思わないでもない。そのような普通の想像しか持てないこちらの常識を打ち破る力量の持ち主かもしれない。現段階ではもちろん誰にも判断できない。
 でも、どうかオバマ大統領。この子どもたちの心に手に入れられた夢の大きさを壊さないように、とちょっと祈りたくなるような気分になってしまった。


こだわりライフ・ヨーロッパ
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ニューヨーク街物語
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by ripit-5 | 2009-01-31 19:46 | マスメディア

ザ・スタイル・カウンシル - アワ・フェイヴァリット・ショップ

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 このアルバムが発表された1985年の英国はサッチャー保守党政権のいわゆる「小さな政府」路線の改革のひずみが英国伝統の社会構造である”労働者階級”へ激しい痛みとして直撃していた頃だ。ポール・ウェラーの出自である階級に対する仕打ちへの憤りと階級的同情の思いが歌詞全体を貫いている。

 アメリカのブッシュ政治、単独行動主義とマネタリズム、市場万能主義がついに破綻して、このアルバムで歌われる世界がこの日本でも現実性を帯びて響くようになった。
 実際、このアルバムの歌詞を読み返して今の時代のこととして歌われても全く違和感がない。そのことに驚かされる。皮肉なことに、日本においてはこのアルバムが出た1985年ころから輸出の好況とバブルの予兆が少しずつ見え始めて、スタイルカウンシルの音楽における本質的意図が見誤られたことは自分も含めて否定しようがない。つまり、日本ではこのアルバムのジャケットにに象徴される60年代モッズ・テイストあふれるカラフルさと、ハンサムなウェラーのスタイリッシュぶり、音楽の明るい洗練ぶりの方に集中して着目されるかたちとなった。

 しかし、実際のところ、彼ら自身の意図とは別にスタイルカウンシルというユニット自体、もともとパラドクシカルな(矛盾した)性格があったことは否定しがたい。ウェラーの「建設的であること」と、「清潔であること」が直結する生理的な傾向がきっと関係するところもあるだろう。しかし、それとともに、おおげさにいえばザ・ジャムで19歳でデビューし、20代前半で全英のトップバンドに登り詰めたウェラー自身が20代中期以後の精神的・社会的成長と音楽的な成長を求道的に求める時期に当たっていたことと、彼自身の中にあるモッズ趣味。つまり音楽を消費し、ファッションに喜びを見出す若者の自然な物質的な喜びが共存しており、その共存を自分の中に収めて、それを表現として提出する。そういう試みの小さな共同体そのものがスタイルカウンシルという、やや抽象性を帯びたバンドの形態的目標であったろう。それゆえに両義的な宿命を帯びていた。
 彼らの考えとしては、分かりやすい音楽と、使える自分たちの資源を通して、社会的メッセージを届けることの有効性へ賭けたのだろう。ただ、それらが周到な計算があったかどうかは疑わしい。むしろ計算より感情のほうが突出したからスタイルカウンシルというバンドはスリリングで面白かったといえる。

 日本に限らず、本国においてもどこでも、誤解と紙一重の綱渡りであったはずだ。そしてその試みはある面では成功し、ある面ではうまくいかなかった。成功例は端的にいって、このアルバムである。
 スタイルカウンシルとしてのこの2枚目のアルバムは音楽と政治批判の歌詞と、今となればウェラーらしからぬほどの柔らかなボーカルが全体として調和して、26歳の二人を中核としたグループの作品としては見事なまでに成熟している。

 この時期のスタイルカウンシルの成長は目覚しく、シングルB面曲にもアルバムに入れておかしくない良曲が量産されている。ポール・ウェラーには時折、このように飛躍的にメロディメーカーとして極めて生産性が高くなる時期があるのが特徴的なところだ。

 また、この頃の彼は同時期のフォークランド紛争、労働者のストライキなどに触発され、現実的な社会行動にも飛び込むなど、彼自身が音楽だけでなく、社会で起きていることに自らを投ずることで自己のアイデンティティを強く求めていた時期であったことも推測できる。
 だから、精神的にも活発な時期であり、こののち段々と空回りしていくバンド活動に苦しむことになっても彼自身の自己に対する根本的な強さ、社会に対する観点の基本的な見かたはこの時期があったからこそ極端に揺らがなかったのではないかと思う。

