9月16日の記事の事実関係の誤りをお詫びします/神保哲生氏のブログなどから。

 民主党政権の発足の日、私が書いた記事の中で、鳩山首相の就任記者会見において今まで完全オープンにしていた民主党の会見を一部雑誌メディアを除いてクローズドにした一件。記事の内容ではその行為の責任はあたかも記者クラブ側にあるように書いてしまいましたが、実態は違っていて、どうやらその行為における主体は官邸側、特に内閣官房長官にあったようです。先走ったことを書いてしまい、責任を感じております。申し訳ございません。

 この問題ではビデオジャーナリストの神保哲生さんが積極的に取材しておりますので、まずは神保さんのブログ記事(9月17日)をぜひ熟読していただきたいです。
 神保氏の記事の中にもあるように、記者クラブ側(内閣記者会)は政権交代に伴い、記者会見のあり方も今までの民主党のやり方を踏襲するものと観念して、民主党に会見のあり方について実務的な連絡をし、その報告を得ての結果だったようです。以下、神保さんのブログから一部引用します。
 日本では政府の記者会見は記者クラブが主催をする「慣習」があるため、記者会見に誰が参加できるかのルールも記者クラブに決定権があります。これはこれで問題なのですが、私は基本的に記者会見がオープンにさえなれば、記者クラブごっこをずっとやっていてもらってもまったく問題はないという立場です。実は今回は、官邸の記者クラブの側でも、鳩山政権から「これから官邸の記者会見はオープンにするのでよろしく」と言われることは覚悟していたそうで、そうなれば会見のオープン化はやむなしという状態だったようです。むしろ官邸記者クラブとしては、やきもきしながら次期政権から指示が来るのを待っていたんですね。でもって、次期政権からなかなか指示が来ないので、わざわざ自分たちの方から民主党に、会見はどうするんですかと、問い合わせまでしています。

 さて、そこに政権発足直前になって、内閣記者会の方へ民主党から意思表示がありました。それは内閣記者会の「期待」に反して、なんと、今回の会見では雑誌と外プレだけに一部開くが、あとは開かなくていいというものでした。オープンにしないでいいと。

 もちろん、だからといって記者クラブ側の責任は免れません。そもそも記者クラブが自主的に会見をオープンにすれば最初から何の問題もないんですから。ただ、民主党から会見をオープンすると言われれば、もはやそれは避けられないと観念し、首を洗って待っていたら、民主党からオープンにしなくていいと言われて、オープンにするのをやめたということのようなので、記者クラブとはまた別の力が加わっていたことは明らかです。記者クラブだけではもはやオープン化の流れを跳ね返すことができないところまできていたのに、突然予期せぬ援軍が登場したわけです。

 そして、その「予期せぬ援軍」が誰かといえば、先日の朝日ニュースター「ニュースの深層」で憶測されたとおり、取材を重ねたところ、実は平野官房長官であった、ということらしいのです。
 なぜ就任会見をクローズにしてしまったのか、神保さんが懸念するとおり、鳩山さんが「裸の王様」状態だったのか、あるいは官房長官の進言なりに耳を貸したのか。(後者であればなお問題です)。

 最悪の可能性として、ビデオニュースで基本的には民主党に近い立場にあった神保さん自身が鳩山さんの故人献金疑惑会見の盲点を鋭く突いたことに神経質になっており、率直に言えば彼のような人が会見場にいて、就任会見という祝いの場で献金疑惑の質問が出されること恐れたのでしょうか。(実際は鳩山氏が指名した最後の質問者はまさにその献金問題を質問したのでしたが)。
 かように邪推すれば、最初から政治主導で、会見もすべて所管の大臣が責任を持って行う。官僚に政府の立場なり政府の方針なりを代弁させない、という「政治家主導の情報公開政治」が初っ端からして、その頂点から破れてしまったことになります。

 なぜ神保氏が記者会見のオープン化に強くこだわるかについては、もっとも丁寧な説明を神保氏自身がされているので、神保さんもブログで紹介しているユー・チューブの全編映像をぜひ見ていただきたいと思います。

 今思いつくところで、私個人の思いをいえば、記者と各省の内輪の馴れ合いが情報の独占となり、私たち政治社会の情報の受け手が本質的な部分を理解できないままでいる可能性を恐れるということがあります。「出てくるもの」と「出てこないもの」があり、「過程の情報は表に出ない」「このような法案が審議されていることが知られていない」等々があって、一般国民と政策実現の主体者との間で手に届かないような情報格差が生じることを恐れるのです。

