ビデオニュース・ドットコム開局10年記念・生コールイン(無料放送) 生放送 民主党政権への注文

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タイトル通りで本日生放送中です。生放送だけに、ダンドリ、いろいろ大変そうですが、非常に興味深い。
非会員の方も無料視聴できるので、チャレンジしてみては?

福山哲郎 外務副大臣 20:00~
大塚耕平 内閣府副大臣 21:10~
細野豪志 民主党副幹事長 22:40~
コーデネーター:神保哲生

「ビデオニュース・ドットコム開局10周年記念特別企画 生コールイン(無料放送) 生放送 これだけは言わせろ!民主党政権への注文 - マル激トーク・オン・ディマンド - ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局」
※現在、無料で再放送。時間が無い人は何回かに分けてどうぞ。

番組が終了して:
 いやいや、非常に面白かったです。元々野党時代の民主党の若手は説明能力は高いほうだとは思ったけれど、如何せん匿名性が高い人たち、という印象が抜けなかった。今は副大臣を担当していたりして、CS番組等を筆頭に政権担当者の立場として政策理念を語る状況を日々見る機会が増えると、権威性と象徴性だけが高かった今までの大臣職のイメージと随分違い、働く内閣責任者たちという感じで、格段に責任者としての顔が見えるようになった気がします。

 特に仕切りの神保氏の軽妙な語りもあり、各氏、忌憚ない喋りをしていたと思う。この正直な感じと目線の低さが現在のところの民主党政権の印象の良さでしょう。まぁ、内閣とか大臣とかは有難きものとして振舞うべき、帝王学ナリ。と思う向きには立場がこちら側に近いことに不満を感じる人もいるかもしれませんが。(いや、もはやそんな人はいないかな)。

 番組で電話で質問した人の質も非常に高く、ただ、神保氏を筆頭に質問を糸口にスタジオゲストとの会話が深々となり、質問者が30分くらい取り残されたりした状況は、ちょっと電話をかけた人は可哀想だったかな(苦笑)。
 番組の最初はダンドリが上手くいかずバタバタした状態でしたが、一向それを気にしない(?)所もいつもの神保氏らしくて良い。良い意味でのアマチュアリズム、良い意味でのリアリティ。

 まだマスメディアと独立系メディアの間は一般の人の認知度を含めて高低差は非常に高いのだろうけど、これからは急速にその差は縮まる。と希望をこめて考えたい。というか、新政権になって記者クラブ開放問題から始まり、グッと独立系メディアへの注目が強まりつつある気がする。

 いまコメディ映画として公開されている60年代英国のまさに「ボート船」から放送した海賊放送ラジオ、パイレーツ・ロック放送(ラジオ・ロンドン、ラジオ・キャロラインなど)の如く、既成のメディアに満足しない層は確実にあるはず。特にいつの時代も若い人を中心にしてそうだろうと思う。その海賊船放送のDJからBBC放送の音楽番組を長期に渡って支え、ロックシーンを支えた名物DJも生まれた。
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 まぁ、そういう現実もあるから、メディアに悲観するばかりでもないでしょう。
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by ripit-5 | 2009-10-30 20:33 | トーク・オン・ディマンド

日ハムがパリーグを代表して日本シリーズへ。

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 日本ハムがクライマックスシーズンを勝ち抜けした。パリーグが一足先。やはり地元ホームグランドのチームなので、この時期になるとにわかにファン意識が高まる。パトリオシズムというのか、郷土愛というのか。特にそんなに強いほうではないとは思うのだけど、やはりその種の自然感情というのはあるようだ。

 何せ、北海道は長いこと野球の後進地域であった。日本人の野球好きは絶対に甲子園高校野球の影響があると思うのだけど、北海道のチームが全国で優勝や準優勝を重ねるという奇跡から常連強豪まで発展させたのが駒沢苫小牧高校だった。野球マンガの名作「キャプテン」を地で行く3年間の最後の年にあの「ハンカチ王子」と二日に渡って投げ合った、今楽天でダルビッシュに続くパリーグの大型ピッチャーに成長せんとする田中投手がいる。彼は高校時代の香田監督、プロになってからの野村監督と、監督にも恵まれている。

 楽天は東北。日ハムは北海道。北国ホームのチームが熱い闘いを繰り広げる。どちらのチームもファンの視線は熱く、かつ温かい。マー君で負けるのなら、しゃあないや。これが道内日ハムファンのホンネである。
 甘いし、隙もたっぷりある気質だが、それでいいのだ。(赤塚不二夫風に)。

 はっきり云って、ホームで試合が出来ることが日ハムの一番のアドバンテージだった。地元の判官びいきでないと思うのだけど、ファンの観戦と応援のセンスはプロ球団の中でも非常に高いと思う。そして細やかな工夫とアイデアがある。ピッチャーがピンチになると、あるいはここ一番のときには球場全体に応援の拍手が沸きあがる。あうんの呼吸のような一体感。それが「稲葉ジャンプ」のような姿を俯瞰してみると全体主義のように見えるかもしれないけれど(笑)。
 ただ、対戦相手へのレスペクド意識だって相当高いんだぜ。と、思うのだ。