 考えてみれば、このアルバムも登場してからもう23年以上たつわけだけれども、いまの日本にあっては、長くファッショナブルな音楽として受けとめられたイメージと違って、歌詞のほうが今ではリアリティがあるのは、表現が悪いが面白いことだ。いろいろな意味で歴史的な価値を持つアルバムになってしまったというのが僕の評価だ。もちろん、楽曲の良さがなければ意味がない。このアルバムの楽曲は純粋にメロディとして際立っていて、ザ・ジャムの創造のピークに並ぶ、スタイルカウンシルとしての創造のピークがある。
 残念ながら、今思えばスタイルカウンシルのそのピークはここまでである。もちろんその後もいい曲は書いているが、アルバム全体としてはこの時期を越えることはなかった。この後、スタイルカウンシルは元々あったコンサバーティヴなファッションスタイルにソーシャル・リベラルなメッセージという両義性のマジックのバランスは崩れて、コンサバな印象がどんどん強くなっていく。

 そして僕自身もザ・スミスが解散した後、89年にマンチェスターから登場するストーン・ローゼズのルーズなファッションに新鮮なものを感じ、スタイルカウンシルのスクェアすぎるスタイルについに見切りをつけるような形に。。。

 ポール・ウェラーもソロになって変わっていく。ソロになってからの彼は中核的な意識は変わらなくても、より一人称的な詩人へと変貌していく。そしてより幅広い音楽的な冒険に、特に都会的洗練は置いて、より土臭いサウンドへと変化していく。そのひとりの人間として自分に正直になり自然体へ移行する彼の姿も、僕は当然のこと大好きである。

・With Everythig To Lose (『学校の運動場から不毛の荒地へ 希望は17歳で消える。床掃除をし、店員をし・・・11年もドブさらいを続ければ幼い頃の夢なぞ忘れてしまう・・・資格を与えられ保護を受けてもなお、すべてを失うしかない人々がいる』。
 こんなシリアスでヘビーな歌詞で貫かれたアルバムなのに、驚くほどどの楽曲も明るくて、力強い。そこに彼らの希望への希求がある精神性を感ずる。)


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by ripit-5 | 2009-01-25 20:30 | レビュー-Style Council

PRIDE(In The Name Of Love)



One man come in the name of love
One man come and go
One man come here to justify
One man to overthrow
In the name of love!
One man in the name of love
In the name of love!
What more? In the name of love!

One man caught on a barbed wire fence
One man he resists
One man washed on an empty beach
One man betrayed with a kiss

In the name of love!
What more in the name of love?
In the name of love!
What more? In the name of love!

...nobody like you...there's nobody like you...

Mmm...mmm...mmm...
Early morning, April 4
Shot rings out in the Memphis sky
Free at last, they took your life
They could not take your pride

In the name of love!
What more in the name of love?
In the name of love!
What more in the name of love?
In the name of love!
What more in the name of love...






より公平を期すとするならば、こちらのブログも是非。
マハティール前マレーシア首相のオバマ大統領あて公開書簡 Blog(ブログ) [公式] 天木直人のブログ
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by ripit-5 | 2009-01-21 21:47

いよいよ明日、オバマが就任だけども

 イスラエルのガザ地域攻撃の停戦。なんというか、両者勝手に停戦を結んだというかたちのようだけれども、ここにもオバマ大統領がどう出るのかイスラエル、イスラム側両者から熱い目線がそそがれているようだ。

 ついでにいえば、ロシアとバルカン、ヨーロッパを結ぶウクライナなどの資源問題。ここにもオバマ新大統領の外交を伺う側面があるようだ。

 なんか、日本の首相も別に本人と語り合ったわけでもないのに、「オバマ大統領と協調して」なんていっているようですが(笑)。

 オバマさんは就任式の翌日にイラクから16ヶ月以内撤退を指示するようで。とにかく、アメリカの内憂外患に対する、オバマへの期待度が異常なほどアメリカ国内と世界全体で高すぎるような気もする。

 確かに前大統領とのコントラストが激しすぎるゆえ、オバマ・スター性への憧れはOKだがオバマに「クレクレタコラ」するのもどうかと思うなぁ。一人の人間。どれだけ立派な人でも限界がありますぜ。やはり、オバマをよしとする世界の潮流があるなら、世界の指導者もオバマを助けるような顔ぶれになっていかないと。当然のこと、オバマは世界の大統領ではなく、アメリカといういち国家の大統領なんだから。