 専門知識が専門家のみに独占され、それが専門家の既得権となる。そのような社会でもまぁ良しとするような世の中であったものが、ついに、国民の側も意識的であれ無意識であれ「それでは困るのだ」という共通認識が生まれた。その意識が強弱はあっても社会矛盾の噴出の中において生じたことが、今回の政権交代のひとつの側面として大きいのではないか。
 だからこその「政治家主導」だし、「政治家による責任ある説明責任」ではないでしょうか。そして、その流れは実際に政治主導の政策転換や政策主導として動き始めていると認識しており、私は緩やかな革命的変化、新しい清新な風が吹いているという、そんな心地よさや期待感を感じ始めてています。
 
 それからもう一つ。後日改めて書く機会があれば、と思いますが、一緒に働いたことのある友人と昨日ばったり出会い、そこでいろいろな話を聞いた中で、直近、大変酷い形での派遣先による派遣切りにあった話を知りました。詳細は彼の名誉のために、ほとぼりが醒める頃、彼の了解を得るまで書きませんが、幸い彼は労働法に詳しくて(社会保険労務士の資格を持っているということを知ったところから親しくなった間柄なのです)、公的機関と相談した上で派遣会社と交渉し、その吃驚するような対応を今後改めてもらうように道理を尽くして語ったそうです。話を聞いていて、彼の道理や筋の通し方は立派なものだと思いました。そしてつくづく思ったのは、彼は情報を持っていたし、どこに相談すればよいかも知っていたけれど、多くの似た境遇の人たちは会社の言いなりのまま泣き寝入りになっていたのではないか?ということです。彼はそのことも少々憂いていました。それはもっともだと思いました。

 今まで、あるいは現在も、人びとはやれ法だなんだと騒ぐのは青臭いことだ、と見るのかもしれません。仕事をもらえるならどんな矛盾も飲み込むべきだという人もいるかもしれません。 しかし、矛盾や、場合によっては不条理とさえいえることが、仮に放置されたままならば、いよいよ泣き寝入り程度ではすまなくなりつつある現実が存在すること。あるいは矛盾や不条理を社会の致し方ない一面として、「ドラマの一つ」「社会勉強」程度として済ますゆとりが個々人にあった、そんな成長型経済先進国としての余裕や楽観主義が無くなりつつあるということ。
 それがこの90年代以降の不況ニッポンが達した”臨界点”においての「民主党」政権へ託す”変化”への思いであると思うし、新政権発足後の新しいガバナンスの方法提示は、今のところ少なくともそれに答えようという意気込みは感じます。

 であるからこそ、今回の官房長官の防衛的なやり方はちょっとミソをつけたんじゃないか、またネットメディアの世界を甘く見たのではないか。大手メディア以外のメディアを甘く見たのではないか。すでに本日の朝日ニュースターの看板番組『パックイン・ジャーナル』でもこのメディアクローズの問題はオープニングで取り上げられていました。まだテレビでもマイナーなジャンルである衛星放送の時事ジャーナル番組とはいえ、日ごろ民放のテレビでコメンテーターを務めている人間さえ神保さんや上杉隆さんの行動と訴えを好意的にとりあげているというのがいまの現実なのです。そこに首相の女房役は気づくべきでしょう。




 で、何しろ新政権の動きはとても早くて評価を定めることはまだまだ難しい。当たり前ですね、発足して数日の内閣ですから。ただ、流れ的にはやはりオバマ政権に近いものをイメージしてしまいますね。
 外務省に関しては岡田克也外務大臣が記者会見はフリーランスを含め、完全オープン化すると表明したそうです。(「岡田外相が打ち出した「オープン記者会見」の中身・神保哲生のブログ・9月17日記事より)。
 ここから突破口となり、各省庁がオープンになっていくことを願います。中央省庁がオープンになれば必然的に地方自治体の記者会見もオープンなものになるでしょう。岡田外務大臣の決断に拍手し、仙谷大臣も就任記者会見で語った如く、「メディアポリテックス」に取り囲まれている政治家や有権者たちの事実誤認や事実認識のずれ、という弊害脱却に向けた一つの礎として省庁会見の会見オープン化を推進して欲しいものです。

 そして、最後に付け加えるなら政治家にメディアが批判されるのでは駄目で、そうなる前に僕たちのような普通の人間たちがメディアの報道や番組制作のあり方を批判していき、一番怖いのは権力者ではなく国民なのだ、という方向に行くのが正しいのだと思います。くだらないテレビは見られなくなる、あるいは批判のメールなりなんなりが集まり、製作者が頭を抱える状態になることがメディアが変わりうる最終的な方向だと思っています。
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by ripit-5 | 2009-09-19 17:26 | 新政権