 私は見逃したのだけど、野村監督の最後の試合ということで、日ハム選手と楽天選手で野村監督の胴上げが起きたらしい。おそらく自然発生的な流れだろう。野村監督の教え子が日ハムにいるし(例えば稲葉)、梨田監督の教え子もいる楽天。

 北海道は東北出身の人が住み着いている比率が非常に高いし、何というか蝦夷(エミシ)対決ってことで実によかったんじゃないか(笑)。そも、日ハムにはいつも私は高校野球的な空気を感じるのであります。

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胴上げの輪には梨田監督の背中も。いい光景ですねえ。
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by ripit-5 | 2009-10-24 19:07 | スポーツ観戦

続・現象に関する散漫な感想(本日は特にとりとめなし)。

 最近、情報に飢えている気がする。良い意味で。
 新聞を読んでいても、自分ながら今までよりも注意深くなったように思う。
 郵政の見直しも、貧困率調査の結果も。ハローワークのワンストップサービス化も。いろいろな現象が一に「これが政権交代か」というところに行き着く。僕の期待値が低すぎるのかもしれないけれど、国会が始まる前からすでに、政権交代後の動きを基本的に肯定的に受け止めている自分に気づかされている。
 このところ、(唐突ながら)CSでの日本ハムの試合も含め、見聞きすることに自分のキャパシティでいっぱいいっぱいな感じだ。
 実はツイッターも始めてしまった。結局、新しい動きにはすぐ手を出してしまう(苦笑)。懐疑的に、でも好奇心で始めてみたらば、昨日は「貧困率調査」って何?っていう議論からかなり盛り上がってこれも興味深かった。また依存症的な遊びになってしまってはいけないな、あるいは普通は接点がありえないような人とつながるようなバーチャルな万能感の危険もきちんと認識しなければいけないな、と思いつつ。

 昨日の日ハムは奇跡的な勝利だったけど、今日の楽天と日ハムの試合はジリジリするような集中戦で、終わった後は視聴していたこちら側も虚脱する。日ハムは何しろホームで全試合出来るというアドバンテージが非常に大きい。とにかく地元市民が云うことだから説得力を失うかもしれないけれど、札幌ドームに集う日ハムファンは応援のセンスが非常に高いと思う。それは地元として誇れるところ。

 話がどんどんとりとめがないけれど、いろんなことを考えていてブログに書きたいのだけど、どれもが煮詰まる前に新しい話に日々驚くような状態で、まとまった形を作文できない。それだけの流動性に吃驚している。この状況の速さは政治に対して関心が深まらざるを得ないものだ。

 しかし同時に、浮き足立つ自分に状況の流れとは別の、大事な知的刺激を与えてくれるブログがある。その内容の厚みと深さにおいて、ブログとしては際立つNY金魚さんのブログだ。新しく更新された記事も何度も読み返し自分自身に問いかけ直しながらなお読み落としている何かを思わざるを得ない奥行き。このようなブログ主さまがいるということはネットをやっている上で最大の恩恵と思えることの一つ。

 ついでにもう一つ、「世に倦む日々」様のブログで気になった菅直人氏の著書『大臣』。これも読み始めて今の政権運営のあり方と照らして凄く刺激を受けた。このブログのブログ主様ほど僕は先鋭的な考え方を持つ力は無いけれど、結構その先見性には学ばされる。選挙中に、つまり民主党政権が出来る前にこの新書を読んで所見を述べる才能には恐れ入る。まだ読み通すには時間がかかるけれど、菅さんの文才にも驚き。もう、何でも最近は簡単に驚いています(苦笑)。

大臣 (岩波新書)

菅 直人 / 岩波書店

スコア:



 こうしていろんな方面から学んだり、CSで夜6時から1時間やっている『記者会見』を録画して見たり。自分の行動が信じられない(苦笑)。何かと私事に忙しく、睡眠時間が減った。何の役に立つわけでもなし、趣味みたいなことかもしれぬ。ととっ、などと書くとお叱りを受けそうだ。
 蛇足だが平野官房長官の会見はそつが無い。そつがなさ過ぎる分だけガードの固さを感じる。必ず記者質問の際に会社名と名前を確かめるのもその一つ。(弱者の直感です)。
 本日は「総合政策機能は官房か、戦略室か」という久々にナイスな質問が官房長に向けて飛び出した。後で官房長官の答えを確かめてみたいと思う。当たり前のことでつまらないが、録画機能というのはありがたい。
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by ripit-5 | 2009-10-22 22:09 | 新政権