 しかし、僕はいつもオバマとゴルバチョフの登場がだぶる。ゴルバチョフは民衆の中に入って、民衆と議論していた。それはその前のソ連書記長、ブレジネフのように服に勲章をがばがばつけて王様に自分を模していたようなのとは決定的に違った。凄く新鮮な印象があった。

 そのゴルバチョフ氏もある意味、使い捨てられたのだ。時代と。民衆や世界に。だが、僕は忘れない。オバマもどうあれ、人間的な指導者として僕の記憶にいつでも焼きつく存在にぜひなってほしい。アメリカの場合大変なのは、民衆と議論が出来るようなお国柄ではないことだ。飛び道具があるのは怖い。オバマの時代に銃規制は出来ないかなぁ。8年続ければその路線に持っていけれないか。いろいろな人間がいるから難しいのだろうが。
 これからセキュリティが厳重になれば、オバマの魅力が薄れるし、オバマが積極的に人々に入っていくと命があぶない。(現状では)。

 まったく、この期待の超大物はイキナリ突きつけられる課題が多すぎる。
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by ripit-5 | 2009-01-19 20:59 | 社会

政治学原論感想

 最近書いているように、CS朝日ニュースターという局のおかげでだいぶマスメディア不信が解消できている。正確にはこの局。マスメディアというよりオルタナティヴメディアというところだろうが、番組の司会者の顔ぶれなどは豪華だ。普通の民放などに出ている論客もこちらで本当に言いたいことを言っている感じだ。また、僕自身が一人手探りで考えていることも整理して提示してくれるので、「何だ、この考えで良かったんだ」と思うし、孤立感に陥らないですむ。

 今日の午後2時に放送された政治学原論という番組のゲストは共産党の小池政策委員長。録画を見た。年末年始のニュースを占めた派遣村に通いつめていたレポートが前半の話。元医者だけに聴診器を首にかけてボランティアをしていたらしい。
 私はイデオロギーのメガネにさらされやすい共産党においても、この小池さんとか、穀田さんとかにどうしても悪感情や、他意を感ずることが出来ない。メディアを通しても人間味を感ずるからだ。

 とくに本日の1時間のレポート&インタビューにおいて聞き手の朝日新聞の論説委員である早見さんという人がまた柔和な雰囲気の人で、冷静な小池さんの派遣村の状況に淡々とした共感を示す。けして熱に浮かされた雰囲気ではないのだ。

 小池さんの話しぶりはおそらく相互作用とでも言うのだろうか、湯浅さんのような人から無意識に語り口を学んでしまっているような印象だ。ある種の強いインパクトを、おそらくそこに集った人たちの人間的なインパクトを感じたのに違いないと感じた。

 つい、聞き手の早見さんが阪神大震災を引き合いに出したように、これは人災だけど、その被災者と、その人たちに何とか助かってもらいたいとの善意の自発的な流れの話を聞くと、僕も同じような印象を持たざるを得なかった。

 行政の迅速な動きにも率直に敬意を表し、けしてイデオロギッシュになるところがない。共産党は党名を変えて、本当に経済的弱者のための政党になればいいのに、と思う。
 ところが、同じ方向性を持つ社民党は共産党とは相容れないという。何だか最近の共産党は議会でも優等生だし、困っている人たちとの互助組織に上から目線の口出しもないし、むしろ黙々と動くことを了としているようで、何だか却って社民党の党首のかたくなさが良くわからなくなってしまう。

 佐藤優の自叙伝によると、社会党の正当な嫡子は社民党のようなので、その昔ながらのなんらかのいろいろないきさつが両党の間にいまだしこりが残っているのか。だが、そんないきさつだの、イデオロギーだのという自分たちのアイデンティティにこだわり、せっかくの一般大衆支持を集める力を拡大できないとしたら日本の悲劇だと僕は思う。

 湯浅さんに特別に政治的な役割を期待するような声も僕は間違っていると思う。かの人に党派性はないに違いないから。かの人を突き動かすのはやむにやまれぬ心情だろう。政治活動ではない。それをあたかも政治活動にのみこまれるが如く騒ぐのは逆にウブだと思う。80年代のサッチャー時代に反旗を翻したニュー・ウェイヴのロック・ミュージシャンに浴びせた批判と同じ種類の、すでに語られてきた芸のない芸当だ。

 困窮者救済のためなら、言葉は悪いが派遣村の人たちはいろいろな社会資源を使うだろう。それが社会福祉のいわば援助活動における教科書的な動きでさえある。ソーシャル・ケースワークであり、ソーシャル・アクションであり。