忘れてた、目まいのするような話。

 いま、どの政党でも先日書いたように労働者派遣業の中でも、特に製造派遣や登録派遣を問題視し、それらの派遣労働形態は無くす方向に向かっている点では一致しているはず。(それらの業態が無くなった後に失業してしまう人たちの救済案は後日自分なりに思うところを書きたい)。

 ところが、今朝のNHKニュースの解説で愕然とするような話を聞いた。
 なんと、今回の選挙で、あれはなんていうんだろう?有権者本人確認というのかな。投票用のはがきを受け取って、確認後に投票用紙を受け渡しする人たちがいるじゃないですか。あの作業をなんと各都道府県の中では、派遣会社に委託して今回の選挙で登録派遣労働者を使う予定の所があるというのだ。びっくりし、そしてやり場のない怒りが湧き上がった。
 何という屈辱、何という鈍感。仕事があれば何でも、という人たちをまさに搾取するような行為。

 確かにこの何年か、この投票用紙の受け渡し事務員はいかにも選挙管理委員会の人材とは思えず、特に前回参議院選挙ではその傾向を強く感じた。こちらから「おはようございます」といってももぞもぞしてるだけなんだもの。「ああ、アルバイトを使っているのかな。でも、選挙のような秘密投票である最大行事をアルバイトにまかせておいていいのかな?」と疑ったり。選挙管理委員に準じている若いボランティアかな、と善意の解釈をしたり。

 しかしまぁ、アルバイトはそれは仕方が無いとしよう。
 しかししかし、今度の選挙の一つの争点は使い捨て労働たる日雇い労働派遣問題も含まれているのだ。そんな状況の中での選挙で日雇い派遣労働者を使う神経というのは何なんだろう!

 あきれ果てて怒りを通り越して呆然とする。いくら自治体に金がないと言っても。つまりは、これがいまの現実の日本の姿なんですね。(もちろん、すべての選挙区ではありませんが)。
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by ripit-5 | 2009-08-28 23:01 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

いまの選挙制度って問題が多すぎないか?

 すでに先週木曜日には朝日新聞で「民主、300議席超す勢い」って世論調査で出てたらしい。地元、北海道新聞では昨日、共同通信の配信で同様の見出しが出た。地元の選挙区も地元の調査で、世論の現象は同じ。まさに4年前の郵政選挙と完全に真逆の現象だ。これって、どんなものだろう?今回はワイドショウもすでに長い期間、政治は政権の選択モードに入っていたこともあって、ネタが前回衆院選の「郵政」「刺客」の一番ネタではなく、トップネタは常に人身御供である「のりピー」だっただけに、なお一層不気味な感じがする。メディア誘導はあるにせよ、4年前のような熱狂へもちあげてるとも思えない。民主党党首のキャラも、格段煽りキャラでもないし。それだけ国民の間に「自民党さん、さようなら」の気分が横溢しているのも、確かなことかもしれないが。。。

 それにしても、オセロゲームのように右から左へ、一極集中になる状況ってどうなんだろう?
 小政党は埋もれ、死票は増え続ける。政党人の選択はバンドワゴンになり、バッファー効果は薄れ続ける。有権者としての合理的な選択肢が減っているがゆえだ。少なくとも無党派においてはそうだろう。では、組織票は?こちらは冷戦後世界が明確になった現在においては硬い岩盤組織も弱まり、相対的に無党派的な人が増え続けてるんじゃないだろうか?
 僕みたいに田舎が都会となった典型的地方都市で生まれ育った「宙ぶらリン・ランブリングマン」ほどではないにしろ、だ。

 CSチャンネル、朝日ニュースターの金曜日午後8時の『ニュースの深層』のキャスターを務める経済誌論説委員の辻広雅之さんは故・宮沢喜一さんが語っていたという「日本は穏健な多党制が似合う」という言葉を最近、良く引用している。僕も日本の政治的な文化はどちらかといえば穏健な多党制が似合うと思うのだ。ただ、やはり自民党独裁を終焉させる必要はあるから、まずはリベラル志向の政治にチャレンジすべきだし、その上でもう一度この問題を考えてみる必要があると強く思う。でも、単純に過去の中選挙区制度に戻すのがいいともいえないだろうし。難しいですね。選挙制度に関して、どなたか妙案をお持ちじゃないですかね?
 2大政党制はアングロサクソン系の国特有の事情があって成立したものでしょう。日本には日本の固有事情に適する民主主義選挙システムが必要なんじゃないかなぁ。それは僕ら自身が今後間尺に合うものとして、探し当てなければならないシステムなのでしょう。

 それから、今回の選挙は意図的に労働者派遣法の問題、特に日雇い派遣やいわゆるスポット派遣の問題、若者の雇用環境の問題が政策論争となっていない事に私は非常な違和感を覚えている。湯浅氏の出番は全くなくなった。あれほど各政党が神妙な顔をして彼らのような支援者たちの話を聞き、若者の労働環境を変えるために頑張ると誓いを立てる顔をしていたのに。派遣労働法改正や最低賃金引上げが、政策としてはあっても、政策論争の俎上にはあがっていない。政権を握った党の政策優先順位の中で一体どこら辺に位置づけられるのだろうか?