湯浅誠氏が国家戦略室参与に。

Excite エキサイト : 政治ニュース
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「年越し派遣村」村長を務めた「反貧困ネットワーク」の湯浅誠事務局長が、鳩山内閣の国家戦略室メンバーに起用されることになった。菅直人副総理兼国家戦略担当の要請を受けたもので、湯浅氏が14日、明らかにした。菅氏は雇用対策も担当。非正規社員の厳しい雇用環境を知る湯浅氏を起用することで、昨年暮れの派遣村のような状況を繰り返さないという政府の姿勢をアピールする狙いもある

 もう昨日のニュースになってしまったけれど。
 やはりこのブログでも常に注目し、貧困問題のオピニオンリーダーとしていつも注目していた方であっただけに、このニュースは驚きだったし当然注目せざるを得ない。
 なんだかんだ言っても、今までの自民党の政権では考えられない抜擢だ。
 ただ、現在民主党の鳩山内閣の政策エンジンと目されたこの「国家戦略局」(しかしなんと物々しい名称だろう)が現在まだ実質的な機能を果たしているようには見えない以上、いまのところはシンボリックな意味でめでたいという感慨である。

 一番最初は週刊誌等で喧伝された「菅はずし」、「財務省主導」、実質的に国家戦略局で動いているのは行政刷新で動いている古川室長、という話が新聞にまで載りだした状況であると。実態が分からない今は、湯浅氏も内閣の中に取り込まれたまま、政策提言が思うように実行されないということだけはあってはならないと思う。

 菅直人氏は非常に「センス」がある人だと思う。センスあるアイデアマンという印象だ。ご存知の通り、菅氏の名を一躍とどろかしたのは厚生大臣時代だけれど、その後の「金融国会」で金融再生のスキームを作ったことに関しても印象が大きい。しかもその法案を「政局にせず」ということで自民党に丸呑みされてしまった。そしてセンスに関して言うと、後に整理回収機構に入った中坊公平さんに早くから着目していたのも菅氏だった。

 その後も「オリーブの木」構想や、村上龍の小説「エクソダス」からヒントを得てネットで国会にデモをしようと呼びかけて少し顰蹙を買ったり、英国の二大政党制の研究等々、常識に囚われないアイデアを出してきて、民主党内でも清新なイメージを与え続けてきた人、という印象がある。

 同時に、中坊公平氏に象徴されるように持ち上げられた人のその後、菅氏によって守られ続けただろうか、という不安感も多分にある。保守的な常識に囚われない菅氏の面目躍如、とでもいうべき今回のサプライズ人事の気はするが、それでもやはり大抜擢というか、新鮮な驚きには違い無い。

 それだけに今度こそ湯浅氏をぜひ守り抜き、貧困問題解決のアイデアを政治的に達成するためにしっかりとサポートしてもらいたい。本当に、守り抜いてもらいたい。

 おそらく反貧困運動の側としては現場の一番有能なオピニオン・リーダーが一端現場から離れ政治に入ることにおいて政治に対して良い意味で圧力をかける存在を失うわけで、貧困運動が政治的にあいまいに吸収されないだろうか、という危惧もあると思う。(ただし、湯浅氏の戦略室での役割はアドバイザーであり、『もやい事務局長』の立場は変更が無いらしいけれど)。

 そこら辺は今後どうなるのだろうか、という微妙な期待と不安は僕にもある。(オレごときが言うな、という話ではありますがw)。

 ただ、実際は良く知らないのだけど、いま機能している『政治家主導』という現在の政治運営も菅氏のアイデアを受けてのものであれば、同じく期待と不安がありつつも、政治家がみんな緊張感を持ちつつ、しかも生真面目に国民に向けて説明責任を果たしていると思うので、非常にフレッシュに感じている。確かに政治主導の結果が酷いものになってはどうしようもないが、現在非常に政治が面白く、政治家の顔を見ると昔であればチャンネルを変えたくなるのとは逆の現象が自分自身の中に起きているのは、政治家、特に副大臣クラスが毎日一生懸命に説明責任を果たしているからなのだ。(特に『ニュースの深層』)。

 これを「書生的」「青臭い」と見るならそれこそが古い観点なのではないだろうか。この青臭さ、学生くささ、あるいは誠実なセールスマン風情こそが一般の我々には今の政治の魅力になっている。

 政治観察のプロがどう思っているかは知らない。力もカネも無い弱い平民にとって、頼りになるのは自分の直感なのだ。そして往々にして、弱い人間の直感ほど鋭いものはない(河合隼雄)ということもあり得ると信じている。

 湯浅氏。ぜひ頑張ってもらいたい。そして国家戦略局よ、(やっぱり物々しい名称だなぁ)早く実働してもらいたい。
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by ripit-5 | 2009-10-15 21:45 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