 それにしても、日本もとうとうこんなところまで来てしまったのだな、と何度目かの思いを新たにする。嘆いても詮無いことだけど。

 自由主義経済学中心主義はついに終わり、公共政策学の出番が待っていると思う。
 もうひとつ、それにしてもと思う。こうも小泉竹中、ブッシュやイスラエルが手のひら返したように悪し様にいわれるとは。何も天邪鬼で言っているわけではない。ただ、小泉礼賛した人たちが手のひらを返し、その口であの時と正反対のことを言っているのが信用できないのだ。
 やはり、政策が失敗だったのなら、それを批判する人は一貫して日の当たらないところに追いやられていた知識人たちがいうべきことで、マスコミも根底から人選入れ替えが起きないと結局変わらないと僕は思う。
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by ripit-5 | 2009-01-18 22:18 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

新しいノートパソコン購入

 今まで使っていた中古のノート・パソコンがこのところメモリー容量不足で起動が悪く、だましだまし使っていたのですが、いよいよ限界に近くなったので給料が入ったことを機会にヨドバシで最も安い機種を狙って新しいノートパソコンを購入しました。
 eMachinesというところのパソコンで、台湾製のオフィス用格安機種(会社名を忘れた)を扱っている日本代理店のものらしく、僕はまったく詳しくないのですが、その製造元の台湾メーカーはオフィス向け中心に世界第3位のシェアなんだそうな。
 何故かマウスは別購入で約5万1千円。エクセル、ワードは搭載されていません。まぁ、基本はブログやマイスペ、画像を見ることが中心になるので。エクセル、ワードは今までの機種を使う形に。

 で、前置きが長くなりましたが、新しい機種を見てつくづく思ったのはいかにディスプレイが鮮明であるか!ということ。おおげさにいえば今までの機種が古い家のくすんだ窓ガラスのようだとすれば、今の機種はまるで磨きたて、ピカピカな透明ガラスのようです。ですから、映像を見ればその違いが良くわかる。

 オフィス用のはずなのですが、如何に今のコンピューターが画像を見せる方向で能力が高いかということ。それをまざまざと感じさせられる。それが今のところの第一印象です。その印象を飛躍させると、これは活字がやばいな。下手すると映像に負けるな、と。それはあくまでも瞬時の「インパクト」という意味において、でですが。

 僕のように基本的に活字文化に育った古い世代ですと活字が優位という意識がどこかにあるものですが、自分が最近ユー・チューブを頻繁に貼り付けたりするように、映像の力のインパクトを無意識に評価しているわけですし、映像アーカイヴが無尽蔵にあるその利便を享受している、というのは否定できません。

 ブログも発展し、個別なブログよりも大型プラットホームから自分のためにフォーマットされたメディア、それはマイスペのように、音楽・映像・ブログ・友人というものの一括スペースにプラス、ニュースに対する自分の感想をトラックバックをつけずに書く、という方法が受け入れられるのも分かる気がします。実際に新しい機種を前にして。まぁ、印象が飛躍し過ぎかもしれませんけど。。。
 あとは「携帯メディア」。これは僕はさっぱり分からないのですけど、それもあるのでしょうね。全体のネット環境の送り手においても。ネット生活に与える影響では。。

 そんなことを考えながら新聞の切抜きを読んでいたら「魚眼図」というコラムの書き出しで。「文字は不思議なもので、目の前にないはずのものを、あたかも見えるかのように描き出す力がある。言葉には、そういう秘められた力があるとしか思えない」という文章に出会って、やっぱりそうだな、と。旧聞に属する、どちらかといえば活字中心時代派の僕は思い新たにしたのでした。

 ぶっちゃけた話、両方をうまく使いこなせればいいということになるんですけどね。やはりネットがなければ自分の考えを微々たる部分にとはいえ、発信できなければ、つまりパブリックなメディアに載らなければ、一人しこしこ日記書いたり、怪しい詩もどきを書いたりしてフラストレーションを溜まるままだったに違いない。それをフラストレーションと受け止めるのはおかしい、という意見もあるかもしれないけれど、正直いま思えばそんな時代もつらい。同時に、その溜めてためて、という部分も逆説的に良かったと思うこともあります。物の考え方に直対応、反射的反応をしないですむ、ということでは。だからあまり今のところは「状況」に対して間違った判断をして、恥をかき続けることは幸いにしてあまり無くすんできたのではないかな。。。