 もちろん、共産・社民はこの問題を中心に政策の軸を置いているのだが、マスメディアでは議論の俎上に司会者がのせないのだ。もう、ほとんど意図的にじゃないか?と思えるほどに。だから話は民主を軸に自民公明が反論する構図になっている。共産・社民はその議論に噛んでいくしかない。選挙は権力闘争の場だとつくづく思う。それは、政治家だけのものじゃなく、国民自身による利害の権力闘争なのだ。自分たち自身の利害の。いやはや、いやはや。つくづく考え込まされる事だ。。。

 昨年の「蟹工船」ブームとやらは今年は「太宰治の生誕記念」ブームに取って代わり、金融危機後の「わかりやすい」マルクス本ブームは勝間センセイの「断る力」に押し返される(笑)。いや、後者は冗談ですけど。

 繰り返しだが、政治も文化もオセロのように右から左に極端に動き、変わらぬトレンドをもつ人たちは少数派へと、壁の花。本当に、何か妙案はないものですかね?

 今回の選挙はもちろん、森喜朗並に「こりゃ、あかん」の麻生首相による内閣にウンザリだというのもあるけれど、本質的には小泉政権の総括選挙だと思うんだよね。
 麻生内閣が出来たときから実際には選挙管理内閣だったんだから。それが世界金融危機で延び延びになったおかげで政権担当能力に関するボロが次々と出た。
 だから2点なんだと思う。一つは自民党の「自滅」ということ。もう一つは小泉政権の社会政策無き自由競争路線への人びとの「NO」。その悲鳴に近い叫び。

 もうひとつ、個人的にはありえないイラク戦争への無条件追従、というのも怒りとしてお腹の中にはあるけどね。だから、選挙が終わったら評論家の誰か一人くらいは「これは小泉政権の総括選挙だった。長い9年間の総括だった」と語ってほしい。(ブッシュの8年プラスアルファ、という意味では似てるなァ~)。

 いずれにしても「選挙」とは実際始まってみるならば、層があつい有権者にばかりマスメディアを中心に「政策」が語られるわけだ。若者の不安とフラストレーションたるや、いかばかりか。今度の選挙で20代の投票率が下がったって、今回、自分は若い人を責める気にはなれない。(まぁ、実際には若い人の投票率も高くなると思うが)。
 ただ、彼らの票が自民、民主以外のところに世代層として一番流れるのなら面白いともいえそうだ。(この「面白い」という言い方はいろいろな意味で注意も含んでの表現なのだが。)
 しかし、ほぼ一人っ子のいまの若い人たちは人口構成上からも少数派。本当に若い人にとってはしんどい時代になった。だが、そういった中から必ず、社会の風穴をあける人材が出てくると信じる。あるいは社会の弱い部分を指摘し、手助けするオピニオン・リーダーが出てくると信じる。 
 すでに「ロスト・ジェネレーション」と呼ばれる30代の人たちでそのような人材が出てきているのだから。
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by ripit-5 | 2009-08-24 21:32 | 社会

個人から始まる力。

 
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 7月9日の記事で書かせてもらった、環境問題につながる「ブッシュ政権の石油利権の置き土産」と云われるユタ州大規模石油ガス採掘計画に反対する大学の学生が、ひとりで石油ガス採掘権入札の場に入り込み、入札額をつりあげることで入札自体を不調にさせるという挙に出たユタ大学の学生だったティム青年。そのティム・デクリストファー氏へのインタビューの日本版がデモクラシー・ナウ!ジャパンのサイトに上がってきました。たった一人のアイデアと勇気。そこから見えてくる意味あることば。エイミー・グッドマンのインタビューでぜひお聞きください。(リアル・プレイヤーのインストールをお願いします)。
「ユタの大学生 原野を救うため飛び入り入札で権利買い占め」

 デモクラシー・ナウ!現地本放送は広島・長崎の原爆投下特集です。こちらは英語放送。リアルプレイヤーのインストールは必要ありません。そのまま画面をクリックすることで始まります。被災者の声として笹森繁子さんという方も登場されます。
「Hiroshima and Nagasaki A Look Back at the US Atomic Bombing 64 Years Later」