在米大使の広島表敬&独立系メディアに向かう私の意識。

 本日も内容がとっちらかっています。
 まず、第一にこのたび日本の駐日米国大使になったルース氏のインタビューをNHKの「クローズアップ現代」で見ました。

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 印象としては生真面目な感じで、しかしながら誠実な雰囲気を持つ人、という感じに思えました。何となく岡田外務大臣をイメージさせるムード。そのインタビューの中でも話題になったのですが、早速広島を表敬訪問したらしく、原爆ドームの前に立たれている姿が映され、広島平和記念公園の慰霊碑で手を合わせている姿も映されていました。d0134515_21243821.jpg
 私は一庶民として「あ、この人は誠実な人なのではないか」と思ったのは現地で広島の惨禍について語られるときに声が震えており、それは国谷キャスターの前で広島での印象を語られるときも同様であったことですね。ルース氏は外交に影響を及ぼすようなことをオバマ氏に進言することは差し控えるとのことですが、日本にオバマ氏が来たときは率直に自分が感じたことを話したいとも語っていましたから、オバマ氏に対する心理的な影響、そして今後それを受け止めたオバマ氏のアクションに期待したいものです。

 さて、話は突然、別方向に飛びます。
 このごろいろいろな角度から従来のマスメディアに対する批判が特にネットを中心に強く、私も従来からマスメディアに対する不信感が強い処がありますので、ネットで流行語になっている「マスゴミ」という言葉を使いたい誘惑にかられるときもあります。ただ、余りに単調な決め付けもちょっと好まない。とはいえ特にいまのテレビメディア、その中においてもごく少数の番組をのぞいて民放は酷い状態だなと思う。もちろん自分の加齢の影響もあるのかもしれない。だんだんバラエティを見てても笑えなくなりますから。現実のシリアスなこととか考え出すとそうそう気楽になれない。いや、それよりも解放感としての笑いの質も落ちているという気がします。単に流行からズレているだけかもしれませんが、仕事からの解放としてのテレビメディアの役割はそうとう質的に落ちているのではないか?と。そう素朴に思います。

 かといって批判ばかりしていても仕様がない。などといいつつ、結構テレビをネタにして不平不満を書いている自分がいる気もします。
 そんなとき、例えば自立生活支援センターもやいの事務局長にして反貧困運動のオピニオンリーダーの湯浅誠氏はどうか?と考えます。貧困の問題に社会の病理を見、労働のあり方に会社のやり方の不条理を見ながら、湯浅氏はマスコミ批判をしたりしない。もちろん、おそらく出る番組は選んでいるだろうけれど、出演する番組で肩をいからせて世の不条理を訴えたりしない。むしろ務めて冷静に普通の人びとに届くような言葉で語ります。それはやはり一般の人たちに貧困問題を理解してもらう、「マス」の存在の意味の重さを十分に考えているからでしょう。ですから、マスメディアのほうも湯浅氏を重宝するという構図はどうしてもある。なぜならばマスコミとて、貧困問題を取り上げる際には単に面白いトピックスとして取り上げるわけではないから。湯浅さんのような人に極めてシリアスである「いまの問題」を冷静にかつ攻撃的ではない形で語ってもらうということは、普通の人たちに不快感や罪障感を持たせないための良い人材選択であるのは間違いないでしょう。(何だか上から目線の物言いですみません)。

 とはいえ、かの人にとっても、やはり民放メディア等々では本当にマス・レベルでは伝わりきれないもどかしさはあるはず。それを例えば「仮に自分のテレビチャンネルを持っていて自由にテレビ番組を作ることが出来るとしたら?」という夢を語ってもらう企画でこのようなことを語っておられます。「TOKYOメディフェス」の企画より。柔和な語り口の中に非常に重要なことを語られていると思います。



 自分は上記に、そして今までもとくに民放放送などに対して批判的な見解を続けてきましたが、もはやそれもあまり建設的なことと思えなくなりつつあります。それよりも、政府各省などの公的機関においてもインターネットで映像編集をせずに記者会見等を流し始めたり(まだ記者クラブ側は省庁全体でフリーに解放してはいませんが)、独立系放送をネットを通じてみることが出来るようになってきたことで、以前にも書いたように「独立系メディア」や「市民メディア」を積極的に選択してみるようにすればいい、と思うようになりました。その一つの形がケーブルテレビによるニュース・ジャーナル番組の選択なのですが、その中でもアメリカの独立番組「デモクラシー・ナウ!」は信頼できる重要な番組の一つ。その番組の日本版ナビゲーターであり、国際人権団体、「ヒューマンライツ・ウオッチ」の日本ディレクターである土井香苗さんに対する湯浅さんへのインタビューと同趣旨の質問です。
 この中で面白いのは日本がグローバル・ニュースにおいて先進国で立ち遅れてしまっていること、そして本国において「デモクラシー・ナウ!」がどういう立場の人に見られているのか、という点において。これまた「へえ」と新鮮な驚きがありました。(『デモクラシーナウ・ジャパン!』のホームページにて過去の放送をリアルプレイヤーで見ることが出来ます。サイトはサイドバーのリンク先で参照してください)。