 と、またうまく話がまとまりがつかないままの今日の報告です。機種は一応下の写真のものです。(ヨドバシカメラの写真から転載)。
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by ripit-5 | 2009-01-17 22:42 | 日々

権威と地位と力

 権威と地位は地に堕ちて
 それでもまだ守るものがあると思い
 他人のために現実に背負った荷物は
 ひとの心を爽快にするけれど
 自分の良心に背いて背負った荷物は
 その心により深くて重たい根をおろす

 目の前で困っている人を
 助けざるを得ない人々を見るたびに 
 力があるのに人々から切り離された 孤立の魂は
 心豊かな眠りをけしてもたらさない

 あなたは 隠れたひそひそ声を 聞き逃しはしないだろう
 心は勝手に あなたへの悪口を聞き取るだろう
 何故なら あなたの良心は
 あなた自身への裏切りを許しはしない
 そのひそひそ声は あなた自身の声 あなたを見る目はあなたの目
 あなたはその意味をどこかで理解している
 誰もがその意味をどこかで知っているんだ

 自分がしてしまった行いを
 ともかくも止めて 原状に復帰するには
 あまりにも 力への幻想が強くなった人には
 勇気のいる とても難しいことだと
 それは勇気を出して しばらくの間のボランティアをするよりも
 ずっと大変なことなのだと

 幻想に基づく権威と地位は
 留まり、帰り、引き返すことにより
 あなたの固い甲羅を破ること
 それがどんなに怖ろしいことか

 だけど気づいて欲しい
 僕たちは過去を水に流すことが出来る
 あなたが出来ないと思い定める程には
 心に背負った負債を 僕たちはきっと水に流すことが出来る

 まだ間に合うはずだ
 まだ手遅れじゃないさ

 権威と地位と力
 それはあなたが見てしまったまぼろし

 権威と地位と力
 それは僕らも見てしまうかもしれないまぼろし

 そうさ 心ある多くの人々は知っている
 僕たちは子どもの心に 時どき学ばなければいけない

 あなたは原状に復帰させる力があるし
 その力を発揮したら
 僕たちはきっと 笑顔を交わすことができる
 あなたは恐れ奉られたかったわけじゃない
 あなたはみなと一緒に笑いあえることが夢だったはず

 和解の握手は怖ろしいかもしれない
 そのとき あなたはあなたの心と向き合うのだから
 
 和解の手立ては怖ろしいかもしれない
 あなたが友としてきた人たちは
 あなたと同じまぼろしに取り憑かれたひとたちだから

 でも あなたにはできる
 あなたがリーダーになったのは
 その力があなたに秘められているときっと思われてきたから

 あなたの心がむかし 自由だったので
 みんなと一緒に笑ったり 泣いたりすることが
 本当の愛だったと気づくとき

 それこそ 一瞬だが全身の力を伴う勇気に叶うところの
 大きな、 大きな ギフトなのだ
 そう、僕たちはそんなギフトの世界のなかに
 そんな世界のなかに

 ぼく達は生きている

 過去の偉人たちはみな
 同じことを語ってきた
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by ripit-5 | 2009-01-11 19:24 | 日々

コメント欄とトラックバックをエキサイトブログ所持者に限定している件について。

 日々、率直に思っていることを書いているため、読み手の皆様の中には内容に関して多少刺激的に感じている方もいるのではないかと想像しています。
 本来は異論反論等をコメント欄に記していただく形をとるべきなのですが、如何せん、ブログで書いている内容と全く不関係なアダルト系サイトの宣伝が両者に入ってくるため、まことに申し訳ないのですが、このような措置をとっています。

 エキサイトブログは非常に書きやすい上にレイアウトも長文に見合っていて非常に使いやすく、最近は動画もアップできるようになったので重宝なのですが、一つだけ問題は上記のような場合のケースなのです。
 他のブログのように、記入前にコメントにアクセス記号などで確認を一度とれるようにしてもらえたらと思います。
 今のままだと、ランダムにアダルトサイトのワンクリック、ツー・クリック詐欺のサイトなどがコメやトラバをつけられたらたまったものではありませんから。

 どうか、以上の点、ご想像いただきたく存じます。本来心苦しいところなのですが。。。
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by ripit-5 | 2009-01-08 22:46