 それにしても、ユタ大学学生だったティム氏。改めて聞いても冒険的気分から行われたものではない、理性がありながらも、止むに止まれない心情から行われた行動を語ることばは、若さの純粋さを強く感じさせてくれ、見るこちら側を感動させてくれます。

 それから、日本。こちらは一個人の行動とは違いますが、年末年始の年越し派遣村。村長としての湯浅誠さんが著書『反貧困』ともども、オピニオン・リーダーとしての貴重な顔として社会的発言者として有名になりましたが、この年越し派遣村はこの別刊朝日で朝日の記者さんと湯浅氏も指摘されている通り、貧困救済運動をされている湯浅さんのグループと同時に、派遣労働者の個人加盟組合『東京派遣ユニオン』の力が大きかったことを、私は以下のドキュメントを見るまで知りませんでした。(この番組をアップしてくれた人に感謝します)。
 この個人加盟労働組合『東京派遣ユニオン』は専従職員がひとり、ボランティアふたりで活動をしている極小といってもいい組合なのですが、その活躍や年末の派遣村を企画する危機のサーチ能力と行動力は表に表れることはなくても実に賞賛されるべきことでした。

 「派遣切りと闘う~東京「派遣ユニオン」の1か月」~ Free Videos - Watch Online Videos - Guide Veoh Video Network
 (なお、veoh videoは5分まで。ただ、会員登録をしてビデオインストールすれば、長時間放送も見ることが出来ます。この番組は28分程度。登録等は非常に簡単。詳細についてはこちらのサイトを)。

 このような、目立たない、しかし当事者性に則って困っている人に手を携えていく人たち。そのリード役を買って出る人がいるということが、困難な状況の中でも世の中を前向きに見る大きな力になってくれています。

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by ripit-5 | 2009-08-11 22:09 | 社会