 これらのインタビューは上に書いたように「TOKYOメディフェス」というイベントのためのゲスト発言のようですが、民主党は元々放送行政に関してもその管轄を総務省から切り離し、独立行政法人とする考えを持っていますから、官制報道に近いものに流され易い状況から徐々に変化していく予兆も感じます。今後地上波完全デジタル化ともあわせ、「通信と放送の一体化」がどのようになるのかはまだ想像がしにくいですが、今後市民メディアや独立系メディアの参入する余地は広がり、そうなればテレビは家の上流から流れてくるものではなく、下流において自分たちの生活の現場や、あるいは自分たちが本質的に興味を持たざるを得ない環境から必要とされる映像メディアへ少しずつ変わるかもしれません。いま現在はコミュニティ・メディアを上手く使っているのは欧米の気がしますが、わが国も遠からずそうなっていくのではないでしょうか。

まだまだ先駆け感があり、完成度も高くは無いかもしれないですが、このようなネットテレビも出来ているようです。トップページにあがっているメディフェス最終日のシンポジウムにはビデオジャーナリストの神保哲生氏も参加されています。
OurPlanet-TV:特定非営利活動法人 アワープラネット・ティービー

 これからの通信網の自由化に従い、コミュニティの緩やかな紐帯を果たす役割を持つ人たちも増え、そうなれば報道や娯楽番組の「中央集権」から逃れることも出来るのではないかと。勿論、公共放送や民間営利放送は無視できないですし、特に新聞などは、もう少し煽るような見出しを止めてくれれば日々の総覧、としての価値はけして失せることはないでしょう。それに加えた部分で、生活情報や身近な問題をより決め細やかに知ることが出来るような選択肢を持ちえるときがくるのでは?と期待するわけです。
 まぁ、使いようによっては危ない方向に行く場面も出てくるかもしれないですが。。。そこら辺は私たちの「生活知」「生活的な理性」を信頼しつつ、という感じでしょうか。
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by ripit-5 | 2009-10-13 21:49 | 社会

NHKクローズアップ現代・「助けてといえない-いま30代に何が」再放送

 表題のクローズアップ現代の再放送が午前中にやっているのを改めて観た。最初の放送も3~4分くらい遅れてから観たのだが、作家の平野啓一郎氏をコメンテーターとしていま30代中盤以降で増加している、生活基盤を失われている人たちのケースを4人程度紹介してドキュメント形式で取り上げていた。うち、最初の一人は餓死してしまったという誠に痛ましいケースだ。

 湯浅誠氏流にいえば「五重の排除」のうちで最も難敵である「自分自身からの排除」ともいえるし、「自助努力の内面化」ともいえるもしれない。しかし、ゲストの平野氏がいうように自分自身が普通に努力もし、普通に上手くいかないことがあっても、それだけでこの番組のケースのように30代でホームレスになるというのは、とても個人の問題や責任に帰すことなど出来ないだろう。確かに団塊世代Jrの人たちは人口的にも多い層で、そこにバブル崩壊がのしかかって来たものだから、就職戦線が実に大変であったということの帰結であったけれど、同時にそれは政策的な不作為のためでもあったし、あえていえば僕自身も含め、社会的無関心の帰結であったということを反省しなければならない。

 北九州市の炊き出しの列はショッキングだった。「この日~」とナレーションされた日はいつの日なのだろう?もちろん年明けに決まっているだろうけど、直近のことなのか?100人以上炊き出しの列に集まった中に多数の若者、30代の人たちがいるというのがとりわけショッキングだった。
 政権交代後なので、あえて「特に小泉政権以後の自民党政治」のような憤りを込めて書く気は今のところないけれど、これは政治的無策の結果以外の何ものでもないだろう。

 自分のせい、じゃない。政治のせいなのだ。政策のせいなのだ。会社が人間を資本の一つとしか考えず、会社の費用を減らすために人件費を絞ったり、労働法制に圧力を加えて自由解雇し易い労働基準法の抜け穴となる労働者派遣法を作らせたことも、それを許し、そしてその結果生まれた社会的問題を放置したのは行政責任なのだ。行政と政治と自由放任主義に染まった会社の責任。そしてそれらを問題視してこなかった(あるいは、今もしている)マスコミの責任。

 競争激化の時代にあってむき出しの欲望を公で語り、その成果に拍手を送るような時代があった。それほど昔のことじゃない。だからこそ、その時代に社会に出ていった層はあのいやなレッテルである「勝ち組」「負け組」双方ともが「自助努力」「自己責任」を内面化した。あえて刺激的にいえば、マインドコントロールされてしまったといえるような気がする。このマインドコントロールから抜けるのは、誰にとってもなかなか容易ではない。その時代の状況のせい、その社会がその時代状況に打つべき政治政策を採ってこなかったせい、と我ら日本人はなかなか考えることが出来ない。「あんた自身のせいでしょ?」「自分が駄目だったから」。どちらもそこで思考停止してしまうなら、やはりそれは精神コントロールされた状態、マインドコントロールされた状態といえないか?そこから前向きな考えは生まれないし、建設的な思考も出てこない。

