2010年 01月 23日 ( 1 )

作家アルンダディ・ロイのインタビュー覚書

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 ケーブルTV「朝日ニュースター」で放映しているアメリカの独立系チャンネル、『デモクラシー・ナウ!』にてインドの作家アルンダディ・ロイの印象深いインタビューを聞いた。グローバル経済の中で、特に日本はその洗礼を浴びることによりメディア政治やグローバル企業や為替・株・金融中心主義経済の中で普通の人々を中心に右往左往させられていると思っていたが、後を追うように中国、インドもほぼ同じ問題を抱えているようだ。韓国だってそうだろう。ある意味でアジア金融危機の手酷い洗礼を受けたことにより、日本以上に文化的な影響力は大きいかもしれない。

 日本も政治権力の交代とともに新たに政治家/官僚/マスメディア三つ巴の(古風に言えば)上部構造の激しい権力闘争が現在起こっているように、下々の民草である僕のような人間は思えてしまう。
 非常に印象深かったので、下記にアルンダディ・ロイさんの長時間インタビューから冒頭部分を抜書きしてみた。
 DemocracyNow! Japan
 なお、インタビューは彼女の最新著書、『民主主義のフィールドノート:イナゴたちの声に耳をすませて』にあわせてのようである。
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 「すでに明らかなように世界の経済がつながっているため各国の政治体制もつながっています。独裁国家や軍事政権と民主主義国がつながってしまう。
 ともあれはっきりしてきたのは民主主義が自由市場主義に溶け込んでしまった。民主主義の想像力が利潤追求に限定されてしまいました。いまでは民主主義を導入するために戦争がしかけられています。民主主義が自由主義の役に立つからです。
 民主主義の機構はどれもこれも裁判所もメディアも(インドでは)すっかり中身を抜かれ殻だけが残って民主主義の茶番を演じています。虚実が入り混じり複雑すぎて人々は何が起きているのかわからない。これは重大な危機です。
 ポスト民主主義はあるのか?どんな世界なのか?民主主義が空洞化し意味を失ったから問うのです。
 民主主義の初期段階は陶酔感あふれる大切なものです。でもやがて奇妙な変質が起こるのです。」

 何とも示唆的だ。日本にもいろんな点において当てはまりそうな気がする。その理由はこのグローバル資本主義というのか高度資本主義というのか分からないけれども、それらがグローバル企業とそれをサポートする巨大なマスメディアそして消費者化された中間層市民に画一化され、本来の意味での民主主義から離れたポピュリズム情報がマスメディアを通して流されることにより、世界で起きていること、おそらくグローバル企業と何らかかかわりがある問題が目隠しされていることと関係があるような気がしてならない。

 映画『シッコ』でもムーアが強調していた民主主義、デモクラシーということ。その本質的な意味が社会で実際に運営されているのか?別にそれは日本が後進資本主義であるからとか、アメリカに占領されていたからとかとは関係なく、壁崩壊後20周年の東欧においても、過去金融危機に晒されたロシア、韓国においても、そしてまだ民主主義的システムが構築されきっていないまま経済主義で走っているインドや中国において、形式のみの民主主義と資本の暴力の間でやはり普通の人たちが右往左往しているように見える。もちろん、日本も平和の仮面の中で本質的に同じだ。そしてオバマのアメリカさえも。
 しかしまだそれに対応する別の処方箋は見付かっていない。

「虚実が入り混じり複雑すぎて人々は何が起きているのかわからない。」
「民主主義の機構はどれもこれも裁判所もメディアもすっかり中身を抜かれ殻だけが残って民主主義の茶番を演じています。」
 
 これらの言葉はインドのことのみでなく、自国のことに思われ、まさに他人事とは思えないのだ。
 小沢疑惑を巡るマスメディアの異様に近い過剰報道。菅家さんの心からの思いを無視する証言台の元検事。政権交代しても続くこの「民主主義社会」といわれるものの病理に近いものであるとか、「人にとっての真の心か、組織か」の実存的な問い。

 何とはなく今だこの21世紀後に思う本質的な憂鬱にまた囚われつつある。しかしこれらの様なことはいつのどの時代にも続くことなのであろうか?
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by ripit-5 | 2010-01-23 18:10