雑談(5)トーク・オン・デマンドについて・2

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A 「実はこのところ考えていたのはマスメディアのことで。、マスメディアがいまの時代本当にいろいろ考えるべきことが沢山あるのに意図的かどうかその需要にこたえてくれない苛立ちがあったんだ。本当言うと。それでね。たまたま元TBSのニュース23とかの製作現場にいたジャーナリスト、神保哲生さんと社会学者の宮台真司さんがネットでネットテレビを配信していて。そのネットテレビの開設当時の対談を集めた本「神保・宮台のマル激トーク・オン・デマンド“漂流するメディア政治”」というのを読んで。すごく刺激を受けてさ。で、ずっと有料ネット配信って面倒だし避けていたんだけど。本が面白かったし、実際にその対論が放送としてどうなのかどうしても確認したくてさ。今回とうとうこのネット配信テレビを見るようになったんだよね。ここから触発を受けるところが多かったんだ」
B 「実は俺も見てる。内容は相当充実しているよな。何せトークだけでたいがい2時間以上あるもんな。密度も濃いよ」
A 「俺、初めてネットマネーっていうのかな?違うのかな。とにかく今まで体験したことのないネット用の通貨を利用したよ。といっても、必要な領収用の用紙を印刷して、コンビニにその分の金額を払うとすぐにネットで振り込まれたお金がネット通貨として使用できる形でね。この神保&宮台のネットテレビ、「ニュース・オン・デマンド」は月515円で。内容と過去の放送内容を視聴できる部分がかなりあることを考えると高くはないと思ってね。とりあえず2000円だけネット用の通貨を買ったんだ」
B 「お試しでまず無料放送を見てみればいいんじゃないかな。五金といって、5週目の金曜日放送は無料で視聴できるはず。入金しなくても見れると思うけど」
A 「前置きが長くなった気がするけど、今週分見た?」
B 「見たよ」
A 「慄然とする感じがした。作家の雨宮処凛さんがゲストなんだけど、今の一般労働派遣、すなわち日雇い派遣の惨状は凄いものがある。そして、日雇い派遣の問題がクローズアップされたのも、雨宮さんの運動がほとんど歯牙にもかけられなかったのに、この事件で日雇い派遣見直しの機運が急に盛り上がった皮肉も良くわかる」
B 「おそらく明示されない両罰意識なんだよ。国の意思は。片方で普通は死刑判決から平均7年はある、執行までの期間が急に3年に満たない宮崎勤には適用してこのような重大犯罪というか、社会的恐怖をそそる事件には厳罰を持って対応する意思だということを示して、もう片方でグッドウィルのような派遣会社には業務停止に持っていく。そこで社会的バランスをとっているんだろう」
A 「暗黙の合意か。だけど派遣元の罪は深いよ。あれはおそらく労働者派遣法に無知なんじゃなくてよく法を知っていながらあれだけのことをして来たのだろう。でなければ、現に法で規制されている港湾労働にわざわざ派遣したりしない。他にも法を知っていてやっているとしか思えない中間搾取は凄い。でも派遣先も酷いよ。本当は派遣労働者担当責任者をおかなければいけないのに、不備があったり。派遣会社との労働者に対する取り扱いのルールなんかもかなりルーズなんじゃないか?いま労災隠しが日雇い派遣の労災事故で争われているらしいけど、グッドウィルは労働保険料を払っていたのか。日雇い派遣労働者分について仮に未納付ならば、この点も罪深い。そして、GWが労災保険料を払わずに労働者を派遣して、派遣元もそこを知らない、あるいは知っていたらもっと罪が深いけど、正社員がやらない危険業種につかせていたとしたら、派遣元も共犯としか思えない。実は本当にそこら辺を含めてこの回の放送を見て欲しい。切にそう思う。今の時代って、まるで成人層のために若者と後期高齢者をスポイルしているみたいじゃない?ちょっとした想像を働かすだけでも憤りが起こるよ。一応、この放送だけでも無料に出来ないかお願いのメールをしてみたんだ。これ、NHKがやってもいい、それだけの公共性があると思う。凄くリアルな問題だし、明らかに労働疎外の問題だもの。もちろん、若者の夢や希望を失わせしめてる問題だし。それに、その働く側がなかなか当事者として社会構造の問題だといえないと云う、そのプライドの問題について雨宮さんが凄く納得のいく説明をしている。そこら辺も聞いていてなるほどと思うし、けなげさが切なくなる。本当にこの回だけでも特別に無料視聴できるようにして欲しいんだ。公益性のためにも」
B 「なかなかネットで有料で放送を見るというのは手間も含めて確かにね。そういう意味では切実な感想は良くわかるよ」
A 「宮台さんの語り口は好き嫌いはあると思う。否定はしない。だけど、時によって彼のような切り口での鋭さって必要だし、それが今回の議論では上手くいっていると思う」
B 「社会学の術語や、いわゆる宮台語、ってのがひんぱんにでるじゃない?(笑)。あれがね」
A 「確かに最初の生理的なものはあると思う。それに僕らの傾向だけど社会的問題を社会学的に分析すると、すぐ行動の論理や倫理がない、って感情が出てくるじゃない?そこは語り手に当事者意識を余り押し付けたらいけないと思う。そして宮台氏はあくまで社会学者で、学者的な禁欲が最終局面で出てくるのは仕方がないとも思う。ただ、それでもかなりこの問題には熱い関心を持っていると俺は感じたな」
B 「共感がない対話は不毛なのは政治バラエティでうんざりするほど見せられているものね。そうだね、興味がある人はぜひこのトーク・オン・デマンドを見る環境を作るといいかも」
A 「実は今回の話したい話の筋はこの雨宮氏ゲストの番組の中に自分として納まっているんだ。だからぜひお勧めだけはしたいですね。でも、無料にして欲しい回。本当に。
あ、それから「日本人はなぜ死刑が好きなのか」(第374回)は無料で見ることが出来るはずですから。どうか今後の話題の予習としてぜひ。改めてアドレス、マル激トーク・オン・ディマンド - ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局」
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by ripit-5 | 2008-07-02 22:18 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

雑談(4) トーク・オン・デマンドについて

A 「ユーロは鮮やかなトーレスのゴールで決まりまして」
B 「で、話を戻して」
A 「そうなんだ。実は元は裁判員制度のこととか、他にも思うところがあったんだけど、やっぱり秋葉原の事件があったでしょう。あの事件はやはり現代の歴史上の一つのシンボリックに加えていいと思う。僕も年をとって事件の衝撃で自分の中が動揺させられるという感性が弱くなったとは思うけど。それでも個人的には世界史的なものも含めて95年のオウム事件、98年だっけ?サカキバラ事件。そして2001年の911テロ以後の世界的新秩序が出来てしまったことに加えていい象徴的な衝撃的事件だと思っている」
B 「なるほど。日本と世界の事件も両方で?」
A 「こじつけかもしれない。それに妄想だと思われるかもしれないけれど、世界的な潮流との連関は無いといえないと思ってる。アメリカに関してはやっと少し今後は軌道修正されるかな?と希望を込めて思っているのだけど、現状は慣性の法則のように新自由主義に乗っかった経済界が規制緩和路線のおかげでどれだけ若い人たちが疎外されているか。その一つの象徴であったと思う」
B 「お前はあの事件は彼の個人的な生育歴に見てたんじゃなかったの?」
A 「いや、その一点だけで見ているつもりはないよ。そこはどうか誤解しないで欲しい。むしろ、彼の両親や周辺の大人たちを含めての環境であり生育歴だと思うわけで。その大人たちがその社会から受けた影響を自分の中で上手く咀嚼できていないで、メッセージをそのまま反復していた結果だとしたら?それは同時に世の中の問題でもあったと思うじゃない?」
B 「なるほどね」
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by ripit-5 | 2008-07-02 22:17 | 社会