 社会的立場を持つ人たち、各方面のオピニオンリーダーたちが「それは違うよ」と言えなくてはいけない。でも、実際はそのような立場の人たちがそれを言えるかというと、言えない、あるいは言う回路を自分の中で育てていない人が多い気がする。経済界の成功者などは特にそうだろう。

 また逆に、「俺(私)はギリギリのところで頑張っている」とキリキリ日常的に思えば思うほど、自分がそこに落ちるのが怖いと潜在的に思っている人たちも居て、そのような人ほど暗闇の中で手足も出ないという人に厳しい目を向けるというような現実もある。そう、どこかで意識しているからだ。「私はそこに落ちるのが怖い」と。だが、徒手空拳になったとしてもそこでそのまま放置されるようなことなど無い政策があり、それに裏付けられた社会的合意や共通認識があれば、かような時でさえ厳しい言葉が待ち構えているというシンパシー無き時代の不毛も少しは薄れるのではないか。(しかし日本人として生まれて中年になってこんなことをあえて考えて書いたりするようになるとは思わなかった!)

 ホームレスになってしまっても身なりに気をつけて何とか社会人としての一線を保とうとする若者がいるのは、十分に社会の厳しい視線に晒されるのを意識しているからだ。

 そしてその社会の目は社会に存在する個々人の実は本音のものではない。おそらく深いところからのものでも、本気のものでもない。それは社会の潮流に流された目であり、言葉である。だが、それらの視線や言葉は当事者たちにどれだけ辛く届くことか。自助努力という言葉を上から流し込み、政治が自助努力すべき「社会政策」を放置した結果がこれなのだ。
 自分自身の意識のありかも含め、深く反省させられる思いを持った番組終了後の感慨だった。

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by ripit-5 | 2009-10-12 11:25 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

オバマ大統領のノーベル平和賞受賞決定

Excite エキサイト : 国際ニュース

<ノーベル平和賞>オバマ米大統領に授与 外交努力に功績で
 【欧州総局】ノルウェーのノーベル賞委員会は9日、国際的な外交努力に大きな功績があったとして、バラク・オバマ米大統領に09年のノーベル平和賞を授与すると発表した。

 同委員会は「国際政治の新たな潮流を生み、国連中心の多国間外交を強めた」と授与理由を述べた。

 さらに「核なき世界へのビジョンは軍縮交渉を鼓舞した」とし、「オバマ・イニシアチブによって米国は世界が直面する大きな課題に挑む建設的な役割を演じている」とした。(毎日JP)

 納得の受賞というところではないだろうか。
 今までにも書いてきたように、前大統領の能力との余りにも大きな落差を筆頭にして、あらゆる面においてサプライズの大きい大統領でもあるし、それゆえに国際政治において出来えたことも多かったと思う。そしてそれはまた、アメリカの普通の人たちの支持があってなし得たことだ。人びとの倦み疲れた心を慰撫し、ポジティヴな方向性を語り、その姿勢の崩れることがなかったことが重要な点であったと思う。
 国民健康保険で難航している難しさは社会背景や歴史背景も含めて存在することと想像するが、ある面では大統領になる前にすでにベルリンで大歓迎されたように、むしろ、もしかしたら本国以上に世界の方がオバマ大統領を切望し歓迎したという点もあるかもしれない。
 そして、日本で民主党が政権を握るその無意識の活性化となっていたと思うし、世界全体の動きのどこかにやはりオバマさんの影は漂っていると思う。それは人間として普通に健全なことだと思うのだけれど。。。

 何しろ、彼の知的能力の高さとバランス感覚は僕が知る限り今までの政治家にはなかったものだ。『合衆国再生』を読んで感じた感動と感心、そこに描かれた彼の政治の夢は当然の如くまだ全てかなったわけではないけれど、その哲学の発露だけでも十分に世界にインパクトがあったということだろう。鳩山さんの国連演説も大き~な意味で、オバマ氏の存在がありて、という感も拭えないのであります。ワタクシは。

 やはり何といっても、チェコ・プラハの演説が大きかったのは間違いない。ここで改めて先の演説を再掲させていただきます。





 いやぁ、私自身がもう一度この演説、改めてきちんと見直さなくては。

 そしてよろしければ、ワタクシが書きましたオバマ氏大統領になる前に書かれた『合衆国再生』の感想も読んでくれたら有難いです。彼の演説能力や行動力は勿論のこと、彼の文才も卓越したものなので、彼の書いた本は大部かもしれないけれど、難解ではないのでより広く、多くの人に読まれてもらいたいとものだと思います。
当ブログレビュー『合衆国再生』('08.2.20)

 もう一つ所有のブログより
合衆国再生-バラク・オバマ Bridge('08.2.19)

