想像を超えた世界

 大変な地震が起きてしまいました。
 どこまでいっても、浮ついた言葉、手垢まみれの言葉にしかなりませんが、非災に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。
 生まれてから阪神大震災と言う凄まじい事態をテレビ画面の向こうで見てきており、利便性が高い快適な現代社会も、自然の一撃においてひとたまりもない、と不遜なことを思ったものでした。でもそれはどこかでずっと心に沈澱していて、いつでも飛び出す思考の何がしかでした。
 今回の地震の広がりにおいて、自分の身体に例えれば中枢を撃たれた、というか、根底から想像を絶するような事態を聞くばかり。正直、心理的に動揺しています。

 何しろ想像を絶する津波災害、今も予断を全く許さぬ福島原発、計画停電や買い占め騒ぎなど、都市住民のミニパニックも含め、これは日本全体に渡る大災害なのだと改めて実感しています。わからないではありません。静岡の地震も今回の3・11の地震との因果関係が分からないとなれば、もしかしたら東京でも?という心理状態に陥るのでしょう。こちら札幌では余震はもはや全くありませんが、関東ではあるでしょうから。
 いま、日本人の心理として、自分を支える安定感の基盤がどこか揺らいでいるのでしょう。少し時間がかかる。

 それにしても、もどかしい気持ちです。
 宮城や岩手の避難所の人たち、孤立した地域に避難している人たち、雪風の追い打ちをかける厳しさ。水、石油、食料、薬、テッシュペーパー、生理用品、情報。何とか届けられないのか。道路は通れないのか。実態はどうなのか。
 同じ日本人だからとかではなく、同じ国土に住む者として、ただ座視しているような今の自分のこの感じは何とも言えないざわつきがあるものです。

 福島県知事の怒り、わかります。青森県知事の内閣への陳情。強く心打たれました。県民の本当の気持ちを知事の人たちは分かっている。

 いつも巨大な地震の映像を見るたびに思うのは、高齢者が多い所や生活弱者が多い所を一番に直撃する、ということです。

 それを都市でミニパニックに陥った人は安易な言い方かもしれないが、想像してほしい。少なくとも直下型の地震が来ない限り都市住民は飢えはしない。

 でも、このままでいけば、東北の元々三陸海岸地域のような道路インフラも厳しそうな土地の孤立した人たちは、日本人が今まで想像もしなかった、「飢え」「寒さ」「病気」でお亡くなりになる高齢者や赤ちゃんが出てくる可能性があります。夏場でないおかげで悪性伝染病にはならないかもしれませんが、インフルエンザの流行も考えられます。そこに思いいたしたいものです。

 偶然にもなんの被害も受けなかった土地に住む人間として出来ることは今現在は思いをいたす、そのことしかないです。

 そして幸いにも現地の人からの声が届くならば、その声を一つでも多くマスメディアは届けてほしい。そしてどうすれば、その土地に必要なモノを届けられるか考える手立てを語り合ってほしい。

 「ジャパン・プラットホーム」という被災に関するNPOやNGOのプラットホームになっているNGOの方が言っていました。何か出来るとしたらまずは募金。そしてボランティアを現地でしたいと考える人はまず社会福祉協議会へ連絡を。社協はこのようなとき、ボランティアセンターを含め、大きな力を果たす組織なようです。
 そして足りないガソリンを補給するために、給油車を調達でき、現地に輸送できれば良いとの話。無駄な消費を抑え、ガソリンが被災地に少しでも届くようにしたいものです。

 食料に関しては。例えば、空中から食料は投下できないでしょうか?石油、ガソリン、水は無理ですが、パンやカップめん、糖分を含んだ菓子やジュース、缶詰、テッシュ、トイレットペーパー、紙おむつ、生理用品など空から投下できないものでしょうか。

 今なお多くの行方不明者がおり、痛ましい限りですが、いま現在困難に陥っている人たちを最大優先順位において動いて欲しいです。

 そして今後大きな課題は落ち着いた後。心理的ケアが大きいでしょう。今は生きるために必死な人たちも生き残った後の問題に直面する筈だからです。
[PR]

by ripit-5 | 2011-03-16 19:58 | 社会