明けまして。。。

おめでとうございます、と行きたいところだが。実際は、余りおめでたい気分でもないんだ(苦笑)。まぁ、社会人たる者、形式として年がみな、ともどもに無事明けることができたこと自体おめでたい事とというわけで、「おめでとうございます」というべきでしょうが。いずれにしても、こんな前提発言で始めたこと自体、しらけますわな。

今年もこんな身も蓋もない調子ですが宜しくお願いします。

年始は今年もラジオを興味深く聞いていた。昨年の年頭は民放で「アクセス!」という番組。
今年はNHK第1放送だ。「21世紀・日本の自画像」という番組を3日までの三夜連続放送を注意深く聴いていた。アナウンサーの木村知義さんという人がNHKとしては実に突っ込んだ形で問題提起を、解説として寺島実朗氏、初日は経済学者の金子勝氏を相手にドキュメント構成ののちに、質問していた。NHKもやるな!真剣に問題に取り組む姿勢だな、と思ったし今年は昨年に引き続き、否、昨年以上に「生活問題」が大きな社会的比重を占めるだろうという思いを痛烈に感じた。

何より、元旦に放送した「生活に苦しむ若者たちーワーキング・プアと格差社会」はシリアスでヘヴィーだ。そして、年収200万以下で生活する日本社会の今や3分の1を占める生活者たち。
小泉構造改革ご破算の上の総決算がこれなのである。
僕は随分前に日記で書いた折、小泉氏が内閣改造し、本格的に竹中自由主義路線と民間の諮問会議路線に舵を取ったとき、政権に社会的視点を持つ人物がいない、と書いたことがある。実際に、単純な経済成長主義の人たち以外、社会的な問題が「外部不経済」問題として立ち現れるとき、それに対処する人物はいなかった。本当に誰もいなかったのである。

そのような構造改革路線=諮問会議路線は、ホリエモンや村上さん以上に、労働者そのものが被害者として呼び込むことになった。象徴として、グッドウイルの折口社長である。介護の民営化で、そして労働者派遣事業の大幅な規制緩和で、抜け目なく労働者から搾取した。ある意味ではペーパーマネーでぼろ儲けした人物よりも実害があったのである。人材派遣業ほど、労働法令に精通しなければならない業種はない。労働者の基本法である労働基準法が正規社員のように固く守られる場所にないからだ。しかし、明らかにグッドウィルは労働者派遣法を知った上で、法令違反をしていた確信犯としか思えない。
これは、労働市場の規制緩和と、雇用の調整弁としての派遣労働者という社会的雰囲気に完全に調子に乗ったとしか思えず、社会環境としてのネットカフェやハンバーガー・ショップに居住地なき難民たちを生み出した遠因ではなく、近因である。
その意味では、派遣事業を大幅緩和し、労働者を裸のままに労働市場に放り出す政策を押し込んだ産業団体も酷いし、それを食い止め切れなかった連合のような大労働組合組織も酷い。

金子教授の弁を借りる形とはいえ、NHKアナウンサーの口からベーシック・インカムという言葉が発せられること自体が画期的だ。
自分が過去「社会」でブログ・カテゴライズした日記の流れがおおむね間違いなく(不幸なことに)進んでいることにどう考えたら良いか分からなくて、考え込んでしまう。
あえて、ここでもう一つ調子に乗ってみようか。今年は雨宮処凛さんの動きに注目してよい。早くもバッシングが起きつつあるかもしれないし、そういう動きが起きること自体が社会から目を背けられない労働=若者、年金=高齢者、図式としては単純だが、社会的弱者に思い切り強烈なプレッシャーが与えられ、もう黙っていられないと言う空気が醸成されていると思う。その中で社会が動く。

いずれにしても、労働者派遣法は見直さないと駄目だ。労働の規制緩和は完全に失策である。

社会保障制度。やはりこれが現在のビック・イシューである。
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by ripit-5 | 2008-01-04 17:50 | 格差・貧困 & 中流崩壊?

夏のような天気なのに

こんな日は涼を求めて海か森にドライビング♪なんてお気楽なことを語りたいのだが、午後の仕事は休みの中。篭りて。一応机の前に。

夜、「クローズアップ現代」を見ててフツフツと怒りが湧き上がってきた。だいたいが、評価が高いこの番組の女性司会者を私は嫌いなのだが。そんなことはどーでもよくて!