PS.
 一日経って新聞やネット世論(?)には結構「早すぎる、結果が出てない」とか「政治的な意図」ある選択だという意見も多いようだ。頷けないこともないのだが、私はオバマという人は国際世界にとっての触媒であり、未来への指針だと思っている。オバマが何をするかとか、結果を求められる足枷とか、オバマ個人に帰するのではなく、私たちが世界をどう認識するかが本当のところ重要なのではないだろうか。結局の処「オバマのメッセージ」をノーベル平和賞の選考者たちは評価したと考える。そのオバマのメッセージを普通の私たちがどう受け止めるかによって今回の受賞の評価が変わる。そして、同時にそれはいわゆる日々の「現実」の重さに呑まれているかどうかの私たち自身の指標ともなっている。
 現実の厳しさに打ちめされているか、あるいは現実を覆う力の波に乗らなければ生きていけないと思っている人々が多い社会集団にあっては、オバマの理想は皮肉な目で見ざるを得ないであろう。そのような社会集団は個々の人間の個別の問題というより、むしろその社会の構造に何か問題があると見るべきだといま自分は自分自身に対して思っている。
('09.10.10.AM8:16)

ニュース動画・'0910.10.AM9:56 up


PS.2
 あえて今回のオバマ受賞に政治的意図がある、と考えてみた。するとこの就任期間がまだ短い大統領に「ノーベル平和賞」を与えてしまうことで、「アフガニスタンのベトナム化」をさせてはならない、イランに戦争を仕掛けるような真似はするなよ、という手かせ足かせをかけてしまったともいえるかもしれない。つまり孫悟空の輪だ、うがった見方をすれば。
 ノーベル財団がそこまで計算してオバマ氏に授与を決めたかどうかわからないが、残念ながら(苦笑)理性的な頭を持つ現大統領は「ノーベル平和賞」という映えある自分の名誉と「ノーベル平和賞大統領」という世界の目線を引き受ける結果となった。

 今後アメリカにまた無茶な真似をさせないために、先に平和賞を与えてしまったのだとしたら、ノーベル財団、恐るべしである。(考えすぎか)。
('09.10.10 14:26)
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by ripit-5 | 2009-10-09 20:50

現象に関する散漫な感想

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1.次々期、夏期オリンピック。ブラジルのリオデジャネイロに決定。
 当然のことと思う。今回の候補者で北米大陸とユーラシア大陸以外で候補に名を挙げたのはブラジルのみ。今までのオリンピックが欧米中心主義になっていたのは否めない。そこにアジアの数国が同じスタンダードにのる条件で誘致をして、成功したにすぎない。過去の開催地を見ても、どれだけヨーロッパに特化されていることか。特にロンドンに至っては今度の開催で3度目である。これは近代オリンピック開催の地であるギリシャの2回よりも多い。北京のあとのロンドンは正直な話、サブプライム問題前とはいえ、そろそろバブルが弾けるのが見え始めており、実際にオリンピックをやる経済的な余裕などあるの?と結構自分は冷ややかに見ていた。北京のことを笑えないんじゃないかな?と思ったけれど。実際に今回の危機後の開催、ということである。大変ではなかろうか。だいたいにおいて、欧米先進国の独占的リーダーシップが弱まり、新興諸国の出番の始まりとしてリオで開催するのが至極妥当だろうと思っていた。普通の人の感覚においても、そう思う人は多かったのではないだろうか。
 今後まだ開催されていない大陸はアフリカ大陸で、現在一番候補は南アフリカだろうけれど、南アは無事サッカーのワールドカップが成功裏に終わることがまず第一条件だろう。

 それにしても率直に言ってオバマ氏や鳩山氏がコペンハーゲンまで乗り込んでプレゼンテーションしたのには幻滅した。アメリカは確かミシェル婦人のみ参加予定ではなかったか?日本だって鳩山首相が出席する予定は当初無かっただろう。オリンピックが国際政治の駆け引きになっているようで、いい気分がしなかった。自分は青臭さが抜けない人間なので、オリンピックの根本精神がどんどん抜けていくことに興ざめする。派手すぎて、カネの匂いがふんぷんで。
 そんな印象を持ち出すこと自体が現実離れしているのかもしれないけれど、あえて書きたい。資本と政治の匂いがするオリンピックを何とかしませんか。

2.久しぶりに週刊誌を購入。しかも三冊(週刊文春、週刊現代、週刊ポスト)
 もう何年ぶりだろう?週刊誌を購入したのは。300円以上払うなら、「ビッグ・イシュー」のほうが内容の深みから言ってもずっと質がいいし、「考える糧」としては良いのだが。それだけ、政権交代後の政権運営に興味がある自分がいる、ということなのだ。確かに政策施行のプロセスや統治組織にこれほど注目するなんて自分自身、想像できなかったことだ。そういうところにも注目させてしまうのがいまの新体制の面白いところ。
 週刊誌お得意のスキャンダラスめく閣僚内確執(?)系の記事は3誌とも変化なし。その意味では新味が弱い「ポスト」誌が正直、ちょっと落ちる。「ポスト」はずいぶん大人しい雑誌になったものだ。「文春」はやはり上杉隆氏の首相記者会見オープン化せず、のレポートが新しい号の売り。だが、僕は「週刊現代」の総力特集の2と3で切り込んだ官邸内人事レポと官邸内部レポが出色だと思った。特に「ドクターZ」なる人物の官邸内部の詳細なレポートはこういう世界に触れる機会などあり得ない人間には実に読ませる貴重な記事。官邸内の構造を詳しく伝えていく中で、「政治主導」を高く掲げる首相や官房長官が、官邸内部に麻生政権から引き続き留任している事務方官房人事において、風通しの悪い状況が生まれそうな予感を読者に伝えてくれる。
 この出色のルポにおいて、「週刊現代」が今回私には最も高い評価を与えられる。
 それにしても、この「ドクターZ」なる人物は何者だろう?余程官邸内部に通じている人物と見た。あるいは政治記者さんら事情通には当然のことを、今まで書かれていないか、自分が不勉強で読んだことがないだけの話なのかな?(注:北海道は雑誌販売も幾日か遅れます。)