教育テレビの50年から思うもの

 昨日、爆笑問題の司会、糸井重里がゲストで教育テレビ開局50周年記念番組を見た。主に経済社会面や知識人のコトバのアーカイヴを中心に届ける番組であった。
 経済成長の始まりとともに始まったと言える教育テレビ。やはり、不思議なもので10年くらいのスパンごと、その時代の様相とか固有性が垣間見え、それが今現在にどこでどう繋がっているのかよく分かる内容になっていた。10年スパンと言うのはおおむね意味がありそうだ。

 60年代は一言で言って経済成長と技術発展の時代である。ゆえに明るい。本質的に楽観主義的な明るさだ。それはおそらく日本の成長のモデルが明確であり、かつ会社と労働者が労働運動を含みつつも同一の目標を向いていたためだろう。それは何かと言えば、「経済的な豊かさ」であり、豊かになれば文化的な楽しさを享受できる、という現実的な喜びである。その象徴として加山雄三の『若大将シリーズ』は象徴的な意味がある。

 そして70年代。経済成長がもたらす闇の面が表面化する。すなわち公害。グッズ(商品)に対応するバッズ(悪いもの)。外部不経済問題である。自然や環境に無頓着に工業生産を続けると妖怪のように今度は人間自身の人体に深い影響を及ぼす。(その意味では、この時代に水木しげるが描いた妖怪漫画は、経済至上主義がどんな影響を及ぼすかを妖怪を一つのタームに描いていて、結果的に先見的だったといえる。)また、その直後のオイルショックでの高度成長の終焉。高度成長よ今一度、の田中角栄の金脈疑獄による政官財の金権主義の一応の退潮。

 80年代は若者の時代になる。消費を担う若者中心だけに、あるいは消費のターゲットに明確に「若者」が着目されたことにより、個性を競う時代になり、個性が良しとされる時代になった。また、政治経済社会よりも、若者たち同士のセンスの競い合いになる。僕がこの時代のジャストだが、ツー・ビートの漫才に代表される本音主義と、丸金、マル貧、ネアカとネクラの二文法など、嫌な、次元が落ちた細分化の時代でもあった。その反動が90年代に来る。その前提が80年代の終わりに起きた連続幼女殺人事件などの個室的犯罪の始まりだ。

 90年代は89年の冷戦終了が光と影を同時に投げかけながら、日本においてはバブル崩壊と共に阪神大震災とオウム事件に代表される、個人性の発露(あるいは暴走?)と、逆説的に個人ではどうしようもない状況に飲み込まれるという、感覚整理がつかないままの何ともいえない暗い事件の増えた時代だ。本当の意味での、現在にまでつながる「ネクラな時代」の始まりである。この話の続きは後日に続けたい。

 僕はいま、非正規労働者の首切り問題を考えながら、なぜ日本は社会保障や社会福祉が法制上完備されているにも関らず、それが機能しないまま退潮し、実際のところは長い間企業が「企業内福祉」と「終身雇用」で福祉機能を肩代わりできたのか、と考える。勿論その背景には日本の経済発展があるのは当たり前だが、昨日テレビに映し出された本田宗一郎を見ながらそれと同様の何かがあると思った。かの人の話を聞きながら、僕はしきりに大企業の創業者にとり、「あの戦争」の影響から受け取った価値観の大きさを考えていた。

 日本が廃墟になり、その後財閥が解体され、まがりなりにもともと強かった製造業を中心に大発展したのは、戦争に対する戦後知識人の内省や贖罪意識とはまた別の意味での実業家たちの贖罪感覚だったのではないかと。あるいは、継続された集団主義的な感覚だったのではないかと。
 戦争中に完成されたであろう集団的な秩序感覚。元来農耕民族の日本人は集団に対する帰属意識と秩序意識が大変に強い。そして企業家は自分の企業に入ってきたものを経済成長という国家目標と同期させながら社員の家族もイメージしながら各種手当や福利厚生で一生懸命に働いてもらう。社員は社員でその代償として会社を家族と見なし、帰属意識を醸成する。私の父を見ててよく分かるが、企業が自分のアイデンティティであり、それが同時に国家に対する愛であり、企業→国家→自分自身の精神安定という自己アイデンティティの構図になっている。
 長くなったが、上記の構造が長期に渡り日本の国が「社会」が構造化されず「会社」が国家を構造化した正体というか、沿革ではないだろうか。ちなみに、明治時代に社会を意味するソサエティは最初、「会社」と訳されたらしい。明治末に長州士族の老醜、山形有朋が院政を引き、社会主義や無政府主義者らの思想弾圧を強行した「大逆事件」らを端緒にして、この第二次世界大戦まで「社会」という言葉は禁制に近いところまで追い込まれた。