今、若者で東京でネットカフェ難民になっている人たちを取り上げていた。この番組が嫌いなのは、あらゆる社会問題をとりあげながら、それをどう意識化するかというところからは逃げている感じがとってもイヤなのだけれども。だって、そーいうのは結局は物見高い態度を残すだけだから。
しかし!ネットカフェ難民。この問題は若者の夢が明らかに閉じ込められている事実を告げている。

格差社会は明らかに顕在化している!

地方には仕事が無い若者が東京に代表される都市に集まる。ここには第一に中央と地方の確たる格差が象徴されている。そして上京しても居住生活する物価の問題がある。完全自由マーケットである中心都市には何ら社会的保証が無いという、中央の現実がある。それを放置する制度的な欠陥がある。

そしてもう一点は、際限が無くなった派遣労働の歯止めの無さ。大体、派遣労働は本来事務労働者にのみ認められていた。それがより緩和され、現在では製造業などの一般的な男性がつく作業労働にまで認められてしまっている。派遣労働はほとんど日雇いに近い形で雇用契約され、そして一人頭1万2千円の派遣先から派遣元への契約料は6割近く派遣会社の懐に入り、本人労働者には6千円も行かない。一日9時間近く働いて。ちなみに派遣労働者組合を作って臨んだ派遣元会社の談合先はテレビではグッドウィルだった。

しかし、労基法6条では中間搾取の排除を掲げ、反すると1年以下の懲役なのだが、通達では派遣労働は「派遣元と労働者との間の労働契約関係」と「派遣先と労働者の間の指揮監督関係」のあわせたもの全体が労働者の労働関係となるので、派遣元による労働者派遣は中間搾取に該当しない、となっている。机上的な概念としては正しくとも、実態は、これでは中間搾取になっているといえるのではないか。

これから地方との格差、そして今後世代の格差により、親も生活に困窮する世代が増え、ふるさとを失ってしまった若者が夢を追うというよりも、居場所を失って、光とまばゆさと喧騒の影に明日をもしれない夢どころか、現実の明日が地獄に見える世代が現れるかもしれない。
否、すでに現れているのではないか?
これって、戦前の不況期の社会環境に似てない?まばゆさの影に。

これがいまの日本の現実なのか?そう、おそらく現実なのだ。

産業界の意向に配慮してきた結果、労働行政、そして厚生行政もどんどん民営化路線とともに、「消費者自己責任」の印籠で公的責任を放棄しているといえるだろう。

介護保険も公的保険であることを忘れてはいけない。いわば、民間業者が公金横領をしてきたのだ。コムスンも同じ公金横領してきた●●●に営業譲渡しようとするのも判らない。第二、第三のコムスンに近い事業者も多いのではないか?

発足当時、現場でもカンカンガクガクのことを言われ、「発足したばかりだから」といいいい、してきてこの結果だ。

いま最もホットな、というかこの10数年重要な案件ばかりかかえた厚生と労働の行政を似た部分があるとはいえ、一人の大臣だけおく厚生労働省にした、所謂「省庁再編」というのもわからん。だって、今では内閣府だの、また沢山わけわからん(といってはいけないが)大臣がふえているではないか。それよりも、厚生労働省の仕事にキチンとした枠組みを作れよ。少子化担当大臣なんて厚生労働行政の枠組みだし、経済産業省との連携でやることではないか?

行政のスリム化。しかし、介護保険事業者におけるカネ目当て。こんなことはある意味必然だった。労働基準の緩和。ここから労働者の社会的転落。これも必然だった。

19世紀英国で、いわゆる現代に通ずる都市労働者問題が噴出し、それを社会調査やセツルメント運動が世の中に「労働問題」を認識せしめ、それが資本主義の好不況の波を何とかするため、ケインズ主義が経済学から表れ、宗教的慈善運動の限界も見極め、科学的社会問題調査を経てベバレッジ報告まで至り、ドイツで独自に発達した社会保障との合流的流れで第二次大戦後「ゆりかごから墓場まで」の社会保障政策が確立した。その歴史は後戻りして同じ轍を踏みながらまたやり直しなのか?

俺の腹は決まってしまった。今度の選挙は確かな野党に入れさせてもらう。
この国はハッキリ、美しくない。
トップの掲げる「国」の問題はボトム(年金問題、介護保険問題、若年者派遣労働者問題)等々で「国」の問題が逆の形で明らかになった、と見きわめられた。今度ばかりは、私はそう思うに至った。
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by ripit-5 | 2007-06-12 22:40 | 格差・貧困 & 中流崩壊?