動き出した民主党政権/鳩山官邸を歩いてみれば-官僚たちのうすら笑いが エキサイトニュース
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3.新しい政府機能の動きが良く分からない。
 木曜日の朝日ニュースター『ニュースの深層』に登場した古川国家戦略局室長。一般人向けの発信能力が高い人とはとても思えず。やたらに「維新並み」「江戸城明け渡し以後」云々の比喩でまだ詳細が決まらないことを強調するけれど、時折裏返る甲高い声に失礼ながら幼児性の残り香を感ずる。この人が国家戦略局、行政刷新会議、あるいは財務省も?それら重要とされる部署の接着剤なのか。内部から見るとおそらく優秀なアイデアマンなのかと思うけれど、オピニオンリーダーとしての能力のほうは残念ながら厳しいと思わざるを得ない。
 しかし、平野官房長官もそうだけれども、記者会見とかを聞いていても未だに戦略局と財務省の関係が分からないし(そもそも「雇用対策」の担当が菅戦略局長とはどういうこと?長妻大臣との関係は?)、「戦略局」と「行政刷新会議」は表裏一体なもの、と云われても、通常の行政機構の観念を捨てられない私にはアイデアとしては理解できても、今の処まだ各省庁の上に、ふわふわと浮いた存在のようにしかイメージが湧かない。初っ端からもっと機動的に動くチームだと思ったのに。
 説明がしずらい組織である状況ならば、早く仕事において存在感を示して欲しい。だからこそ、鳩山さんも元気が良くて結構ではあるけれど、外遊も必要な部分に抑えて、早く国内でリーダーシップを発揮して欲しい。昨日とこれから15日が節目になるはずだから。
 
4.亀井金融大臣の「中小企業3年間モラトリアム」は暴論?
 中小企業に融資している銀行が干上がる等々、暴論なんじゃないかと云われている亀井大臣の発言。果たして本当に暴論なのだろうか?この期間テレビ等に出まくった亀井大臣は金融機関の「貸し渋り・貸しはがし」で中小の企業では黒字倒産が起きている、と強調する。経済・財政・金融に疎い私にはその真実の実態はよく分からないところだけれど、例えばこのまま「貸しはがし」が行われると大変なことになるということは十分想像ができる。その理由は、「雇用調整助成金」の利用率の大変な高さである。「雇用調整助成金」とは、いわゆる仕事がない状況で企業が従業員を解雇せず、労基法に基づく休業補償をして従業員に休業してもらう。その間に給与の6割を支払って休業させる企業に対して、国から助成される給付金のことだ。この助成金の申請率が非常な高さで伸びている。中小企業における仕事がどれだけ減っているかの指標となるだろう。
 厚生労働省によると、雇用調整助成金8月の1か月間の申請件数は全国で7万9922件で、対象となる労働者は211万841人となっているとのこと。(NHKニュースより)
NHKニュース 雇用調整助成金 211万人に

 その後の亀井氏のトーンはむしろ金融庁行政の批判に向かっている。すなわち、銀行の貸し渋りや貸しはがしは金融庁の財務規律優先の行政指導のせいではないのか?と。銀行の「貸し渋り・貸しはがし」で沢山の中小企業が沈没したのはほぼ10年ほど前のこと。亀井さんの頭の中にはその頃に泣いた中小企業への思いと、財政規律優先の旧大蔵行政的なあり方に明確に異議を唱えるという意味があるのかものかもしれない。とはいえ、亀井さんだってモラルハザードを容認せよ、とまでいっているわけではあるまい。
 そもそも、民主党のマニフェストにもこう書かれている。

 「わが国経済の基盤である中小企業の活性化を図るため、政府全体で中小企業対策に全力で取り組む」
「貸し渋り・貸しはがし対策を講ずるとともに、使い勝手の良い『特別信用保証』を復活させる」と。

 そして、民主党の政策集にはより明確に亀井大臣が「やる」と言っていることと同様なことが具体的に書かれているのだ。
 長くなるので折りたたみますが、ぜひ読んでみてください。

・中小企業金融の円滑化

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by ripit-5 | 2009-10-03 09:48 | 新政権