 戦後の贖罪意識と戦前から繋がる集団主義を自己意識する企業家と労働者の不思議な連携。それは同時代人として生きてきた人たちの暗黙の了解。それに長期に渡って、乗っかってきたのが厚生労働官僚の意識だろう。
 「フーテンの寅」はそこからどこかはじかれた人間の、日本人の無意識そのものであり、だからこそ渥美清演ずる寅は愛されたのであろう。また、映画の中の彼は血縁のある東京の下町の商店「寅や」という最後のふるさとがある。そこで休息をとってのまた風来坊生活なのだ。
 日本人は集団主義の安全を十分に知り尽くした上で、そこから時に逃げたい。その息苦しさを寅に託していた。何故なら寅のように家族を養わない、あるいは定住する場所がない「きままで孤独な一人暮らし」に耐えられないのを十分に知り尽くしていたからだ。

 ところが、今や日本はそこから実に遠いところに来てしまった。この年末、平気で期間社員や派遣社員を切り捨てることが出来たのは戦前を生きた企業家には到底出来ないことだろう。どんな御託(苛烈なグローバル競争)があってもだ。おそらく、戦前を生きた企業家は日本人の目を恐れた。もっと云えば、その究極の目を恐れたに違いないのだろう。その目とは何か。それは「天皇陛下」である。

 だから、私は時代が完全に変わったと思う。だから、ボトムからの社会政策へ今こそ舵を取れ、と強く思うのである。現今天皇がこの年末に何を言われたか。宮内庁長官はご心労は天皇家の家族関係と言われたが、忖度するに、それだけではあるまい。天皇ははっきり「この厳しい経済状況で生活に困窮する人々に」心を痛める、と言っているのである。
 経団連の会長はそれをどう聞いたか。この21世紀に企業家が日本の象徴の言葉に何を聞き取るのかというのは、言葉は悪いが大変興味深いことだ。

 今日の文章は昨日の教育テレビ開局記念番組を受け、思うところをただ書き連ねてみた。かなり一般的な理解からずれ、読みにくい長文になってしまったと思う。いわば連想のレジュメであり、今後きちんとした形で整理してみたい。
 整理されない文章になってしまい、大変申し訳なく思っています。

バッと連想を広げただけになってしまったので、今後はこれらを一つ一つきちんと分解して思いを整理しなければなりませんね。
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by ripit-5 | 2009-01-07 21:22 | マスメディア

覚悟を引き受けているのだろう。平伏します。

 年越し派遣村の話題がかなり大きな比重を占めた年末年始であった。
 嗚呼、日本はどうしてここまできてしまったのだろうか。今でも世界でGDPが2位だと懸命に誇る企業家のパーティ参加者。気持ちは分からないでもないけれど、何を犠牲にしての2位なのか。また、本当に2位なのか。今でも。
 このコントラストはどうだろう?

 年越し派遣村の映像を見ながら、地自体行政も含め、出来る範囲で助けようという動きがあるし、また同時に逆に今ではいとも簡単に企業でリストラされると行き場を失う時代でもあるということ。。。目の前で困っている人を助けようという素朴な義侠心と、いつのまにか自動車工場や精密機械工場の現実の暗転に、暗澹たる思いだ。
 そもそも、派遣切りした企業のトップ連はどんな気持ちでこのニュースに接しているのだろう。。。?きっと、彼らはそのニュースは切るのだろうが。
 彼らはチャンネルを変えても、世間は見てる。

 「明日からでもハローワークに行って何とか仕事を見つけたい。援助してくれた人たちには本当に感謝している」という傍観者の自分から見ても、感動的な声があった。思わず目頭が熱くなるような感じだ。

 政務次官が不用意な発言をし、このNPOの援助の動きが政治の中にも呑み込まれている。日常活動をしている援助者たちにとっては、この政治的な騒ぎは本意ではないかもしれないが、この現実を前にそれも引き受ける覚悟を決めているのだろう。平伏いたします。

 そして、少しでも早く仕事を失った人の生活が安定し、辛さが報われますように!
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by ripit-5 | 2009-01-06 20:43 | 格差・貧困 & 中流崩壊?